第23話 怪物? いえ、ただの新人です。
ギルドを出たウルクスは、拠点としている民家へと戻った。
「おーい、戻ったぞ」
ウルクスの声に、部屋にいた5人の人物が振り返る。彼らもまた冒険者であり、ウルクスがリーダーを務める『白き牙』のメンバーだ。
エルフ族の精霊魔術師、リサ。
ドワーフ族の戦士、モーム。
人間族の侍、巴。
同じく人間族の回復術師、ロン。
そして、ウルクスと同じ白狼の獣人族で、魔法戦士のイスカ。
それぞれ個性はあるが、皆ウルクスにとって自慢の仲間だ。
「思ったより時間掛かったね。何かあったの?」
真っ先に口を開いたのはイスカ。彼女の問いにウルクスは、少し迷いつつも答える。
「それがな、ギルドに行ったらライルの奴が、今日登録した新人に指名依頼を出そうとしててよ。話を聞いてみると、どうも今回の依頼にソイツらを突っ込もうとしてたみたいなんだ」
「新入りを? そんなの邪魔になるだけでしょ。まさか、賛同した訳じゃないでしょうね? 素人のお守りなんて、私は嫌だからね?」
新人の飛び入り参加の話に、リサはこれでもかと言う程不満の表情を作って拒絶の意を示す。
「安心しろ。俺の方から止めとくように言っといた。ただ、素人だと甘くみない方が良い。アイツら強ぇぞ。多分、俺達が全力で挑んでも勝てない」
「はぁっ!? 流石に盛りすぎでしょ!?」
「いや、事実だ」
『…………』
ウルクスが本気でそう思っていると、雰囲気で察した5人は思わず黙り込む。
「とは言え、今回の依頼は護衛だからな。連携に支障が出たらマズい。だが、アイツらの力を借りたいってのも本音だ」
「じゃあどうするのよ?」
「そこで1つ報せがあってな、仮に冒険者と王国騎士団だけで対処できない敵が現れた場合、ピンチヒッターとしてその新人の、一華と改人の2人が現場に急行する手筈になった」
「え、ちょっと待ってよ。本気で言ってんの? それって、新人に僕らの失敗のツケを払わせるって事だろ? いくら何でもそれは………」
「気持ちは分かるが、今回の依頼は絶対に成功させねぇといけねぇんだ。いざって時は頼るしかねぇ。ま、それも俺達がダメだったらの話だ。俺達で敵を全部蹴散らしちまえば良いだろ?」
「そうか、そうだったね!」
ウルクスの返答に、イスカは納得した表情を見せる。
「………ウルクス、1つ聞きたい」
「おぉ、どうしたんだ巴?」
「その一華と改人の強さは、具体的にどのくらいなんだ?」
「確かに気になるな。強いと言っても、ドラゴン1頭と100頭とでは雲泥の差だからな」
「ぼ、僕も気になります! ウルクスさん、何か知りませんか?」
巴の言葉にモーム、ロンが同調する。3人にせがまれたウルクスは、少し困った表情をしつつも、一華と改人について話し始めた。
「そうだなぁ………じゃあ、まず逆に聞こう。俺達だけで、ホブゴブリンの番を巣ごと討伐する事って出来るか?」
「某達だけでか? 無理だな。某達は皆レベル1500程度。新人のロンに至ってはレベル500に到達したばかり。ウルクスとイスカですらレベル2000を少し超えた程度だろう? とてもじゃないが太刀打ちできない。この人数で立ち向かうなら、全員レベル4000は必要だろう」
巴がハッキリと否定する。他のメンバーの意見も同じだった。
「ま、そうだよな」
ウルクスも同意見だった。一華達から討伐の話を聞いた際、2人の前では余裕ぶっていたものの、実際は戦慄していたのだ。自分達でも不可能な事を平然と、それもたった2人でやってのけたからだ。
「それがどうかした――――って、まさか!?」
