第27話 祭祀魔法
洞窟入口付近で遠征隊が交戦する中、ウルクスとイスカはゴルドフ達神殿勢力と共に洞窟の最奥を目指していた。この洞窟は人工的に作られた物であり、分かれ道も無く距離も短かった為、一行はすぐに最奥まで辿り着いた。
最奥の空間の一番奥に、封印の術式が描かれた扉がある。扉にはどこからか凄まじい力が注がれ続けており、その力によってギリギリ封印が維持されていた。
神殿側としては今すぐにでも術式の再構築を始めたい所だが、それを邪魔するかのように黒ローブの集団が扉の前に集結していた。
「これはこれは、不遜にも邪神様を封印しようなどと企む、女神の傀儡共ではないですか」
集団の先頭にいた丸眼鏡の男が、開口一番そう話しかけて来る。
「流石、邪神の使徒などと言うだけあって、随分と礼儀知らずだな」
「これは失敬。あまりにも不躾な輩がこの神聖な場所に入り込んで来たものですから、失念しておりました」
男は人を小バカにした笑みを浮かべ、恭しく礼をする。
「改めまして、私はフィグル。邪神様の忠実な僕です。皆様も既にご存知とは思いますが、邪神様はもうすぐ復活なされます。忌々しい女神の力で何とか保っているようですが、最早時間の問題。ですので、潔く諦めてお帰りを」
「そうはいかん。見た所、確かに術式はひどい有り様だ。経年劣化とは恐ろしい物よ。だが、それならば新しく張り直せば良いだけの事。何より、我らの女神が懸命に戦っておられるというのに、我らが逃げ出す訳にはいかん! そうだろう、皆の者!」
『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!』
狭い空間内に、騎士達の声が響き渡る。フィグルは煩そうに耳に手を当てた。
「やれやれ、やはり退いてはくれませんか。これだから自分勝手な神殿連中は。ま、それは神殿に限った話ではありませんがね」
「ゴチャゴチャ言ってねぇで掛かって来いよ」
「それとも、僕らを前に怖じ気づいたのかい?」
「っ! たかが玩具の分際で………! お前達、行きますよ!」
『全ては邪神様の為に!』
挑発が気に障ったのか、フィグルはそれまでの冷静な態度を投げ出し、部下を引き連れて一斉に襲い掛かって来た。
敵の規模は地上の部隊とほぼ同じで、レベルも大差はない。フィグルのレベルも1500程度で、神殿騎士団1万5000人がいる事を考えると心許ない。
だが、今回不利なのは神殿側だった。
「ウルクス殿、イスカ殿。申し訳ないが騎士団から動かせるのは、5000人だけだ」
「分かってるよ。封印に集中しなきゃなんだろ?」
「初めから承知の上さ。その代わり、封印はしっかり頼むよ?」
「それは任せておけ。皆の者! 早速準備だ!」
『はっ!!!』
そう、今回は地上のような数の利がない。加えて騎士達は全員レベル500程度で、全員がレベル1000に到達している敵勢力に対し、余りにも分が悪かった。
「さっさと猿共を始末したい所だが、狼が邪魔だな。まずはあの狼2匹をやれ! 猿共の駆除は後回しだ!」
フィグルもそれが分かっているらしく、先にウルクスとイスカを倒すよう指示する。敵の中でトップの実力者2人を先に倒し、敵の士気を下げる魂胆らしい。
――――しかし、その考えは甘すぎた。
「おらよ!」
「ほいっ!」
『っ!?』
ウルクスが拳を、イスカが蹴りを虚空に放つ。その衝撃は空気を伝って黒ローブの者達へと迫り、両者が接触した途端、黒ローブの者達は爆発四散してその場に血だまりを作った。たった一撃で味方の4分の1が消し飛び、フィグルは混乱する。
「ば、バカな! いくらあの『白き牙』のリーダー共と言えど、流石に強すぎるだろ!?」
「知った事かよ。そんな事より、俺達の事はともかく、同胞の事まで猿だの駆除だのと、随分な言い草じゃねーか?」
「同胞!? 我らが愚物共と同じだと言うのか!? 侮辱するな! 我らは崇高なる邪神様の使徒! 貴様ら虫けら共とは血の一滴から格が違う存在なのだよ!」
「じゃあ何で、さっきは僕達に驚いたりしたんだい? 本当に格が違うお方なら、この程度の事余裕で出来るんじゃないの?」
「ふ、ふんっ! 格というのは強さだけで決まる物ではない! 力でしか物を語れぬ、脳まで筋肉の学の無い貴様らには分からぬだろうがな!」
