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3杯目:いつもは信じてないのにね

 どんな人と恋人だったかで、そいつの好みはわかる。

 例えば、筋肉質な人。太め体系の人、痩せ型の人などなど。

 身長の値から体重の値を引いて100を切らない人と付き合いたい……みたいな具体的に数値で落とし込んでいるゲイもいたりする。

 それでいうと、俺の場合は。


 「あんたの好みがよくわからないのよね。誰専?」


 ママに突然話を振られて、少し考えていた。

 ちなみに誰専とは、相手の外見などに制限を設けていない人たちのこと。割と誰でも、フィーリングが合えば恋人になれるぞという人のこと。

 別に節操がないわけではない。さらに細かく言うとここから「選ぶ誰専」などというよくわからない表現も派生してくるのだが、まあそれは置いておいて。


 「歳上が好きですね。自分より痩せ気味の歳上。あと、身長が低かったらなおかわいい」


 俺の場合ははっきりとタイプが決まっている。


 「あんたの恋愛遍歴大体知ってるけど、そんなことなくない? だって最近付き合って2ヶ月で別れた子って、歳下だったじゃない」

 「あー、そうですね」

 「確かその前に1年くらい付き合ってた子は歳上だったけど、ぽっちゃり系じゃなかった?」

 「懐かしいですねえ」

 「え……誰専じゃなかったらなに?」

 「歳上が好きですね。自分より痩せ気味の歳上。あと、身長が低かったらなおかわいい」

 「繰り返されるとちょっとイラつくわね」


 別に嘘をついているわけではない。

 実際一番長く楽しく付き合っていたのは、痩せ型の歳上の男性だった。

 俺より身長も低くて、抱きしめやすかった。

 家で一緒に映画を見るのが好きだった。

 

 「好みのタイプはあるけど、別に付き合うなら誰でもいいってこと?」

 「誰でもいいわけじゃないですよ。20代とかは好きってよりも可愛げのある弟って感じが先行するし、歳上と言いつつも、結局恋愛対象は40歳くらいまでですしね」

 「じゃあ、なんなの?」


 ほんとわかんない、とママは眉間に皺を寄せる。


 「まあ今まで付き合ってきた人の共通点があるとすれば、最低限清潔感があって、年齢がそこまで離れてなくて、話が合うことですかね」

 「へぇ。じゃあそこが押さえられてれば、別にどんぴしゃのタイプじゃなくていいのね?」

 「そもそも、自分にとって100点満点の相手と付き合えるってないと思うんですよね。それよりは、さっきあげたようなことがクリアできていれば、ちょっとタイプと違うなってことがあっても、受け入れられると思うんです」

 「まあね。ひとつも話が通じないイケメンより、毎日笑って話せるブスの方が私も好きだわ」

 「それに、俺、ひとつジンクスがあるんです」

 「ジンクス?」

 「俺から好きになった相手とは、絶対に結ばれません」


 過去に、3人に告白をして、うち2人は他に好きな人がいた。

 もう1人は、OKしてくれたものの、その三日後に「やっぱり友達に戻りたい」とだけメッセージが来て、以降音信不通になった。街中で見かけることも無くなったから、多分、引っ越しでもしたのだろう。


 「ジンクスっていうか、ゲイあるあるよね」


 頬に手を当て、遠くを見つめるママ。


 「結局、ほら、デブはデブ専と付き合うことが多いじゃない? 前髪系は前髪系と。基本的に、ゲイって自分が好むタイプの体型とか見た目に近づくと思うのよ。それでいうと、あんたの好みって自分より身長低い方がいいわけでしょ。その辺を求めようとすると難しいわよねー」

 「そう思いますか。やっぱり」

 「さっきのジンクスの話だと、じゃあ、今まで付き合ってきた男は基本向こうから告白してきたってこと?」

 「1人を除いて、ですね。3日で別れた男以外は、相手から告白されてます」

 「それなりにモテるわよね、あんたも」

 「いやー、どうでしょう」


 やんわりと否定する。告白された事実は確かにあるが、ゲイデビューして10年で付き合った相手の数は6人。多いのか少ないのか微妙なところだ。

 

