静かな出発
「いてっ!」
顔の辺りに何かが当たり、その痛みで目を覚ました。
細くて白いミリアの手が、俺の顔に直撃していた。
またお泊まりかよ……。
こいつには警戒心というものがないのか?
ミリア相手にそんなことを言っても、どうしようもないことはよくわかっていた。
「ミリア、起きろよ」
ミリアの肩を揺さぶると、やめさせようと手を振り回してきた。
「いいから、起きろって」
「んん……もう朝?」
ミリアが伸びをしながら体を起こす。
「マックス……おはよう」
「お前の部屋も用意してあるだろ?」
「ん、疲れちゃって……」
晩餐会の後、自室に戻ったところにミリアが訪ねてきた。
魔法道具で冷やしていたヴァインの実が食べたいとか言って。
俺は眠かったので先に寝たのだが、こいつはそのまま寝てしまったのだろうな。
「用意しろ、今日はサントバールに行く」
サントバールでエドモンドを訪ね、ロウルまで同行してもらう。
エギルの遣いがエドモンドに話を通しているはずだから、交渉は必要ないだろう。
「サントバールに寄ってから、ロウルだっけ?」
「ああ、ロウルでルーナと落ち合って領主の屋敷へ向かう」
ミリアはふーんと返事をしてから、着替えをするために部屋に戻った。
ミリアが着替え終わるのを待って、二人で守護者の間へ向かった。
「マスター、皆揃いました」
エギルの言葉に頷いてから、全員の顔を見る。
「本日、ロウル領へ向かう」
「マックス、全員で行くの?」
口を挟んだミリアに、首を横に振ってみせる。
「ロウル行きのメンバーは、俺、ミリア、エギル、クリス。そしてアスペンだ」
「はっ」
エギル、クリス、アスペンの三人が短く返事する。
「残りのメンバーはリライアの警備、城内施設の修繕や増築などを進めておいてくれ」
「はっ」
解散して、それぞれの仕事へ戻っていく。
ロウルへ向かうメンバーが集まる。
「マスター、よろしいですか?」
「なんだ? エギル」
「ルイスを私の供として同行させたいのですが」
ルイスか。もう育成は始まっているということか。
「構わない、同行させろ」
「ありがとうございます。あと……」
エギルが、なんだか言いにくそうにしている。
だいたい、こういう時はあれだな……。
「ソフィアか?」
「え、はい。その……ついて行くと聞かないので」
「構わないよ、連れて行こう」
エギルが深く頭を下げて、守護者の間を出て行く。
あの分だと、ソフィアはどこかで拗ねているのだろう……。
エギルが徐々にソフィアに甘くなってきてるな。
何だか微笑ましい……年齢的には爺さん婆さんの癖に。
「クリス、馬に乗った兵隊を出してよ!」
ミリアが嬉しそうに、クリスの肩を叩く。
「騎兵ですか、すぐに出せるのは百騎ほどですが」
応じるクリスは眉を下げ、少し困惑したような顔をしている。
……クリスには苦労をかけるな、ほんとに。
「それでいいわ! ロウルまで連れて行くわよ」
クリスが俺に許可を求めるような視線を送ってくる。
「ミリア、戦争しに行くんじゃないんだぞ?」
「わかってるわよ、守護者が単騎で乗り込むなんてカッコ悪いじゃない」
ああ、なるほど。
「ああ、確かに」
クリスも同じことを思ったようだ。
と言うか、クリスにとってはミリアの考え方のほうがしっくりくるんだろうな。
ミリアの話を聞きながら、何度も頷いている。
なかなか賑やかな旅になりそうだ。
部屋に戻って、守護者の鎧を装着する。
マントを羽織ってから部屋の外に出ると、ミリアが待っていた。
「見て、マックス。新しいローブもらったのよ」
嬉しそうにクルクル回ってみせるミリア。
それを見て、思わず呟いた。
「キレイだな……」
ミリアがピタッと回るのをやめて、こちらを見る。
「い、今なんて言ったの?」
「いや、何も?」
声が上擦っている、バレバレだな……。
「あ、そう。まあいいわ、行きましょ」
何だか微妙な感じになったな……。
これもどこかで決着をつけないとだな。
城の外に馬車が並んでいた。
「おう、気をつけてな」
「ああ、留守は頼むぞ」
見送りに来たザックに留守を頼んだ。
何であいつニヤニヤしてんだ?
「マスター、こちらです」
クリスに言われて、三台並んだ真ん中の馬車に乗る。
内装が妙に豪華だな。レグナートが使っていたんだろうか?
ミリアが乗り込むと、馬車の扉が閉められた。
さっきのことがあったからか、ミリアはどこかソワソワしている。
それを横目に見ながら――
初めてのロウル遠征が、俺とミリアの心拍数を除いては静かに動き出した。




