第25話 開戦
邪神の封印を目的とする遠征軍が、進行を始めて2日目の夜――――
遠征軍は、封印の御所を目と鼻の先に捉える場所まで到達した。ただ既に夜も更けてしまっていたため、この日はその場で野営する事となった。
「しかし、モンドさんの言った事は本当だったんだな。まさか、邪神を復活させようとする奴らがいたなんて」
パーティメンバーと鍋を囲みながら、ウルクスはそう呟く。
ここまでの二日間、遠征軍は幾度か襲撃を受けていた。その襲撃のほとんどは人間によるもので、彼らは自分達を ”邪神の使徒” と名乗り、神殿騎士達をピンポイントで狙って来ていた。使徒云々はともかく、邪神の封印を妨害しようとしている事だけは確実であった。
「女神に対し不満を抱く者は、幾らでもいる。儂とて不満はあるからな」
「ちょっとモームさん? 一応僕、元神殿の所属なんですけど?」
「ちょっくら不満があるだけだ。そもそもロンよ、全ての者から不満を抱かれない者など、いると思うか?」
「いますとも! それこそが、女神クラヴィア様です!」
「………お前に聞いたのが間違いだったな。ともかく事実として、女神を良く思わん連中はいる。その中に、武力で不満を訴えようとしている者がいたのだろう。そして今回、邪神の封印が解けかけている事を知って、行動を起こした。と言った所か」
「今回は神殿が大々的に動いたし、神託の内容も思いっ切り公開しちゃったからね。今まで息を潜めてた奴らが、息巻いちゃったのかも」
「いずれにせよ、邪神を復活させて世界を滅ぼすなんて、看過できる事じゃねぇ。絶対に止めるぞ」
『応!』
そこへ、パフィオ神殿騎士団の団長を務めるマイナが、小走りで駆け寄って来た。
「ウルクス殿、イスカ殿。食事中に申し訳ない。明日の段取りについて、これから会議があるんだ。冒険者の代表として、お二人にも参加してほしい」
「分かった。すぐ行こう。イスカ、行けるか?」
「大丈夫だよ」
「お鍋、2人の分も残しておこうか?」
「いや、俺はもう充分だ」
「僕も問題ない。先に全部食べちゃって」
「そう? それじゃ、ありがたくいただくわね」
「見張りは某達に任せろ」
「頼むぜ。んじゃ、ちょっと行ってくるわ」
ウルクスとイスカは、マイナに連れられてテントへ向かう。残されたメンバー達は、鍋を囲んで話の続きを始めた。
「ところでロン殿。其方は神殿に所属していたと言っていたが、神殿で邪神について何か聞いた事は無いか? 邪神がどういう奴なのか知らないままというのは、少し不安だからな」
「邪神については、様々な伝承が残っています。その中でも一番有名なのは、暴風の邪神であるという物です。それもただの暴風ではありません。魂を吹き飛ばし、世界そのものを切り刻む、まさに ”絶死の暴風”。かつて邪神はその暴風で世界を荒らし、かのクラヴィア様をも追い詰めたと、そう聞いています」
「”絶死の暴風” か…………。仮に目覚めたとしたら、我々はどうなる?」
「全滅するでしょう。それも、散々嬲られた末に」
「…………そんな話を聞いたら、益々解放するわけにはいかないわね」
「そういえば、邪神についてもう一つ有名な伝承があります。邪神は美しい女性を嬲り尽くす事に、快感を覚える癖があるそうです。ですので、巴さんやリサさんのような美しい女性は、特に注意が必要になると思います」
「ちょっ、何よ! 急に『美しい』だなんて!? ま、まぁ、私はエルフの中でも1、2を争う美女だったし? 邪神に狙われるのも当然だけどね!」
「そ、某に美しさなど不要だ! 某が求めるのは、強さのみだ!」
突然美しいと呼ばれ巴とリサが動揺していると、モームが呆れた様子で2人に声を掛ける。
「やれやれ、2人揃ってガキんちょのお世辞に絆されおって。どっちもいい歳なんだから、少しは弁えたらどうだ?」
「いい歳って何よ!? 私はまだ200歳、人間で言う所の20歳よ!」
「某だってまだ19だ!」
「充分ババアではないか」
「「お前がロリコンなだけだ!!」」
