イライザの真実
「マスター、内通者を捕らえました」
ベネディクトに言われて、手足を拘束されたメイドのもとに向かった。
何度か見た顔だ。
作戦会議の時、お茶を淹れていたメイドだった。
「君が内通者で間違いないか?」
メイドは涙を流しながらも、どこか諦めたような顔をしていた。
「はい……間違いありません」
蚊の鳴くような声で、そう答えた。
「ベネディクト、彼女はロウル領の出身か?」
「いえ、ウィングゲート領の出身でした」
ベネディクトに確認してから、メイドに視線を落とした。
体は震え、息が荒い。
「いつからここで働いている?」
「五年ほど前から、こちらにお世話になっています」
メイドは視線を落とし、震える唇を噛んだ。
「元々、諜報活動が目的で潜入していたのか?」
「とんでもない……そんなこと」
ベネディクトを見ると、黙って頷いた。
どうやら、メイドとして雇うために、ある程度身元の調査は行ったようだな。
「ということは、お世話になっておいて恩を仇で返したということだな?」
メイドが目を見開き、小さく首を横に振る。
「ち、違う……」
ぼろぼろと大粒の涙を流しながら、息を整えて少しずつ話し始めた。
「去年、公爵様の部下の方がいらっしゃって……」
「去年……そいつはどんなやつだ?」
公爵の長男、ギルが口を挟んだ。
「ジャイルズ様です。その後、何度か旦那様の情報を聞きに来られましたから」
「やはりな……ジャイルズは去年の初め頃から、父上に具申するようになったんです」
ギルの言い分だと、以前のジャイルズは誠実で、周りからの信頼も厚く、策略を練るようなタイプではなかったらしい。
「君はなぜ、ジャイルズに情報を売ろうと思ったんだ?」
先ほどから様子を見ていると、金や物欲で動くタイプには見えない。
「ジャイルズ……様に」
「ジャイルズでいい」
メイドは顔を上げると、複雑な表情のまま静かに頷いた。
「ジャイルズが私のところに来て言ったんです。家族の命が心配ならば、言う通りにしなさいと」
脅迫か。それならば偽の情報を伝えたこの人の家族は……?
「では、今君の家族は?」
「それが……家を訪ねたけど誰もいなかったんです……それで、もしやここに捕まっているのでは? と思って」
なるほどな。心当たりがないかエギルに目をやると、目を閉じて静かに首を横に振った。
「ご家族は、すでにお亡くなりになっていました」
「そんな……父と母、それに弟が二人いたんですが……」
エギルが頷くと、メイドは声を上げて泣き崩れた。
「やはり……間違った情報を伝えたから……」
声にもなっていないような声で彼女がそう言うと、エギルが続けた。
「いえ、憎むべきは自分ではありませんよ。あなたは精一杯やりました。それに……」
「……それに?」
途中で止めたエギルの言葉を、彼女の真剣な目が求める。
「それに……去年、ジャイルズが接触してから、ご家族に会えていませんね?」
「ええ……情報を集めないと家族がどうなるかわからなくて、必死で。でも手紙はやりとりしていましたよ?」
メイドは去年から過ごした日々を思い出すように、視線を宙に漂わせた。
「それは本当に、お父様の書いた文字でしたか?」
エギルの言葉に、宙を漂っていた目が見開かれた。
「それは……なぜ、父とやりとりしていたと?」
「ジャイルズの部屋に、お父様のサインが入った書きかけの手紙がありました」
メイドが手を口に当てて言葉を失う。
「あなたが書いた手紙も、去年のものからずっとジャイルズの部屋に残されていました」
「そ……それじゃあ……」
エギルは真っ直ぐメイドを見つめて、はっきりと伝えた。
「ご家族は、ジャイルズがあなたに接触する前に殺されていた可能性が高い」
メイドの唇はわなわなと震え、膝から崩れ落ちる。
「では……では私はいったい何のために……」
メイドの肩に、ベネディクトがそっと手を置いた。
「もういい。もういいのだ、イライザ。君は家族のために精一杯やったじゃないか。これからは自分のために生きなさい」
「あ……ああ……」
もう言葉にならなかった。
涙はとめどなく溢れ、イライザと呼ばれたメイドはベネディクトに縋り付くように泣いた。
「イライザ、君のような家族想いの女性に、私のもとで働いてほしいんだ。受けてくれるかな?」
「私は……あなたを……裏切……りました……ベネディクト様」
しゃくり上げながら、何とか伝えようとするイライザの背中を、ベネディクトは優しくさすった。
「いいんだ。こちらも知っていて黙っていた。許してくれるかな?」
「許す……だなんて……ありがと……ござ……」
最後は言葉にならなかったが、ベネディクトは黙ってイライザを抱き寄せた。
「しかし……ジャイルズというのは、かなりの悪党ですな」
眉間に皺を寄せ、エドマンドが溜め息をついた。
「いえ……ジャイルズはそんなに卑劣なことができる人間ではありませんでした」
話を聞いていたギルの表情は複雑で、戸惑っているのがわかった。
「しかし、ギルの話を聞くと、ジャイルズという人間がわからなくなるな」
「確かに、そこまで人が変わることが……その頃、ジャイルズに何かありましたか?」
エギルの質問に、ギルは首を横に振った。
「いえ、何も。何もなかった」
「それでは……まるで中身が入れ替わったような話ですね……」
人の中身が入れ替わる……そんなことがあるのだろうか?
「そういえば……蒼月の残響は、鏡像を飼っていると聞いたことがあります」
その言葉に、全員の視線がエドマンドに集まった。




