23.従属
今日は練習もお休みと言うことで、朝から至福の時間が堪能出来る! と思いきや、朝から神より拒否権のない命令が下された。
「二段目からもう一回」
「はい」
「だから『ラ』鳴ってないって、さっき言ったろ」
「はい……」
怖っ!
その無表情をやめて貰えると大変嬉しいのですが。
「あ?」
「い、いえ。なんでもございません」
「次180」
「はい……」
段々と速さが上がっていく。
その分ミスが増えてくる。
「三段からやり直し」
「はい」
一音でも外したら即座に中止命令が下される。
「二小節目からもう一回」
「はい」
手を伸ばせば届くんじゃないかと言うぐらいの至近距離で神にじっと見つめられての練習。
気怠そうにしている先生が時折、髪を掻き揚げる姿があまりにも艶っぽくて……つい伏し目がちに。
「正面」
「……無理ですよ。そんな目でずっと視られたら」
「欲しくなったか」
「……」
「あんなに夜与えただろ」
「……」
「だから家で普段やらないんだよ」
「……すいません」
せ、せんせ、ちょ、えっ?
「止まらなくなるだろ」
熱い口付けをされたまま自由を奪われた。
抱き上げられ甘い一時に酔いしれる。
◇
「阿呆」
「ひどおおおおい」
「だから嫌なんだよ。家で練習みるの」
「だって先生が……」
「あのまま放置出来ないだろ」
「そんなに酷かったですか?」
「まぁもう少し時間あるしな」
「……」
「仕事の話し終わり。何処行きたい?」
「今日お仕事は?」
「朝、終わらせた」
「ぇ? いつの間に?」
「貴女が気持ち良さそうに寝ている間です」
「……ごめんなさい」
「そこは別に。一緒にいたいのは同じだから」
「せんせ!」
優しく微笑む先生に抱きついた。
「それよりさぁ。ここだと見えるだろ阿呆」
「……だって」
どうしても私のって繋ぎたくて、付けてしまった印。
気づいていたくせに逃げなかった先生が、目の前でちょっとだけ困った顔して笑う姿が嬉しかった。
「公演近くなったら駄目です」
「燕尾服見えないことないですか?」
「そういう問題ではないです」
「……すいません」
「ピアス買いに行くか」
「ぇ?」
「これは?」
先生に貰った金のフープピアスを見せる。
「それ俺が一人で選んだやつだし」
「それって?」
「着替えなさい」
「やったーーー!」
◇
「どっちが良い?」
「微妙。12月ってターコイズか……タンザナイトでいいや」
「え?」
「作る」
「は?」
ショップをスタスタと出て行く先生を急いで追いかける。
何やら何処かに電話している様子だが?
「何処に行くんですか?」
「秘密」
「えええええええ」
そのまま車で移動し、何処に行くのかも教えて貰えず車の中でも珍しく楽しそうに? している先生に、戸惑いながら到着した場所は。
「着いた」
先生に言われ、車から降りる。
「此処って?」
「デザインからオリジナルで作ってくれる」
「ぇ?」
? が頭の中に飛ぶ中、先生に手を引かれて小さな可愛らしい洋館に入る。
「いらっしゃいませ。お久しぶりですね先生」
「よろしく。ピアス作ってほしい」
「せんせ?」
「どうぞ、お座り下さい」
年配のお洒落な女性がにっこり微笑んでカウンター席を案内してくれた。
その言葉に先生の顔を見ると頷いたので、案内された席に座った。
タブレット?
「せんせ? 絵も描けるんですね?」
「描くって程じゃないだろ? あとはちゃんとやってくれるから」
先生が描いたタブレットの絵を見ながら、店の方と先生がやりとりしている。
「台の素材はどうされますか?」
「プラチナにタンザナイト裏に一石の一つと。もう一つ同じデザインでサファイヤで名前彫って」
店の方の質問に先生が即答した。
「ぇ?」
「これで我慢しなさい」
それから先生と店の方が色々話しを進め、表面のデザインを先生と一緒に決めて行く。
「あんまり目立つのは無理だから表一石でいいよ」
「どちらも同じデザインにしますか? それとも女性用のだけダイヤの数増やします?」
「こっちエタニティにしよっかじゃあ」
先生が私の顔を見ながら微笑んだ。
「え?」
「永遠の愛」
「え??」
─◇
「こっち埋めて」
「かしこまりました。ではスペルを此方に書いていただけますか?」
『Kanon』『Takashi』と、先生が紙に名前を書き入れた。
「これ俺の名前全部入る?」
店の人に先生がたずねている。
「サイズが小さいですからねぇ。ちょっと厳しいかもですねぇ」
「駄目ならイニシャルでいいや」
先生が、先程の紙にイニシャルを書き入れている。
え? なんでK・M ?
