第30話 裏切りの始まり
時間を少し遡る――――
ゴルドフ達が祭祀魔法の準備を始めた頃、モーリスはシザースに追い詰められていた。
「きゃはっ♪ 天下の ”破城槌” 様も、もう終わりみたいだね!」
「くっ…………」
怨魂鎌を持つシザースの力はモーリスの想像を遥かに超える物だった。少し鎌を振るうだけで刃が出現し、さらにそれらはシザースの意志で完全に制御可能。威力も、鋼鉄を紙のように切り裂ける程強力で、シザースの技量もかなり洗練された物だった。そんな強大な存在を相手に、モーリス1人だけでは力不足だったのだ。
「それじゃ、あんたここで死ぬわけだけど、最期に何か言い残す事は?」
「最期だと? まだだ、まだ、俺は…………!」
「はいはいそういうの良いから。んじゃ、最期の言葉は無しって事で、サヨナ――――」
「させぬ!」
「っ!!」
怒声と共に殺気を感じたシザースは、慌てて回避行動を取る。その直後、背の低い髭面の男が斧を振り下ろして来た。
「おい、大丈夫か!?」
「あ、あんたは…………?」
「『白き牙』のモームだ。それよりあんた、その怪我――――」
「シザースの邪魔しないでくれる?」
「「っ!」」
モーリスの殺害を邪魔され心底不機嫌なシザースは、羽虫を追い払うような感覚で赤黒い刃を2人に放つ。
「”居合切り”」
「っ!?」
しかし刃は2人に届く前に、突如現れた巴によって切られてしまう。これにはシザースも驚きを隠せず、大きく動揺し混乱してしまう。
「ちょっ、マジ? ”血の刃” を切るとか、あんたいったい何者?」
「名乗る程の者ではない。それと、まだ1人忘れているぞ」
「はぁ?」
「精霊魔法 ”炎霊の息吹”!」
「っ! ぐぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
突然、左側面から炎が噴き出し、炎の奔流がシザースを飲み込む。
「こん、のぉ!!」
シザースは怨魂鎌を振り回し、力任せに炎を振り払う。全焼は免れたものの、体のあちこちが焼け焦げて、皮膚が爛れてしまっていた。
「水の精霊! 怪我人の治療を!」
『白き牙』の精霊魔術師、リサが水の精霊を呼び出しつつ、シザースを睨む。
「こっから先は、あたしらが相手よ」
「この御仁を殺りたくば、まずは儂らを殺していけ」
「ちっ、揃いも揃って、シザースの邪魔をぉ!」
「――――参る」
「っ!!?」
巴は、前のめりに倒れてしまいそうな程かがみ込み、思い切り踏み込んで一気にシザースとの間合いを詰める。そしてシザースの首目掛けて、全力の居合切りを放った。
「………っ!」
瞬き1つにも満たぬ間に距離を詰められ困惑していたシザースだったが、居合い切りが放たれた事を察知し、紙一重で斬撃を躱す。だが、それによって上体が仰け反り、不安定な姿勢となった。
「ムンッ!」
「っ!」
仰け反った所を狙って、モームが斧を振り上げてシザースに迫る。シザースは怨魂鎌を構えて、鎌の柄部分で斧の攻撃を受け止めた。
(儂の一撃で傷1つ付かぬとは、頑丈な鎌だな。だが!)
