25.ジェラシー
──違うの! 誤解なの! それだけを言いたくて先生を必死で追いかけた。
いた!
「ハァハァ。せ、先生! 待って!」
「あ?」
「違うの! 誤解なの!」
「誰が誤解してるって?」
一瞬見せた無表情の顔が、此方を向いた。
「ぇ?」
「その程度の男だと思ってたってことか」
「ぇ?」
「打ち合わせの仕事入ったから先に飯食って寝とけ。車回してくるから入口で待ってろ」
「はい……」
淡々と発せられた業務連絡のような言葉が胸を締め付けた。
先生に言われた通り入口に向かう。
余計なことを勝手に考えてしまう。
わざと仕事入れた?
避けられた?
いや、今までも急遽打ち合わせの仕事が入ることなんて何度もあった。
できるだけ夜を避けてくれていただけで、それでもどうしてもの時はあった。
考え過ぎなのは分かっている。
先生がそんなことをするわけがないことも。
玄関の目の前に停まった先生の車に急ぎ乗る。
「すいません忙しい中……」
「いや」
先生の顔を見ることができず沈黙が続く。
静かな車内でただ俯くことしか出来ず、膝に落ちてきた雫を手で覆う。
「ごめんなさい……」
その言葉以外なかった。
「謝らないといけないようなことをしたのか」
「違う! 絶対ない! そんなことありえない!」
「なら謝るな」
「でも、せんせいが……」
再び無言になる先生の顔を見る勇気は、今の私にはなかった。
「誤解はしてねぇよ。それでも許せなかった自分に呆れてるだけ」
「ぇ?」
先生の言葉の意味が分からなくて先生の方を見るが、避けるように窓の外を向かれた。
「せんせ? どういう意味ですか?」
「何でもない。忘れろ」
「ぇ? せんせ?」
怒られるか? 避けられるのを覚悟して、思い切って先生の肩にそっと頭をのせてみた。
「やめろ」
即座に落ちてきた冷たい言葉。それでも無言のまま彼の許しを乞う。
「離れろ」
最終通告を言い渡された。
「……ごめんなさい」
「壊してしまいそうだから近づくな」
「ぇ?」
先生の顔を見つめる。
「見るなよ。阿呆」
「え??」
サングラスを手に取り掛け、無言のまま私の手を握ってきた。
再度、肩にそっと頭をのせる。
無言のまま、その胸に抱き寄せてくれた。
「格好悪っ」
消え入るような小さな声で呟いた先生の顔を見ることは出来なかった。
それ以上先生は何も言わなかった。
そしてマンションの駐車場に着いてしまう。
「ちゃんと戸締まりして寝ろよ。じゃあな」
感情のない淡々とした口調で業務連絡のように言われた。
「そんなに遅くなるんですか?」
「怒ってはないけど壊してしまいそうだから、実家泊まるわ」
「嫌です! 壊して欲しい! だから……お願い傍にいて」
表情を隠すようにサングラスを掛けたままの先生にしがみついた。
「馬鹿女」
突き放すように離れた先生が、ドアを開け外に出て何やら電話をしている。
暫くして助手席に歩いてきた先生がドアを開けた。
「降りろ」
強引に手を引かれながらエレベーターに乗せられ部屋に入った瞬間、手首を掴まれ自由を奪われた。
玄関の壁に固定されたまま激しく唇を奪われる。
そのまま抱き上げられ、ベッドに降ろされ無言のまま自由を奪われた。
いつもの優しさは一切無く、まるで獣のように激しく何度も求めてくる狂わしい彼の激情は朝まで止まることはなかった。
それでも、そんな彼が堪らなく愛おしくて嬉しかった。
「怒っていいぞ」
それだけ言って背中を向けた彼の背に、昨夜何度も立てた爪の痕に口づけをする。
短く切っているはずの爪の痕が生々しく残っていた。
再び視界を奪われ囚われた。
その日、私は理性をなくした彼の奴隷となる悦びに酔いしれた──
◇
気怠さの中、口に含んだ水を優しく与えられる。
「怖かったか?」
彼のその言葉に首を横に振る。
「大好き」
いつもの彼に戻った先生は優しく頭を何度も撫でてくれ微笑んだ。
「起きられるか?」
その言葉に首を横に振る。
先生が優しく頭を撫でてくれた後、立ち上がったので手を伸ばす。
「直ぐ帰って来るから」
それだけ言い残し部屋を出て行った彼を追いかけようとしたが、鈍痛に襲われ再び瞼を閉じてしまう。
◇
「アイスとプリンどっちがいい」
「アイス!」
彼に介抱されるように抱き抱えられゆっくりベッドに座り、極上の献身愛を受ける。
「先生打ち合わせは? 大丈夫だったんですか?」
「今日の夜にしてもらった」
「夜いないんだ……」
「早めに帰る努力します」
ちょっとだけ辛そうな顔をした先生に嬉しくなり、瞼を閉じて待つ。
「冷たっ」
代わりにアイスクリームを口に入れられた。
「今日休んでいいぞ」
「でも先生行っちゃうんですよねえ?」
「仕方ないでしょう」
「じゃぁ行く!」
「仕事中は構えませんからね」
「……先生のせいなのにい」
「なら休みなさい」
「ひどすぎる……」
「見学でいいならな」
先生は額に手を当てながら瞼を閉じていたが、口元は笑っていた。
「やったーーー!!」
「夜は無理だぞ。今日仕事あるから」
「……」
◇
「歩けそうか?」
「むり~~」
「お前……絶対歩けるだろ」
それでも抱き上げて車まで運んでくれた先生に思いっ切り甘える至福の時間を過ごした。
──ただ練習に入った先生は、いつもよりとても厳しく、その矛先は何故かユーリさんに向かっていた。
やはり魔王は今日も元気に健在であった。




