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御神先生の秘蔵っ子─世界編  作者: 蒼良美月
第三楽章 嫉妬

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27.光の向こうへ(2)

 ──ヤバイ……今になってドキドキしてきた。心臓から口、いや違う。口から心臓が出そうだ。


 先生が着替えを済まし近づいて来た。


「大丈夫。俺がついてるから」


 先生が軽く頬にキスしてくれ、手を差し出す。


「一緒に、夜空の星を見に散歩しようか。花音」


「はい」


 先生に手を引かれ、控え室を後にし舞台袖に移動する。


 既にオケメンバーは持ち場の位置にスタンバイしていて、皆が先生の到着を待っていた。


 音楽ホールによっては緞帳を使用しないステージが多く、特にクラシックコンサートの場合最初からメンバーが舞台に配置されている状態の「板付き」からスタートすることが多い。


 先生に背中を軽く押され、舞台にゆっくり歩いて行く。

 隣で待っていた高科先生に軽く会釈をし、チューニングを行う。



 ──遂にその時がやって来た。


 先生が舞台中央指揮台へとゆっくり歩いて来た。


 観客の声援に応えるように先生が軽くお辞儀をし、その後、私ににっこり微笑んだ。


 そして、オーボエ担当のヒューイットさんの「ラ」の音が静かなホールに鳴り響く。

 全員がその音に合わせチューニングを確認し合う。


 先生が指揮棒を持ち、高く振り下ろした。


 その合図で一斉に全員で、夜空を散歩する。


 1曲目のホルスト作曲『惑星』が始まった。

 広い宇宙への宇宙船の旅。


 一曲目の『火星』から始まり全7曲の組曲。

 力強い軍神の『火星』が戦場へと向かった。


 5拍子で紡がれる重厚な音。打楽器ティンパニが力強く打ち付ける。

 弦の低音が重なり強さと威厳が増して行った。



 そして『木星』ジュピターに入る。

 ホルンの幕開けにフルートが誘う。


 先生の示す方向に宇宙へ駆ける。

 先生って本番だとあんな官能的な顔するんだ……


 色気凄っ……


 中盤に差し掛かり、有名なフレーズに。

 天野先生のピアノの音が流れる。



 オーケストラにピアノを入れない所が多い中、敢えて管理が大変なピアノを今回先生は入れた。

 ツアー中、常に調律師の同行が必要になるのと、リハ、本番毎に毎度調律しなければいけなくなる手間がかかるからだ。


 それでも先生は今回その「手間」を敢えて選んだ。ドイツフィルにない「御神 音楽」を完成させる為に。

 その試みに指名したのが天野先生だった。


 天野先生が言うようにジュニア時代から何度もコンクールで顔を合わせた「友」にその重責を任せた。


 先生が常に言う「観客に満足してもらう舞台」のこれも演出の一つだろう。



 お、終わった……


 第一演目の『惑星』が何とか無事に終わった。

 客席から鳴り止まぬ拍手の中、休憩へと入る。


 本来はシンフォニーである『惑星』のほうを終盤に持ってくるのがセオリーだが、初演の一曲目と言うことで先生が敢えて、始まりを意味する『火星』を持って来た。


 終盤を終わりとして捉えるのではなく、明日に余韻を残す意味を含め。

 メンバーが続々と舞台から袖に向かい去る中、先生は最後までメンバーを見送る。


 全員が袖に下がったのを確認し、客席もチラホラ席を立っていて疎らになっている客席に深々と頭を下げ、袖に歩いて来た。


「お帰りなさい」


「ちゃんと水分補給しとけよ」


 先生と一緒に控え室に戻る。

 部屋に用意されていた、飲み物や軽食。


 ペットボトルの水を手に取り、ほんの少し口に含んだ先生が、突然私を軽く引き寄せた。


 え?


 ちょ、い、今?


「水分補給」


 笑いながら言う先生の顔が、かっこ良すぎて抱きつこうとしたら逃げられた。


「終わるまでお預け」


「……」


 サンドウィッチに手を伸ばした瞬間、先生が大笑いした。


「お前、よくそれだけ食えるなぁ? 尊敬するわハハハッ」


「ぇ? 駄目でした?」


「いや? 最高だわ!」


「えええええええ?」


 何か馬鹿にされた感があるんですけど……


「まぁ初舞台で、それだけ物食える余裕あれば上出来だよ」


 先生が頭をポンと軽く叩いた。


 ぇ? それとこれとは別でしょう。

 だってお腹空くんだもーーーーん。


 あ!

 でも、デブる?


「デブになりますかねぇ?」


「こっちに付けば良いんですけどね」


 先生の目線が下がる。


 大器晩成型なんです!!


「やっぱり大きい方がお好みですか?」


「いや? 特に考えたことはないね」


「本当に~~?」


「抱き心地の良さはあまり細すぎるよりはいいけど、ドレス着せた時になぁ、あまりにもだと」


 再度、目線が下がる。


「もう! 何処見てるんですか!」


「今更でしょう?」


「リップ貸せ」


 ぇ?


「崩れました?」


「バクバク食うからだって」


 呆れた顔するのやめて下さい。

 先生に筆で紅を直して貰うのってちょっと……


 頬が無意識に赤くなる……


「下向くな」


 その目で見られると……


「もっと欲しそうにしろよ」


 塗りたての口紅に軽く口づけした先生が、移った赤い紅の色を指で拭き取る姿が……


 艶っぽ過ぎて、上着を脱いでシャツのボタンを半分開けている先生の鎖骨下に私がつけた印の跡が微かに残っている。


「しっかり欲しがって演奏してください」


 先生が立ち上がって、シャツのボタンを閉めた。


 なんかズルイ……


 休憩時間の終わりが近くなり、先生に手を引かれ袖に向かう。


 全員が続々と戻って来て少し騒がしくなる中、耳元で囁かれる。


「続きはベッドの中で」


 それだけ残し颯爽と光の中に戻っていく先生の姿に、高揚感とドキドキが止まらなかった。




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