16.親子面談(3)
昼のビジネス街の一等地。駅からほど近い場所に高く聳えるビルの最上階。
晴れていたら、遥か遠くまで見渡せる大きなガラス張りの部屋。
生憎、大陸からの黄砂の影響で少し黄色めいた空模様。雨の心配はないが朝から続く曇天により、一層鬱陶しく感じる中、怒号が飛び交っていた。
「だから、必要ないって言ったろ? 用がそれだけなら帰るぞ」
男は背を向け出口に向かおうと歩き出す。
「待ちなさい貴志! お前だけの問題じゃないだろ! お前の背にどれだけの者達の生活が掛かっていると思ってるんだ!」
「だからさっきから言ってるだろ! 全額俺が用意するって!」
「一年か? 二年か? それとも一生面倒みれるのか? お前に付き合って仕事を辞めて付いて来てくれた人達を一生養って行けるのか? お前一人で?」
「は? そんな先のことなんか、しらねーよ」
「それで本当に花音さんは幸せになれると思ってるのか?」
「お前に関係ないだろ!」
「今回のことで分かったはずだ。純粋に音楽を発信したくてもどれだけ経費が掛かるか。その度に花音さんに淋しい思いをさせるつもりか? これは援助ではない。会社同士の契約だ」
イライラが最高点に達していた明るい髪した男は、ほんの少しだけ俯いた。
「座りなさい」
立派な三つ揃いのスーツを着た男性は、目の前の茶色い髪した息子に低い声で言った。
その言葉に、男はイラつきながらも椅子に再度腰掛けた。
胸ポケットからタバコを出そうとするが、即座に父より放たれる。
「禁煙だ」
「めんどくせーーーーー」
「五分と五分で構わない。これはビジネスだ。自惚れるな。息子だから申し入れた訳じゃない。Mカンパニーと契約したい」
「担保は」
「5年以内に四分の一を回収できないならお前がうちの会社を継ぐ」
「汚ねえぞ」
「ビジネスと言ったはずだ。こっちも道楽じゃないから」
男は長い脚を組み替えて、提示された契約書の内容をもう一度読み返す。
「利息取るのかよ」
手にした契約書を、テーブルに投げるように置いた。
「当然だろ? ビジネスだ」
このクソが……
「一つ条件がある」
「何だね?」
「Mカンパニー主催に御神の名前入れるのは構わないけど、そこに花音は含まない」
「どういう意味だね?」
息子が言う言葉の意味が分からず、父がたずねる。
「花音は俺が養う」
「同じでは? お前が動くなら彼女も一緒では?」
「いずれ単独で世に出す。俺の書いた曲で。何処にも縛られないで自由に飛ばしてやりたい」
「良いだろう。約束しよう」
父の言葉に仕方なく折れた。
それでも眉間に皺がよったまま、不快感を丸出しにしている様子にかわりはなかった。
どれだけ走っても、結局は「御神」が背後に付きまとう。結局、世間は「御神」の息子だから。
と言う目で、また見ることになる現実が許せなかった。
金策の為に1年間自分を殺し、全てを捨て我慢したのに、結局は大きすぎる壁の庇護下になることに悔しさと、拒否出来なかった自分が許せなかった。
「日本公演のポスターもう出来てるぞ」
「作り直す」
「馬鹿か?」
「国内全メディアを集めて記者会見を開く」
「頭おかしいんじゃねーの? 世界ツアーは9月からだし、5月のはプレ公演で本番は最後の3月だぞ?」
「うちがスポンサーについた以上、そういう訳にはいかない」
「馬鹿じゃねーの? 花音はメデイアには出さないからな」
「じゃあ、お前が代わりに表舞台に出なさい。花音さんは、うちが全力で守ると約束しよう」
「最悪……」
「お前一人で守れると思うな。サインしなさい」
「チッ」
「あーー追加。音楽堂来月から夜十日間、一週間でもいいや。借せよ」
部屋の主である男は立ち上がり、奥にあった金庫の扉を開けた。
その中から茶色い封筒を手に取り、再び金庫を閉める。
「音楽堂の登記簿と権利書だ」
「?」
意味が分からず父親の顔を見た。
「お前の名義に変更してある」
