動き出す戦局
「お館様、イライザから報告が入りました」
窓の外に広がる領地を見下ろしていた男に、後ろから声がかかった。
男は振り向かずに答えた。
「ジャイルズか、話せ」
ジャイルズと呼ばれた背の高い男は、頭を下げたまま話し始める。
「はっ、黒炎の魔女について新しい情報を得たようです」
その言葉を聞いて男は振り向いた。
「ほお、それは聞くに値する情報だろうな」
立派な口髭をたくわえた男の口角が上がる。
「はい、黒炎の魔女に弱点がございました」
「弱点……?」
男が眉間に皺を寄せて、ジャイルズを睨んだ。
「ええ、イライザによると……」
話を聞き終えた男が、肩を震わせて低く笑った。
「黒炎の魔女がいなければ、リライアンスなど恐るるに足りん。奴らを攻め滅ぼして、このレイ・ウィングゲートが新しい国の王となろう!」
両手を広げ、宣言するレイ・ウィングゲートを、ジャイルズが静かに見つめていた。
その口角が、わずかに上がる。
◇ ◇ ◇
リライアへの帰り道、ミリアと並んで馬車に揺られていた。
行きとは違い、向かいの席にエギルとソフィアが座っている。
「ねえ、マックス」
いつもの自信満々な声とは違ったトーンでミリアが話しかけてきた。
「ん? なんだよ?」
言っていいのか少し悩んでから、ミリアが続けた。
「勝てるわよね?」
「らしくないじゃないか」
そう言ってミリアを見ると、落としていた視線を俺へと向けた。
「だって、一万よ? 一万も攻めてくるのよ」
「何もお前一人で相手しろって言ってないだろ?」
少し頬を膨らませたミリアが、ぷいっと前を見た。
「わかってるわよ……そんなこと」
「こちらも兵は集めるし、作戦も立てている」
二人の会話を見ていたエギルが、頬を緩めた。
「そうですよ、ミリアさん。負けるような戦いはしませんよ」
「まあ、エギルが言うなら……そうかもしれないわね」
いや、俺を信用しろよ……。
心の中で不満を呟きながらも、作戦の確認を始めた。
「ベネディクトにあれは渡したのか?」
「ええ、十分な数を渡してあります」
エギルの表情が穏やかなままなので、問題ないと判断した。
「ソフィア、あれの用意はできてるか?」
「ええ、マスター。器は既に二百ほど……戻ったら全てに魔力を付与します」
それなら、間に合いそうだな。
「アスペンはどうだ?」
「アスペンさんも、既に兵を選出して訓練を始めたようですよ」
ソフィアの目に確かな自信を感じる。
間違いない、順調に進んでいる。
「ですので……マスター」
ソフィアの声色が変わった。
何かもじもじして、視線が定まらない。
「エギルに同衾するように命じていただけませんか?」
ブッと吹き出してしまった。
ソフィアの隣でエギルが頭を抱えている。
「そういうの、命令とかじゃ意味ないだろ?」
そう言うとソフィアは唇を尖らせた。
「だってぇ……」
「なんだこれ……」
思わず呟いた俺を見て、
「申し訳ございません……」
エギルが申し訳なさそうに頭を下げた。
数日後、リライアに着いた。
出迎えを受け、そのまま守護者の間に入る。
「今から、リライアンスはウィングゲートとの戦争に突入する」
その言葉に、リライアンス幹部や文官たちは様々な反応を見せる。
「しばらくは挙兵の準備。その後、ロウルへ向かう」
「決戦はロウルか」
そう言ってザックが口角を上げた。
「ロウルに向かう途中、サントバールでエドマンド率いる冒険者部隊と合流する」
見回すと、ガイ、クリス、シーザーの三人は視線を落としていた。
何か言いたげだった。
「ガイ、何かあるか?」
「いえ……冒険者が戦争で役に立つのかと」
ガイは俺と視線を合わせない。
元冒険者の俺に言いにくいだろうに……。
それでも具申したのは、この国を想ってのことだろう。
「そうだな。なので冒険者には後方支援を頼もうと考えている」
「後方支援ですか……」
それならばという気持ちと、金を払ってまで必要なのかという困惑が、ガイの表情を複雑にしていた。
「いいか、ガイ。今回の戦争にサントバールが参加したという事実が肝要なんだよ」
その言葉にシーザーがガバッと頭を起こした。
「それは……東に対してということですか?」
「そうだ」
シーザーは頬を緩め、その視線をエギルに一度向けてからこちらを見た。
「かしこまりました。マスター」
シーザーが頭を下げるのを見て、ガイもそれにならった。
ミリアの魔力が枯渇してしまう日まで、あと二十六日。
リライアでの挙兵準備が始まった。