 「最後にあんたから告白したのはいつ?」

 「あー、もう6年前とかかな」

 「じゃあ、6年前を最後に、自分から人を好きになってないのね」

 「そうですね。とは言っても、付き合い出したらその人にちゃんと尽くすし、どんどん好きになっていきますけどね」


 第一印象だけではわからなかった魅力に、付き合った後から気づいていくこともままある。

 そもそも、誰かから「好きです」「愛しています」と求められることは、正直嬉しい。

 その気持ちに応えたいと思うし、自分自身もそこに近づいていく。

 愛されることは好きだ。その過程で、その人を愛することも好きだ。

 でも。


 「そろそろ帰ります。明日も早いので」

 「あらそう。そういえば、あんたもうすぐ出張じゃなかった?」

 「よく覚えてましたね。来週から1週間ほど東京です」

 「月に一度とはいえ、大変よね。今度はお土産忘れずによろしく〜。あの、バナナのやつ」


 任せてください、と応えて、代金を払って店を出る。

 さて、とっとと帰ろう。


――――――――――


 時間は流れて、出張最終日。

 せっかく東京に来たのだから、こっちのゲイバーにも顔を出す。

 以前の出張でも来たことがあって、今回が2回目だ。

 自分と歳の近い人が多く、地元のバーと同じくらい居心地が良かった。


 「いらっしゃいませー! こちらどうぞ!」


 店子に入っている顔立ちの良い青年が、カウンターの端に誘導してくれる。

 15席程度でカウンター席のみ。テーブル席などは無い。

 週末ということもあって、自分が座って満席となった。

 

 「何飲みますかー?」

 「えっと、ビールで!」

 「はーい。前にも来たことありますよね?」


 手際よくビールを注ぎながら、店子の青年が聞いてくる。

 

 「はい。前も今回も出張で東京に来てます。楽しかったので、また顔出しました。」

 「お、じゃあ、前回はいいことあったんですかね?」

 「いやいや、そんなんじゃないですよ」


 笑ってビールを受け取る。

 なんとなく、横にいた人と乾杯をする。

 前回来た時にはいなかったはずだ。


 「初めまして」

 「はじめまして!」

 

 ようやくそこでその人をちゃんと見た。

 年齢は分からないが、痩せ型で、小柄で、笑顔が可愛くて……。

 ゲイの世界では短髪系がモテる傾向にあるが、自分の場合は、ある程度の長さがあってそれを綺麗にセットできているような人が好印象だったりする。

 隣の彼はまさにどんぴしゃだった。こんな100点満点がこの世にいるとは。


 「この方、2ヶ月前にもうちに来てくれたんですよ! 常連さんなんですから、色々教えてあげてください!」


 そう言って、青年は他の客のもとに向かう。


 「常連なんですか」

 「いや! そんなには来てないですよ! 月に一度くらい、仕事が休みの日に来てます」


 笑った顔に人柄の良さが出ている。


 「そちらは、地元ではよく飲みに出るんですか?」

 「それなりに……。お酒好きなので」

 「俺もです」


 話していて楽しい。

 こんな気持ちになるのはいつ以来だろうか。

 いや、別に好きとかではないのだが。


――――――――――


 結局終電ギリギリまで飲んでしまった。


 「楽しかったれすね……」


 そして今、俺はその人が倒れないように肩を抱きながら、夜の街を歩いている。


 「飲み過ぎですよ」

 「いつもこうなんれす……」

 「……かわいい」

 「いやいや。暗いからそう見えるだけですよ」

 「お店は明るかったじゃないですか」


 少し甘くなった滑舌すら、可愛く思える。


 「お兄さんも、かっこいいれすよね」

 「ありがとうございます。社交辞令でも嬉しいです」

 「お酒も強いれすし、いいなあ……」

 「……とりあえず駅まで送りますから」

 「えー。お兄さんのとまっれるところは?」


 ホテルに連れ込めということか……!?


 「いやいや、ホテルは連れ込み禁止でしょ」

 「そうかぁ……。じゃあ、次また会えるように連絡先を」


 眠そうに目をこすりながら、ポケットからスマートフォンを取り出す。

 断る理由はないし、一応タイプではあるから、連絡先交換もやぶさかではない。

 

 「いつも、こんな感じでいろんな人たぶらかしてるんですか?」


 冗談まじりに聞いてみると、こちらの目をまっすぐ見てきた。

 顔が近い。酒の匂いがするが正直気にならない。


 「好きなタイプの人じゃなかったらこんな風にはいかないですよ」


 相変わらず酔いの回っている感じは抜けていないが、その瞬間だけは、滑舌良くはっきりとした返答だった。


 「じゃあ、次に旅行か出張でくる時は、連絡しますね」

 「はい! では最後に」

 「なんでしょうか」

 「今日はハグで我慢します」


 こちらの返答も待たず、全力で抱きついてくる。

 あぁ、これは。

 悪くないかもしれない。


――――――――――


 「酔っ払いの戯言よ! 碌なことにならないからやめときなさい!」


 出張帰り。自宅に直帰の予定が浮き足立ってママの元へ今回の件を報告に向かう。

 ゴシップ好きなママのことだから今回の話も食いついてくるだろうと思ったが、結構強めに注意された。


 「そんな強く言わなくても」


 お土産に買ってきた12個入りのお菓子。その中から3つ開封して、一度で口の中に詰め込む。


 「それなんていうギャグなんですか」

 「ふぉご! ふぉごごふぁふふぁあふぁふぁ!」

 「まず食い尽くしてからしゃべってください」


 目を見開いてこちらを凝視しながら、ひたすら口を動かして咀嚼し、飲み込む。

 ほんとこの人いつか喉に詰まらせて大事になるぞ。


 「はー。落ち着いた」

 「糖分欲してたんですね」

 「あらためていうけど、私はあんまりおすすめしないわよ」


 言わんとしていることはわかる。酒は冷静な思考を奪う。

 特に、今回の彼のような酔っ払い方をしていると、普段はしないような大胆な判断や行動を起こすことだってある。

 

