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御神先生の秘蔵っ子─世界編  作者: 蒼良美月
第三楽章 嫉妬

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28.光の向こうへ(3)

 ──早いもので、あれだけ色々あって、先生に本気で怒られたことも……そんな中、今日、日本公演最終日を遂に迎えることとなり。


 本番まであと1時間のドキドキが……

 今日は責任重大な日であり、緊張感が半端ない。


「花音。おいで」


 先生が手招きする。


「いい女になったな。愛してる」


「ぇ?」


 い、今言います? それ?


 驚き過ぎて固まってしまった。


「大丈夫。普段通りで。何かあっても一人じゃない」


「……はい」


 今日は最終日とあり、少しファンサービス向けの演目だった。

 オーケストラ公演と言うよりは、日本のファンに対しての日本メンバーの紹介が主になる演目だった。


 1曲目のパガニーニの『カプリース』は、5番と7番そして24番の3曲を行う。


 そして、その後の目玉が、先生と天野先生の2台のピアノによるリストの『ラ・カンパネラ』となる。

 弦楽器だけが演奏し、管と打楽器は本日は出場しない。


 そして最後のアンコールに、先生が観客の皆にスペシャルプレゼントとしてリストの『愛の夢第三番』が贈られる予定だった。


「いくぞ」

「はい……」


 先生が今日の為だけに用意してくれたドレス。

 青紫の大人っぽいマーメードドレスを身に纏い、先生に手を引かれ舞台に向かう。


 弦楽全員が見守る中、最前列中央に高科先生と並ぶ。

 2台のバイオリンによる『カプリース』の主旋律に、ビオラやコントラバスの弦が華を添える。


 先生が客席に挨拶をし、此方に振り返り軽く会釈をする。

 高科先生と、無言の挨拶を行う。


 先生がタクトを振り下ろし、パガニーニの世界が始まった。


 何度も何度も、先生の目の前で高科先生と二人でひたすら、同じフレーズを弾かされた記憶が蘇る。


 練習のしすぎで腕を痛めたことも。


 先生の顔が愛おしくて、そしていつもにも増して艶っぽく妖艶な瞳に、まるで丸裸にされ愛を注がれているような感覚になる。


 痺れるような甘い媚薬を感じながら、胸の奥が疼く。


 そして、最後の#24。


 ユーリさんと何度も練習を重ねた、私がバイオリンを好きになるきっかけとなった曲。


 いや「御神 貴志」を知るきっかけとなった先生の十八番。先生がプロデビューした曲で、今日私も初めて、プロとして観客の前で同じ曲を奏でる。


「はぁ、はぁ……お、終わった」


 ──パチパチパチ

 ──「ブラボー」


 一演目での観客総立ちのスタンディングオベーションが行われた。


 今までの二日間も幕間の前の一演目で歓声は上がったが、基本的には二曲目の演奏全てが終了してからの大歓声だった。その後アンコールが行われてのスタンディングオベーションであったが、一曲目終了時のこの大歓声には驚いた。


 会場が揺れ、鳴り止まない拍手となり、異例のカーテンコールとなり、先生を始め演者が観客の声援に応えた。


 高科先生にエスコートしてもらい、舞台の袖へと移動する。

 いつものように、演者全員を見送り先生が袖へと戻って来た。


「ドキドキした~~」


「着替え」


「そうでした!!」


 急ぎ控え室へ戻る。


 スタンバイしていた由紀様と、アカデミーの方に手伝ってもらって衣装チェンジを行う。


 何と先生は、今日の演目用に2着衣装を用意していて『カプリース』は青紫から淡い白が裾に流れるようにグラデーションしたマーメイドドレスと、カンパネラは何と、クラシックコンサートではありえない、パニエを入れる本格豪華姫ドレスを用意した。紫色の生地に、豪華なパールやスパンコールが散りばめられた、お姫様のようなドレスだった。


