第32話 それぞれの――――
「え、何これ………?」
「お姉ちゃん。何か背中がゾクゾクする…………!」
あたしと改人がギルドで休んでいると、急にとんでもなく強くて凶悪の気配が現れた。方角は北。それも、かなり遠い所。これって、まさか…………?
《この気配は…………!》
《そんな、嘘! どうして!?》
最近寡黙になってるケラウノスとグングニルまで声を上げてる。どうやらこの2人、気配の主に心当たりがあるみたいだ。声の感じからして相当ヤバいものっぽい。これはもう、間違いないんじゃない? 邪神とやらが復活した。そういう事だよね?
《―――”神速思考” プラス ”念話”》
取り敢えずあたしは、自分と改人、ケラウノス、グングニルを ”念話” で繋いで、ついでに思考を神速化した。これであたしらは他の人の5億倍の速度で話が出来る。しばらくは駄弁っても平気だ。
《それで、ケラウノスにグングニル。この気配に心当たりがあるんだよね? 良ければそれ、教えてくれない?》
《………》
《………》
2人共しばらく黙りこくって、中々話そうとしなかった。けど、加速した思考で5分くらい待って、ようやくケラウノスが口を開いた。
《…………あれは、かつて我らが戦った風の邪神だ。名を、ハスターと言う。我らの仇敵の一角だ》
《仇敵? それって、あんた達の前の主さんの事と関係してる?》
《あぁ、そうだ》
《もしかして、前の主さんが亡くなったのって………!》
《その通りだ。邪神共を封印するべく、あの方は、自らの命と引き換えの神技を発動し、亡くなられたのだ…………!》
確かフォルが言うには、その神はこの世界を守る為に、自分を犠牲にしたって話だったよね? それってつまり、この世界を危機に陥れるような、何らかの脅威があったって事でしょ? その脅威ってのが何なのかってのは聞いてなかったけど、邪神の事だったんだね。そして、邪神を封印する為に、自分の命を投げ打った、か…………。正直納得は行かないけど、凄い覚悟を持った人だったんだね。
《ハスターは、”風の邪神王” の異名を持つ強大な邪神よ。それこそ、今はこの世界の主神と崇められてるクラヴィアよりも遥かに強いの》
《奴の風は物理的な事象を引き起こすだけで無く、魂を肉体から吹き飛ばす事も出来る。神と言えど、迂闊に近付けば奴に魂を飛ばされて終いだ》
えっぐ。何さ『魂を吹き飛ばす』風って? そんなもん近付く事すら――――いや、待てよ?
《ねぇ、ソイツの風の力って、権能由来の物?》
《当然だろう? でなければ、”風の邪神王” などと持て囃されんわ》
《なら ”神域描画” 使えば、勝てる可能性あんじゃない?》
《っ! そうか! お主 ”神域描画” を使えるんだったな! それなら奴の権能は気にしなくて済むぞ!》
《よ~し、そんじゃ――――》
《待って!》
『邪神を倒しに行こう』と言おうとした所で、沈黙を貫いていた改人が、突然待ったをかけて来た。
《お姉ちゃん、もしかして邪神と戦うつもり?》
《そ、そうだけど?》
《ケラウノスさん、グングニルさん。そのハスターって奴は、”神域描画” さえ使えれば倒せる相手なんですか?》
《そ、それは…………》
《答えてください。大事なことなんです》
ケラウノスは何か誤魔化そうとしてたけど、改人の押しに負けて黙り込んだ。変わりにグングニルが改人に答えた。
《あなたの言う通りよ。奴の強みは権能だけじゃない。種族的にも、レベル的にも、今の一華を遥かに上回る力を持ってるわ。そうでしょう、あなた?》
《………うむ。その通りだ。権能を封じたとしても、ゾウとウサギ程の力の差がある》
《そんな…………そんなの、勝てっこないよ! お姉ちゃん、考え直して!! ハスターと戦うなんて無茶だよ! 今ならまだ――――》
《逃げられる。そう言いたいの?》
《そうだよ! だから!》
《逃げてどうなんの?》
《――――え?》