鎌は折れずとも、後ろ向きに崩れた体勢で斧の一撃を受け止めきれるはずも無く、シザースは背中から地面に倒れる。そしてそれは、戦場において命取りだった。
「風・土・火の精霊、召喚! かの者を打ち滅ぼせ! ”小規模隕石”!」
土の精霊が巨大な岩を作り出し、火の精霊が岩を炎で包む。最後に風の精霊が暴風を起こし、炎の岩をシザース目掛けて撃ち落とす。さながら、”小さな隕石" と化した岩は、その破壊の力の全てをシザースに叩きつけた。
「ぐっ………!」
小隕石の衝突により発生した衝撃波が、辺り一面に吹き荒れる。モーリスは慌てて腕を交差して身を守った。
やがて衝撃波が収まると、小隕石の落下地点にクレーターが形成されていた。クレーターは赤熱を帯びて一部マグマと化し、煙を吹き出している。その赤熱の中心に、黒焦げになったシザースがいた。
「なんと、あれ程の強敵に何もさせず倒してしまうとは。恐れ入った」
3人の連携に感服したモーリスは、素直に3人を称賛する。
「ま、まぁ? それ程でもあるけどね!」
「調子に乗るなリサ。今回は運が良かっただけだ」
「うむ。コイツが巴の初撃を回避せずに受け止めていたら、儂らとてただでは済まなかっただろう。それに――――」
モームがクレーターの中心を指差す。つられてリサとモーリスがクレーターを覗き込むと、その中心に赤熱に浸りながらも、傷1つ付いていない怨魂鎌の姿があった。
「え、嘘でしょ? 無傷? 精霊達の本気技をぶつけたのに?」
「儂らドワーフは、幼い頃から鍛冶師としての基礎を叩き込まれる。無論、儂も例外ではない。その上で言うが、コイツは相当な業物だ。余程優れた鍛冶師が打ったに違いない」
「そういえば、あの鎌は伝説級だと奴が言っていた」
「伝説級だと!? 道理で…………」
「そんな物が、あのような者の手に渡るとは。世も末だな」
「面目な、っ!!」
『っ!!』
その場にいた全員が、警戒心を強める。クレーターの中心で、黒焦げになって死んだはずのシザースが、突然動き始めたのだ。
「ア゛、アンダラ、許ザナイ…………!」
生きているだけでも奇跡だと言うのに、炭化した体を無理矢理動かして立ち上がってみせるシザース。最早衝撃を通り越して、恐怖すら感じる生命力だ。
「まだ息があるとは。恐ろしい奴」
「言ってる場合じゃないでしょ! とっととトドメを――――」
「それは、俺に任せてくれ」
そう頼み込んで来たのは、モーリスだった。
「このまま、ただ守られて終わりでは、騎士団長の名折れ。手柄を横取りするようで申し訳ないが、トドメは譲ってもらいたい」
「…………出来るの? コイツ、精霊達の攻撃でも死なないんだけど?」
「任せろ」
「はぁ、仕方ない。譲ってあげる代わりに、しくじったら承知しないから。2人もそれで良い?」
「構わん」
「儂もだ」
「…………感謝する」
モーリスは腰を落とし、巨大なランスを低く構える。その途端、リサ達3人は周囲の空間がズンと重くなるような感じを覚えた。
「へ、へぇ。騎士団長って、伊達じゃ無かったんだ」
思わず、リサがそう呟いてしまう程、空気の変わり方が凄まじかった。周りを見ると一定範囲内の者達が、敵味方共に動きを止めて思わずモーリスの方を見やっている。
「―――― ”破城貫突”」
常人の目では追えない速度で、モーリスがシザースに迫る。そして右手に構えたランスを突き出し、シザースの心臓を正確に穿った。さらに刺突の威力はそこで止まらず、シザースの胸を貫き、遥か先まで大地を抉り地形を変える。”破城槌” の二つ名にふさわしい一撃だった。
「ガフッ…………!」
心臓を貫かれて、今度こそシザースは絶命する。そして討伐に貢献した4人に、大量の経験値が入った。
「おぉ、レベルが300上がったぞ! やはり幾つになっても、レベルアップは気分が良いな」
レベルアップの影響か、モーリスの全身の傷もほとんどが治りかけている。もちろん『白き牙』にも同様の変化が起きているはずなのだが…………誰もそれを気にする余裕は無かった。
「…………」
「…………」
「は、ははは…………。流石、”破城槌” 様ね……………」
「そんな大層な物じゃないさ」
