隠者の想い
晩餐会はあの後、ズラリと並んだ有力者や文官、大商人などの挨拶を受け続けた。
国の代表というのは大変だなと思いながら、ふとミリアを見ると、女性たちに囲まれて恥ずかしそうにしていた。
会話の内容は、美貌がどうとか、プロポーションがどうとか――
普段ミリアが褒められ慣れていないものだったので、思わず吹き出してしまった。
「守護者閣下、聞いていただけてますかな?」
文官の一人、アーチディルが挨拶の途中で気の逸れた俺に溜め息をつく。
この男はエギルの配下として、よく働くと聞いている。
エギルからもなかなか信頼されているらしい。
「そうか、悪かった。何の話だったかな?」
「いえ、我が息子ルイスをロウルへ同行させていただきたく……」
「ほう、何が出来る?」
アーチディルは佇まいを正して答えた。
「はっ、ルイスは私とは違う物事を見る目を持っており、経験を積ませれば守護者閣下のお力になれると考えております」
エギルに目をやると、笑顔で頷いた。
「よし、同行させよう。リライアンスとしても、優秀な人材を育てることは急務だ」
「おお、ありがとうございます」
頭を下げて席に戻るアーチディル。
まだまだ列は長いな……。
ミリアは囲まれたまま、食事をはじめていた。
「お可愛らしいわ……」
「ええ、憧れちゃう……」
何に憧れちゃうのか、こいつは得でいいな……。
俺が食事をはじめられるのは、もう少し後になりそうだった。
◇ ◇ ◇
朝になって、早めに宿を出た。
ロウルの屋敷付近で隠者を使って潜入する。
屋敷内を歩きながら、建物の構造を頭に入れていく。
向こうから歩いてくるベネディクトの姿が見えた。
「信都リライアからの連絡はまだか?」
「はい、昨夜は晩餐会があったようで、そこに参加するという連絡はきましたが」
ベネディクトの目が鋭くなる。
「晩餐会……パレードもやったと言ったな」
「ええ、どうやら呑気な性格のようです」
パレード、晩餐会という響きに、報告をしている男の口角が上がるのが見える。
「ほお、なぜ呑気だと考えた?」
「いえ、戦後処理も途中ですから」
確かに、凡庸な統治者なら必死に周辺の貴族へ使いを出している頃だろう。
「いや、かなり頭の切れる男がいるぞ」
「は? どういう……」
「今すべきは、何より民衆の信頼を得ることだと理解しているということだ」
ベネディクトは理解しているということか。
「それでは、周辺の貴族に攻め入られてしまいますぞ?」
「ふん、その為の黒炎の魔女だろう?」
ベネディクトと話す男は、まだ納得できていないようだった。
しかし、報告だけでミリアさんのすごさを理解して、エギルさんの存在に気づくなんて……。
「なかなか、油断のできない相手ですね」
誰もいなくなった廊下で、静かに呟いた。
建物内を探索していると、ドアが開いた部屋を見つけた。
薄暗い部屋を覗き込んで、誰もいないようだったので静かに忍び込む。
しばらく部屋の位置を確認したりしていると、後ろから気配が近づいてきた。
「あら? どなたですの?」
姿を消した私に、話しかけてくる。
「まあ、昨日の方ですね……私を攫いにいらっしゃったのですか?」
なぜそうなるんでしょう?
まあ、ベネディクトに見えない相手なので、警戒されるのは無理ありませんが。
「あなたに、一つお伺いしたいことがありましたの」
この子は何を言い出すんだろう?
この場を離れたほうが良さそうだと思って、ゆっくり離れようとした。
「待ってくださいませ、どうせあなたは誰からも見えないんでしょう?」
その言葉に、思わず足を止めてしまった。
「なら、帰るのはいつでも出来ますし。私に危害を加えるなら、もうそうされてるでしょう?」
だから、何で……。
「あなたは、何でそんなに悲しそうなんですか?」
「人のことは……どうでもいいでしょう?」
しまった、思わず声を出してしまった。
「まあ、お綺麗な声。可愛らしい方なんでしょうね」
「今……声のことなんて」
「私、目が見えないから、お声が綺麗な方に憧れますの」
邪気のない、真っ直ぐな言葉。
その目は私を捉えることはないけれど……。
「私に、話していただけませんか?」
「どうして……? あなたは私のことなんて」
「あなたが少しでも楽になるなら、聞いて差し上げたいの」
その言葉で、もう無理だった。
涙が、勝手に溢れ出てきた……。
私はこんなにも、マスターのそばにいたかったんだ。
もう、止められなかった。
「好きな……人ができたみたいです」
「まあ、それは素敵なお話ですわね」
「でも……」
「でも?」
私は何をしてるんだろう……諜報に潜入した屋敷の家人を相手に……。
「その人は、好きな人がいるんです」
「まあ……それがお辛いのですか?」
「いいえ、それは前からわかってたんです」
「あら? ではなぜ?」
そう、前からわかってました。
マスターはミリアさんを本当に大切に思っている。
アストリッドが言った言葉……。
ミリアさんのためなら死んでもいいと思った。
きっと、マスターはそう思ってたんでしょう。
あの時も、何も言い返せてなかった。
「でも、その気高さに心が震えてしまった……」
「まあ……」
「あの人のそばに仕えたい……そう思った」
なのに……いつからか、ミリアさんを見るマスターの瞳を見ると、心が穏やかではなくなってしまった。
「それなのに……好きになってしまいました」
自分でも、笑ってるのか泣いているのかよくわからない顔をしていた。
どっちにしても、この人には見えない。
だから――こんなにも、素直になれる。
「それは、悪いことですの?」
「いや……好きな相手がいる、仕えるべき人を好きになったんですよ?」
「ええ、素敵なことですわ」
素敵なこと……? しかし、それは。
「それは……ただ、いつか失う気持ちです」
「そんなこと、わかりませんわよ?」
わからない? そんな……ことあるのでしょうか?
「その殿方があなたを見る日が来るかもしれませんし、そこそこ身分の高いお方なのでしょう?」
「そうですね……」
「ならば、奥方もお一人ではないでしょう?」
マスターに関して……そんなことあるだろうか?
「それに、あなた一つ、お間違いになられてますわ」
「間違い……」
その瞳は、私を捉えることはなかったけど。
「人を好きになる気持ちに、悪いなんてことはありませんの」
その瞳の奥は、どこまでも優しかった。
「そう……でしょうか?」
「ええ、そんなに愛される殿方ですもの。お会いしてみたいですわ」
「ふふ、お見通しなんですね」
少女は年相応の幼い笑顔を見せて、
「あら? そんなことありませんわよ?」
そう言って笑った。
「大変失礼しました。次は正面からお会いしたいです」
「いつでもどうぞ。私たち、もうお友達ですもの」
今は早く、マスターの顔が見たかった。