「あぁ、そのまさかだ。さっきも言った通り、アイツらは今日登録したばかりなんだがよ。その足でゴブリン討伐の依頼を受けて出動したら、どうやら番の巣があったらしくてな。流れで巣諸共滅ぼしたそうだ。それもたった2人で」
「はぁ!!? マジで言ってんの!?」
「あぁ、間違いない。アイツらが耳を提出しているのをこの目で見た」
ウルクスの言葉に、再び部屋が静寂に包まれる。
「ウルクス、その時の2人の様子はどうだった? 例えば、傷だらけだったとか、息切れしてたとか、消耗した様子は無かったか?」
「まったく。登録しにきた時と変わらない様子だったぜ」
「つまりその2人は、ほとんど消耗もせずに数百体のホブゴブリンの群れを討伐したという事か」
「そういう事だ。巴、間違ってもあの2人には決闘なんて挑むなよ?」
「分かっている」
巴は腰に差した刀を、力を込めて握りしめる。その手は微かに震えており、怯えと武者震いとが入り混じったような震えだった。
「さて、新人の話はここまでにしよう。出立は明後日の明朝。ギルドで聞いた話じゃ、目的地はここから歩いて2日は掛かる所にある。往復分の荷物の準備を始めるぞ」
『おーー!』
それからはメンバー総出で街に繰り出し、遠出の為の準備が始まった。
*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*
「え~と、次は………」
武器調達を担ったイスカは、ネルソン商会に来ていた。武器防具の販売所はいつも以上の賑わいを見せている。神殿からの要請で出撃する者達が、自分達の武器防具を揃えようとネルソン商会に殺到したのだ。
(そりゃ、武器防具って言ったらネルソン商会だもんね………)
ごった返す人の波を掻き分けて、イスカは何とか武器を揃える。店から出た途端にドッと疲れが襲ってきて、イスカは大きく溜め息を吐いた。
「はぁ~~~…………武器は別の奴に任せるべきだったかな…………」
イスカが思わずそんな事を呟いていると、店の方から声が聞こえてきた。
「いやぁ~、ようやく普通の服が手に入ったね」
「軍服はかっこいいけど、悪目立ちしちゃってたもんね」
声の主は一華と改人。イスカから見れば、ただの2人の子供だった。普段なら子供の声が聞こえた所で関心など抱かないが、何故かイスカは2人の事が気になり、振り返る。
「っ!!!!!?」
その姿を目にした瞬間、イスカは戦慄した。一見すると、それは2人の子供が並んで歩く仲睦まじい姿に見える。しかし、イスカは気配に敏感であるが故に、2人が宿す強大な力の一端が見えていた。そんなイスカからすれば、その光景は怪物達が邪悪に笑い合っているようにしか見えなかった。
(な、何だあれ? 邪神? え、もう復活したの? もう邪神いんの? お、終わった。世界、終わ――――)
「あの~、ちょっと良いですか?」
「ひぃっ!!?」
気付けば、一華と改人が目の前まで迫っていた。2人に声を掛けられたイスカは、驚きと恐怖のあまり悲鳴を上げてその場から飛び退く。
「えっ、あ、ごめんなさい。びっくりさせちゃいました?」
「い、いえ、大丈夫です。そ、それより、僕――――私に何か御用でしょうか?」
「? そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。あなたがもの凄い顔でこっちを睨んでたから、どうかしたのかなと思って聞いてみただけですから」
「っ!!!!」
イスカはしくじったと思った。
(マ、マズい! コイツら、僕が眼飛ばしたと思って、喧嘩売られたと勘違いしてるんだ! こ、殺される、殺される……………!!!!)