《仮に今ここで逃げた所で、この先ソイツと絶対会わない保証はどこにもないよ? と言うか、そもそもあたしらはピンチヒッターだよ? ピンチの時に逃げてどーすんのさ》
《そ、それは、そうだけど…………》
《それにここで逃げたら、ウルクスさん達はどうなるの?》
《!!!!!》
《ウルクスさんだけじゃない。イスカさんに、冒険者の皆、騎士団。とにかく大勢の人達が、ハスターの犠牲になる。それを見過ごす事なんて、あたしには出来ない。だから、あたしは行くよ》
《お姉ちゃん…………》
しばらく、改人は逡巡していた。そして――――
《………分かった。じゃあ、僕も一緒に連れてくって約束して。今ここで》
《っ!》
やっぱ、そうなるよね。今改人が一番怖がってるのは、あたしがいなくなること。あたしがハスターと戦うなんて言い出したら、着いて来るって言いだすのは自明の理だ。でも…………改人はハスターを恐れてる。正直、不安があるんだけど…………。
《分かった。皆で行こう。ハスターの討伐に》
改人を納得させる為にも、あたしはそう言うしか無かった。
《お姉ちゃん!》
《すぐに向かうよ!》
《うん!》
《待て、一華》
《………ちょっとケラウノス? これから向かおうって時に――――》
《今回は、【滅界雷】の使用を許可しよう》
《っ!!》
あ、あんな頑なに使わせてくれなかった、あの【滅界雷】を!?
《いつもは渋る所だが、今回は相手が相手だ。資格だなんだと言っておる場合ではない》
《…………分かった。ケラウノスがそこまで言う相手だって事、しっかり心に刻んでおく》
《うむ、それで良い。決して気を抜くでないぞ》
《もちろん》
《それと、改人よ》
《え、僕ですか?》
《お主に伝えておく事がある。たとえ敵が誰であろうと、躊躇してはならん。これだけは忘れるな》
《は、はい…………?》
今の、どういう意味だろう? まるで、敵の中に殺したくない奴がいるみたいじゃんか。
《ケラウノス。今のどういう意味?》
《すぐに分かる。お主の場合、要らぬ心配だろうがな》
《??》
良く分かんないけど、今はそれより現場に行かなくちゃ!
《”神速思考会議” 終了っと》
あたしは『神速化』と ”念話” を解除して、取り敢えずライルさんに報告する事にした。改めてよく見ると、いつも騒がしいギルドが静まり返ってる。皆も何か起きた事だけは、薄々感じているみたいだ。
「ライルさん」
「…………」
「ライルさん?」
「っ!? い、一華さん! 失礼しました! ど、どうされたんですか?」
ライルさんがボーッとするなんて…………それだけ邪神の復活が衝撃的だったに違いない。
「もうお気づきとは思いますけど、邪神が復活したっぽいです」
「っ! やはりそうですか…………。この気配、正直言って感じているだけで恐ろしいです。連絡係として派遣した職員から、連絡が途絶えている事を考えると、余程逼迫した状況なのでしょう。最悪、全滅の可能性も………」
そしてライルさんは、今までにない程真剣な表情でこう言ってきた。
「一華さん、改人さん。私は冒険者ギルドの職員として、冒険者の安全を出来る限り保証する義務があります。ですので、今この時を持って、お2人への指名依頼を解除します」
「「っ!!」」
「邪神は人の手に負えるものではありません。お二人共――――ここにいる全員、今すぐこのギルド、いいえ、この国から離れてください」
「ライルさんは、どうするつもりですか?」
「私はギルド職員ですから。関係各所に伝達して、出来るだけ多くの住民が逃げられるよう手引きします」
ライルさんのこの言葉に、周りの冒険者達が反応した。
「おいおい何言ってんだ!」
「私達だって手伝うよ!」
「そうだよ! あんた達職員だけに任せるなんて、そんな事できるか!」
皆口々に『避難を手伝う』と言ってきたけど、ライルさんは首を横に振って断ってきた。