2人揃ってツッコミを入れても、モームは小揺るぎもしない。そのまま小競り合いが始まってしまったが、それは遠征隊全体に良い影響を齎した。
実のところ遠征隊のメンバーは、皆緊張で押し潰されそうになっていた。だが、『白き牙』の面々の ”緩み” が緊張をほぐし、張り詰めすぎていた場の空気が少しだけなごんだのだ。そしてそれは、遠征隊の士気の向上にも繋がった。
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ウルクスとイスカの参加する会議には、パーティーリーダーや騎士団長クラスが勢揃いし、明日の作戦の最終確認を行っていた。
「では、改めて作戦を確認する。マイナ騎士団長、頼むぞ」
「はっ! 明日、我々神殿勢力は、封印の御所へと到着次第、邪神の再封印を開始する。その際、騎士団の約半数及び枢機卿の方々は、封印に掛かりきりとなる。昨日今日の事から考えて、再び邪神の使徒とか言う者共が、封印を妨害しに来る可能性が非常に高い。イゴール王国騎士団及び冒険者の皆様方には、私含めた残る神殿勢力と共に、無防備となった同胞達を守る任に就いていただきたい」
「守るのは構わないが、大体どのくらい守り続けりゃ良いんだ?」
「ざっと見積もっても、2時間は必要だ」
「…………下手をすると、もっと長くなる可能性もあると?」
「封印がどれほど劣化しているか分からない。劣化の具合によっては、丸一日掛かるかもしれない」
『…………』
場の空気が一気に重くなる。現在彼・彼女らが最も警戒しているのが、自称 ”邪神の使徒” 達。その者達の全容は未だ掴めずにいるが、邪神の復活を望んでいる以上、再封印を開始すれば妨害に出てくるのは自明の理である。仮に封印に丸一日掛かるとなれば、襲い来る敵達を丸一日相手し続けなければならない。最悪の場合封印に失敗して、邪神と使徒達に挟み撃ちにされる可能性すらある。
「ゴルドフさん。こんな事を聞いちゃあれだけど、封印は確実に出来るのかい?」
沈黙を破り、イスカがゴルドフにそう問い掛ける。神殿騎士団の一部がイスカに鋭い視線を向けるが、ゴルドフはそれを手で制すると、突然椅子から立ち上がった。
「出来るかどうかなど関係ない。この命を賭けても、封印は必ずやり遂げる! 必ずだ!」
威圧すら感じる迫力を伴い、ゴルドフはそう答える。その瞳には、強い決意の光が宿っていた。
「…………分かったぜ、ゴルドフさんよ。俺はあんたらを信じる。あんたらが封印に励んでいる間、俺達は全力であんたらを守る。皆もそれで良いか?」
ウルクスは先陣を切って、神殿側の作戦に協力する宣言をする宣言をする。
すると――――
「ったく、しょうがないね。君がやるっていうなら、僕達も付き合うよ」
「俺達もだ! 何が邪神だ。何が使徒だ。敵が何であろうが俺達がぶちのめしてやるよ!!」
『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!』
冒険者達が一斉に雄叫びを上げる。
「我ら王国騎士団は、イゴール王国を守る事が務め。例え相手が邪神の使徒であろうと、王国に仇名す者共は排除するのみ!」
『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!』
イゴール王国騎士団も、冒険者達に感化され決意を表明する。
冒険者。
王国騎士団。
神殿騎士団。
普段は思想の違いからいがみ合う事もある三者だが、各々の守る物の為、一致団結しようとしていた。
「皆の者、感謝する。封印の事は任せてくれ。必ず我らの手で必ずやり遂げる! 盾役は任せたぞ!」
『応!』
こうして遠征隊は一丸となり、邪神の再封印の為の手筈が整った。
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明くる日――――
遠征隊は隊列を組んで、封印の御所へと進軍していた。敵の気配は無い。寧ろ、不気味な程静かだった。
「イスカ、警戒を怠るなよ?」
「分かってる。この静けさ、あまりにも異常だ」