イスカは大慌てで飛び上がると、そのまま着地して勢い良く土下座を決めた。
「お許しください! 喧嘩なんて売ったつもりは無いんです!!!! 」
「「け、喧嘩?」」
「あなた方が鯨なら、私はただ食われるだけの、か弱いミジンコなんですぅ!」
「そ、そんなに悲観しなくても――――」
「どうか、このミジンコめにお慈悲を! お慈悲をぉ~~~~~~!!!!」
「「……………」」
イスカはそのまま動かなくなってしまう。困り果てた2人はイスカが落ち着くまで傍に居続ける事にした。
――――数分後。
「少しは落ち着きました?」
「う、うん。取り乱して悪かったね…………」
漸くイスカが落ち着きを取り戻した。
「僕とした事が、人前であんな醜態を晒すなんて…………はぁ、本当に何やってんだろ、僕は」
「怖がらせてしまったみたいで、すみません。気配は抑えてたはずなんですけど…………」
「いや、君達はうまくやってるよ。生まれつき、僕の気配察知能力が高いだけさ。君らが気にする事ないよ」
「あの、よろしければ、お名前を聞いてもいいですか?」
「あぁ、すまない。名乗るのが遅れた。僕はイスカ。こう見えて『白き牙』のメンバーさ」
「『白き牙』って、ウルクスさんの?」
「Aランクパーティーの、あの『白き牙』ですか?」
「っ! 君ら、ウルクスを知ってるのか? ………あ、もしかしてウルクスが言ってた新人って、君達か?」
「多分、そうだと思います。あたしが一華で」
「僕が改人です!」
「「よろしくお願いします」」
「よろしく、一華に改人。立ち話も難だし、少し歩きながら話そうか」
そして3人揃って大通りに出ると、イスカは『白き牙』の拠点に向かって歩き出す。一華と改人も、イスカについて歩き始めた。
「それで、君らは何をしてたんだ?」
「さっき魔石を手に入れたので、換金に来ました。」
「魔石? あぁ、例の番のか」
ホブゴブリンのキング、クイーンは、単眼鬼王などと同様、体内に魔石を宿している。2人の活躍を聞いていたイスカは、それを思い出して納得した。
「イスカさんは何を?」
「僕は武器防具の調達に。君らも知ってるだろうけど、僕らは明後日からの神殿の護衛に加わるんだ。だから今、その為に必要な物資を皆で集めてる所でね。僕は武器防具の担当さ」
「それでネルソン商会に来てたんですね。あそこって確か、武器防具のブランドでしたもんね」
「お陰で店がごった返してて大変だったけどね」
その時の事を思い出して、イスカは少し困ったような笑みを浮かべる。
「そういえばウルクスから聞いたんだけど、君達今回の護衛でピンチヒッターを依頼されてるそうだね」
「えぇ、そうです。でも、混乱を避ける為に、同行はしません。何かあった時に現地の職員さんから連絡を貰って、現場に急行する形になります」
「でも、パフィオから現場までは歩いて2日は掛かるよ? どんなに急いでも間に合わないんじゃないか?」
「大丈夫です! 僕達なら空間も、時空も、次元も飛び越えられますから!」
「………は?」
「要するに、空間転移が使えるって事です」
「っ!? マジ!? 君達そんな凄い魔法が使えるの!?」
「まぁ………そんな感じです」
実際は権能の力を使うのだが、権能の事を話し始めると長くなりそうだと感じ、一華は魔法で通す事にした。
「成程ね。その強大な力に加えてそんな凄い魔法を使えるなんて、そりゃ巣ごと討伐できるわけだ」
「? 皆さんでも討伐できるんじゃないんですか?」
「ウルクスからそう聞いたの? 無理無理。アイツが見栄張っただけだよ。まったく、”勇者之器” 持ちが何やってんだか」
「「えぇ!!!!?」」
「うわ、ビックリした!! どうしたの急に!?」
「あ、すいません。あの人が ”勇者之器” ってのが衝撃的で」
「ははは。まぁ、あの態度からは想像もつかないよね。でも事実だよ。君達も、一緒に過ごしてれば分かるはずさ。アイツが ”勇者之器” に相応しい事がね」
