迫る一万の軍勢
捕虜たちが火傷に苦しみ唸る。
捕虜にしたウィングゲート兵三人を連れて、俺たちはロウル・ブルグへ戻った。
「捕虜はどうするんだ?」
「はい、まずは地下牢に閉じ込めておきます」
エギルがそう言うと、ベネディクトの指示で捕虜たちは地下牢に連れて行かれた。
「あれだろ? 拷問とかして、情報を聞き出すんだろ?」
俺も立場が変わった。
守るべきもののために、時には冷酷にならないといけない。
わかってはいるが……気が乗らないな。
「ええ。ただ、捕虜の体力が落ちていますので、二日後に始めようと思います」
「そうか、頼む」
これも、リライアンスのためだ。
甘いだけでは、この仕事は務まらない。
それでも、やはり心は重かった。
夕食の後、ロウル家のメイドがお茶を配り始めた。
「しかし、困りましたな……」
ベネディクトが口を開いた。
「困った? 何の話だ……?」
「いえ、先程の話ですよ。エギル殿から伺いました」
エギルを見ると、静かに頷いてから話し始める。
「ミリアさんの、魔力枯渇についてですよ」
「ああ、その話か」
自分の名前が出たミリアが、キョロキョロと何の話をしているのか探っている。
「さっき話してただろ?」
「ああ、来月のやつね」
その声は平坦で、およそ自身の心配をしているような震えはなかった。
「まあな。今からちょうど三十日後、その一日だけの話だ」
問題ないだろう、という目でベネディクトを見る。
「しかし、強大な魔力が枯渇する日があるなどという欠点があるとは……」
ベネディクトが頭を抱える。
まあ、今のベネディクトの立場ならそう振る舞ってしまうのも仕方ないだろう。
「しかし、ちょうど三十日後の一日だけです。しかも年に一回。欠点と言えるものでもないでしょう?」
エギルが心配そうな顔をしたミリアを見て微笑む。
「一日だけか……そこを狙われるようなことはないと思いたいですね」
お茶を配り終えたメイドが、辞儀をして部屋を出て行った。
ベネディクトが溜め息をつく。
「……まあ、お茶にしましょうか」
二日後、ルーナが戻った。
「ルーナさん、おかえりなさい」
エギルが挨拶をすると、調べてきた内容についてルーナから説明があった。
やれやれ、気が重いな。
地下牢に降りると、火傷で苦しむ捕虜たちが俺たちを睨む。
「こ、殺すなら殺せ」
捕虜の一人が叫んだ。
そんな目で俺を見るなよ……。
「あー、諸君。悪いがウィングゲートの戦力について語ってもらうぞ」
捕虜たちは嫌悪感を露わにして、視線を逸らした。
真ん中にいた精悍な若者に声をかける。
「君はジャックとか言ったな?」
「さあな」
ジャックは視線を合わせず、とぼけてみせた。
「奥さん、綺麗な人じゃないか。リリーさんだっけ?」
ジャックは目を見開いて、俺を見上げた。
「な、何故……」
「あんなに綺麗な奥さんだ。殺すのは惜しいな」
ジャックの体が小刻みに震え始めた。
「俺がもらってやってもいいが?」
冷酷な目を作り、ジャックを見下ろす。
「ま、待ってくれ! リリーは関係ないだろ?」
「は?」
ジャックの顔が青白くなり、額から汗が滑り落ちた。
「どう楽しむといいんだ? お前はよく知ってるだろ?」
言葉にならない空気だけが、ジャックの喉から搾り出される。
「無理矢理というのも楽しめそうだな」
ジャックは口を閉じたまま、歯を食いしばりながら涙を流した。
「ジャック……もういい」
「そうだ……もういいよ」
他の二人に促されて、ジャックはぽつりぽつりと話し始めた。
「敵兵力は一万だ」
ベネディクトの元に戻り、聞き出した情報を伝えた。
「そうですか。その兵力なら、ウィングゲートと北の四領主が手を組んだのでしょう」
「北の四領主……」
ベネディクトは真っ直ぐこちらを見て言う。
「ええ。重騎兵団のローナン、強力な傭兵を所有するボウルズ、弓兵で有名なブルックリー、二千の兵を保有するピーコック伯爵の四領主。そして――」
「公爵ウィングゲートか」
ベネディクトがこくりと頷いた。
「これは大規模な内戦。いや、戦争になりますね」
エギルの言葉に、一同が目を合わせて頷く。
一万の兵が攻めてくる。
その現実が目の前に迫っていた。
「ベネディクト殿。例の作戦は進んでますか?」
「ええ、エギルさんの言う通りに準備を進めてます」
例の作戦? ああ、足止めをするためにエギルが発案したやつか。
しかし、失敗したら壊滅に繋がる……。
「かなり大掛かりなものだが……間に合うのか?」
「そのために工作もしています。予定通りにことが進めば問題ないかと」
そこで一同がミリアを見る。
「な、何よ?」
「婆さんの残してた修行は進んでるのか?」
一瞬、ミリアは不思議そうな顔をしたが、自分の役割を思い出したのだろう。大きな目を輝かせて、
「バッチリよ! まかせておきなさい!」
そう言ってVサインをしてみせた。
もう争いは止められない。
俺たちは今出来ることをやるだけだ。
「よし、作戦開始だ! この国は俺が守る」
俺が号令を出すと、ミリア以外の全員が同時に立ち上がり、胸に手を当て頭を下げた。
「はい、マスター」