「皆さんは冒険者ギルドの宝なんです。皆さんがいなければ、我々ギルドは成り立ちません。だからこそ、皆さんには必ず生き延びてほしいんです。どうか、ここは我々職員に任せてください。そして皆さんには、これからもギルドの冒険者として、活躍していただきたいんです!」
「ライル………!」
「ライルさん!」
皆の悲壮感に溢れた表情を見てると、ハスターがどれだけ強大かつ凶悪な存在なのか、良く分かる。同時に、ハスターに対してムカついて来た。上手く使えば人の役に立つ力を人を苦しめる為に使って、今もその存在だけで大勢の人達を苦しめてる。何でそんな使い方なわけ? 自分の力で徒に人を傷つけるなんて、どうしてそんなダルい事が出来るの? マジで迷惑なんですけど。
「…………分かった。皆、逃げるぞ!」
「で、でも――――」
「ギルドの職員連中がここまで覚悟決めてんだ。これ以上言うのは野暮だ!」
「…………っ!」
「何が起きたか、まだ気付いてない連中もいるだろう。道すがら逃げるよう勧告しつつ、俺達も全速力で逃げるぞ!」
『応!!』
冒険者達が、一斉に逃避行の準備を始めた。
「おい新人! 何してる! お前らも早く逃げろ!」
「…………いえ、申し訳ないですけど、一緒には行けません」
「は?」
「皆さんは先に避難しててください。あたし達もすぐに追いつくので。それから、誰かモンドさん達にも、避難勧告をお願いします。改人!」
「ラジャ! ”転移門”!」
あたしらは揃って ”転移門” に飛び込む。行先はもちろん、邪神の所だ。
*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*
「おのれぇ…………!」
クラヴィアはその端正な顔を怒りで歪ませ、ハスターが移る画面を睨みつける。
「こうなったら、私自ら降臨して――――」
「お、お待ちください! そんな状態では無茶です!」
「じゃあ黙って見てろっての!?」
「…………っ!」
クラヴィアを止めようとしたノクスエルだったが、クラヴィアに喝を入れられ押し黙る。
「分かってんのよ。私なんかじゃ全快の時でさえ、ハスターに到底及ばないのは。でも、あの人が命を懸けて守りぬいた世界達が、成す術も無く破壊されていくのを黙って見ているわけにはいかないの! 私が、私が何とかしないと!」
「…………でしたら、まずは俺が降臨します」
「っ!?」
ノクスエルの言葉に、クラヴィアは驚愕する。
「何言ってんの!? 私ですら勝てないのに、あなたじゃ勝てる訳ないないじゃない! 無謀な真似は止めなさい!」
「えぇ、俺程度では奴には勝てません。ですが、奴の目を引く囮になる事は出来ます。俺が囮となって時間を稼ぎますから、その間に少しでも力の回復に努めてください。それと、他の天神達も既に事は把握しているでしょうから、クラヴィア様の元へ集まるよう連絡しておきます。全員集まり次第、奴を討伐してしまいましょう」
「でも、それじゃああなたは――――」
「えぇ。最悪の場合、死ぬでしょう」
「っ!!!」
「しかし、この世界の為、何よりあなたの為にこの命を捧げられるなら、俺は本望です。クラヴィア様。どうか覚悟を決めて、非情に徹してください!」
「……………!!」
それは、仲間に対して死にに行けと言うようなものであった。クラヴィアは思い悩み、そして逡巡する。
「………………………分かったわ」
――――そして、彼女は覚悟を決めた。
「ノクスエル、奴の足止めをあなたに任せます」
「はっ!」
命令が下ると同時に、ノクスエルは白い部屋から姿を消す。残されたクラヴィアは、涙で顔をグシャグシャにしながらも、ハスターを討伐するべく回復に努めるのだった。
*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*
異変を察知したのは、クラヴィアだけでは無い。一華と改人のいる ”基軸世界” でハスターが復活した事で、”衛生世界” の魔界にも禍々しい空気が流れ込んでいた。3柱の魔神が、その空気に気付く。
