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御神先生の秘蔵っ子─世界編  作者: 蒼良美月
第三楽章 嫉妬

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32.神の手

 ──真っ赤に染まる空が水平線まで降りてきて、薄暗い海面を紅に染めていた。

 まるで手を伸ばせば掴めそうなぐらい橙色になっていく光に両手を思いっきり伸ばした。


「取りに行くぞ」


 朝焼けの中、白い湯煙立つ岩肌に神が降り立った。

 濡れた髪が朝陽を受け金色に煌めき、オレンジ色に染まる神の背が一瞬振り返りにっこり微笑んだ。


「はい」


 オレンジ色が薄まり、段々と世界がはっきりしてきて、海面がキラキラ煌めき出す中、神は美しい背を残し静かに去って行った。






 ◇◇




『どうだ?』

『お父上によってほぼ抑えられてます』


『ほぼ?』

『小さな雑誌社に1件ツーショットが、それも即日お父上によって』


『花音の名前は?』

『幸いそこまでは。いつこちらに?』

『今夜18時』


『後で送って下さい。こっちは今は落ち着いてきましたが、念のため会長に連絡しますか?』

『俺からしとくわ。車だけ用意しといて』


『了解です』

『あ、その雑誌2冊抑えといて』


『え?』


『うちのコレクター用に』

『了解しました。ではお気を付けて』




 ◇◇




『ちゃんと仕事しろよ』

『すまなかった。今何処に?』


『チケット送った。今度はちゃんと仕事しろよ』

『約束しよう。暫く鎌倉の別荘を使いなさい』


『めんどくせー』

『お前が蒔いた種だ』


『余市でいいぞ』

『行かねーよ阿呆か』


『チーズと余市で』

『死ねよ。じゃあな』





 ◇





「先生ここは?」

「天野と高科の土産」


「先生優しい! 試飲出来るんですねぇ」

「貴女飲めませんけどね」




 ─◇



「鶴10本とその辺のチーズを郵送で」


「通常ボトルので宜しいですか?」


「限定ので。あと、同じのを2セット別の住所で」




 ◇



 先生が住所を書いている間、店内に並んでいたチーズを見ていると、神のお声が!


「欲しいのか?」


 ウンウンウン!


「適当に持ってこい。あーー鎌倉に送ろ」


 その後、ウィスキーとチーズを自分用にも購入した先生は、店員さんにとても感謝されながら店を後にした。



「先生さっき言ってた鎌倉って?」


「少し早めの夏休み」


「本当に? やったーーー!」


「喜べ。しっかりランニングできるぞ」


「……」





 ◇




「お前、買い過ぎだろ……」


「だって~~初めての旅行ですよ?」


「なんでそれに()()()のぬいぐるみ含まれるんだよ」


「先生何言ってるんですか! ヒヨコじゃないです! シマエナガさんです!」


「変わらないだろ」


「怒られますよ?」


「全部郵送で」


「シマエナガさんだけ持って帰っていいですか?」


「嫌です」


「こっちの小さいの先生の分もあるんで。こっちだけ持って帰りましょうね」


「いつの間に……」


「聞いたら絶対要らないって言われるもーーん」





 ◇



 本当に楽しい時間ってすぐに終わっちゃう……

 二泊三日の夢の旅行はあっと言う間に終わってしまい、結局お土産もいっぱい買って貰って、シマエナガさん以外は郵送にされてしまいましたが……


 隣でスヤスヤ眠る先生の髪を撫でる。


「先生って寝る時って小さな子供みたいに、いつも丸まって可愛い……」


 長い睫に手を触れそうになった時、無言で手首を掴まれた。


「起きてたんですか?」


「殺気で」


 酷すぎる……


「一回マンション戻って、着替えだけ用意して出るぞ」


「ぇ?」


「夏休み」


 先生はそれ以上何も言わず、優しく頭を撫でてくれた。

 きっと先生が言っていた「逆風」を避けるためだろう。






 ◇




 先生のお父様が所有する別荘に移って今日で一週間。

 変わらず先生は作曲の仕事や、ネットを使って出来る仕事をこなしながら、静かで緩やかな時間を過ごしていた。


 魔王様の言いつけでしっかりバイオリンを持って行かされた私は、早朝から大自然の中で、魔王様の目の前でパッセージ練習を毎日見て頂けるという、とても貴重な体験を満喫出来た……