 「向こうに、そういうやりとりをした記憶はあったのかしら?」

 「あ、それはありました。翌日試しに連絡してみたら、ハグの相性が良さそうだ、みたいな話はされました」

 「……まあそのへんの細かい話は掘り下げないけども。それでなに? タイプだったの?」

 「タイプ……でした」

 「100点?」

 「100点」


 一つため息をついて、手元の酒を飲み干してから、ママはいう。


 「へんな壺売りつけられるかもとか、そういうことは言わないけどね。東京の男に惚れるなら覚悟しときなさい」

 「そもそも遠距離ですし、変な期待はしてないですよ」

 「わかんないわよ。恋は人を盲目にするから」


 俺は黙って酒を飲む。

 分かっている。そもそも、今は遠くの誰かと恋をする体力はない。

 これはあくまでも交友関係を広げただけ。東京に友達ができただけ。

 そんなことを自分に言い聞かせていると、スマートフォンに通知が届く。

 相手は彼だ。


 『1ヶ月後、また一緒に飲めるのを楽しみにしてますね!』


 ――――――――――


 それから、5ヶ月経過するまでの間、毎回の出張で必ず彼と会う時間を作った。

 いつものゲイバーに飲みに行って、都合がつきそうなら2人用の部屋をホテルに予約して、彼と泊まったりもした。

 ……それなりのこともあった。

 関係を持っていく中で、いろいろなことを知った。

 彼が歳上であること、俺と出会う前に恋人と別れていること、しばらくは遊んでいたいこと。


 「まあ、いつまでも独り身だと寂しくなっちゃうから、そろそろ相手探さないととは思ってるんだけどね」


 そんなことを言いながら、人の良さそうな笑顔でこちらに微笑んでくる。

 そんな顔をしないでほしい。タメ口で話さないでほしい。

 勘違いしてしまうから。

 遠距離恋愛なんて性に合わないんだよ。

 

 「そっちは、恋人いないんだっけ」

 「俺もしばらくいないですね。仕事が忙しいってのもありますけど、ちょっと独身の自由さに甘えてる部分はあるかもしれません」

 「いやー、わかる。めっちゃわかる。楽だよねぇ」


 話も合うし、共感もしてくれる。

 正直文句のない人だ。

 でも、多分、この人が自分と同じようなタイプなら、もうちょっと遊んでたいと思うんじゃないかな。

 

 「お互い、いい出会いがあるといいですね」


 そんな言葉でお茶を濁しつつ、その日は解散となる。


 「あ、ねえ、次はいつくる予定なの?」

 「えーっと……また来月の中旬ですね」

 「じゃあさ、せっかくだから、今度はうちに泊まる?」

 「はい。……え?」

 「君がよければだけど。宅飲みでもしようよ」


 屈託のない笑顔が、俺から冷静な判断を奪っていく。


――――――――――


 案の定、ママはひどく心配してくれた。


 「それ本当にいくの? 大丈夫?」

 「大丈夫だと、思います」

 「まあ、半年近く毎月会ってるし、このタイミングでわざわざ家に呼ぶってことは……って気もするわね。でも、変に期待しちゃだめよ」


 無理だと思うけど、とママは言う。

 それに何も言い返せない。

 分かっている。ジンクスの件もあるし、本気にはしたくない。

 でも。


 「……あ、DMきた」

 「何! なんて!?」

 「『いつもより長く一緒に居られるのがうれしい』って、書いてます……!」


 思わずスマートフォンを握る手に力が入る。

 と、次の瞬間、そのメッセージが削除される。

 その後、ありきたりなメッセージが2通ほど連続で送られてきた。


 「消した……?」

 「えー……これ地雷臭くない?」


 少しだけ不安を覚えながら、俺は次の出張を待つ。


――――――――――


 あぁ、どうしてですか。神様。

 俺はやっぱり。

 俺からはやっぱり、人を好きになってはいけないんですか。

 たくさん頑張ったんです。

 本当に好きな人に振り向いて欲しくて、あの人と話を合わせたくて。

 興味のなかった映画も見た。知らないジャンルの本も読んだ。

 いろんなことを調べて、いろんなことを考えて。

 あの人の笑顔を見ていたら本当に嬉しくて。舞い上がってしまって。

 

