東の砦
東の砦は緊張と安堵が混ざったような空気に包まれていた。
門の上の見張り台。窓がガタガタと音を立ててから、開かれた。
「リライアンス軍です! マスターが到着されました」
見張りの兵士がそう叫ぶと、歓喜の声が上がる。
胸を撫で下ろしたり、肩を組んで喜んだり。
まだ埋められない戦力差に肩を落としたままの兵士も少なくないけど、僕たちは一つ乗り越えたのだ。
マスターが到着するまで、この東の砦を守り切った。
「頑張ったな、カシムさん」
ぽんと肩に置かれたレオンさんの手はあたたかかった。
守れた。
東の砦も。
リライアも。
リアとの約束も。
視界が滲みそうになるのを堪えながら、僕は顔を上げて笑った。
◇ ◇ ◇
東の砦、裏門に近づいていた。
道には血の跡があり、門には切り傷が残っている。
その血が誰のものなのか、それはわからないが。
ここは戦場なんだ。
その事実を感じるには十分だった。
門が軋むような大きな音を立てながら開いていく。
門兵たちが敬礼をして、道を空ける。
「ミリア、ここからは黒炎の魔女でいてくれ」
黙って頷いたミリアは、何かを考えているようだった。
守るべきもののことを考えているのか。
それだけが、魔女となったミリアを支える唯一の希望なのかもしれない。
「ではマスター、私はこれで失礼します」
そう言ってルーナは隠者を使って消えた。
こっちはあれだな、レオンを避けてるだけだ。
馬車が大きく揺れて止まった。
ドアが開いて、馬車を降りる。
「マスター! お待ちしてました」
ハマンに肩を借りたカシムが立っていた。
戦闘で怪我をしたんだろう。頭部と右足に包帯が巻かれ、血が滲んでいる。
「よく耐えたな」
「レオンさんが戻らなければ、全滅でした」
そう言ったカシムの笑顔が、やけに眩しく見えたのは逆光のせいだけじゃないだろう。
「カシム!」
叫ぶような声に驚いて後ろを振り向くと、胸の前で両手を組み合わせたリアが立っていた。
「怪我をしたの? すぐ手当てしなきゃ!」
カシムに駆け寄るリアの表情は、安堵と焦りのようなものが混ざって複雑だった。
「リア、医療テントに連れて行ってやれ」
「はい、ありがとうございます」
ハマンに肩を借りながら歩くカシムの腕を、リアは離すまいとするように掴んでいた。
その手は小さく震えている。
「よかったわね、間に合ったじゃない」
隣を見ると、ミリアがそっとローブで目元を拭っていた。
「お前……泣いてるのか?」
「泣いてないわよ」
そう言いながらも、ミリアは三人から目を離さなかった。
「本隊の偵察に向かいます」
三人を見送っていた二人の間から、ルーナの落ち着いた声が聞こえた。
驚いて振り返ると、ルーナがにっこり笑っていた。
「そうだな、本隊の現在地と規模を知りたい。可能であれば戦力も」
「お任せください」
そう言った後、ルーナは文字通り姿を消した。
というか、まだいたんだね……。
「今回はどうする? 魔法道具を仕掛ける時間もねえだろ?」
砦に入ると自然に作戦会議が始まった。
「そうですね、ミリアさんには爆裂魔法を使わないでもらいましょう」
エギルがそう言ってミリアを見る。
「爆裂じゃなくて、普通の魔法を回数撃てってことね! まかせなさい」
ミリアの返事ににっこり微笑んだエギルが続ける。
「そうです。今回は魔法一発で終わらせることはできないでしょうから」
地図を見ながら、各自の動きを確認していく。
エギルの言葉に全員が頷く、北での戦闘でエギルへの信頼は強くなっていた。
「あとは、ルーナさんが持ち帰る情報を聞いて最終調整をかけます」
集まった部隊長たちが頷き、自分の部隊に戻っていく。
「エギル、ナイカリキンからの増援の可能性は?」
「それは低いでしょう、先遣隊の応援に来たのもグラン・ナイカ第三遊撃部隊です。本気で支援するなら……」
「もっと強い部隊を寄越していた、というわけか」
エギルは黙って頷いた後、柔らかい微笑みを浮かべた。
「そのおかげで、カシムさんたちも無事だった。クゥイントン卿がナイカリキンと深く通じていなかったことに感謝です」
その時、建物の外で歓声が上がった。
エギルと顔を見合わせて、何事かと飛び出すとザックが酒樽を担いで立っていた。
「お前ら、よくやった! モルトを持ってきてやったから、遠慮なく飲め」
兵士たちが群がる。一気に空気が明るくなった。
見張りの兵たちもそわそわしている。
「ザック、いつの間に……」
「いいじゃねえか? こいつら頑張ってくれたんだろ?」
酒を注ぐ器を持って、俺の次の言葉を待つ兵士たちを見て思わず吹き出してしまった。
「好きにしろ、飲み過ぎて戦えないってのはなしだぞ?」
再度歓声が上がり、防衛戦とは思えない空気の中、夜は更けていった。




