新たなる脅威
「何をしている! 魔女一人殺せんのか?」
「しかし、弓を放っても斬りつけても倒れません」
ジャイルズの低い声も若干上擦り、焦りが伝わってきた。
「仕方ない、後退を開始せよ」
「軍はいかがされますか?」
その問いに、ウィングゲート公爵はジャイルズの顔を一瞥し、口角を少し上げた。
「兵などまた集めればよい」
「見殺しにするんですか?」
「ジャイルズ、貴様誰に向かって……」
ウィングゲート公爵はそれ以上話すことはなかった。
空気の抜けるような声を吐き、その場に崩れ落ちた。
ジャイルズの瞳に、倒れたウィングゲート公爵の代わりにルーナの姿が映っていた。
「ちょっと、やばいじゃん?」
それまでの低い声とは違う、軽い少年のような声が漏れた。
◇ ◇ ◇
アヴェンジスケールが赤く輝いた。
ミリアに集中攻撃を加えようと、敵兵は必死だ。
ミリアはアイススピアを連発しているが、俺の疲労度も考えてほしいもんだ。
「何をぶつぶつ言ってるのよ? 集中なさい」
ミリアに言われて前を見ると、敵兵は少しずつ後退していた。
「ザック! 今だ!」
号令をかけると、遊撃部隊二百名が一斉に襲いかかった。
「おら! どけよ!」
ザックが山穿を振り下ろすと、敵兵が後ろに吹き飛ぶ。
「はっ! 死にたくなけりゃ道を開けろよ!」
数的有利は変わらないはずなのに、アイススピアと山穿の威力に、敵兵たちが道を開けはじめた。
その時、奥の馬車から人が降りてくるのが見えた。
「あれは? ウィングゲート公爵か?」
「いえ、ウィングゲート公爵の部下で、ジャイルズという男だと思われます」
俺の質問に答えたベネディクトが、真っ直ぐ馬車を捉えている。
あれにウィングゲート公爵が乗っている。そういうことだろう。
その後ろで、ゆらりと人影が揺れた。
そして、幌の中から男が倒れるように落ちてきた。
「あれは! ウィングゲート公爵です!」
それを見て、俺は勝利を確信した。
◇ ◇ ◇
「ちょっと! なんなの?」
ジャイルズは馬車から転げ落ちる勢いで幌を飛び出した。
「ウィングゲートのおっさん、死んだの?」
地面に落ちる重い音がして、振り返るとそこにはウィングゲート公爵の死体が転がっていた。
「あーあ、やっちゃった。失敗じゃん」
馬車に近づき、中を覗き込む。
「あれ? 誰もいない。おっかしいな、綺麗なお姉さんがいたと思ったのに」
幌の中をキョロキョロ見回していると、後ろから兵たちの悲鳴や絶叫が聞こえてきた。
振り返ると、兵たちは命令を待たずに退却を始めていた。
「ちょっと待ってよ、今逃げたらさ」
「しかし、ウィングゲート公爵はもう」
兵たちは負けを悟ったらしく、恐怖で少しでも早く逃げ帰ろうと必死だった。
「この死体、置いていくしかないかな?」
ウィングゲート公爵の死体を見てから顔を上げた。
気がつけば、ジャイルズとミリアの間には障害物が無くなっていた。
「げっ! 黒炎の魔女! やっべぇ……」
その時、指輪が光った。
「あちゃー、死んだわ」
そう呟いた時、炎の玉とジャイルズの間に大剣を持った女戦士が飛び込んできた。
女戦士が大剣を前に向かって突き出すと、炎の玉は軌道を逸らし空高く舞い上がり破裂した。
「危なかったねぇ? 百姿」
ジャイルズ――いや、今百姿と呼ばれた男が目を上げると、そこにはくせのある赤い髪を背中まで伸ばしたスタイルの良い女性が立っていた。
「遅いよ! 鏡氷。死ぬところだったんだよ?」
百姿と呼ばれた男が、腕を組んで膨れてみせる。
「その格好で拗ねても可愛くなーい」
「もう! 仕方ないでしょ!」
ふぅと息をついた鏡氷の顔色が変わった。
「あれが……黒炎の魔女?」
「うん、そうだよ」
鏡氷と呼ばれた女性が目を細める。
「予想以上ね……」
「だね」
二人は顔を見合わせて頷く。
「今は逃げましょう」
「そうしよ」
後ろを振り向こうとした時だった。
「おいおい、逃すと思ってんのか?」
二人の後ろに山穿を構えたザックが立っていた。
鏡氷はザックを見て開口一番。
「え! もろタイプなんですけど……」
「はあ? 今そんなこと言ってる場合?」
百姿と呼ばれた男が呆れた声を出した。
「悪いが、死んでもらうぞ」
ザックが前方に踏み込む。
「速い」
鏡氷が思わず呟いた。
振り下ろされた山穿を、鏡氷の大剣が弾いた。
弾かれた方向の地面が割れる。
「わーお。重いのね」
割れた地面を見て、鏡氷がどこか嬉しそうな声を出した。
ザックは、山穿を弾かれたことに驚きを隠せなかった。
「やっぱりいい男だわ……」
鏡氷がザックを見つめてうっとりしていると、後ろから襟首を百姿と呼ばれた男に掴まれた。
「いいから! 今のうちに逃げるよ」
「もう、わかったわよ。またどこかで会いましょう」
鏡氷がザックにそう言って地面を蹴った。
二人の姿は、混乱の中に消えていった。




