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第31話 進撃開始

マイナとゴザの戦いは、マイナの勝利で決着を迎えていた。


「ハァ、ハァ…………ぐっ!」

「どうやら、私の勝ちのようだな!」


ゴザに剣を向けて、マイナはそう言い放つ。ゴザは既に満身創痍で、片膝を付いてしまっていた。


「何でだ…………何で邪神様の使徒たる俺が、こんな小娘に!」

「決まっているだろう。背負っているものの大きさが違うのさ。お前達は自分達の事しか考えてないのだろうが、我々はこの世界に生きる全ての人々の命を守る責務がある。お前のような軽い奴に、この首は取らせないよ」

「ほざけ! 特殊(エクストラ)スキル『怪力』が強かっただけだろうが!」

「………成程。そうやって『スキルのせいだ』とか何とか言って、自分の非を認められない奴だから、お前はこんなアホな組織に入ってしまったというわけか」

「”悪魔の使徒(デヴィル・スレイブ)” をバカにすんじゃねぇ!」


組織への冒涜が逆鱗に触れたのか、ゴザは動かない体を無理矢理動かし、マイナに一矢報いようと、飛び上がって大剣を振り降ろす。しかし、破れかぶれの一撃はあまりにも直線的で、レベルで同等のマイナに当たるはずもなく、軽い動きで回避された挙句強烈なカウンターキックを喰らい、空中で踏ん張りが効かない事もあってボールのように軽く飛んでいった。


「ゲホッ! ゴホッ…………!」

「これ以上は止めておけ。本当に死ぬぞ」

「俺が死んだところで、他の連中が邪神様を復活させる! そうすれば、今のこの下らない世界をぶち壊してくださる! その為なら死んだって構わねぇ!」

「下らないだと? それは、この世界で今も必死に生きている人々への、侮辱と取って良いか?」

「あぁ構わねぇぜ。俺らに比べたらお前らなんて、ぬるま湯に浸かって頑張った気になってるだけの、ただの甘ちゃん共だ。そんな甘ちゃんしかいない世界なんて、滅んじまえば良いのさ!」


マイナの額に青筋が浮かぶ。


彼女の生まれは、決して良いとは言えない。それでも、血反吐を吐くような努力の末に今に至っている。そしてそれは、マイナの周りにいる人々も例外ではなかった。そんな、努力の末に大成した人々を、マイナは心の底から尊敬していた。


それなのに目の前にいる男は、人々の努力を侮辱し、あまつさえ滅べば良いなどと言い出す始末。マイナの腸は煮えくり返り、今にも爆発しそうだった。怒りに任せてゴザを切り殺してしまいそうな程に。


――――しかし皮肉にもその怒りは、敵によって鎮められた。


「やれやれ、ゴザさんもですか? まったく ”悪魔の使徒(デヴィル・スレイブ)” ってのは、どいつもこいつも使い物になりませんね」

「っ!」

「ま、まさか、ロン様ですか!?」


現れたのは、本性を露わにしたロン。レベル5000の悪魔族(デヴィル)としての力を解放しており、シザースの怨魂鎌(グラジサイズ)を担いでいた。そして彼の後ろには、隊列を成した異形の集団がいる。敵将を倒してほんの少し気が緩んでいたマイナは、突然の新手の登場に冷や汗を流した。


(くっ、何やら禍々しい気配がすると思ったら、まさか、悪魔族(デヴィル)が来てたなんて…………って、ん? あれは!?)


