19 宣戦布告
桜達が駆けつけると、北門前はさらに戦闘が激しくなり混乱を極めていた。
砂埃が舞い、篝火が霞む。
先程は数で何とか対抗できていたが、城の警備の者が集まりだすとあっという間に花鳥団は劣勢になったようだ。
数刻前には華やかな舞台で演舞を披露していた人達が、今は血だらけで地に伏している。
その惨状を見ても、桜は何の感情も湧かなかった。
短時間の間に大勢の死を目の当たりにして、桜の感情はとても鈍くなってしまった。
かつて日本で歴史や他国の戦争の話を聞いた時、桜は不思議でしょうがなかった。
みんな死ぬのが、人を殺めるのが怖くないのだろうかと。
(みんな麻痺してたんだな)
戦争など、とてもまともな精神では臨めない。
先程男を切った時も、恐れていたような罪悪感や嫌悪感は沸かなかった。
(だってこれからもっとたくさん切るんだから……)
『おい桜!ぼんやりするな!』
力強い声で呼ばれ、桜はハッと我に返る。
『お前は蝶子と河南のそばにいろ。ここは俺がパッと片付けてきてやる』
そういうと、銀河は桜達を残して騒乱の中に駆けて行く。
「銀河、花鳥団の人は傷つけたらダメだよ!」
『善処しよう』
銀河が駆け抜けた後に死体が増えていく。
でもそれは仕方ないと、桜は割り切った。
だってこれは戦争だから。
「桜さん、大丈夫?」
蝶子が遠慮がちに桜の名を呼ぶ。
「?私は大丈夫ですよ?」
何故心配されたのか分からず笑い返そうとした桜は、自分の顔が強張っていた事に気づいた。
自分の仲間が倒れている蝶子の方がよぼど辛い筈なのに、桜を気遣ってくれる事に申し訳ない気持ちになった。
「蝶子さんこそ大丈夫ですか?」
「大丈夫……とは言えないけど、まだ立っていられるくらいの気力は残ってるわ。提案なんだけど、街は焼けたし、こうなったら花鳥団も存続できるかわからないし、私はもう平民と同じだから、同世代同士もっと気安く仲良くしましょう。ね、桜」
蝶子は少しいたずらっぽく可愛く笑う。
あちこち泥だらけで額は腫れて、それでも蝶子は美しかった。
桜は蝶子に頷き返した。
建物にもたれるよう座った河南のそばに跪くと、桜は自分の胸元から手拭いを取り出した。
剣の刃で少し切り目を入れて縦に割くと、出血の酷い腕と額に包帯代わりに巻きつけた。
「河南さん、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。でもここまで頑張ったので、今度隊長に何か奢って貰おうと思います。桜んも一緒に行きましょう」
河南が笑ってみせる。
「それはいいわね、私は甘いものがいいわ。岩井屋のお団子とか」
「蝶子はいつもそればっかり。私はお汁粉がいいな。桜さん、甘いものは好きですか?」
二人に見つめられ、三人で仲良くお茶をする光景が浮かぶ。
それはとても幸せで、遠い世界に思えた。
「……はい、甘いもの食べたいです」
呟くと、涙がジワリと浮かんだ。
「……私達は足手纏いになるから参加できるのはここまでだけど、桜は反乱軍として戦うんでしょう?」
「桜さん、約束したんで、必ず生き残ってください」
戻ってきた喜怒哀楽の感情と共に、涙が溢れる。
「はい、隊長も一緒に、みんなで岩井屋に行きましょう」
桜は涙を袖で拭うと、二人に笑い返した。
今度は自然に笑うことができた。
「ところで桜、あなたのあの狛馬は銀位の狛馬ではないの?」
蝶子の問いに桜は首を振る。
「あれは私の狛馬じゃないんです。というか、誰の狛馬でもないと思う。銀河は私の友達の友達で、今回はたまたま手助けしてくれてるだけです」
桜の説明に、蝶子と河南は顔を見合わせた。
「そんな事あるの?」
困惑したように尋ねる蝶子に、桜も首を傾げる。
「友達の友達って言ってしまえば他人みたいだけど、もう私自身の友達みたいなもんなんです。お互い助け合う程度には大切な存在だと思います」
銀河の胸の内はわからないが、事実何度も桜のピンチを救ってくれている。
「いえ、友情の程度を聞いてるのではないの。自分が使役していない狛馬とあんなに意思疎通できるものなの?それに、あれは銀位の……、天彾の狛馬ではないの?銀位の狛馬が友達にいるお友達って、一体どんな……」
心底不思議そうに尋ねられるが、桜もうまく説明できない。
意思疎通は会話ができるから成り立っているだけだが、銀河のあの天の意を汲んだような発言は、ある意味銀位の狛馬である証左のように思える。
そしてその銀河を友達だという陽也。
桜はこの世界に来てから目の前の現実をありのまま受け入れてきたが、陽也はこの世界でも特異な存在である事は確かだ。
「私の百華の友達が、銀河に私を助けるようお願いしてくれたんです。でも銀河は誰の狛馬でもないから、命令されたわけじゃなくて自分の意思でああしてます」
「「百華の友達……」」
ますます二人が困惑しているのがわかるが、それ以上の事は桜も答えられなかった。
誰も腑に落ちない微妙な雰囲気になったところへ、銀河が戻ってきた。
『さあ、早く門を開けるがいい。流石にこれだけ大騒ぎしたら軍が動く、急げ』
傷ひとつなく呼吸の乱れもない銀河は尊大に言い放つ。
