第29話 ”風の邪神王”
「ふぅぅ~~…………」
邪神は、人間の男に近い姿をしていた。その上かなり豪奢な衣服を身に纏っており、王族とまではいかないものの、どこかの貴族を思わせるような出で立ちをしている。しかし、その身に纏う圧倒的かつ禍々しい覇気は、決して人間が放てるような物ではなかった。空間どころか、世界そのものが悲鳴を上げそうな程の覇気は、その場にいたほとんどの者達の意識を刈り取り、中には絶命している者さえいる。そんな中で無事だったのは、ウルクス、イスカ、ゴルドフ、そしてロンの4人だけだった。
「ご復活、おめでとうございます。”風邪神王” ハスター様」
ロンは邪神の前まで来ると、恭しく跪く。
「思ったより時間掛かったな。祭祀魔法まで発動した時は、流石にヒヤッとしたぜ」
「申し訳ありません。少々手こずりました」
「他の奴らは…………まだ封印されたままか」
「えぇ。残念ながら、今はまだハスター様のみの復活となります」
「ちっ、まぁお前1人だからな。仕方ねぇ。来い、悪魔共!」
ハスターが指を鳴らすと、空間の歪みが発生し、そこから悪魔族達が堰を切ったように溢れ出してくる。数は優に1000を超えており、全員レベル3000越え。地上に溢れ出せば、1日で地上の国々が10は滅ぶであろう大軍勢だ。
「……………!」
「ウルクス! しっかりしろ! そんな…………悪魔族があんなに…………!」
イスカは絶望的な表情を浮かべ、思わずそう呟く。その声に反応し、ハスターがイスカの方を向いた。
「お~、そういやいたな。下等生物3匹。どうよ? 俺様の眷属共は? って、聞くまでもねーか。お前のその顔だけで充分わかるぜ。後、そっちのオスもな。気絶しちまって悲鳴が聞けねぇのは残念だが、その無様な顔だけでも中々の愉悦を味わえるぜ。あぁ、やっぱ圧倒的な力の差を見せつけて、下等な奴らを絶望させるのは気分が良い!」
恍惚な表情を浮かべるハスターに、イスカはゾッとする。
「ところでよ、ロン。地上の奴らは新入りか?」
「えぇ、使えそうな肉があったので、改造しておきました」
「数は7千ちょいか。大分いんな」
「まだレベルはそれほど高くありませんが」
「悪魔族になってりゃ充分だろ。ソイツらも投入して、さっさと他の連中やボスを目覚めさせるぞ」
「はっ!」
『地上の奴ら』、『肉』、『悪魔族になった』。これらの言葉に、イスカは寒気を覚える。
「ロン、お前…………皆に何をした?」
「ハスター様の御前ですよ。下等生物如きが勝手に口を――――」
「良いさ。教えてやれ。これは良い絶望顔が見られそうだ」
「わ、分かりました。…………僕がやったのは、『ヒトの悪魔化』ですよ」
「ヒトの、悪魔化…………?」
「僕達悪魔族の魔力にはね、人間族や獣人族などの、ヒト族を悪魔に変貌させる力があるんです。僕はここに来る前に、地上の奴らに僕の魔力を流し込んできました。今頃、皆自分がヒトだった事も忘れて、僕の忠実な下僕になってます」
「み、皆は? 『白き牙』の皆はどうなった!?」
「だから、言ったじゃないですか。例外無く、全員、下僕にしてやりましたよ」
「…………っ!!」
イスカの顔が真っ青になる。敵は邪神と、邪神が呼んだ1000を超える悪魔の大群。加えて地上の人々が敵、味方共に悪魔化し、敵の総数は約2万。これだけでも絶望的だが、その中に、長く苦楽を共にした仲間達が含まれている事が何よりもショックだった。
「あ、あ、あぁ……………」
イスカは呆然自失となってしまう。そんなイスカの表情に、ハスターは下卑た笑みを浮かべた。
「ヒャハハハハ! 思った通り良い顔するぜ! おい、ロン。コイツら一緒に連れてこい。持ち帰っておもちゃにする」
「はっ」
「喜べ、獣人の小娘。お前には俺様達が世界を蹂躙していく様を、特等席で見せてやる。この俺、”風の邪神王” ハスター様の名に懸けて、最高の絶望を見せてやると約束しよう。楽しみにしておけ! ヒャハハハハハハハハ!!!」
ハスターは一頻り笑うと、手下達を引き連れて洞窟から抜け出す。世界を悪夢に陥れる軍勢が解き放たれた瞬間であった。