ロンに率いられる集団の中に、ヒトによく似た姿をした者が数名いた。その者達の顔に、マイナは見覚えがあった。


「も、モーリス殿!? 巴殿! モーム殿! リサ殿まで!」


肌が褐色になり、背中にコウモリのような翼を生やしているが、それはマイナが見知った者達の姿だった。


「…………待て、さっきは聞き逃してしまったが、ロン殿じゃないか! いや、本当にロン殿か!?」

「えぇ、正真正銘ロンですよ」

「バカな…………これはいったいどういう事だ!?」

「分かりませんか? 無知な虫にも分かるように言えば、僕は皆さんを裏切ったんですよ。それと、この人達はもうあなたの知る人達じゃありません。皆さん、僕の忠実な下僕になったんですよ。半端でもそれなりに力を持ってたお陰で、生まれたてで既に知性を持つ質の良い悪魔族(デヴィル)に改造出来ました。いやぁ、虫けらでも案外役に立ちますね」

「貴様…………!」

「ま、それはさておき。ゴザさん、あなたにもう一度だけチャンスをあげましょう」

「ちゃ、チャンス?」

「あなたを、悪魔族(デヴィル)にしてあげます」

「っ!!?」


ロンが『パチンッ!』と指を鳴らすと、禍々しい魔力がゴザを包み込む。


「よせ!!」

「あ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ"!!!!」


マイナが止めに入るも既に遅く、ゴザはあっという間に悪魔族(デヴィル)へと変化してしまった。


「おぉぉ………! これが、悪魔の力…………!」

「レベル3000、しかも知性持ち。ハスター様の精鋭部隊並みの力じゃないですか。人間のままでは無能でも、悪魔族(デヴィル)になればそれなりに役立ちそうですね」

「ありがとうございます! この力で、この憎きマイナ(怪力女)をぶちのめしてご覧にいれます!」

「何を言ってるんですか。こんな奴は放って――――いえ、そうですね。あなたに任せましょう。それと、ぶちのめしても良いですが、せめて肉の形は保っておいてくださいね?」

「承知しました!」

「待て!」


マイナが剣を構えて、ロンの前に立ち塞がる。


「例え刺し違えても、ここから先は一歩も通さない!」


そう啖呵を切るマイナだったが、その剣先は微かに震えていた。武者震いなどではない。それは――――その身を引き裂きそうな程の、激しい恐怖故の震えだった。


マイナは決して愚かではない。相手が自分より遥かに強い事は承知の上だし、本当は怖くて今すぐ逃げ出したいくらいだった。それでもマイナが逃げないのは、神殿騎士団長としての責任があるからだ。


「ロン殿。いや、ロン! ここを通りたければ私を倒して――――」

「てめぇの相手は俺だろうがぁ!!」

「っ!」


マイナの宣言が終わる前に、ゴザが飛び出してマイナに切り掛かる。面喰いつつもマイナは手にした剣を構えて、ゴザを迎え撃った。


「ぐっ!?」

「どうした? そんなもんかよ!」


マイナはゴザの一撃を受け止めきれず、地面をガリガリと削りながら後退する。剣を握る腕がビリビリと痺れ、マイナは戦慄した。


(な、何て力だ………! 何度も食らったら腕が折れる!)


マイナには、自身の膂力を数倍に上昇させる特殊(エクストラ)スキル『怪力』がある。このスキルを自身の剣術と併せる事で、マイナはレベルで同格のゴザを圧倒し、1度は倒す事が出来た。


しかし、悪魔化した上にレベルが一気に1000も上昇したゴザの膂力は、先程までの比では無かった。最早、マイナがどうこう出来る相手ではなくなっていたのだ。


(せめて、封印の儀式が完了するまで、私がコイツらの足止めを――――)

「死ねぃ!」

「っ!?」


マイナが思考を巡らせていると、彼女が認識できない程の速度でゴザが接近。間合いを一瞬で潰し、マイナに大剣を振り下ろす。咄嗟の事に反応が遅れたマイナは、剣を構えてガードしようとする。