「は? いらねーよ。借りるだけで充分だし、あんなデカイ不動産なんか邪魔なだけ」
「経費は今まで通りこっちで払うし経営も。所有者がお前に変わるだけだ。5月は一本も今のところ入れてない。あとは勝手にお前が決めたらいい」
「あんたやっぱり頭おかしいわ。十日で2億だぞ? それ捨てて練習用に開けるとか。会長失格だろ」
呆れた顔をして父親を睨む。
「2億程度で揺るぐような仕事はしてないので」
「嫌味かよ」
「会見場ではちゃんと笑顔で対応するように。それ以外にもスポンサー周り等、ちゃんと仕事はこなして貰う。これはビジネスだ」
笑いながら言う父親に、額に手を当て天井を仰いだ。
結局、反発したが最終的にこの男の手を借りる結果になったことに許せないプライドと、守る者が出来たことで、自分の我儘だけを通せなくなった現状に苛つくが、愛する女の為にくだらない自分のプライドを捨てる覚悟をした。
「最悪……卑怯な」
「たまには家に帰って来なさい。花音さんと一緒に」
「絶対嫌です。じゃあな」
「正式契約書を作成して連絡する」
「佐々木でいいだろ」
「お前が来なさい」
「忙しいんだって、このあとも予定夜までぎっしり詰まってるんだって」
「花音さん、うちで預かろうか?」
「結構です。じゃあな」
◇
──ヴヴヴゥーヴヴヴゥー
『神様』
あ、先生だ。
終わったのかなあ?
『終わったんですか?』
『顔がみたい。リッツに来い』
『ぇ?』
『画像送った。タクシー下で呼んで貰え』
『え? これからですか?』
『今すぐ出てこい』
『ツーツーツー』
えええええええ?
「相変わらず、突然なんだから……」
急いで支度して、部屋を後にした。
◇
先生が指定してきたレストランに向かう。
あ! いた!
何やら、でも近寄りがたいオーラが半端ないんですけど……
お父様と喧嘩でもしたのかしら?
「せんせ? お待たせしました?」
ちょ、何、このどんよりした空気は……
何があったのよ……
「貴志」
「ぇ?」
え?
今それ言います?
この雰囲気の中で?
無理ですって……
「お手手痛いなぁ~~」
「あ? 何日目だよ。ふざけんな」
「………怒るんなら帰りますよ?」
「今日、練習見にくるか」
「ぇ?」
あれだけ周りの皆が私が居たら気をつかうから、治るまで見に来るなって言ってたのに?
どういう風のふきまわし?
「お前いなかったら、止まらねーかも今日」
は?
え?
何があったんですか?
珍しくイライラしている感じが伝わってくるんですけど……
「何かあったんですか?」
「いや。別に」
いや、その別には絶対、大アリな時でしょうよ。
でも先生、前と変わった?
今までの先生だと、絶対に何かあった時って私に隠してたわよねえ?
マイヤーさんの件だって結局全てが終わってから聞いたし。
現地で相当揉めたって話しもユーリさんに聞いて初めて知ったし。
そういう姿って絶対、私の前では見せるの嫌がってたわよねえ?
ちょっとだけ、ちゃんと私の存在を認めてくれたって思っても良いのかしら?
「飯まだだろ。好きなの注文しろ」
「は~~い」
こういう時は敢えて何も聞かずに、明るくしないとね。
きっと何かあれば先生から言ってくれるはすだから。
──店員さんがやってきたので、注文をお願いする。
「これと、えっとこれも。あ、デザートはこれで。お願いしま~~す」
「お前、それ全部一人で食うのかよ?」
先生が呆れた顔をした。先程までのピリピリした雰囲気は無くなった。
「好きなの頼んで良いって言ったじゃないですかあ! 食べますよ? ウフフ。楽しみ~~」
「デブになるぞ?」
「デブになったら嫌いになりますか?」
「時と場合によるな」
「ひどおおおおおおい!」
先生がいつもの顔に戻った。
良かった……
「ありがとう」
「ん? 何か言いましたか?」
「いや。何も」
先生、私の唯一の取り柄って耳が良いってことを、忘れていませんか?
貸し1ですからね?




