守護者の出陣
リライアの街は静かだった。
家々は戸が閉められ、生活の音が聞こえてこない。
宿や武器屋からも声は聞こえず、露店も出ていない。
所々に兵が立ち、馬車に向かって敬礼をしている。
城門を潜ると城内は賑やかで、避難してきた街の人々で溢れかえっていた。
「守護者様だ」
「守護者様が戻られたぞ!」
人々は廊下の中央を空けるように、静かに両側へ寄っていく。
廊下を進むと、頭を下げた老人が何度もお礼を口にしていたので思わず声をかけた。
「爺さん、寝る場所もなくて悪いね」
老人が目を見開いてこちらを見上げる。
「と、とんでもない。この街にずっと住んでおりますが、安全のためとは言え城内に避難させてもらったのは初めてですわい」
まあ、そうかもしれない。
レグナート王なら絶対しなかっただろうからな。
「それに、食事まで出していただいて…… 城の食料庫は大丈夫なんでしょうかな?」
「まあ、これだけの人数だ。味が薄くなったり、おかずが減るのは勘弁してくれ」
俺がそう言うと、老人は笑いながら言った。
「うちの飯に比べたら、百倍マシですわい」
隣にいた婆さんの手が、爺さんの背中でいい音を響かせた。
奥に進むと、廊下が綺麗に修復されてたり、花が活けてあったりした。
どうやら街の人たちが、お礼代わりに城の掃除や修復を手伝ってくれているようだった。
「あ、マスター。お帰りなさい」
医務室に入ると、治療中のヒナが顔を上げて迎えてくれた。
「東の砦に向かう。治療班として来てくれるか?」
「はい、もちろんお手伝いしますが……」
ヒナの返事を待っていると、後ろからリアが入って来た。
「あっ、マスター。これからですか?」
これから、カシムの応援に行くのか? という確認だな。
カシムのことが心配なのが伝わってくる。
「ああ、リアはどうする? 戦場に来れるか」
ヒナが心配そうにリアを見ている。言い淀んだのはこのためか。
リアが唾を飲み込む。その音が聞こえてきそうだった。
「行きます、カシムが待ってるから」
そう言ったリアの顔はまだ暗かったけど、その瞳は真っ直ぐ俺の向こうにカシムを見ていた。
「じゃあ決まりね。二人とも準備してきなさい」
入り口で腕を組んで一部始終を見ていたミリアが二人に声をかける。
いや、偉そうだな……。
黙って頷いたヒナは治療を終え、リアと二人で着替えに戻っていった。
「マスター、お湯を使われますか?」
最近雇った侍女が声をかけてきた。
「ああ、そうだな。ミリアにも言ってやってくれるか?」
「ミリア様ならすでに浴場へ向かわれました」
ミリアめ……風呂に行くなら一言くらいかけていけばいいのに。
まあ、昔からか……変わらないな。
浴場はレグナート王が使ってた趣味の悪いものを改装して、景色の見える落ち着いた風呂にした。
魔法道具のおかげで、簡単にお湯を張って湯船に浸かることが出来る。
あまり時間はないが、少しだけ気持ちが落ち着いた。
鎧を身につけて、城門前に集まった兵士たちのもとへ向かう。
各部隊長と、選抜された兵士たちがそこに並んでいた。
「これより、東の砦防衛戦に向かう。東の砦はリライアを守る要所だ。決して落とすな」
兵たちの顔に緊張と、高揚が滲み出ている。
街には、東に向かう兵士たちの石畳を踏む音が響いていた。
◇ ◇ ◇
「ソーメルス隊長、引いてよいのですか?」
引く? 俺を誰だと思ってるんだ?
このグラン・ナイカ第三遊撃部隊隊長、ソーメルスだぞ?
無能の分際で俺を疑ってんじゃねえよ!
ソーメルスは自身がコンプレックスを感じているその身長から、部下を見上げてこう言った。
「グラン・ナイカ第一傭兵部隊を知ってるか?」
部下は固まった。ナイカリキン王国で今はなきグラン・ナイカ第一傭兵部隊を知らない者などいない。
つまりこの男はビビったのだ。
「レオン隊長……ですか?」
部下の表情から何かを察したソーメルスの顔がみるみる赤くなっていく。
「バカ! 臆したんじゃねえぞ? 安全策だ。安全策のためにわざわざ下がってんだろ? 言わばお前らのためだろ?」
「は、はあ」
部下の歯切れの悪い返事を聞いて、ソーメルスの目が鋭くなった。
「い、いえ。深きお考えです。私には到底思い浮かばないような……」
「おう、わかってんじゃねえか」
そう言って前を向いたソーメルスの足取りはいくらか軽くなった。
「本隊と合流したら、もう一度最前線で戦う! グラン・ナイカ第三遊撃部隊の名に恥じぬ功績を残せ!」
ソーメルスの言葉が森の木々に反響した。
いや、お前が言うなよ。
だが、その言葉を口にできる者はいなかった。




