希望
ロウル領北の草原。
数人の兵士が地面を掘り、作業をしている。
ベネディクトがその近くで馬を止め、近づいてきた。
「作業はどうなってる? 終わりそうかな?」
兵士の一人が近づいてきて、ベネディクトに頭を下げる。
「はい、予定通り。本日中に終了する見込みです」
「そうか、よくやってくれた」
ベネディクトの表情に安堵の様子が見られると、兵士は目を潤ませて応えた。
「はっ」
草原の地面は、ところどころ不自然に掘り返されていた。
ベネディクトは掘り返された地面を見渡し、満足そうに微笑んだ。
◇ ◇ ◇
リライアの門前に兵士を集めた。
各部隊に分かれて隊列をつくる。
「これより、ロウルへ進軍する。途中、サントバールでエドマンド率いる冒険者部隊と合流するが、彼らは兵士ではない。今回の戦いに協力してくれる仲間として迎え入れてほしい」
兵士たちの反応は様々で、戸惑う者も少なくなかった。
「進軍開始!」
号令をかけると、それでも兵士たちは進軍の意思を示し、リライア門前に兵士たちの声が響いた。
馬車に乗り込み、進軍を開始した。
サントバールでエドマンドの冒険者部隊、およそ二百名と合流した。
報酬を弾んだおかげか、中には冒険者ではない民間人も混ざっていた。
今日のために冒険者登録をしたのだろう。少し心配になったが、心強くも思った。
「冒険者部隊は補給の要になってもらう。物資輸送に人数を割けない状況では、頼もしい限りだよ」
そう語る俺の顔を、ミリアがじっと見ていた。
「マックス、なんだか王様みたいね」
いや、お前がやれって言ったんだろ?
そう言いかけてやめた。
ロウルに着く頃には、ミリアの魔力が枯渇する日まで残り三日となっていた。
ベネディクトが迎えに出てきた。
「マスター、お待ちしておりました」
「ベネディクト、世話になるよ」
ロウル兵たちが、それぞれの隊を設置されたテントに案内した。
開戦は近い。
その雰囲気に、身が引き締まる思いがした。
その夜は久しぶりに酒場で飲みたくなった。
出掛けようとすると、ミリアが俺の肩を掴んだ。
「マックス、どこに行くのよ?」
「なんだ? たまにはお前も来るか?」
冗談のつもりでそう言ってみたが、ミリアはこくりと頷いた。
酒場の入り口に立つと、店の中がざわついた。
カウンターから酒場の主人が飛び出してきて、俺たちに頭を下げた。
「マ、マスターと魔女様。このような酒場へどういったご用向きで……?」
戸惑う主人の顔と店の雰囲気から、自分の自覚のなさを反省した。
「悪いね、邪魔だったかな?」
「いえ、とんでもない」
店の中を見回す。雰囲気のいい酒場だ。
「俺はこういう店が好きなんだ。一杯飲ませてくれないか?」
「しかし、小さな店ですので特別な席のご用意もなく……」
口ごもる主人の肩にそっと手を乗せた。
「カウンターでいい。普通の客として接してくれないか?」
「え? ええ……マスターさえよろしければ」
カウンターへ向かう俺たちを、店の客は驚愕の目で見ていた。
カウンターに座ると、ミリアも俺にならって隣に座った。
「親父さん、モルトをくれないか? こいつには何か甘い果実酒を」
「はい、ただいま」
ミリアを見ると、はじめての酒場にどことなく緊張しているのがわかった。
「あんまり固くなるなよ?」
「な、なってないわよ!」
強がるミリアに頬を緩めていると、
「なんだお前ら? 今日はデートか?」
「ザック、お前も来ていたのか?」
隣の席で、すでにモルトを煽っていたザックがニヤけてこちらを見ていた。
「ミリア、お前酒飲めるのか?」
「飲めるわよ! 馬鹿にしてるの?」
ミリアの言葉を軽く笑いとばして、
「酔っ払って店を爆破すんなよ?」
ザックの冗談に店の主人がギョッとした顔をした。