「こんな派手にやっといて何言ってんのあんたは!?」
「俺は元々、突き以外は点でダメでな。剣はまったく馴染まず、かと言って槍を含めた長物の才も無くてな。結果的に片手持ちが出来て、尚且つ突きに特化したランスに落ち着いたんだ。それから突きばかり極めていたら、いつの間にか ”破城槌” などと呼ばれるようになったんだ」
「そりゃ、あの威力だもんね」
若干呆れながら、リサは抉られた地面を見やる。
(あれは確か、”破城貫突”。城壁すら一撃で破壊する、”破城槌” の代名詞たる技だったわね。特殊スキル『貫通』で威力が上がってるって話だけど、それだけで出せる威力じゃない。血の滲むような努力の賜物だわ。この人、家のリーダーと話が合うかも。同じ努力家だし)
強敵を倒して一段落し、戦いの後の事を考えていたリサだったが…………突如、そんな余裕は無くなった。
「ちょっとシザースさん、もうやられちゃったんですか?」
どこからか、突然声が聞こえてくる。モーリス、リサ、巴、モームの4人が声のする方を見ると、そこにはロンの姿があった。
「なんだロンじゃない。ビックリさせないで――――」
「待て、リサ」
巴がリサを制止する。既に巴は刀の柄に手を掛けていた。
「お前は今、『もうやられちゃったんですか?』と言ったな。ソイツはお前の仲間か?」
「ちょっ、巴? 何を言って――――」
「えぇ、そうです。巴さんの言う通りですよ。と言うか、そもそも彼らをここへ呼んだのは、僕ですから」
『っ!!?』
突然のメンバーの告白に、『白き牙』の3人は戸惑いを隠せなかった。兵士達の回復を担ってもらっていたモーリスも、それは同様だった。
「どういう事だロン殿? 貴殿は我らの仲間では無かったのか?」
「仲間? 笑わせないでくださいよ。僕はね、悪魔族なんです。あなた達のような下等生物とは、血の一滴から違う高貴な存在なんですよ」
「ろ、ロン? 何の冗談? あ、あんたが、悪魔族? そんな訳ないじゃん? 私達を幾度も助けてくれたあのロンが、悪魔族な訳――――」
「煩いですね、この野良エルフは。ムカつくから殺してしまいましょう。ついでに皆さんも、憂さ晴らしに殺しますね」
ロンは吐き捨てるようにそう告げると、怨魂鎌を拾い上げて、4人に向けて振るう。100を超える赤黒い刃が生み出され、回転しながら4人に迫り来る。
「っ! まずい!」
「逃げるのじゃ!」
モームは即座に撤退を判断し、巴とモーリスもそれに従って、刃に対処しつつ後退を始める。しかし――――
「ロン、お願いよ! 嘘だと言って! あなたが悪魔族な訳ない!!」
ロンに裏切られたショックから抜け出せないリサは、その場にへたり込んでしまう。
「まだ仲間だと思ってるんですか? 心底不快な女ですね」
赤黒い刃が、リサの左足を切り裂く。切られた左足から鮮血が飛び散り、辺りの草を赤く染めた。
「――――ゔあぁぁぁぁぁ!!!!」
「リサ!」
「おのれぇ!」
巴とモームは、動けないリサを救出すべく、捨て身の覚悟でロンに挑む。
「邪魔しないでください」
ロンは怨魂鎌を大きく振るい、切り掛かって来た巴とモームを弾き飛ばす。ハエを払うかのような気軽さだったが、たった一撃で2人は遥か後方まで吹き飛ばされる。
「死になさい。”悪魔の魔力砲”」
ロンが翳した左手に魔力が収束し、それが波動となって2人に襲い掛かる。魔力波動を諸に食らった2人は、一命は取り留めたものの重傷を負い気絶した。
「巴! モーム!」
悲痛な叫びを上げるリサの姿に、ロンはこれでもかと言う程口角を上げて笑い始めた。
「アハハハハハ!! 心に傷を負った奴の絶望的な表情は、いつ見ても最高ですね! 我ら悪魔族にとって、これ以上の嗜好はありませんよ! 下等種族共を痛めつけ、尊厳を踏みにじり、絶望させる! これ以上の娯楽が、他にあるでしょうか!!? アハハハハハハハハハハ!!!!!!」
およそ常人の思考では考えられない事を、ロンは満面の笑みで言い放つ。その隙を突いて、モーリスが攻撃を仕掛けた。
「仲間の恩人に手を上げるのは心が痛むが、いた仕方あるまい。”破城貫突”!」
城壁を破壊する程の一撃が、ロンに向けて放たれる。しかし――――
