31.天国
──あっという間の空の旅を満喫した私は、異国の地、いや初めて足を踏み入れる日本最大の島に到着した。
空港、広っ!
「キョロキョロしない。海外行ってキョロキョロ絶対するなよ」
「……はい」
「音楽よりお前の場合そっちの方が不安だわ。アカデミーの子ら含めて暫くは、ドイツメンをサポートに付けるけど」
「言葉ってドイツ語だけですか?」
「英語できたら問題ないけど、お前無理だろどうせ」
「……」
「まあ一人で外出は絶対しないことだな」
「……はい」
「ジンギスカン、海鮮、ラーメン何食いたい?」
「全部!!」
「阿呆か」
「……」
◇
「何ですかこの天国は!!」
目の前に並ぶ高級海鮮様と、艶やかなお肉様!
そしてプリプリの黄金色に輝くとうもろこし様!
「ラーメンないけどな]
先生が苦笑いした。
「充分でございます!!」
◇
「お前それ焦げてるし」
「先生食べます?」
「嫌です」
「……」
「一度にのせるからだろ」
「ですよね……」
これ絶対デブになるパターンよね……
美味しいものに囲まれたら。
「何?」
「絶対太りそうな予感が……」
「帰ってランニングな」
「ヒドイ……」
「先生って全然体型変わらないですよねえ?」
「いや? 今、比較的落ち着いてるけど、ツアー中とか5キロぐらい落ちる時あるし」
「うそん!」
「貴女と違って食えないから」
「……仕事減らします?」
「年内は埋まっております」
「ですよね……」
「これでもかなりセーブしてるんだぞ」
先生は昨日も夜中に起きて仕事をしていた。
倒れなければ良いけどと、心配になる。
「せんせ。無理しないでくださいね?」
「やりたいことがあるから」
先生が笑顔で遠くを見つめる。
これだけ全てを手に入れた人が、まだやりたいことがあるんだってことに驚いた。
どれだけ上を目指しているのか?
そしてその為にどれだけ毎日頑張ることを止めないのか。
その強さを私はずっと見ていたい。
「それって私も一緒に見えますか?」
「YES」
即答した自信に満ちた顔に、改めて尊敬した。
「お前また焦げてるし」
「きゃーー」
「食いませんからね? 自分で責任取ってくださいね」
「……」
「先生、何でエビ全然食べないんですか? カニも」
「めんどくさい」
迷わず答えた理由が先生らしかった。
そして私が綺麗に殻をむいてあげたら、ちゃんと食べる先生が可愛くて。
「先生って食べ物に興味あんまりないですよねえ?」
「貴女ほど飢えてないだけです」
「……」
偏食はないが、魚やエビなど骨があったり殻があったりするものに、自ら手を伸ばすことは絶対しない。
「次、何焼きます?」
「イカとエビ」
食べるんかい!
それからは、私は先生の給仕係に任命されたようで、神の指定する食材を黙々と焼き続けた。
「食えよ」
は?
貴方のを先程からずっと焼かせて頂いておりますが?
◇
「お腹いっぱい!」
「ご満足いただけて良かったです」
「せんせ! 見てみて! メロンある!」
「はぁ? お前まだ食うのかよ」
「だって~~メロンですよ? 北海道と言えばメロンでしょう!」
「どこでも売ってますけどね」
先生……
そういうところですよ?
女心分かってないですねえ?
「あ?」
「何でもないで~~す」
「せんせ、一口食べます?」
「いらないです」
美味しいのに~~
「夜、腹痛いって言っても知らねーぞ」
「……」
「今日って何処に?」
「小樽。車運転するのだるいからタクシーな」
「電車は?」
「面倒です」
タクシーの車内でスヤスヤ眠りだした先生の頭をそっと撫でる。
「ありがとう。無理してくれて」
◇
「せんせ~~写真撮ろ?」
「拒否権どうせ俺にないだろ」
「一応?」
苦笑いしながらも、付き合ってくれる先生の優しさが嬉しかった。
「もう充分ではないでしょうか? 姫」
「だって~~こんなに綺麗なんだも~~ん」
「また来れば良いだろ」
「本当に?」
煉瓦造りの建物から咲き誇る灯りが運河に揺らめいて、幻想的な夜と共に、先生の甘い蜜の囁きが花開く。
求めなくても知り得たように優しく覆う唇が、少し冷たい夜風を火照らせた──
◇
その頃、某所の最上階ガラス張りの部屋の一室では。
『御神グループ会長、御神 幸三氏と笑顔で握手する音楽会の貴公子、御神 貴志率いるMフィルオーケストラ、大成功。鳴り止まぬカーテンコールに応える』
『神降臨! 音楽会の天才貴公子 御神 貴志による極上の夜が~~』
『御神 貴志率いるMフィル、自らの生徒達を引き連れ日本の夜に大輪の花を咲かせた!』
「概ね問題は、なさそうだがこれはどういうことだね? 何処の会社だ?」
男は近くにいた秘書に冷たく低い声で言った。
──『音楽会きっての色男! 今度は自分の教え子を新恋人にか?!』
雑誌に小さく載った文字と、そこに映っている写真に男は眉間に皺を寄せ、明らかに不快感を顕にした。
「申し訳ございません! 全社に通告を出していたのですが……」
「今日中に処理を終えるように」
男はテーブルの上にあった、その小さな記事が載った雑誌を手に取り、破り捨てた。
─◇◆
その頃、遥か遠く海を隔てた何万キロも離れた、とある町の一室。
「What is this, my Takashi?」
(どういうことかしら?私のタカシ)
雑誌を握りしめながら、電話を掛けた。
「Grandfather , there’s something I’d like to ask you."」
(おじいさま、ちょっとお願いしたいことがあるのですが)