「あんた、ふざけてると燃やすわよ?」
「おお、こえー! マックス、俺に信頼の代償しとけよ?」
ザックが肩をすくめて見せた。
一杯、二杯と酒を重ねていくうちに、最初は強張ってた店の主人も次第に頬を緩め始めた。
ザックが酒場で飲んでいた兵士たちにも声をかけた。
「おい、お前ら。今ならマスターと話せるぞ?」
「え!? よろしいので……?」
ザックに手招きされて数人の兵士が寄ってくる。
「マスター、いつも的確なご指示に感動しています」
「そうか? エギルもいるからな。それに……」
「それに……?」
続く言葉を待っている兵士が、目を丸くしてこちらをみていた。
「指示一つで人の命がかかってるからな」
「さすがでございます! マスター!」
酒のせいか、大袈裟に感動された。
その顔に計算はなかったから、こちらも気分よく飲めた。
「で、では続いて私からもよろしいですか?」
顔を赤くした二十代前半の兵士が、ずいっと前に出た。
「いいぞ、言ってみろ」
「はっ! マスターとミリア様はご結婚なさらないのですか?」
その言葉に、隣でミリアが果実酒を吹き出した。
「ミリア! もう汚いな……すまないね親父さん」
店の主人は笑顔で首を振った。
その表情は、カウンターを汚されたのにどこか嬉しそうだった。
「だ、だってマックス。その人が変なこと言うから!」
そう言った後、ミリアは新しく注がれた果実酒を一気に飲み干した。
「何で、そんなこと聞くのよ……喉乾いた、おかわり」
酒場の主人がミリアのグラスにおかわりを注ぐ。
それを受け取ったミリアは、また一気に飲み干してしまう。
「あ、あんらたちねぇ! 私とマックス……が、そんなっねぇ?」
「ミリア、ちょっと飲み過ぎだ。控えろよ?」
そう言うと、ミリアはこっちを向いて微笑んだ。
「らぁいじょうぶよぉ……れんっぜん」
「いや、すでに大丈夫じゃなさそうなんだが?」
ミリアがこっちをキリッと睨んだ。
「らぁによ? あたひがお酒のんじゃあ、らめらって言うの?」
既に何を言ってるのか怪しいな……。
「いや、しかし。我々の間ではマスターとミリア様は愛し合われてると噂が……」
そんな噂が立っても、おかしくないな……。
「あっあいっ!?」
真っ赤な顔をしてミリアは固まった。
「まあ、どうせそのうちそうなるだろ?」
ザックの言葉に兵たちの目が輝く。
「やはり!」
「これはおめでたい!」
喜んで乾杯をはじめる兵たちに、思わず尋ねた。
「なあ、そんなに嬉しいことなのか?」
兵士たちが駆け寄るように近づいて、そのうちの一人が笑顔で言った。
「それはもう! この国の新しい希望になりますから!」
その言葉に、改めて自分の立場と責任を感じた。
また、人々にとってそれが価値のあることだと実感した。
「今日は飲みに来て良かったよ」
思わずそう呟いた。
「また、ご一緒させていただけますか?」
兵たちの期待した目を見て、目を閉じて頷いた。
ふと、横を見るとザックが嬉しそうに笑っていた。
「なあ、親父さん。また来ていいかな?」
「もちろんです」
カウンター越しに、店の主人が優しく微笑んでいた。
「よかった。なあ、ミリアまた来よう……」
ミリアの方を振り向くと、カウンターに突っ伏して寝息を立てていた。
「親父さん、お勘定を。こいつを連れて帰るよ」
「ああ、いいよ。お前らの初デート記念だ。俺が出しておく」
「悪いな」
ザックの言葉に甘えて、ミリアをおぶって外に出た。
外は静かで、酒場の中から声が漏れ出す音だけが聞こえる。
静かな夜だ。
背中で寝息を立てる、ミリアの体は柔らかくて小さかった。
こいつが、リライアンスの希望なんだ。
そんなことを考えながら、砦へ向かって歩きはじめた。
砦に灯った明かりが、決戦の近さを静かに物語っていた。




