11.魔王健在
嵐とは突然にやってくるから嵐と言うのだろう。
それはまさに突然やってきた。
午後の練習室。予定通りホルストの『木星』が終了した時だった。
神のお告げにより「ラ・カンパネラ」の主要メンツへ居残りが命じられた。
ざわつく教室の中、他メンバーが帰った後、ドアの鍵が閉められる。
「始めろ」
椅子を中央まで引きずってきて至近距離に座る神の前で、高科先生と二人でバイオリンを構える。
伴奏、いや奏者である天野先生のピアノが始まった。
──神の怒号と共に落雷が落ちた。
「やめろ!」
「高科、お前やる気あるのか? 客は1万以上の金払ってお前の「教本の音」をわざわざ聴きにくるのか? あ? 最低席1万の2000人で2千万、その音はその価値があるのか? 答えろ!」
高科先生の正確な旋律。先生が言う「お手本通り」の音に神は気に入らなかった様子だ。
「花音、お前舐めてんのか? 何で高科に気をつかう? そんな身分かよ!」
ユニゾンを意識して弾いたら神の逆鱗に触れた。
「ユーリ、高科と変われ」
ぇ?
「天野! 頭からもう一回! 花音構えろ!」
ぇ? 弾きやすい? 毎日一緒に練習していたからか? ユーリさんの独特な癖? のような間が手に取るように分かる。次に彼が何を望み、何処に向かえば良いのか明確に分かる。
何一つ打ち合わせしてないのに、ピッタリ音が自然と合う感覚。
高科先生との先程は、ズレないように合わせないといけない。と、そっちにばかり意識がいって「カンパネラ」を楽しんでいる余裕は無かった。
今は、楽しい!
何これ? もっともっと自由に駆けても、ユーリさんがそれに付いて来てくれる。
「はぁ、はぁ。お、終わった」
「サクライ、悪くはないけど、ちょっとまだ雑だね。もう少し詰める必要がアルネ」
ユーリさんがにっこり笑う。
ちょ、こ、怖いです。その笑い。
「花音、基礎サボりすぎお前。音転んでる」
「さて、回答を聞こうか? 高科」
嘘でしょ……ここで?
そんな、ユーリさんと同じな訳がないじゃない。
先生酷い……
「悪い天野、頭からもう一回頼む。桜井も」
……嘘。
この状態でやるの?
天野先生のピアノが再び始まる。
「ストップ! 最初から!」
延々と繰り返される同じフレーズ。
段々と「何が正解」かを考ることさえ忘れ「無」になる。
「天野、休憩していいぞ」
先生の声に、天野先生はピアノを止めることはなかった。
無言のままの神の目の前で、只管同じフレーズを繰り返す。
どこが悪いか、良いかも何一つ言わない先生の前で。
横に座るユーリさんが、都度首を横に振るのが唯一の答えだった。
「通しで」
無の世界に入ってから、どれくらいの時間がたったのだろうか?
先生の声が、遥か遠くから聴こえて来たような気がするぐらい、時間が止まっていた。
高科先生? の音が変わった?
先程より弾きやすくなった?
合わせようとばかり気にしていたけれど、何もない無の世界を繰り返したことにより、合わせようと思う気持ちが無くなったから?
ユーリさんとは違う「ユニゾン」が完成していた。
「明日までに仕上げてこいよ高科。花音帰るぞ」
え?
感想とかないの?
ちょ、えええええええ!!
それだけ言い残し部屋を出て行った先生に目が点になったが、ユーリさんは大笑いしていた。
「早く追いかけないと置いていかれちゃうよ? ウサギちゃん?」
「ウサギじゃない! って、失礼します!」
私は急いで先生の後を追いかけた。
◇
「お邪魔します。ってさっきの何なんですか! 先生」
「あ? 何が?」
「何が? は、こっちのセリフです。何で何も言わないんですか?」
「は?」
「ぇ?」
「言うに値しないからに決まってるだろ。阿呆か?」
「ぇ?」
「お前、アレで客から金取るつもりだったのか?」
「………」
今の私には先生の顔を見るのが怖くて自然と俯いていた。
「暫く別メニューだな」
「ぇ?」
魔王が笑った。
「う、嘘ですよねぇ?」
「音楽で冗談とか言うタイプじゃないから。明日からもうちょっと真面目にやれよ。まさかとは思うけど、アレが精一杯とか言う冗談はないよな?」
「…………」
「何食いたい?」
「最悪……」
ここまで綺麗に割り切れる先生が怖すぎるわ……
なんかムカつく。
「肉! 肉! 焼肉!! いっぱい食べる!!」
「……」
無言の先生に余計にムカついた。
「先生、首絞めてイイデスカ?」
「嫌です」
「泣きそうなぐらい怖かったんですけど?」
「は? あれでもかなり我慢したんだぞ。途中で帰らなかっただけマシだろ」
「ぇ?」
「えええええええええええええ?」
ま、魔王過ぎる……
「お前さあ、何か勘違いしてないか? ユーリの最初、去年のお前より酷かったぞ。ビオラもはじめて触ったの多分先月だと思うけど」
「ぇ?」
「多分、まだレッスン室に居ると思うよ」
嘘っ…
世界ナンバーワンって言われる人なのに?
最低だわ私……
浮かれ過ぎていた。
「せんせ? お弁当にします? 晩ごはん今日?」
「嫌です」
「じゃあ急ぎで食べます!」
先生が苦笑いした。
「寝る前にちょっとだけ?」
「自主練に巻き込まないで下さい」
結局、焼き肉は持ち帰りになり、帰宅後2時間みっちり悪魔、いや鬼教官から精魂絞り取られたのでした。
◇
「風呂入るぞ」
「お一人でごゆっくりと……」
死ねる……
魔王過ぎる……
「あ、キラキラ星暗譜しとけよ、明日から入るから」
「は? 聞いてませんが?」
「4月ですよ? 全曲入っていて当たり前でしょう? あなたプロですよね?」
鬼過ぎ……
この後、風呂から出た私の髪を優しく乾かしてくれている魔王、いや先生に怒鳴られ、もとい、優しく指導されながらの、楽譜の暗譜と言う、とても有難い経験が出来ました。
ながら練習は駄目って小学生の時、教わらなかったんですか?
御神家、おかしい……
にっこり微笑む、由紀様の顔が浮かんだ。




