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傷を負うのは俺だけでいい――お前の我儘に付き合ってやるよ  作者: 魔法使いの弟子スオウ
第三章 リライアンス統一戦役

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隠者の想い

 晩餐会はあの後、ズラリと並んだ有力者や文官、大商人などの挨拶を受け続けた。


 国の代表というのは大変だなと思いながら、ふとミリアを見ると、女性たちに囲まれて恥ずかしそうにしていた。


 会話の内容は、美貌がどうとか、プロポーションがどうとか――

 普段ミリアが褒められ慣れていないものだったので、思わず吹き出してしまった。


「守護者閣下、聞いていただけてますかな?」


 文官の一人、アーチディルが挨拶の途中で気の逸れた俺に溜め息をつく。

 この男はエギルの配下として、よく働くと聞いている。


 エギルからもなかなか信頼されているらしい。


「そうか、悪かった。何の話だったかな?」


「いえ、我が息子ルイスをロウルへ同行させていただきたく……」


「ほう、何が出来る?」


 アーチディルは佇まいを正して答えた。


「はっ、ルイスは私とは違う物事を見る目を持っており、経験を積ませれば守護者閣下のお力になれると考えております」


 エギルに目をやると、笑顔で頷いた。


「よし、同行させよう。リライアンスとしても、優秀な人材を育てることは急務だ」


「おお、ありがとうございます」


 頭を下げて席に戻るアーチディル。

 まだまだ列は長いな……。

 ミリアは囲まれたまま、食事をはじめていた。


「お可愛らしいわ……」


「ええ、憧れちゃう……」


 何に憧れちゃうのか、こいつは得でいいな……。

 俺が食事をはじめられるのは、もう少し後になりそうだった。


◇ ◇ ◇


 朝になって、早めに宿を出た。

 ロウルの屋敷付近で隠者ハイディングを使って潜入する。


 屋敷内を歩きながら、建物の構造を頭に入れていく。

 向こうから歩いてくるベネディクトの姿が見えた。


「信都リライアからの連絡はまだか?」


「はい、昨夜は晩餐会があったようで、そこに参加するという連絡はきましたが」


 ベネディクトの目が鋭くなる。


「晩餐会……パレードもやったと言ったな」


「ええ、どうやら呑気な性格のようです」


 パレード、晩餐会という響きに、報告をしている男の口角が上がるのが見える。


「ほお、なぜ呑気だと考えた?」


「いえ、戦後処理も途中ですから」


 確かに、凡庸な統治者なら必死に周辺の貴族へ使いを出している頃だろう。


「いや、かなり頭の切れる男がいるぞ」


「は? どういう……」


「今すべきは、何より民衆の信頼を得ることだと理解しているということだ」


 ベネディクトは理解しているということか。


「それでは、周辺の貴族に攻め入られてしまいますぞ?」


「ふん、その為の黒炎の魔女だろう?」


 ベネディクトと話す男は、まだ納得できていないようだった。

 しかし、報告だけでミリアさんのすごさを理解して、エギルさんの存在に気づくなんて……。


「なかなか、油断のできない相手ですね」


 誰もいなくなった廊下で、静かに呟いた。


 建物内を探索していると、ドアが開いた部屋を見つけた。

 薄暗い部屋を覗き込んで、誰もいないようだったので静かに忍び込む。


 しばらく部屋の位置を確認したりしていると、後ろから気配が近づいてきた。


「あら? どなたですの?」


 姿を消した私に、話しかけてくる。


「まあ、昨日の方ですね……わたくしを攫いにいらっしゃったのですか?」


 なぜそうなるんでしょう?

 まあ、ベネディクトに見えない相手なので、警戒されるのは無理ありませんが。


「あなたに、一つお伺いしたいことがありましたの」


 この子は何を言い出すんだろう?

 この場を離れたほうが良さそうだと思って、ゆっくり離れようとした。


「待ってくださいませ、どうせあなたは誰からも見えないんでしょう?」


 その言葉に、思わず足を止めてしまった。


「なら、帰るのはいつでも出来ますし。わたくしに危害を加えるなら、もうそうされてるでしょう?」


 だから、何で……。


「あなたは、何でそんなに悲しそうなんですか?」


「人のことは……どうでもいいでしょう?」


 しまった、思わず声を出してしまった。


「まあ、お綺麗な声。可愛らしい方なんでしょうね」


「今……声のことなんて」


わたくし、目が見えないから、お声が綺麗な方に憧れますの」


 邪気のない、真っ直ぐな言葉。

 その目は私を捉えることはないけれど……。


わたくしに、話していただけませんか?」


「どうして……? あなたは私のことなんて」


「あなたが少しでも楽になるなら、聞いて差し上げたいの」


 その言葉で、もう無理だった。

 涙が、勝手に溢れ出てきた……。


 私はこんなにも、マスターのそばにいたかったんだ。

 もう、止められなかった。


「好きな……人ができたみたいです」


「まあ、それは素敵なお話ですわね」


「でも……」


「でも?」


 私は何をしてるんだろう……諜報に潜入した屋敷の家人を相手に……。


「その人は、好きな人がいるんです」


「まあ……それがお辛いのですか?」


「いいえ、それは前からわかってたんです」


「あら? ではなぜ?」


 そう、前からわかってました。

 マスターはミリアさんを本当に大切に思っている。


 アストリッドが言った言葉……。

 ミリアさんのためなら死んでもいいと思った。


 きっと、マスターはそう思ってたんでしょう。

 あの時も、何も言い返せてなかった。


「でも、その気高さに心が震えてしまった……」


「まあ……」


「あの人のそばに仕えたい……そう思った」


 なのに……いつからか、ミリアさんを見るマスターの瞳を見ると、心が穏やかではなくなってしまった。


「それなのに……好きになってしまいました」


 自分でも、笑ってるのか泣いているのかよくわからない顔をしていた。


 どっちにしても、この人には見えない。

 だから――こんなにも、素直になれる。


「それは、悪いことですの?」


「いや……好きな相手がいる、仕えるべき人を好きになったんですよ?」


「ええ、素敵なことですわ」


 素敵なこと……? しかし、それは。


「それは……ただ、いつか失う気持ちです」


「そんなこと、わかりませんわよ?」


 わからない? そんな……ことあるのでしょうか?


「その殿方があなたを見る日が来るかもしれませんし、そこそこ身分の高いお方なのでしょう?」


「そうですね……」


「ならば、奥方もお一人ではないでしょう?」


 マスターに関して……そんなことあるだろうか?


「それに、あなた一つ、お間違いになられてますわ」


「間違い……」


 その瞳は、私を捉えることはなかったけど。


「人を好きになる気持ちに、悪いなんてことはありませんの」


 その瞳の奥は、どこまでも優しかった。


「そう……でしょうか?」


「ええ、そんなに愛される殿方ですもの。お会いしてみたいですわ」


「ふふ、お見通しなんですね」


 少女は年相応の幼い笑顔を見せて、


「あら? そんなことありませんわよ?」


 そう言って笑った。


「大変失礼しました。次は正面からお会いしたいです」


「いつでもどうぞ。わたくしたち、もうお友達ですもの」


 今は早く、マスターの顔が見たかった。


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