遠征隊のメンバーは何かの前兆を感じ、周囲の警戒を強める。しかしその心配に反して、遠征隊は一切の襲撃を受ける事なく封印の御所まで辿り着いた。封印の御所は洞窟になっている。その洞窟の奥から、強大な禍々しい力が発せられていた。
「くっ、何と禍々しい…………!」
「息が詰まりそう…………!」
あまりの禍々しさに畏怖する者達も現れる中、ウルクスは禍々しい力の他に、神聖な力が洞窟に注がれている事に気付いた。
「ゴルドフさんよ、洞窟の奥から清らかな力も感じるんだが、これは?」
「恐らく、クラヴィアのお力だろう。ノクスエルのおっしゃる通りなら、クラヴィア様は今も懸命に封印の補強に努めておられる」
「め、女神自ら!?」
「其方は神殿の所属ではない。故に、其方がクラヴィア様をどう思おうと、それは其方の自由だ。だが、クラヴィア様は常に、この世界の安寧を最優先にお考えになり、いざとなれば御自ら動いてくださる事もある。そこだけは理解してほしい」
「…………」
「さあ、話はここまでだ。手筈通り、神殿騎士団の半分は、私に着いてこい!」
『はっ!』
「残りは王国騎士団、冒険者と協力し、洞窟の入り口で待機! 洞窟に誰一人入れるでないぞ! 何としても、この場で邪神を封印するのだ!」
『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!』
ゴルドフの指示を受け、各々が動き始めた――――その時だった。
「っ! 何だ!?」
突然彼らの背後に、巨大な魔法陣が現れる。何事かと構えていると、魔法陣から黒いローブを纏った集団が姿を現す。
「お~、お~、あんたら。揃いも揃ってこんな所に何のようだ?」
集団の戦闘にいる男が、ドスの効いた声でそう尋ねて来る。その凄まじい圧に飲まれそうになりながらも、ゴルドフはそれを一切表情に出さず答える。
「…………我々はクラヴィア様の神託を受け、邪神を再度封印に参った。悪いが其方らの相手をしている時間はない。用があるなら後にしてくれ」
「安心しろ。すぐに終わるからよ」
瞬間、男の姿がその場から消失する。否、消失したと錯覚する程の速度で、男がゴルドフの眼前まで移動したのだ。
「死ね」
男はゴルドフの首目掛けて、腰の剣を抜き放つ。しかし――――
「やらすかぁ!」
傍にいたウルクスが即座に動き、剣を蹴り上げて軌道をずらす。男に隙が生まれたのを見逃さず、ウルクスは男の顔面に回し蹴りを叩き込んだ。
「グゲェッ!!?」
男はたまらず後退り、その隙にウルクスはゴルドフを抱えて洞窟前まで移動する。そして入れ替わりに、マイナ率いる神殿騎士団が前に出て、守りを固めた。
「枢機卿! どうぞお先へ! それからウルクス殿、イスカ殿。急で申し訳ないが、お二人も枢機卿と共に最奥へ向かって欲しい!」
「な、どういうこった!?」
「コイツらが現れた時、洞窟の奥にも何者かが出現した気配があった。恐らくコイツらの仲間だ! お二人にはソイツらから枢機卿と同胞達を守ってもらいたい!」
「ちっ、気付いてんならしょうがねぇ。あぁそうさ。邪神様が封印されている扉の前にも、俺達の同胞が向かってる。邪神様の再封印なんてさせねぇ。同胞達よ、この女神の犬共を、皆殺しにするぞぉ!」
『全ては邪神様の為に!』
黒ローブの集団が各々武器を手に取り、一斉に襲い掛かって来る。王国騎士団に冒険者達、そしてマイナ率いる神殿騎士団がこれを迎え撃ち、戦線が開かれた。
「コイツらは我々がどうにかする! 二人共! どうか仲間達の事、よろしく頼む!」
「…………あぁ、分かった! イスカ、行くぞ!」
「オッケー!」
「リサ、巴、モーム、ロン。ここは任せる!」
『了解!』
「ゴルドフさん、俺達2人が先行するから、あんたらは後から着いて来てくれ。あんたらの事は俺達が必ず守る」
「うむ、よろしく頼むぞ!」
「そんじゃ、行くぜ!」
『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!』
ウルクスとイスカは、ゴルドフ達と共に洞窟の最奥を目指し、駆け始めた。