――――しかし、ゴザの大剣はマイナの剣を叩き折り、さらに衝撃でマイナを吹き飛ばす。そのままマイナは洞窟のある小山に激突し、完全に気を失ってしまった。


「団長!!!」

「そんな、団長が!?」

「ゲヒャヒャヒャヒャ! 良い様だぜ、騎士団長さんよぉ!」


マイナが手も足も出ずに敵に敗北した事実に、神殿の騎士達は真っ青になる。対してゴザは、憎き敵を倒せて上機嫌であった。


「ほぉ、まぁまぁやりますね」

「あざーっす! それで、ロンさん。この女はどうするんで?」

「磔にして晒してやりましょう。どうもコイツはヒト族にとって、希望となる存在のようですからね。ソイツを辱めてやれば、ヒト族の希望は潰えるでしょう。支配も楽になるし、絶望顔も見られるし、一石二鳥です」

悪魔族(デヴィル)にはしないんですかい?」

「神殿の連中は、皆クラヴィアによって悪魔化しないよう守護されてますからね。手下に出来ない虫など不要。あの女以外は皆殺しにしてください」

「承知しやした!」

「お前達も行きなさい。一匹残らず潰して構いません。それと、死体は可能な限り損壊させて、思い切り辱めるように。良いですね?」

『はっ』


ロンの指示に従い、ゴザを始めとした悪魔化した者達が、神殿の騎士達に襲い掛かる。


「ギャァァァアァァァァァ!!!!!」

「た、助け、グギャァ!!」

「痛い痛いいだいぃぃぃぃぃ!!!!」

「い、嫌だ! こんな死に方―――ギャァァアァァァ!!!!」


あちこちから、騎士達の悲鳴が響き渡る。より残酷に、より残虐に。騎士達は長い事苦しみ続けるやり方で次々と殺されていく。そんな騎士達の悲鳴を心地良い音色のように感じながら、ロンは洞窟へと入っていった。



*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*



そして現在――――


邪神ハスターは復活し、ロンを始めとした数多の悪魔族(デヴィル)を従えて、再び地上に返り咲いた。


「チッ! 下等な虫けら共が。俺様達の許可も無しに勝手に繁殖しやがって。忌々しいぜ。ま、その分絶望させる楽しみが増えたと思えば、この勝手千万も目を瞑ってやれるかもな」


そう語るハスターは現在、禍々しくも豪奢な椅子に鎮座している。椅子の隣には十字架が4つあり、そこにウルクス、イスカ、ゴルドフ、マイナの4人が縛り付けられ、見せしめのように晒されていた。


そしてハスターが率いるのは、3万を超える悪魔族(デヴィル)達。その中に殺された神殿騎士達の頭を持つ者達がいるが、決して深い意図がある訳ではない。単純にヒト族を痛めつけ、辱める事に快感を覚える悪魔族(デヴィル)の趣味趣向によるものだ。


そんな、残虐かつ悪辣な集団は今、イゴール王国の王都パフィオに向けて進軍している。ただし、その速度は決して早くない。本気を出せば1分も掛からず辿り着ける道のりを、彼らはワザと時間を掛けて移動していた。あえて逃げる猶予を作り、逃げる背を追って攻め滅ぼすという、鬼ごっこ感覚の娯楽を行う為だ。


(ヒャハハハ! 虫けら共め、怯えてやがるぜ。良い気分だ! だが…………何だ、この気配は?)


パフィオにいる者達の中に、異様な気配を放つ者がいるのをハスターは感じていた。力では圧倒的にハスターが勝っている。真正面からぶつかれば、ハスターが勝つのは確実。その筈なのだが…………何故かハスターはその確信が持てなかった。その気配があまりにも異様で、不気味だったからだ。


「――――ハスター様? どうかされましたか?」

「っ! …………いや、何でもねぇよ」


警戒しているのをロンに感づかれたハスターだったが、気にしていないフリをする。否、フリをすると同時に、本当に気に掛けない事にしたのだ。


(そうだ。気にする事はねぇ。今のこの世界に、俺様に敵う奴なんていねぇ。そんな事より、さっさと他の奴らの封印解除に行かねぇと。特にボスだ。あの封印は厄介だからな。さて、どうしたもんか…………)


目の前の遊戯への愉悦の裏で、ハスターは仲間達の事に思いを馳せるのだった。

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