「貴志、外に行ってて! 着替え中!」


 由紀様が先生を叱った。


「あ? 別に今更だろ」


 先生……そういう問題ではないのですが……


「いいから! 出て!」


 由紀様怖い……

 先生が渋々外に出て行った。


 うん。やっぱり御神家で一番偉いのは由紀様ですね。


「いい! 最高! 可愛い! 我が妹!」


 ゆ、由紀様? 今、妹って……

 凄っ。この短い間で髪まで結ってくれて……

 鏡を渡され見ると、先生の注文通りに仕上がっていた。


 衣装チェンジの時に髪をアップにと、先生からの指示が出ていたのだ。

 それを忠実に守るアカデミーの方の凄さに感動した。


「では、王子を呼んで来るわね」


 由紀様が部屋を出て行き、入れ替わりのように先生が戻って来た。


「どうですか?」


「良いんじゃね?」


 一瞬見ただけで、目を逸らした。

 むぅうう。


 その言葉にアカデミーの人達も軽く先生に会釈をし、部屋を後にした。


 先生が水を含み、水分を注がれる。


「口紅付きますよ?」


 先生は、その言葉に私の手を取り、自分の唇に私の指を押し当てた。


「ちょ、せ、せんせい」


 そのまま私の指を舐める先生に、恥ずかしくなり顔が赤くなる。


「今度はお前の指が赤くなるだろ?」


 意地悪めいた顔して笑う先生の瞳に囚われる。


「終わってからな」


 背後に回り、軽くうなじに口づけした先生の声だけで昇天しそうになる。


「良いねぇ。もっと激しく求めてこいよ」


「せ、せんせい……」


「時間です。姫」


 心臓がいくつあっても足りない、先生の甘い魔法が掛かったまま舞台に上がる。


 先生がピアノに座った途端、観客の声にならない溜息が漏れるのが手に取るように分かる。


 指揮台には誰も居なく、両サイドに鎮座したコンサート用ピアノ。

 一台は昨日まで暗幕で隠されたままだったが、本日そのベールを脱いだ。


 ライトが当たり漆黒が艶やかに光り、金のフレームと中の黄金色した木と赤のコントラストが美しい流線型を描いていた。


 全員がスタンバイしたのを確認した先生の指が白い鍵盤の上に静かにのった。


 先生の鐘の音が左右打ち鳴らされた後、8小節目から全員がホール全体に鐘を打ち鳴らす。


 丘の上にある大聖堂から厳かな鐘が鳴りはじめ、段々とそれは街全体に広がり連ね、洪水のようにうねりを上げ叫び、青空を切り裂く。


 音ではなく「御神 貴志」に神が降りた瞬間だった。

 全員がその世界に引きずり込まれ、瞬きをするのも忘れるぐらい止まっていた。


 先生が静かにピアノから立ち上がり、中央へ歩き出した瞬間、ふと我に返った皆が賛辞を贈った。

 その声援に応えるように、先生が天野先生と高科先生と私に中央に出てくるように目配せした。


 興奮冷めやらぬ中、震えが止まらない私に、高科先生がそっと手を出してくれた。

 その手に守られるよう手を重ね、高科先生に押されるように先生の隣に立つ。


 その時だった──


 先生が私の手を取り、観客に優雅に会釈をした。

 それに合わせるように両端の天野先生と、高科先生が深く頭を下げるのに見習い私も観客に頭を下げた。


 割れんばかりの声援と拍手に包まれ、放心状態の私に小さな声で先生が言う。


「お前のデビューだ。おめでとう」


 その言葉に高科先生と、天野先生も私に「おめでとう」と言ってくれた。


 込み上げるものを抑えることが出来ず、止めどなく流れる涙を拭いながら、先生が再度手を取り、観客に応えるようにアピールした。


 鳴り止まぬ拍手に送られ、袖へと下がる。


 緊張と興奮から思わず足がフラつき床に座り込みそうになった瞬間、先生に抱き止められた。

 先生の指示で袖に椅子が用意された。


 袖で待機していた由紀様がにっこり微笑んだ。


 あれ? バイオリン??


 由紀様がバイオリンを手にしていた。


「出た! 20億!」


 ぇ?


 天野先生の言葉に固まった。


 どういうこと?


 この後って先生独奏のピアノ演奏だけだったわよね?



 会場からアンコールの声が鳴り響く中、白いスーツ姿の長身男性が現れた。


「ユーリさん?」


「この阿呆、幸造に直談判しに行きやがったんだよ。ドイツにさっさと送り帰しておくべきだったわ」


 先生がユーリさんを睨みながら言った。


「え?」


 訳が分からず、ユーリさんの顔を見る。


「バイオリニスト、ユーリ・プリセツカヤの最後の舞台になります。姫の為に一曲披露します」


「ぇ?」


「だって、タカシの所だとバイオリン一生弾かせて貰えないもん」


「そもそも一年契約なお前」


「ひど~~い。ずっと一緒って誓った仲じゃな~~い。ダーリン」


「死ねよ。さっさと用意しろよ。出るぞ阿呆」


 もしかして、由紀様が持っているバイオリンって?

 前に高科先生達が言ってた「ガルネリ」?


 現役バイオリニストナンバーワンと言われた男が、世界最高峰の名器と言われる「ガルネリ・デル・ジェス」を手にし、世界ナンバーワンに何度も輝いた御神 貴志のピアノと共演する。


 ワクワクが最高潮になる──



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