ミリアの覚悟
「リライアンスが挙兵の準備を始めたようです」
ジャイルズが入ってきて、ウィングゲート公爵に告げた。
「ほう、数は?」
「今のところ、およそ千二百」
それを聞いたウィングゲート公爵は、ニヤリと口角を上げて頷いた。
「どれくらいの数になりそうだ?」
ジャイルズが目を伏せて、少し考える仕草を見せる。
この男は、すでに答えが出ているものでも簡単には見せない。
優秀すぎる者は、いつか公爵に排除される。そんな先例を何度も見てきたからだ。
「最終的に二千といったところでしょうか」
「取るに足りんな」
そう言って、ウィングゲート公爵は立ち上がった。
「イライザの寄越した情報を利用しよう。黒炎の魔女が無力化する日、一気にロウルを攻め落とす」
「はっ」
ウィングゲート公爵の視線の先には、リライアの未来が映っていた。
◇ ◇ ◇
兵たちの訓練が続く中、エギルも文官たちと物資集めに忙しそうだ。
俺は物資調達の決済のため、書類に目を通していた。
「これは……?」
一つ気になる点があり、他の書類と見比べていると、エギルが入ってきた。
「おや? いかがされましたか?」
「エギル……これなんだが」
目を通していた書類をエギルに見せ、気になったところを指差す。
「保存食などの食料がかなり高くなっているんだが?」
エギルは書類に目を落とし、「ふむ」と少し目を細めた。
「ええ、食料は兵站の要ですから。多めに確保しています」
「それはなんとなくわかるが、それにしても支払う額が多くないか?
市場などで購入する額の倍近く払っていることになるぞ?」
それを聞いて、エギルはにっこり微笑んだ。
「しっかりと書類に目を通していただき、ありがとうございます」
「理由を聞いていいか?」
「ええ、もちろん。これだけの食料を一気に仕入れるのです。
住民たちの食卓に、少なからず影響が出るでしょう」
まあ、確かにそうかもしれない。
「これからも防衛は続いていきます。
挙兵のたびに食料を買い上げられていれば、民の心情がどのように動くか想像に難くありません」
なるほど。そこで、いつもの倍近くの対価を得ることができれば……。
「わかった」
そう言って、俺は書類にサインをした。
仕事が一区切りしたので、ミリアの様子を見に行った。
ミリアは広間で、婆さんの残した魔力を操る練習法を黙々と続けていた。
こいつのこういうところは尊敬に値する。
ただひたすらに反復するだけ。普通なら投げ出してしまいそうな回数を、淡々と続けていく。
「なによ?」
こちらに目もくれず、俺の気配を察知したのか、いつも通り声をかけてきた。
「俺ってよくわかったな? 俺じゃなかったらどうするんだ?」
少し口を尖らせたミリアの頬は、心なしか赤く染まっているように見えた。
「わかるわよ……マックスなんだから」
「お、おう……そうか」
少しの沈黙のあと、突然ミリアの手元がバチッと弾けるような音を立てた。
「あっ!」
「どうした?」
ミリアがゆっくりと、恨めしそうな目でこちらを振り向いた。
「あんたが変なこと言うから、失敗しちゃったじゃない!」
え? それ俺のせいなの……?
「あ、ああ……悪かったよ」
勢いに押されて謝ってしまった。
「べ、別に謝るほどのことじゃ……」
ミリアは小さく呼吸を整える。
「どうだ? 進んでるのか?」
今度は目をキラキラさせて、こっちを向いた。
「まかせといて! 驚かせてあげるんだから」
その瞳を見て、俺は頼もしく感じた。
窓から入る日差しが、広間をオレンジ色に染めていく。
もうすぐ今日も終わる。
ミリアの魔力が枯渇する日まで、残り十日。
開戦に向けて、準備は順調に整っていた。
「なあミリア、もう怖くないか?」
その質問にミリアは少し俯いた。
「怖いのは無くならないわ」
その手が、少し震えている。
たくさんの命を奪う役割だ。
俺はミリアに酷いことをさせている。
「でもね……」
でも?
「みんながいなくなるのは、もっと怖い」
そう言って、俺を見上げた瞳には涙が溜まっていた。
仲間の死を超えてきた決意が、そこにある。
「だから、私のやるべきことをやる」
その横顔からは、もう迷いは消えていた。




