カシム、初防衛戦
空が藍色になる頃、ハマン斥候部隊が砦に戻ってきた。
「ハマン、無事だった?」
「まあね、見つからずに帰って来れたからね」
砦の中に移動して、ハマンに飲み水を出した。
「悪いね、助かるよ」
ゴクゴクと喉を動かしたあと、息を落ち着けてからこちらを見た。
「先遣隊は五百だね」
「五百? 思っていたより多いな」
ハマンは頷くと、言葉を続けた。
「本隊は五千の規模だね。部隊の中にナイカリキンの国旗が見えたね」
「クゥイントンがナイカリキンに助力を求めたのか?」
噂で聞くクゥイントン卿の性格と、ナイカリキンとの関係から考えても、それは信じられないようなことだった。
「まあ、それだけ本気だってことだね」
「本隊が来るまでは何日ある?」
「八日ってところかね、マスターたちの合流は望めそうだけどね」
二人で深く息を吐いた。
合流できたとしても……こちらは何も準備できていない。
そんな状態で勝てるのだろうか?
「いや、マスターならなんとかするよ」
「そうだね、今は合流までの五日間。ここを守り切ることを考えないとね」
携帯食が運ばれてきて、二人で食事を始めた。
「先遣隊の到着はいつになりそうだ?」
煮凝り塊を戻したスープに、硬い小麦焼きをつけて齧る。
「森の先で野営の準備をしてたね。夜の間に森に入るのは得策じゃないと判断したんだね」
角肉の塩漬けを歯で引きちぎりながら、ハマンが答えた。
食後、僕たちは早々に仮眠を取った。
指揮官が仮眠を取る重要性は、エギルさんに何度も説かれていた。
けど、見張りをしてくれてる兵に悪いなと思ってしまうのは、僕がまだ甘い証拠だろうか?
翌早朝、エルマーとバートを呼んで作戦を伝えた。
ハマンには伝令係を頼んで、大盾部隊を展開させた。
「来ました、前方に敵影です」
見張りが声を上げて、緊張感が走る。
蹄の音が大きくなる。
先遣隊は騎馬兵で編成されている。
地面がふわふわするようで、なんだか感覚が掴めない。
僕は両手で自分の頬を叩いた。
「よし、前門を開いて! 大盾部隊、展開」
兵たちが木のコマを回して、大きな門が開いていく。
大盾部隊が砦の前に半円形に展開すると、大盾を地面に立て、体が盾からはみ出ないように屈む。
「ハマン、エルマーに合図を送って」
ハマンにそう伝えて、迫って来る騎馬兵を睨んだ。
◇ ◇ ◇
「我がエンブリー騎兵隊の威信にかけて、この砦を落とすぞ!」
私の掛け声に兵たちが続く。門の前には半円形に大盾が並んでいた。
我が騎馬隊への対策……といったところだろうか。
「二手に別れろ! 左右から挟んで一気に潰せ」
二手に別れた騎馬隊が、大盾の前で交差するように動き始める。
これで一気に大盾を潰して、門を突破する。
数が違う。戦にすらならん。
美しい弧を描いて、交わる地点に進んでいく。
兵たちが武器を構える。
その一瞬だったーー
大盾の向こうから長槍が突き出して、馬も兵も貫いた。
門の向こうから鋭い号令が聞こえる。
「矢を放て!」
馬が倒れ、兵たちの勢いが止まる。
必死に武器を構えて大盾に向かっていく。
その時、兵たちの上から矢の雨が降った。
長槍が下がったと思った瞬間、また新たな長槍が突き出される。
混乱し始める前線に、新たな矢の雨が降り注ぐ。
兵の数はまだ優勢だ。それでも一度、体勢を立て直す必要があった。
◇ ◇ ◇
「後ろで指揮してるの、エンブリー卿だね」
ハマンが塀から降りてきて言った。
「エンブリー領の騎馬隊か、サントバールでも聞いたことがある」
「一手目で向こうは騎馬を五十ほど失ったからね、慎重になるね」
次の一手が必要だけど、深追いするのは危険だな。
エンブリーの騎馬隊が進軍速度を緩めて、ゆっくり近づいて来る。
こちらの弓が少しずつ敵兵を削るが、気にもしていないようだ。
後方にいるエンブリーが右手を上げた。
そうか、その為に進軍速度を落として……。
騎馬隊の後方に控えた弓兵が弓を打ち上げる。
矢の雨が今度は大盾部隊に降り注いだ。
「大盾交代!」
次に控えた大盾部隊が前線に出る。
倒れた兵を退けて、半円形の隊列に加わる。
新たな盾に攻撃を防がれた敵兵が長槍の餌食になる。
「ハマン。バートに伝言たのむよ」
互いの矢の雨に、戦力が少しずつ削られていく。
塀の上の弓兵が、敵弓兵めがけて矢を放つ。
少しずつ互いに消耗して、防衛戦の一日目が終わった。