「学が無いのは君の方じゃないか。君、脳味噌が筋肉じゃない事すら知らな――――っ!」
背後に殺気を感じ、ウルクスとイスカはその場で回避行動を取る。そして、背後から奇襲を仕掛けて来たローブの2人組を始末した。
(舌戦の最中に指示を出して、背後に回り込ませたか。狡猾な奴め)
ウルクスは警戒度を一段階引き上げ、周囲の気配を隈なく探りつつ、目の前のフィグルに目を向ける。
「今の奇襲が、お前の言う ”格の違い” か? ショッボい格だな」
「ちっ、まさか気付かれるとは――――っ!?」
瞬間、フィグルはウルクスが消失したと錯覚する。どこに消えたのか、辺りを見回して探っていると、突然腹部に強烈な痛みを覚えた。
「ぐげぁっ!!?」
痛みと共に、フィグルはようやくウルクスが自身の目の前まで迫っていた事に気付く。しかし、気付いた時は既に遅く、ウルクスの拳によってフィグルは殴り飛ばされ、弾丸を上回る速度で天井に激突した。
「……………」
天井に激突した衝撃で、フィグルは完全に気絶する。フィグルとウルクスのレベル差、そしてフィグルが瘦せ型である事を鑑みると、生きている時点で奇跡と言えた。
「ウルクス、アイツ生きてるみたいだぞ?」
「殺す気でやったんだけどな。腐っても ”邪神の使徒” って事か? ま、どうでも良いな。そんな事より――――」
ウルクスとイスカは、残る黒ローブ達に視線を向ける。黒ローブ達はあっさりやられたフィグルを見て、未だ現実を受け入れ切れず硬直してしまっている。その隙を黙って見逃すウルクスとイスカではない。
(おい、あれやるぞ)
(オッケー!)
ウルクスが目線で合図を送り、イスカはすぐさまそれに答え、掌に風魔法で小さな竜巻を作り出す。対するウルクスは正拳突きの構えを取り、右の拳に炎を纏わせる。
「「”火災旋風”!!」」
ウルクスが正拳突きを放つと、打ち出された右手から炎が噴き出す。そこにイスカが先程の竜巻を融合させると、それは巨大な炎の竜巻となり、洞窟の床を抉り赤熱させながら黒ローブの集団に襲い掛かる。
『っ!!!!』
レベル2000級の2人による炎の竜巻。突然の事態に、黒ローブ達は成す術も無く炎に焼かれ、旋風に切り裂かれていく。洞窟内にいた黒ローブ達は一人残らず炎の竜巻に飲み込まれ、後には黒焦げの肉片と灰だけが残った。
「何と、あれ程の手勢をたった2人で退けるとは…………!」
あっという間敵を殲滅した2人に、ゴルドフは素直に感心する。だが、感心してばかりもいられない。あくまでこれは始まりで、本命は邪神の再封印だからだ。
「ゴルドフ様! 封印の準備が整いました!」
「うむ、ご苦労! では行くぞ!」
騎士団1万名が、中心を空けるように円形に並んでいる。ゴルドフを含む枢機卿8名がその円の中に入り、等間隔で円を描くように配置についた。
『我ここに、祈りを捧げ奉る。偉大なる時空神クラヴィアよ、我が願いを聞き届けたまへ!』
枢機卿たちの立つ位置を起点として、床に複雑な模様が描かれる。それと同時に騎士団員達が何かの詠唱を始め、模様の上に術式を刻んでいく。模様は最終的に円の形となり、巨大な魔法陣が完成した。
「何だありゃ?」
「ウルクス、知らないのかい? あれは天体魔法と同じ超級魔法の一種、”祭祀魔法”。神殿の最後の切り札だよ。楽しそうな名前とは裏腹に、一撃で国を滅亡させられるくらい強力なんだって」
「っ!? んな凄ぇ切り札持ってたのかよ!」
「発動にはああやって大人数で祈り続ける必要があるし、発動の度に必ず犠牲が出るから、気軽には使えないみたいだけどね」
イスカの言う通り、枢機卿だけでなく騎士団も祝詞を唱え始めている。さらに、2人は知らないが現在全世界の司祭、司教ら神殿関係者が、神殿に集結して同じように祝詞を唱え続けている。
幾千万もの人々の祈りを神力に変え、それを魔法陣へと終結させて魔法として放つ。これが ”祭祀魔法” の全容だ。
『邪悪なる神を封じよ! 祭祀魔法”封神祭壇”!』
魔法陣が眩い光を放ち、金色に輝くエネルギーが噴き出す。膨大なエネルギーの奔流はそのまま邪神を封じている扉に向かって伸び、扉を覆いつくした。
「諸君! ここからが正念場だ! 気を抜くでないぞ!」