「あ? 誰が止めていいっていった?」

「お腹すいた……」


「160で30番」


「……お腹すきました」


 魔王に睨まれた……

 怖いです。




 ◇




 魔王様の朝の地獄の特訓がやっと終了し、至福の時が。


「このパンめっちゃ美味しい!」

「昼からストレッチな」


「まだやるんですかあ?」

「遊びに来たんじゃないんで」


「ええええええ。夏休みって言ったじゃないですか!」


「夏休みですよ。夏休みだからって練習さぼって良いなんて一言も言ってませんが?」


 鬼過ぎる……


 楽しそうに笑う先生の顔が……


 そして魔王の特訓は夕方まで続いた。


「お前さぁ、ちゃんと体力作りしないと持たないぞ」


「……」


「夏までに水泳教室を申し込んでやるよ」


「えええええええ?」


 問答無用の神のお告げが……


「ご一緒にいかがですか?」


「結構です」





 ◇




 そんな楽しい? 甘い? 静かな時も終わりを告げた。


「明日帰るんですか?」


「そろそろね。佐々木からの電話が煩くて」


 先生がスマホをベッドの上に軽く投げた。


 北海道から帰ってすぐ、別荘に来て既に1週間。流石にこれ以上離れるのは難しいと先生も判断したらしく、スローライフも今夜で最後となった。


 こんなに長く先生とずっと一緒に過ごせるのって本当に貴重なことだった。


「明日から家空ける時間増えるけど、大丈夫か?」


「夜もですか?」


「できるだけ帰るようにはするけど。昼間はアカデミーで過ごせばいいけど夜がなぁ。一人で留守番出来るか?」


「……仕方ないです」


「夜だけ淋しかったら、由紀と一緒に実家行けばいいよ」


「お父様いらっしゃるんですよね?」


「いるだろ。しらね」


 お父様もいらっしゃるなら、たまには遊びに行ってみようかなあ。


「怒らないで下さいよ? 遊びに行っても」


「分かってるよ」


 そう言いながら、この前機嫌悪かったくせに……


「うるさいよ?」

「何も言ってませんよ?」


「犯すぞ」

「優しくしてね?」


「阿呆か」



 優しく? 甘い静かな夜が更けて行く。






 ◇







「帰りたくな~~~い!!」


「置いてくぞ」


「やだああああ」


「餓鬼かよ」


 玄関の柱にしがみつくが、無表情で先生に腕を掴まれながら連行された。

 車に半強制的に押し込まれる。


「まだ子供だも~~ん」


「なら寮戻るか」


「……ズルイです先生」


「出来るだけ時間作るから」


 先生が苦笑いしながら頭をポンっと叩く。

 夢のような時間があと少しで終わってしまうことに……


 頭の中では分かっているけれど……


 先生の顔を見上げる。



「泣くなよ」


「ごめんなさい……」


「遅くなっても必ず帰るし、空きでたら電話するから」


「……はい」



 先生は胸に抱き寄せてくれたまま、ずっと頭を撫でてくれていた。


 ほんの少し前までは逢えないことに淋しくても我慢していたのに、今は少しでも姿が見えないと、不安になり、悲しくなってしまう……


 こんなに私は我儘になってしまっていた。


「せんせ? ごめんなさい……」



「何が」


「だって……こんなにも……私。先生が居ないと……我儘ばかりで……嫌いになっちゃわないかと思うと……」


「今更だろ」


 先生はいつもと変わらず優しく微笑んでくれた。


「嫌いにならない?」


「YES」


 即答だった。


「黙って居なくなられるより何倍もマシ」


「ごめんなさい……もうしないからぁ、言わないでぇ」


「まぁ赤ちゃんだからなぁ。仕方ないか」


 先生が笑いながら、少し呆れた表情を見せた。


「ひどおおおおおい!」




◆◆おまけ◆◆

160,30番とは︰パッセージ教本(バイオリン用、指使い含め基礎練習本)の30番目教本曲(曲と言うかメロディではなく、音階の旋律集)を、速さ160の速さで弾くことです。通常を120くらいとして、速めのテンポになります。最高が190超えくらい

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