22.合同練習(2)
──船長がいる船ってこんなに違うんだ。と思うぐらい明らかに違っていた。
手探りで広い真っ暗な宇宙を泳いでいたのが、船長が明かりを灯す方向に全員が一緒に一点を目指し歩みはじめた。
これが先生が言ってた「宇宙を散歩」するってことなんだ。
ホルンの力強い音に後押しされ、フルートの優しい誘いで、自由に壮大な宇宙を駆ける。
弦楽器と管楽器が交代で宇宙を泳ぎながら互いにランデブーポイントに向かう。
あの有名なフレーズに入る。
弦全員が一斉に奏でる。壮大な宇宙へ向けて。
凄っ!
これが、御神 貴志の音の世界なんだ。
約10分弱。先生は軽くタクトで方向を指示しただけなのに、居ないはずの観客達の歓喜する姿が見えた。
「20分休憩後、各パートに分かれてチェック」
先生は、それだけを言い残し舞台袖に消えて行った。何やら音響さんと話しをしている。
ユーリさんが近づいてきた。
「残念。もう少しでレディサクライを追い出せたのに」
彼は、少し戯けた表情を見せたが、それは決して嫌な気分になる笑いではなかった。
「そんなに簡単には、譲りませんから!」
「あー、でも最後ちょっと単調になってたよ。一番最後だから貴志も我慢したみたいだけどね?」
「……直します。直せば良いんでしょう! あ、後でビオラの音貰っていいですか?」
「もしかして俺に練習付き合わすつもり?」
「あと、第二のパートも! 便利〜〜ナンバーワン様が居ると、練習しやすくて」
「タカシの前ではネコカブテルノカヨ」
「じゃあ、よろしくお願いしますね~〜」
あんなに強いコじゃなかったよな?
ユーリは、言いたいことだけ言って楽しそうに走り去った少女? に、首を傾げていた。
◇
先生、何処行ったんだろう?
何も言わないまま消えてしまったけど、私ってまだ此処に居ても良いのかしら?
お腹すいた……
お昼ご飯早かったしなあ。
よし!
ホール入り口に向かって走る!
まだ、何とか時間ある!
急げ私!
──ドンッ
「ごめなさっ、って先生!?」
「廊下は走るなって学ばなかったのか?」
「……急いでて。すいません。……お腹空いちゃって。そこのコンビニに行こうと」
「は?」
「あ。時間! 行ってきますね!」
「はあ?」
走り去った物体に思わず笑った。
「強くなったな」
慌ただしく走って行った少女の背中が小さく見えなくなるまで、男は見つめていた。
◇
「あれ? タカシどうしたの? こんなところで?」
「タバコ」
全館禁煙なはずだが?
ユーリは、彼の言葉に疑問を持ったが、その答えは直ぐに分かった。
大きな窓ガラスから見え出した少女の姿。
その少女が横断歩道を走り渡る姿を心配そうな表情で見ている愛する師の姿。
そう言うことね。
「妬けるねぇ」
ユーリは少し笑いながら、静かにその場を去った。
◇
「間に合ったーーー!!」
あれ? せんせい!
「デブるぞ」
「お昼早かったんだもーーん。食べます? 色々ありますよ~~」
袋から取り出し、先生に見せるが相変わらず無表情だ。
「ここ飲食禁止な。食うなら控え室行けよ」
「あ! 忘れてた! 一緒に行きます?」
「行かねーよ」
「怒ってます?」
「いや」
「もしかして待っててくれました?」
「よく頑張りました」
先生が笑顔で頭を撫でてくれた。
「まだ居てもいいですか?」
「YES」
無言で手を取られ、引き寄せられた。
強く抱きしめてくれた先生は何も言わなかったけれど、その手は優しい普段と変わらない先生のままだった。
「時間なくなるぞ、早く行ってこい」
「はっ! 行って来ますーーーー!!」
元気に走り去った愛しい少女の背を見ながら、小さな声で呟いていた。
「俺より菓子パンかよ」
男は用事が終わり、笑いながらロビーを後にした。
◇
「ヤバイ! 急がないと!」
控え室の時計を見ると、指定された時間まで後3分になっていて急いで控え室を出た。
セーフ!
なんとか間に合った~~~
え?
先生が、いきなりツカツカと歩いて来た。
え?
遅刻じゃないですよ?
「ガダニーニ貸せ」
「え?」
「いいから出せ」
取り上げられる?
やっぱり私には宝の持ち腐れだと思われたのかしら……
先生に言われた通りガダニーニを差し出す。
「え?」
う、嘘でしょ?
先生が突然弓を持ち、バイオリンを構えた。
家でも一度もバイオリンを手にする姿を見てないのに?
それは突然の出来事だった。
バイオリンを手にした先生の姿に、全員がざわつく。
驚きの声があちこちでこぼれた。
だが、先生が弓を弦にのせた瞬間、時間が止まった。
豊かで幻想的で美しく艶のある音色。深く暗い静かな空間からオレンジ色に包まれた光が徐々に鮮明になって行く。必要最低限しか指板に触れていないのに音がどこまでも鮮明に鳴り響く。
カプリースやツィゴイネルとは違い、伸びやかで豊かにどこまでも遥か遠くに響く音に、瞬きの仕方を忘れるぐらい息を呑んでその音に魅了された。
全パートではなかったけれど、その衝撃的な演奏に皆が暫く微動だにせず時間が止まったままだった。
先生がバイオリンと弓を私に差し出す。
その瞬間だった。拍手と歓喜に包まれた。
「何で?」
私は思わず先生にたずねた。
「嫌だったから」
それだけ短く言って先生は私に背を向けた。
え?
どういう意味?
その後は、ずっと先生は椅子に座ったまま、最後まで一言も発することはなく、今日の練習を終えた。
第二楽章完結
「今話で第二楽章完結となります」
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