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二つの世界を守る星  作者: maco
第二章 宣戦布告
46/51

20 舌戦

「城内の一番高い建物はわかるな?」

 雷太の問いに、桜は先程銀河の背から見た景色を思い描き、頷く。

「一番大きくて、城壁よりも高い建物が一つだけあった」

「それだ。そこが煌王の居城だ。見張り台があるから、そこに近づけばすぐに相手に伝わるはずだ」

「わかった」

 桜が頷いても、雷太は難しい表情を浮かべている。

「……桜、成り行きでこんなことになったが、俺はお前で良かったと思ってる」

 桜は目を見開いた。

「え、どうしたの、急に?」

「お前の無鉄砲さにはいつもはらはらさせられたが、今回はその迷い無いお前の行動力を頼りにしてる」

 そう言って、雷太は拳を突き出した。

「俺はこの部隊を率いているから一緒には行けない。あんなに過保護だった千寿も由羅も、この大事な場面でお前の側にいない。だが……、頼んだぞ」

 桜は緊張で弱る心を隠し、笑ってみせた。

「銀河がいるから大丈夫。雷太も頑張って」

 桜も手を差し出し、雷太の拳にコツンと当てた。

 ◆◇◆

 門から少し離れた場所に、花鳥団の一団が集まっていた。

 蝶子は怪我人の手当てをしているところだった。

 桜が事情を説明すると、蝶子は二つ返事で快諾してくれた。

「あの、蝶子さん、本当にいいの?」

 引き受けてくれた事は大変有り難かったが、あまりにもあっさりだったので、きちんと現状が伝わったか逆に不安になる。

 だが桜の心配をよそに、蝶子はいい笑顔を浮かべた。

「ええ、とても光栄な事だわ。桜が頑張っているのに私には何もできる事が無かったから、ここから相手に石でも投げてやろうかと思ってたの」

 無鉄砲な人を側で見ているとこんな不安な気持ちになるんだと、桜は初めて知った。

「本当にやりかねないから」

 そばにいた花鳥団の団員と思われる男性は、そう言って苦笑した。

 蝶子は桜に手を差し出しながら力強く言った。

「私の口で王様に直接文句言えるなんて、まさかそんな機会を与えてもらえるとは思わなかったわ」

 桜が蝶子の手を掴み銀河の背に乗せると、今度は体が傾かない角度でフワリと飛翔してくれた。

 上空から眺めれば、広大な敷地に圧倒される。

 テーマパークくらいの広さがあり、そこに建物とそれに付随する庭や装飾が点在する。

 銀河はその中で一際大きな建物の上空で止まった。

 巨大な城から伸びる階段を数段下ったところに、石畳の前庭が広がっている。

 サッカースタジアムくらいの広さがありそうだった。

 華美さとは無縁の、庭と言うより修練所のような無骨な作りだった。

 それらの建物と庭を、三メートル程の塀がぐるりと囲んでいる。

 居城の建物の正面向こう側にある門の門扉は、大きく開け放たれていた。

 石畳の上に、黒い鎧を纏った兵士が整然と並んでいた。

 銀河の存在に気付いた者がこちらを指差し何かを言い合っている。

 それが一人、二人と増え、その声が上空の桜たちに届くほど大きなざわめきとなった。

 桜は眼下の光景に息を呑む。

(兵士の数が多い)