『はっ!』
魔法陣から生み出される無尽蔵のエネルギーは、そのあまりの強大さ故に下手に扱うと暴発する恐れがある。そのため神殿の者達は、心を1つにして、全員の力を併せて何とかエネルギーを制御していた。
そんな強大すぎるエネルギーを使って、いよいよ邪神の再封印が始まる。
エネルギーが扉に纏わりつく。すると、薄汚れていた扉が、左上の角を起点として新品のようにピカピカに輝き始める。
「何やってんだあれ? ただ扉を磨いてるだけじゃねーか」
「いや、違うよウルクス。どうやら彼らは、術式をゼロから作り直してるみたいだ」
「ゼロから? どういうこった?」
「あの扉だけど、どうやらあれ事態が封印の魔道具的な物みたいだね。しかも邪神を封印するだけあって、とんでもなく高度な術式が刻まれてる。ただ、もう修復不可能なレベルまで傷んでる。彼らもそれが分かってるから、あの扉を元にして、新しい扉を作って封印するつもりなんだ」
「ま、マジかよ? 邪神を封印してたって事は、あの扉はもう神器みたいなもんだろ? それを、今から作るってのか!?」
「信じられないのも無理ないけど、祭祀魔法ならそのくらい可能だ」
とは言え、扉をゼロから作るとなると、最低でも1日は掛かる。そしてその間、枢機卿たちと騎士団の者達は不眠不休で作業に当たらねばならない。
「作業は時間が掛かるけど、ここまでくればもうひと踏ん張りだ。後は祭祀魔法が完了するまで、僕らが彼らを守れば良い」
「そうだな。気を引き締めるぞ」
「あぁ!」
その時、2人は洞窟の入り口の方から、誰かの気配が近付いている事に気付いた。
「誰――――って、な~んだ。この気配は」
「警戒して損したな」
気配の主は、『白き牙』の新人で、回復術師のロンだった。敵が来たのではと警戒していた2人は、仲間の気配と知って安堵する。
「ハァ、ハァ…………ウルクスさん! イスカさん! お怪我は!?」
「あぁ、心配ない。掠り傷も負っちゃいねぇよ。わざわざ心配して来てくれたのか? ありがとよ」
「何言ってるんですか! 仲間なんだから当然ですよ」
「そういうお前こそ大丈夫なのか? 地上には大勢敵がいただろう?」
「えぇ。ですが、全員倒されました。現在は怪我人の治療をしつつ、襲撃に備えている状況です」
「おぉ、随分早く片付いたな」
「ま、こっちは数で勝ってたし、巴達や、あのマイナ・クロードに、モーリス・グランジオンもいたんだから、当然と言えば当然じゃないかな?」
「そうだな、ガッハハハハハ!!」
気を良くしたウルクスは高笑いする。
「ところでロン。君1人で来たのかい? 他の皆は?」
「皆さんは外で警戒に当たっています。『2人は心配するだけ無駄だから、こっちは次の襲撃に備える』って」
「薄情だと悲しむべきか、信頼されてると喜ぶべきか…………ま、取り敢えず無事なら良かった」
「後は再封印が終わるまで彼らを守り抜けば、こっちの勝ちだね」
「そうですね。後もうひと踏ん張りです」
そう話すロンの手に――――突然、何かが出現する。
「ん? おい、ロン。何だその赤い大鎌は?」
「これですか? これはですね…………こう使うんですよ」
ロンが大鎌を振りかざすと、赤い刃が無数に出現する。そしてその内の2つが、ウルクスとイスカ目掛けて放たれた。
「――――え?」
「危ない!」
突然の事に理解が追い付かず、ウルクスは硬直してしまう。即座に状況を理解したイスカは、慌ててウルクスを抱えてその場から離れた。間一髪、2人は赤い刃を躱す事が出来た。
――――しかし、それが精一杯だった。
「ぎゃあぁぁぁぁあぁぁぁ!」
「わ、私の腕がぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁ!!!」
生み出された刃の数は1000を超える。その内、ウルクスとイスカに向けて放たれたのは2つだけ。残りは全て、封印に当たっていた者達に襲い掛かる。たった一撃で、枢機卿3名を含めて半数が死亡。残った者達もそのほとんどが致命傷を負い、封印どころではなくなっていた。騎士団の内、護衛に当たっていた5000名も、既に全員殺られていた。
――――悪夢の惨劇の、始まりの瞬間だった。




