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御神先生の秘蔵っ子─世界編  作者: 蒼良美月
第一楽章 嵐を呼ぶ男

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2.嵐の予感(1)

 春の陽射しを受けて明るい茶色の髪が金色に光り、すれ違う人はサングラス越しでも分かる整った顔。すらりとした長身で、何処から見てもモデルか俳優のようなオーラある男に、皆が振り返りざわついていた。


 そんな騒音を全く気にすることなくカフェに颯爽と入り、外のテラスで長い脚を組みながら優雅な朝食を。

 とは、どうも違う様子である。

 見た目は優雅に見えるが、サングラス越しの顔は明らかにイラついた表情だった。


 そして珍しく声を荒げた。


「Das ist nicht lustig!: Geh weg!」


(ふざけるな! 帰れ! ※ドイツ語)


 男はスマホをテーブルに投げつけた。

 明らかに不快な顔を浮かべ、イライラした様子で立ち上がる。


 そのままテーブルにあった飲みかけの珈琲を飲み干したが、並んだままの食事には手を付けないままカフェを後にした。





 ◇




「やっと終わったーー緊張したああ!」


「桜井が緊張してどうするんだよ。こっちまでそれが感染しそうだったわ」


 天野先生が呆れた顔で私を見下ろした。天野先生、最近私への扱い厳しくないですか?

 先生が戻ってから何かとトゲがあるように感じるのは気のせいでしょうか?


「今日って御神先生何時に来るって?」

「さあ? 時間までには行くって言ってましたけど、仕事あるからって」


「一緒に住んでるんだろ? 聞いてないのかよ」

「あまり細かいことは……言わないし」


 そう。先生は聞けば隠さないけれど、あまり細かいスケジュールを私には言わない。

 多分、色々心配掛けたくないからだとは思うけれど……


 でも何かの時は必ず前もって言ってくれるので、それ以上を追求することは私も敢えて避けている。

 先生の仕事に「音楽」以外が存在しないことは、充分過ぎるぐらい知っていたからだ。


「お腹空いた~~」

「まだ11時前だよ?」


「朝、食べ損ねまして……」


「またかよ。御神先生、殺さないで下さいよ? 世界中から君、抹殺されるよ」


「天野先生……それ冗談にならないから止めて下さい。家政婦さんが来ることになってしまいました」


「それが一番だわ。無理無理。君に両立なんて」


 天野先生、やっぱり私に対してトゲがあり過ぎるような。


「お腹空いたからパン買いに行こうっと。天野先生も行きます?」


「行きません。デブになります」


 天野先生の視線が上から下に移る。


「え? 私太りました? ヤバいですか??」

「御神先生が良いなら問題ないんじゃないですか?」


「ちょ、待って! 待って天野先生!」


 去って行く天野先生を必死で追いかける。


「太った? 私?」


「2キロぐらいじゃない? 多分ね」


 真面目な顔をして言う天野先生に驚いたが、絶対天野先生の彼女になるの嫌な気がする……


「それ天野先生、彼女に言わないほうがいいですよ?」


「言わないです……」


 その顔は絶対過去に言いましたね?

 目が泳いでいる天野先生がちょっとだけ可愛く見えた。






 ◇





 パンを買いに行ったら、ちょうど学食がオープンしそうだったので、それを待ち早めの昼食をとることにした。


「先生、何処にいるんだろう? 連絡してみよっかな~」


『先生、もう学院に来ているんですか? お腹空いたので学食で早めのランチ中で~す』


 一応メールだけ送ってみた。




「返信ないなぁ。忙しいのかしら? 由紀様のところかなあ?」


 ちょっとだけ心配になったけれど、朝出る際にも特に何も言っていなかったので、そんなに大したことではないのだろう? と、あまり気にすることなく少し早いが、昼からの練習室に向かうことにした。






 ◇






 あら? もう誰か来ている?

 声が廊下まで聞こえていた。


 英語??

 何語??


 あれ? 先生の声?

 ちょうど天野先生も廊下に来ていた。


「天野先生、何語ですかこれって? 先生の声がしたような?」


「う、嘘だろ……ま、まさか」


 天野先生が青ざめる。

 何ごと? そんなに凄いことなの?


 天野先生が無言で扉を突然開けた。



 ──ガチャ



「Geh jetzt heim! 」※ドイツ語

(今直ぐ帰れ!)


 え? 先生が怒っている?

 初めて見る先生の怖い顔。

 何語?


 誰、この金髪の男性?


「ニホンゴでオケよタカシ」


「既にソリストは決定していると、伝えたはずだが?」


「ヒドイね。タカシを追いかけてキタのに」


「ロンドンフィルがあるだろ」


「ヤメタよ。トウゼンでしょ。タカシがいるなら。ビオラのテストしてよ」


「は?」



 ─◇



「ユーリ・プリセツカヤ!」


 天野先生の言葉に、先生と金髪長身の男性が、ほぼ同じタイミングで此方を向いた。


 ユーリ・プリセツカヤ? 