 整然と並ぶ様は圧巻で、きちんと統率が取れているのがわかり、絶望に近い感情が湧く。

『ほう、これは予想外だな』

 銀河が感心したように呟いた。

「この短時間でもう体制が整ったの?」

 正直、もっと混乱した状態を想像していたので、桜は驚いた。

『城の中は間抜けばかりになったと思ったが、なかなかこれは。力のある統率者がいるようだな』

 城の最上階、屋上のようになった場所に、先程鳴らされたであろう鐘楼があった。

 その周りに数人の兵士が見えた。

 雰囲気に呑まれ怯む桜を励ますよう、蝶子が力強く声を張り上げる。

「国王に仕える兵士たちに告ぐ!」

 拡声器もないのに、それは兵士全員に届きそうな、かなりの声量だった。

 舞台の歌声とは違い、別人のように低く太い声だった。

「我が名は天華天彾!この度、天の遣いとして、天帝の沙汰を申し渡す!」

 兵士たちから、明らかに動揺した大きなざわめきが沸いた。

 想像以上の反応に、桜の方が驚く。

 彼らが恐れているのは、この暗闇でもはっきりとわかる銀の毛並み、銀位の狛馬。

 その天の遣いが上空から自分達を見下ろすという異常なこの状況だった。

「煌王。地上において絶大なる権力を保持する者。その身に余る力をもってして、多くの命が失われ続けている。これ以上の民の喪失を、天は看過する事はできない!」

「だ、黙れ!」

 錯乱したようにこちらに向かって弓矢を構える男に、桜は身構える。

「銀河、危ない!」

 だが桜が剣を抜く前に、その男の首から血が吹き出した。

 大きなざわめきが上空まで聞こえた。

(巳霧!)

 姿は見えなかったが、その見事なボーガンの腕はきっと巳霧だと予想できた。

 蝶子は微塵も動揺を見せず、喋り続ける。

「天が望むのは、民の安寧。その意に弓を向けるならば!」

 蝶子が言葉を切り、桜の手を軽く叩きながら囁く。

「剣を」

 桜は剣を抜いて、天に向かって掲げてみせた。

「奇しくもここは月弓城。おまえ達が天を落とすのが先か、天がこの城を落とすのが先が、試してみるか!」

 鋭い声が闇夜を切り裂く。

 タイミング良く、ゴロゴロと雷が鳴った。

 兵士がしんと静まり返る中、城の見張り台から、一人の男が叫んだ。

「小生は煌王より宰相の任を拝する、小蛇(しゃじゃ)と申す者。どうか今一度お考え直しを!」

 目を向ければ、明らかに兵士とは異なる高価な衣装の男が、桜たちに向かって叫んでいる。

「雨が降れば火はおさまりましょう。さすれば城下に兵士を派遣し、救助活動を始める所存。その人員を、今奪うとおっしゃるのでしょうか」

『何を言ってる』

「何を言ってるのかしら」

 相手の主張の正当性に桜は怯んだが、銀河も蝶子も鼻で笑った。

「何故鎮火するまで待つ必要が?今まさに助けが必要な人達を見捨てて、なにが救助活動だ!」

 だが相手も蝶子の言葉など意に介さず続ける。

「城勤めの中に、天候を読み解ける者がおります。その者が、雨は必ず降ると。それまでに準備を整え万全を期していた我々に、あんまりな仕打ちではないでしょうか?」

「もう一度問うが、なぜ待つ必要が?鎮火してから救助活動だなどと、どこまで民を蔑ろにする気だ!」

「なれど、ここで我らの戦力を削ぎ、救助のために動ける人員を減らすのは天の意思に反するのでは?それに、すぐ様救助と言うなら、そちらこそ今この瞬間、こんな所で言い争っている間に一人でも多くを救うべく街に走るべきでは?」

 結局、何故まだ自分たちが助けに入っていなかったかには答えず、うまいこと桜達に非があるように待っていかれた。

「もちろん、避難誘導し、月影門を開けて今ここにいる。私たちでもそれだけ動けたのに、この短時間でこの陣形が敷ける軍が、民を助けるのに雨が降るまで要する準備とはなんだ!」

 蝶子と小蛇が睨み合っていると、二人の兵士と見られる男が小蛇の側に駆けつけた。

 そのうちの一人が、桜達に向かって必死に叫ぶ。

「小生は副将の補佐を務める左玄と申します。発言をお許しください!佑海副将は、火事の一報を聞き、すぐさま門を開ける指示を出しました。しかし、それは小蛇殿の許しが得られず……」