そう語るイスカの顔はどこか誇らしげで、頬がほんのり赤身を帯びていた。
「イスカさん、もしかしてあなた――――」
「あっ! 見えてきたぞ! あれが僕達の拠点だ!」
一華が何かを言いかけた所で、3人は『白き牙』の拠点に辿り着いた。質素だがしっかりした作りの木造の家で、隅々まで手入れが行き届いてピカピカだった。
「シッ! シッ!」
「「??」」
その家の裏手側から、何やら声が聞こえてくる。一華と改人は、その声に興味を持った。
「あの、この声って?」
「あぁ、気にしないで。ウルクスが鍛練やってるだけだから」
「「鍛練?」」
「正拳突きに兎跳び、キック、他にも色んな運動を1000回ずつ、毎日毎日やってるんだ」
「せ、1000回ずつ、毎日?」
「驚くのはまだ早い。ここまではあくまで準備運動で、本番は案山子を相手にした技の練習。ぶっ倒れるまでが一区切りで、これを毎日3周はしてるかな」
一華と改人は唖然とした。特に一華は驚きが隠せずにいた。光希以外でここまでの努力の申し子を見た事が無かったからだ。
「良かったら見ていくかい?」
「いや、それはちょっと迷惑じゃ………?」
「是非お願いします!」
「ち、ちょっと改人!?」
改人が目をキラキラさせて頼む。そんな改人の姿に呆れつつ、一華も一緒に見せてもらう事にした。
裏手に回ると、ウルクスが訓練用の案山子に向かって技の試し打ちをしていた。既に拳も脚も血まみれであったが、それでもウルクスは技を出し続けている。
「凄い、かなり洗練されてる! あたしの親友と負けず劣らずの努力のお陰ですね!」
「………寧ろあんなレベルの努力を積む奴が、他にいた事に驚きだよ」
「あたしもびっくりですよ! 純粋な武技の勝負になったら負けちゃうかも」
「僕もです。レベルで上回ってなかったら、絶対勝てませんでした」
「そうとも言い切れないかな」
「「え?」」
「アイツが取って来る依頼、Bランクの物ばっかでね。同格との戦闘経験が、僕らとの模擬戦以外に全然無いんだ」
「あ………」
一華は1つの疑問を思い出した。ウルクスはAランク冒険者であるにも関わらず、受ける依頼はBランクモンスターの討伐の物ばかり。時にはCランクのモンスターを狩る事すらある。自分より格下の相手としか戦わないウルクスの事を、一華は少なからず疑問に思っていた。
「ま、流石にいつもBランクの依頼ばっかだと、ギルドから文句が来るんでね。時折僕がAランクの依頼を取って来て、強制的に受けさせたりもしてるんだけど………他のAランクと比べると実戦経験の乏しさは否めない」
「何か、矛盾してますね。強くなる為に修行してる筈なのに、一番大事な実戦経験が欠如してるなんて」
「………修行してるのは、強くなる為なんかじゃないよ。アイツはただ、トラウマに囚われてるだけさ」
「トラウマ、ですか?」
「昔、まだアイツが子供だった頃、とんでもなく高レベルのモンスターに襲われた事があるみたいでさ。その時は運良く助かったみたいだけど、それ以来ずっとああして自分を鍛え続けてる、らしい。また高レベルモンスターに襲われても、生き残れるようにって。ソイツらに挑む勇気も無いくせに、ずっと、ずぅっと鍛練を続けてるんだ」
どこか切ない表情を浮かべるイスカを、一華と改人はただ黙って見つめた。
「………さて! 噂の新人の顔も拝めたし、ここで一旦お別れかな。君達と話せて良かった。ありがとね」
「いえ、こちらこそ。先輩冒険者とこんなに長く話せて、有意義な時間でした。ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
「明後日からのピンチヒッターの件、よろしく頼むよ」
「「お任せください!!」」
「そんじゃ、またね」
「また会いましょう」
「また今度!」
最初は2人がバケモノに見えていたイスカだが、会話を重ねた結果バケモノなのは力だけで、心は人だと判断を下す。
(アイツらが人類の味方で良かった)
イスカは人知れず、ホッと溜め息を吐くのだった。