「邪魔するなと言っているでしょう? 虫けらってのは諦めが悪いですね」
「っ!?」
ロンはランスの先端を左手で掴み、”破城貫突” を受け止める。ロンの身長は平均並みで、体付きは並みより下くらい。そのロンが、まさか片手で自身の必殺技を止めるとは想像しておらず、モーリスが大きく動揺する。
「あっちへ行ってなさい」
「ぐぉっ!!?」
空き缶をポイ捨てするかように、ロンはランス諸共モーリスを放り投げる。かなりの巨漢で、尚且つ重厚な鎧を纏ったモーリスが、ぬいぐるみかと思える程良く飛んだ。
「ぐっ、がっ!」
モーリスは地面を数度バウンドしながら転がっていく。途轍もない衝撃が掛かったが、鎧のお陰で事なきを得た。
「くっ、悪魔族とはここまで強大な存在なのか! とてもレベル500で出せる力とは思えん!」
「? ………あぁ、そういえばまだ言ってませんでしたね。レベル500ってのは嘘です。本当は5000に到達してます」
「「っ!!?」」
ロンの突然の告白に、モーリスとリサは絶望の表情を作る。決して、ハッタリなどではない。仮に一華の『鑑定眼』でロンを鑑定したならば、レベル5000と表示される。ここにいる味方全員を集めたとしても、手も足も出ずに敗北する。絶望するのも無理はない。
「ま、そんな話は良いでしょう。さあ、死になさ――――」
「うっ!」
「ぐぁっ!!」
「「っ!?」」
ロンがリサにトドメを刺そうとした、その時――――突然、王国騎士達が苦しみ、悶え始めた。
「こ、今度は何よ!?」
「お前達、どうした!? しっかりしろ!」
『ヴア”ァ”ァ”ァ”ア“ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”!!』
モーリスの呼びかけにも答えず、騎士達は苦しみ続ける。全身から脂汗を吹き出し、所々に浮き出た血管がグロテスクに蠢いている。
――――やがて、騎士達の叫びが止まる。それと同時に、金属の軋む音が聞こえ始め、騎士達の鎧が内側から弾け飛んでいく。
「「っ!!?」」
弾けた鎧の内側から現れたのは、肌が褐色に染まって、口に鋭い牙を生やし、唸り声を上げる異形の怪物達だった。あまりに悍ましい光景に、2人は絶句する。
「…………やれやれ、僕とした事が。怒りに任せて役目を果たし損ねる所でした」
「役目だと?」
「もうすぐ、邪神ハスター様がご帰還なされます。ハスター様は高貴なお方です。高貴なお方には、使える下僕が必要でしょう?」
「下僕…………まさか!」
「えぇ、その通り。奴らは今、悪魔族へと進化しようとしているのです。と言っても元がヒト族ですから、使い捨ての鉄砲玉が精々ですけどね」
「…………『悪さをする子供は、恐ろしい怪物にさせられる』………!」
「? 何ですか突然?」
「私が子供の頃、よくお母さんにそうやって脅されたの。これって、悪魔族の能力の事だったのね。あの人達、良く見るとあなたの魔力を注ぎ込まれてる。今回の作戦で、あなた騎士団に回復術師として加わる事を望んだのは、彼らを悪魔化させる為だったのね!?」
「なっ………!」
「ずっと現実逃避してるだけの無能かと思ったら、案外冷静ですね。あなたの言う通りですよ。正直、感謝の言葉を掛けられた時は、笑いを堪えるのが大変でした。僕はあなたの可愛い部下達を化け物へと改造していると言うのに、モーリスさんは僕が治療してると勘違いして、『感謝する』ですって。ぷふっ、アハハハハハ!」
「き、貴様ぁ!!」
「………もう良いわ。その口を閉じなさい、ロン!!」
モーリスは怒りで顔を紅潮させ、リサも遂にロンを敵と割り切って、覚悟を決めてロンに杖を向ける。
「はぁ、大人しくしててくださいよ。悪魔化って結構繊細な作業が必要なんですから」
対するロンは、まるで聞き分けの悪い子供を躾けるかのように、モーリスとリサに向き直る。
「”我が下僕となれ”」
ロンの全身から魔力が放出され、モーリスとリサ、さらには気絶していた巴、モームにも襲い掛かる。
「「……………!!」」
モーリス、リサの意識は徐々に薄れていき、やがて闇の中へと消えていった。
次回ももう少しだけ、ロンが洞窟に入る前の話が続きます。