「佑海殿。この期に及んで部下に自身の保身をさせるとは、みっともない事ですな。我々は等しく、煌王の命に従う者。咎があるのなら、全員でしょう」

 小蛇はすぐさま左玄を一睨みして横槍を入れた。

 それを聞き、左玄の横にいる男が前に出た。

「その通りだ。左玄、それは言い訳に過ぎない。我々は民を見捨てた罪から逃れられない。断罪も甘んじて受けよう」

 一際体格のいい、恐らくこの禁軍の責任者であろう男が、桜たちに向き合う。

 その時、眼下から大きな声が上がった。

 雷太達が門を潜り前庭に入ってきたのだ。

 黒い鎧の兵士達が、一切に殺気立つ。

「武器を下ろせ!」

 はやって剣を抜いた者達を、佑海は一括する。

 禁軍と反乱軍は、一定の距離を保ったまま睨み合っていた。

 佑海が反乱軍を見て、僅かに目を見開いた。

「……そちらに我が軍の大将がおられるのだな」

 独り言のように呟いたそれには、諦め、失望、そんな感情が含まれていた。

「我が軍の大将……?」

 蝶子が訝しげに呟く。

「千寿のことだよ。禁軍の総大将で、今は休暇中って言ってた。間に合ったんだ」

 隊の先頭、雷太に並んで入ってきた千寿の姿を見てホッとした。

 二人は悠々と狛馬を進め、それに合わせて兵士が割れて道を作る。

「千寿殿!」

「総大将殿!」

 兵士達が声を上げる。

 千寿は城の前まで歩を進めると、城を見上げ、佑海を睨む。

「行くぞ、左玄」

 佑海は左玄に声をかけると、身を翻して建物の中に消えた。

 遠くで雷鳴が鳴っているのに、この場では風が凪ぎ、しんと静まり返っていた。

 階下に駆け降りた佑海と左玄が千寿に向き合う。

 その横で、息を切らした小蛇が千寿を睨みつけていた。

 銀河も二人の会話が聞こえる位置まで高度を下げた。

「……佑海殿、今はそなたが禁軍を率いているのか」

 千寿の太い声が、その場に響く。

「そうです。あなたには遠く及びませんがね。あなたがそちら側にいるなら、こちらは負けずとも勝てず、お互い多大な損失を生むだけです。必ずや陳情の場を設けますので、此度は引いてもらえませんでしょうか」

「何ですって?自分達が不利だからって、このまま引き上げろですって?」

 蝶子が憤慨したように、しかし目一杯声を殺して桜の背に向かって言った。

 今から戦争が始まると思ってずっと気を張っていたので、引き上げるという提案に桜も少し力が抜けた。

 佑海と千寿の間に沈黙が流れる。

『桜、正直俺は、今回は相手の提案に乗った形で引いた方がいいと思う。未だこれだけの戦力差、こちらはまず勝てない。今こちらには、奇跡的にかなり強い戦士が集っている。千寿に雷太、由羅、隊長。負け戦でそれらを失うわけにはいかない』