先生の顔を思わず見上げたが、何も言わず笑っていた。
「このサングラス内側に彫れる?」
「名前だけなら直ぐ出来ますよ?」
「じゃこれも」
先生が、胸にさしていたサングラスを取り、店員さん渡しながら先程の紙の私の名前を指さした。
店員さんが先生のサングラスを預かり、奥へ入って行った途端、先生が笑いながら軽く頬に口付けをしてきた。
その行動に驚いて、凝視してしまう。
「せんせ!」
「なぁ、そろそろ、その先生やめないか?」
「……」
そんな顔されても……
無理ですってばぁ。
奥の部屋から店員さんが店内に戻って来た。
「お待たせしました。お確かめ下さいませ」
先生が店員さんから受け取り、サングラスの柄の先端部分に彫られた名前を私に見せる。
「これでいいか」
柄の裏に刻まれた『Kanon』の文字に泣きそうになった。
声にならない私に、先生が頭を優しく撫でてくれた。
「出来たら連絡ください」
「承知しました。本日は大変有り難う御座いました」
店員さんに見送られ店を後にした。
◇
「おじゃしま~~す」
いつものように先生の車に乗るがニヤニヤが止まらない。
やばい……自然に口元が緩んでしまう。
緩みっぱなしのニヤつく顔した私に先生が笑いながら言った。
「サングラスこれだけじゃないけどな」
「ひどおおおい!」
「全部入れて貰っても?」
「面倒だろそれ。持って行くの」
「私代わりに持って行きますよ?」
「今度取りに行くときな」
先生が苦笑いしながら頭を撫でてくれた。
「せんせ? 好き?」
「名前で呼べたら言ってやるわ」
「ずるうううううい!」
「俺も呼ばせたいって思うんだぞ」
「ぇ?」
小さな声でポツリと呟いた先生に驚いて思わず見上げた。
だが、愛しい人の視線は窓の外に向いていた。
でも握られた手が一層強く力を込められた。
「貴志、さん?」
「お前、今それ。やっぱりベッドの中でいいや」
「ええええ。凄く頑張ったのにい! ずるううい」
「止まらなくなるから」
「ぇ?」
少し照れた顔した先生が可愛くて、膝に頭をのせた。
優しく髪を撫でくる先生の指を軽く噛む。
無言のままの先生の顔を見つめると、私の目を手で覆われた。
「せんせ?」
「阿呆」
「ひどおおおい」
◇
「何ですか? さっきからずっと黙ったままでじっと見て?」
少し早めに夕食にと入ったレストランだが先生は何も言わず、ずっと見つめる。
「やっぱり無理。出るぞ」
「え? えええええ?」
いきなり食事の途中で席を突然立ち手を引かれて、会計だけ済ませた先生に連行される。
何が起こったのか分からず、たずねるが無言のままだ。
「お前のせいだからな」
「ぇ?」
無言のまま車に押し込まれるように乗せられた瞬間、強く抱きしめられた。
「加減出来る自信ないぞ」
「ぇ?」
そのまま無言のまま連れて行かれた部屋の一室で、始めて見る彼の顔が愛おしくて。
彼の全てを受け入れた。
何度目かの幸せを感じた時、先生が小さな声で呟いた。
「怒っていいぞ」
「何で?」
そのまま先生が背中を向けた。
「止まらなかった。ごめん」
背中を向けたまま謝る先生が愛おしくて可愛くて。
そのまま抱きついた。
「幸せでしたよ?」
「阿呆。断れよ」
「そんなことするわけないでしょう。貴志、さん?」
「いい女になったな」
「ぇ?」
突然、頭を先生の胸に押さえつけられるが、無言の彼の意を受け取り、差し出された無抵抗な先生の身体に印を押していく。
その度、歪む先生の美しい顔を壊していく悦び浸り、私の物となり下がる彼を捕らえた──




