崩れゆく軍勢
前方で土煙が上がり、地を這うような低い音が響いた。
進軍中の部隊は速度を落としていく。
「ジャイルズ、何があった?」
「どうやら、前方で爆発があったようです」
そんなものは見ればわかるが、聞かずにはいられなかった。
「どういうことだ? 黒炎の魔女は役に立たないのだろう?」
「ええ、イライザからの報告によれば、本日は魔力が枯渇する日だと」
イライザが謀ったのか?
しかし、爆発の規模は想定内だ。
連発できるとも聞いていない。恐るるに足りんな。
前方から戻ってきた兵士が、ジャイルズに告げた。
「お館様、黒炎の魔女はまだ動いていないようです。どうやら魔法道具で起こした爆発のようです」
魔法道具か。ソフィアとか言うエルフだな。
「構わん、前進させろ!」
「それが……」
ジャイルズが前方を見ながら何かを確かめている。
「どうやら、爆破された場所を避けて飛び出した兵たちが、左右からの挟み撃ちを受けたようです」
「何? 構わん、全軍で踏み潰すぞ!」
一時的に兵が密集してしまうが、構わん。
一気に叩き潰して、くだらん抵抗をさせずに終わらせてやる。
◇ ◇ ◇
クリス隊とレオン隊がこちらの陣に合流してきた。
死体の山を乗り越えてきたウィングゲート兵たちが、こちらを向いた。
「かなりの数が固まったな……ミリア、いけそうか?」
「ええ、バッチリよ!」
敵兵の塊を睨む。
このくらいが限界だな。
「ミリア、今だ!」
「わかってるわよ! インフェルノ・ノード!」
ミリアの指輪から、黒い種火が敵軍に向かって放たれた。
疲労感が俺の体を襲った。
いや、こんなものか? ミリアのやつ、本気で修行してたんだな……これなら――
黒い光が視界を遮る。
空気が裂けるような轟音が響き、爆風に体を押されて後ろに下がる。
黒い土煙が舞い上がり、目を開けていられなかった。
やがて周囲が静かになり、耳の奥で甲高い音が鳴り響くだけになった。
空気が震えていた。
やがて視界が開け、爆心地を中心とした巨大なすり鉢状の穴が現れた。
中心はまだ熱を帯びているのか、空気がゆらめいていた。
その威力に呆然としたミリアの手が震えていた。
「よくやった、これで戦局が一変するぞ」
そう言って頭を撫でると、
「子供扱いしないでよ……」
そう言いながら、手を振り払おうとはしなかった。
「エギル、作戦は進捗どおりだな」
「ええ、魔力の枯渇という偽情報に踊ってくれたので、ここまでは順調です」
ベネディクトが気づいたメイドの不審な行動を、エギルが利用した。
魔力の枯渇までの日数を確認して、その情報をわざと聞かせた。
敵側からすれば、それほど有用な情報はないだろう。
「アスペン隊、前へ」
号令をかけると、アスペン率いる魔砲筒部隊が前に出た。
「構え!」
アスペンの号令で、兵たちは魔砲筒を構える。
静寂。
大きく空いた穴の中から、呻き声がかすかに聞こえる。
敵の後方部隊が動き始めたのだろう。穴の中から敵兵の足音が聞こえてきた。
やがて、穴の淵から敵兵の頭が現れ、続々と敵兵が姿を表した。
「撃て!」
乾いた音がいくつも重なって響いた。
穴の淵に立っていた兵たちが、穴の中に倒れていく。
穴の中から驚きと混乱の声が聞こえてきた。
「よし、足が止まった。ミリア!」
すでに指輪に集中していたミリアが顔を上げた。
穴の上に黒雲が現れ、ビリビリと空気に緊張が走る。
無数の稲光と空気を裂く音が響き、叫び声すらこちらに届かなかった。
「ミリア、この魔法は?」
「サンダーストームよ。おばあちゃんの魔法書にあったんだけど……」
雷の音がうるさすぎて、語尾が聞き取れない。
「なんだって? 最後が聞こえない」
「こんな威力だなんて書いてなかったのよ!」
その時、アストリッドの言葉を思い出した。
これがセージの魔法。
自然に愛されたミリアだけの魔法だと。
◇ ◇ ◇
「何だ!? 一体何が起きている?」
雷鳴が轟き、声を大きくしないと聞こえない。
「ジャイルズ! 被害状況はどうなっている!」
振り向くと、ジャイルズはその光景に目を奪われていた。
雷のせいか、その口角が上がっているようにも見える。
「おい、ジャイルズ! 聞いているのか?」
肩を揺すると、ようやくこちらに気づいて、
「も、申し訳ございません。被害は約半数ほどかと」
「半数? 半数だと?」
ありえない。たかだか千五百の兵だぞ?
「撤退だ! 撤退命令を出せ!」
「かしこまりました! しかし、こうも雷がうるさくては……」
兵を走らせて、必死に撤退を伝えた。
やがて全軍が後退を始めた頃には、雷はすっかり止んでいた。
後方で乾いた音が鳴り響く。
殿についた兵たちが倒れていく。
「何だ! あの武器は!」
「わかりかねます。お館様、急ぎましょう」
巨大な氷の矢が兵たちに降り注いだ。
その向こう側に、黒炎の魔女が立っていた。
「ええい、構わん! 魔女を討ち取れ!」
あの魔女はまずい。
背を向ければ、もっと兵を失うことになる。
魔女に向かって弓が放たれる。
一番近い後方の兵士たちも斬りかかった。
「やったか!」
しかし、氷の矢が止まらない。
「なぜだ? なぜ倒れない?」
「わかりかねます。あれは異常だ……」
ジャイルズの唾を飲む音が、この戦争の勝敗を決定していた。