「銀河は、こちらについてくれないの?」

『……、俺が加勢すれば、間違いなく反乱軍が勝つ。だが恐らく天帝は、そうやってこの戦いが決着する事を望んでいない』

 銀河は自身の気持ちだけで行動する事ができない。それは陽也を助けられず苦しんだ姿を見ていたので理解している。

 桜はそれ以上何も言えず、話し合いの行方を見守るしか無かった。

「千寿よ、そちらの娘が天彾だと名乗っている。本物なのか?」

 小蛇が、値踏みするような目で桜を見ながら言った。

大蛇(おろち)か。しばらく見ないうちに、偉くなったもんだな。王の名代のつもりか」

 小蛇は盛大に顔をしかめた。

「その名はとうに捨てた。それより、こちらの質問に答えて貰おう。この娘が天彾だと、本気で思っているのか?」

「銀の狛馬を連れているだろう。それが証左になるのでは?それより今、その真偽を定める必要があるのか?」

「くそ、相変わらず馬鹿にしおって。いいか、今の私とお前では立場が……」

 顔を真っ赤にして捲し立てる小蛇を押し除けて、佑海が前に出た。

「千寿殿、あなたならお分かり頂けるでしょう。この場で戦えば、うちの軍に負けはない。お互い決着のつかない消耗戦の末、甚大な被害だけが残るでしょう。無益な戦いです」

 佑海の言葉に、千寿は静かに答えた。

「その無益な戦いを挑ませた原因は誰だ」

 口調はゆっくりだが、その中に潜む怒りの強さを感じ、誰もが口を噤んだ。

「私は総大将の任を辞した時に、とうにこの国を見限っていた。そして今日、さらに失望した。この中に、あの火事の中に飛び込んで惨状を目の当たりにした者はいるか?」

「……」

 その場にいた全員が押し黙る。

「私は見た。まさに地獄だ。全身の火傷で苦痛にもがきながら、私の腕の中で息絶えた子供がいた。こんなに民に無関心な国など、必要ない」

 千寿がスラリと剣を抜き、両手に構えた。

「ここに、志を同じくする多くの者が集まった。私はこの機を逃すつもりはない」

 千寿の剣に、誰もが恐怖し身じろぎすらできなくなっていた。

 それでも佑海は果敢に説得を続けた。

「……、あなたの怒りはわかります。だが、この戦は違う。我々は手を取り合って、この未曾有の大災害の復興に力を注ぐべきだ。先程も言った通り、謁見の機会を設けます。どうか、私の首一つで、この場を収めて頂きたい」

 その発言に、弾かれたように兵士が声を上げる。

「佑海殿!」

「こ、このような者たち、すぐに鎮圧してみせます!」

「佑海殿の温情を踏み躙る奴らなど、救う必要ありません!」

 口々に叫ぶ兵士を、佑海と千寿が睨み、黙らせる。

「お前に謁見の機会を設ける権限などあるのか?」

 そこで、機を伺っていた小蛇がずいっと前に出た。

「こやつに無くとも、わしにはある。わかってないようだが、主導権はまだこちらにある」

「宰相殿、あちらの狛馬の数を見て欲しい。加えて千寿殿だ。決してこちらが有利なわけではない」

 ズラリと並ぶ反乱軍には、隊長とその部下の人、そして隊長か引き連れてきた民衆がいた。

 前列には十を超える狛馬が並ぶ。

 だが……。

(由羅がいない?)

 急激に不安が遅う。

 明らかに動揺した桜を見ている佑海に、桜は気づかなかった。

 雷鳴が近づいてきている。

 ポツポツと雨が降り始めた。

「では、総大将殿。ここは天彾様の裁可を頂くのはどうでしょう」

 突然名指しされ、由羅の不在に気を取られていた桜は大いに動揺した。

「天彾様、どうかこちらに降りてきて貰えませんか」

 チラリと千寿を見れば小さく頷いてくれたので、銀河に頼んで千寿の隣に連れて行って貰った。

 佑海が近づいてくる。

『桜、堂々としてろ』

 銀河が桜に釘を刺し、蝶子は桜の背にピッタリとくっつき顔を隠した。

 しかし桜の背後の蝶子を見て、佑海がポツリと呟く。

「ああ、見事な口上だと思ったが、佳蝶殿だったのか」

 その言葉に、桜は凍りついた。

 それは嘲りでは無く、落胆に近かった。

 あっさりバレた事で、桜はますます萎縮する。

 しかし兵士達が注目していたのは銀河なので、他の者に知られた様子は無かった。

 佑海はさらに桜に近づき、他の者に聞こえない程度の声で囁く。

「あなたの仲間を預かっている。白い狛馬に乗って、勇敢に民を率いていた青年だ」

 桜は頭が真っ白になる。

「ここであなたが偽物だと詰ったりはしない。こちらの要求を呑んで貰えれば、仲間に手荒な事はしないと約束しよう」

 先程までの、ただ民を案じていた人の良さげな男とは別人のようだった。

 その男は、桜というこの場で一番御し易い存在を確実に見抜いていた。

 佑海も、これまでこの魔窟で生き延びてきた男だったのだ。

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