 何処かで聞いたことが。

 どこだっけ?


 あ! マイヤーさんの前の人!

 先生のオケのファーストだった人だ!

 何でそんな人が日本に??


「やぁ、君に会いたかったよ。Die Puppe カノン」

(君に会いたかったよ、操り人形の花音さん)※ドイツ語


「Hau ab!」

(失せろ!)


「せんせ?」

「どういうことですか? 御神先生?」


「ミスターアマノよろしく。あたらしい()()()担当の、ユーリ・プリセツカヤです」


 日本語? しかも綺麗!


「ビ、ビオラ??」


 俺は、意味がわからなくて御神先生を見た。

 何で現役()()()()()奏者世界ナンバーワンと言われるユーリ・プリセツカヤが、バイオリンじゃなくてビオラを?


 しかも、ユーリってロンドンフィルの首席だよな? あんな最王手のコンマスがなんで新参のうちに? しかもビオラ?


「タカシがバイオリンはダメっていうから、ビオラで来ちゃいました」


「え??」


 再度、俺は御神先生を見るが、ユーリを睨んだまま何も言わない。

 どう言う意味だ? これ。


「タカシ、確かオケメンの公募は自由だったよね? それとも感情で決定するのかい? キミが?」


「あ?」


 せんせ?

 先生が金髪男性の方に歩き出した。

 ちょ、ちょっと……


「先生! やめて!!」


 咄嗟に私は先生の前に立ちはだかった。


「どけろ! 花音!」


「オンナに止められるとはね? 音楽は平等では? マエストロ タカシ?」


「カプリース24。花音よく聞いておけ。これが世界だ」


 先生の言葉に、ユーリさんがにっこり微笑む。

 何これ? この違和感。

 何故だか分からないけどその笑顔が……

 心地良いものではなかった。


「ビオラで?」


 天野先生が驚きの表情でユーリさんを見ながら言った。



 ──彼がビオラを構えた瞬間、空気が変わった。

 先程までのざわついた雰囲気が一瞬にしてガラリと変わり、無となった。


 部屋全体を彼が支配した。


 先生の雰囲気とは全く違う、威圧感?


 先生が空気を支配していると感じるのは、神が降りてきた! と思えるような幻想的? まるで神と先生が融合しているような錯覚。


 でも、このユーリさんのは、先生の()()とは全く違う()()だった。


 先生は椅子に座ったままサングラスを掛けているが、天野先生は真剣な目でその姿を見つめていた。


 ──な、何これ。

 全然違う。

 初めて聞く「音」の魔術。

 いや「パガニーニ」そのものだった。


 何度も聴いた先生の「カプリース」とは全く違う、地底の奥に引きずられて行くような、低い悪魔のような音。


 先生の音は、甘美で艶があり先生のルックスそのままの「音」だ。

 官能的で魅惑的。時にそれは泣き叫ぶように悲恋を感じる「愛の音」だけど、ユーリさんの音は……悪魔に魅せられた正にパガニーニのようだった。


 ──パチパチパチ


 天野先生が賛辞の拍手を彼に贈った。


「コレデモ、ダメですか? Sir. Takashi Mikami?」


「オケメンと問題起こしたら、即切るぞ」


「Wenn du Kanon zu nahe kommst, bringe ich dich um.」

(あと、花音に近づいたら殺すぞ)


 今、先生カノンって言った? それ以外何言ってるのかは、分からなかったけれど。

 天野先生の顔を見るが、頭を抱えていた。


 ユーリって確か両刀だよな? 御神先生追いかけてロシアからドイツに渡って、一度も御神先生の側から離れなかったのに、マイヤーの件でロンドンに渡ってから派手に遊び歩いてたって確か……


 マイヤーや桜井とは違う意味の「御神信者」の登場。

 それは、波乱しか考えられないこれからの未来の始まりを意味する。

 目眩がしそうになった。


 そして、そのツケがまたもや全て自分と、今は実家で忙しくしているであろう先輩に掛かることを。


 ただ、音()()は流石に確かなんだよな……

 しかもビオラで来るのかよ。

 器用だとは思ったけど、ビオラまでトップクラスとはね。


 御神先生が簡単に切れないわけか……

 天野は何度もため息をついた。


◆◆◆おまけ◆◆◆

パガニーニ:イタリアの伝説のバイオリニスト。(兼作曲家)全バイオリニストの祖とも讃えられる。「悪魔に魂を売った男」と言われる程、超絶技巧をこの世に広めた偉大なる音楽家。中でも「カプリース」は24曲の小品集でラストの24番が一番有名。リストやショパンも彼の影響を受けたと言われる。リストの有名な「ラ・カンパネラ」はパガニーニ作であり、それをリストがピアノ用に編曲したものが現在も全世界で愛されている。

パガニーニ愛用のバイオリン、「ガルネリ・デル・ジュス」は現在はジェノバ市庁舎にて保管されている。それ以外のガルネリ・デル・ジュスでも10~20億円を越すことも。

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