 まだ努力が足りなかったですか。

 涙が止まらない。


――――――――――


 「いらっしゃ〜……って、あんた! どうしたのよ! 目が真っ赤」

 「さっきそこで急に限界来ちゃって」


 時間は再び飛んで、出張から帰ってきての話。

 ママと一対一で話したいことがあって、他の客がまだきていないオープン直後に入店しようと決めていた。

 仕事も早々に終わらせて、足早に店に向かっていたのだが、入り口が見えた瞬間に、いろんなものが溢れてしまった。


 「なによ! もしかして、この間の出張……?」

 「はい」


 俺は経緯を話した。

 泊まることになった日、家で酒を飲みながら互いの近況を話していた。

 時々お互いの手が触れる瞬間もあったりして。

 今までだって触れたことがあったのに、相手の家だと思うといつもよりも胸の高鳴りが強くなる。

 そんな中で、彼が話し出したのは。


 「最近、転機が訪れたかも知れなくて」

 「というと?」

 「うん。この間飲み屋に行ったらさ、すごく素敵な人と仲良くなってね。自分より歳上なんだけど、包容力があるっていうか。話していて楽しいし、また会いたいと思った。だから、本当久しぶりに、誰かを好きになったかも知れない」


 ほんの一瞬、頭が真っ白になる。

 と、同時に、すぐにモードを切り替えた。

 やったじゃないですか、とか。ちゃんと捕まえなきゃですね、とか。

 その人が幸せそうに笑っているのが嬉しいのに、心にもないことをずっと言って。

 ずっとずっと、エールをおくった。

 それ以降のことはあまり覚えていない。

 なんとなく彼にベッドに押し倒されたし、成り行きで肌も重ねた。

 意外と最後までできるもんだ、と自分の欲求不満さに心の中で苦笑いしていたり。

 翌日も、寝ぼけ半分、お礼を言って家を出た。

 飛行機は夜の便だったけど、昼前には出た。


 「で、普通にこっち帰ってきて仕事を2日ほどこなしまして、今です」

 「帰ってくるまでに泣かなかったの?」

 「泣いてません。現実味がなくて。でも、このお店の前に立ったら一気に来ちゃいました」


 もらったおしぼりで目元を拭う。少し恥ずかしい。


 「都会はねぇ……。良くも悪くも人が多いじゃない。だから、交友関係の移ろいが地方より圧倒的に早いの」

 「はぁ」

 「この間まで友達だと思ってた人が、喧嘩したわけでもないけど不意に疎遠になったり。で、両者ともあまりそれを気にしていなかったり。そういうところ、鈍感な人たちの集まりなのよ」

 「なるほど。やっぱり、距離がありすぎたんですかね。気になる相手は横浜に住んでて、今度の週末デートするって張り切ってました」


 ママが心配そうにこちらを見ている。


 「俺、前に言っちゃったんです。今は恋人いらない的なこと。だからかなぁ。それとも、そもそも対象じゃなかったのかな」

 「……」

 「いやですね、こんな。ウジウジしちゃって。好きになるつもり、なかったのに。」

 「いいんじゃないの。ウジウジするくらい本気だったてことでしょ」


 あ。それはずるいかも。

 また涙が溢れてくる。


 「っていうか、ほんと、デリカシーなさすぎない!? 仮に好意がなかったとしても、初のお泊まりでその話する!?」

 「これっきりにしよう、っていう遠回しな表現だったのかなと思ってます。帰り際、『君も、また好きな人ができるといいね』って言われました」

 「むっかつくわー! そんなの、泊まる前でも後でも言えばいいじゃないの! 歳上なんでしょ!? 歳下傷つけて本当とんでもない男だわ〜!」


 俺よりママのほうが怒っているのを見て、思わず笑ってしまった。


 「まあ、あんたの場合ほっといてもまた彼氏できるでしょ。いいのよ、そんな雑な男、早く忘れちゃいましょ。今日は私の奢りよ!」

 「ありがとうございます、ママ」


 明日も仕事だからそんなには飲めないけど。

 今日はちょっと強めのお酒にも挑戦してみようかな。


――――――――――


 神様、お願いです。

 残酷な世界なのは百も承知で。でもそれでも。

 ただの一度でいいから。

 俺の「好き」を叶えてくれませんか。

 他に何を頑張ればいいでしょうか。

 ジムにも通って鍛えてます。清潔感も意識してます。

 部屋もきれいにしています。

 全部が空回りに思えてしまっても、もう、そんなことでもしないとおかしくなってしまいそうで。

 どうかいつか、俺が恋することを許してください。

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