「これは、ハスタァ…………!」
一華の友人である ”傲慢の魔神” アネリルスは、ハスターの復活を察知して怒声を上げる。怒声は魔界全体に響き渡り、世界を大きく揺らす。彼女の怒りの強さが、破壊を伴い顕著に現れていた。
「あの野郎、甦りやがったか…………!!」
”憤怒の魔神” のイゼルも怒りを露わにし、凄まじい速度で『破滅怒気』を生み出し続けている。
「ねーちゃんヤバいよ! ハスターが復活したって事は、ここもすぐに攻め込まれる! こ、怖いよ…………!」
一方で、”暴食の魔神” にしてアネリルスの弟のガブアは、心底怯えた様子でアネリルスにしがみついている。
(いつもの生意気なクソガキムーブはどこ行ったんだよ)
などとアネリルスが胸中でツッコんでしまう程、今の彼は怯えて姉に甘えまくっていた。しかし実際の所、アネリルスもイゼルもハスターの事を恐れている。それぞれの大罪が自動で発動し、それを素直に表に出せないでいるだけなのだ。なんなら、素直に恐怖を表現できるガブアを羨ましく思っていたりする。
「………で、どうするアネリルス? ガブアも言ってるが、このままだと何時攻め込まれてもおかしくないぞ?」
「どうするってそんなの、待っててもやられるだけだし、やるしかないでしょ。”基軸世界” に戻って、奴をぶっとばす!」
「ま、そうしたいのは山々なんだが…………魔界はどうする? 大分鎮圧できたとはいえ、反乱分子はまだいるぞ?」
「そこは、ほら。アンタ達がアタシの代役をやってよ」
「だと思ったよ。まぁそれは良いけどさ…………そもそも勝算あるの?」
「腹立たしいがアイツは強い。クラヴィアや私達でも到底及ばない怪物だ。そんな怪物に勝てる算段があると思うか? それとも、何かアテでもあんのか?」
「まぁ、アテって言える程じゃないんだけど…………希望ならあると思うよ?」
「希望?」
「希望って、なんなの?」
「一華だよ」
「「っ!!」」
「あの子なら、もしかしたら奴を倒せるかもしれない」
一華の名を聞いて、ガブアとイゼルの表情が、少し明るくなった。
「成程、一華か。アイツはあのユガエルを倒した猛者で、しかも ”神域描画” まで使えるんだったな。その力に加えて、ケラウノスとグングニル、それに改人もいるんだったか。確かに勝算はありそうだ」
「凄かったよね、一華さんの ”神域”。指一本すら動かせなかったもの」
一華の神域の力を身を持って知っているガブアは、しみじみと感想を述べる。
「まぁそれが無くても、アタシは一華に勝算があると思うけどね」
「は?」
「どうして?」
「だってあの子は、自分以外の誰かの為に、本気で命懸けられる子だから。あぁいう手合いは強いよ。まして一華は、たった2日でアタシやユガエルを倒した怪物級の原石だ。今後どこまで強くなるか、正直想像もつかない」
「お前にそこまで言わせるとはな…………」
「あ、でもさ。そもそも一華さんって、ハスターと戦う気はあるのかな?」
「ハスターはオモチャを壊す感覚で世界を破壊して回るような奴だよ? 一華とは絶対反りが合わないよ」
「アハハ♪ だよねー!」
「とは言え、さすがに今の段階じゃ不安があるのも否定できない。だからアタシ、一華の事助けてくる。2人共、しばらくアタシの代理を頼める?」
「やれやれ仕方ない。任されてやろう。貸し1つだからな?」
「分かってるよ。だから2人共、お願いね」
「任せて!」
「さっさと行ってこい」
「うん! 行ってくる!」
アネリルスが空中に手を翳すと、”魔界門” が姿を現す。行先は、アネリルス達が一華、改人と分かれた場所だ。
(”魔界門” の単独生成。改人君のお陰でようやく出来るようになったけど、やっぱこの術ムズいなぁ。それを一瞬で出来ちゃうんだから、改人君も怪物だね)
そんな事を考えつつ、アネリルスは迷いなく ”魔界門” に飛び込む。憎き邪神、ハスターを打ち滅ぼす為に。