しかしその声は桜にしか聞こえないので、他の人には銀河が主人の命令を忠実に遂行し、銀位の狛馬らしい威厳を纏って佇んでいるように映っているだろう。
「蝶子さん、カタがついたみたいです。門を開けに行きましょう」
蝶子と河南は再び顔を見合わせると、頷き合ったあと銀河の前に跪いた。
「銀河様、多大な助力を頂き、心より感謝申し上げます」
桜は明言せずにいたが、二人は銀河を銀位の狛馬と認定したようだ。
『何だ、こいつらまで急に銀河様って』
銀河が居心地悪そうにモゾモゾとした。
「……、じゃあ行きましょうか」
桜は銀河の呟きを聞き流すことにした。
銀河の声が聞こえないのだから、それはそれは神秘的な存在に映っているのだろう。
「河南さん、歩けますか?」
「大丈夫です」
そう言う河南の顔色は暗がりでもわかるほど悪い。
『近くに雷太が控えている。そこで水を貰って休むといい』
「銀河、河南さんを雷太の所に連れて行ってくれる?」
『いいだろう。河南を俺の背に乗せるといい』
そう言うと銀河が膝を折ったので、恐縮する河南を促して背に乗せた。
『桜、お前も乗れ』
「待って、蝶子さんを乗せてあげて。私は走るから」
「大丈夫よ、私はどこも怪我してないし、門を開けたら仲間と一緒に身を潜めるから。二人が乗って」
そう言う蝶子の視線の先に、こちらに向かって駆けてくる花鳥団の男の人が見えた。
「わかりました。蝶子さん、気をつけて」
蝶子が桜に軽く手を振ると、銀河は小さく行くぞっ、と言って飛翔した。
「「え?」」
空を駆るように飛翔する銀河に、河南と蝶子が目を丸くする。
例により急角度で城壁沿いを駆けるので、河南が落ちそうになり声なき声で叫ぶ。
「……っ! ……っ!」
「銀河、飛ぶならそう言って!何で門を潜らないの!」
『人が集まって邪魔だったからな。雷太の怒鳴り声が聞こえるから、早く行った方がいい』
銀河の呟きに、桜の心臓がぎゅっと縮む。
「え?ら、雷太が怒ってるの」
銀河の耳がピクピクと動く。
『激おこだな。お前の名を叫びながら怒り狂ってる』
銀河の爆弾発言に、桜は飛び出しそうなほど目を見開く。
「え、ななななんで?ちょっと待って。一旦下ろして。最近顔を合わせてないのに、なんで⁉︎」
軽くパニックの桜の耳に、聞き慣れた恐ろしい声が届く。
「桜はどこだーっ!」
(ヒィぃぃぃ)
まだ距離はあるが、間違いなく雷太の声だ。
「ねえ、おに、鬼が!」
「いででで、おい、そんなに毛を強く引っ張るな」
河南が前に座っているので、桜には前方がよく見えない。
桜は思わず手綱を引くように銀河の毛を掴んでしまい、たまらず銀河が声を出した。
河南はしがみつくのに必死で、銀河の声は聞こえなかったようだ。
「銀河、騙したの?最初から私を鬼に差し出すのが目的だったの⁉︎」
『落ち着け、怒ってるんじゃないな、あれは焦ってるんだ』
雷太はああ見えて、かなりできる男だ。感情的になって大事を見逃さない。
この一大事に冷静さを失うなど、よほどのことだ。
「ねえ、雷太の困り事を私が何とかできるとは思えないんだけど」
「だがお前の名前を叫んでるだろう。行かないわけにはいかない」
叫んでいる、今も。だんだん近づいてきている。
「でも、だって……」
モゴモゴぐずぐず言ってる間に、銀河は容赦なく雷太の前に桜を差し出す。
「桜!!」
雷太が駆け寄り桜の胸ぐらを掴む。
「ひぃっ」
「千寿はどこだ⁉︎」
拳骨を覚悟して反射的に頭を庇った桜は、予想外の言葉に恐る恐る目を開けて雷太を見る。
「……千寿?」
「そうだ。隊長からお前が火事の中に飛び出して行ったと聞いて、千寿も後を追ったんだ。会わなかったか?」
桜はふるふると首を振った。
その様子に雷太がガックリと肩を落とす。
雷太の周りにいる兵士の人達も一斉に落胆し、何もしていないのに桜が罪悪感を感じるほどだった。
「私を追いかけたって、なんで?私には由羅が付いてたのに」
「知らん、自分も助けに行きたいと思ったんじゃないのか?探しに行ってくるから先に始めといてくれって言って、火の中に飛び込んで行った」
「先に、始めといてって……」
信じられない気持ちだが、時に破天荒な千寿ならあり得るかもしれない。
桜はとりあえず銀河の背で固まっている河南を下ろし木にもたせかけてあげて、そばに居た兵士の一人に水をお願いした。
「ねえ、千寿は今日王城に攻め込むって知ってたの?」
「当たり前だろう。その手筈を確認しに隊長に会いにいったんだからな」
桜は言葉を失う。
(じゃあ、先に始めとけと言うのは、戦争を?そんな食事会みたいなノリで?)
先程まで戦争に対して精神を病んでいた桜は、千寿との認識の違いに驚愕した。
雷太は眉間にクッキリとシワを寄せる。
本当に困っているようだ。
「やり方は奇襲のような形であっても、開戦にあたり俺たちの正義を宣言する必要がある。千寿はこの国の英雄で、今回の反乱の旗頭だ。その千寿の口から宣誓する必要があるんだ。なのに……」
確かに、ただ反乱を起こしても、民意は権力者に伝わらない。
何故このようなことになったか、自分たちの主張をわからせる必要があるのだ。
——それなのに——
「千寿が……」
「帰ってこない」
集まった人達も口を噤む。
まさかこんなところで計画が躓くとは誰も思っていなかっただろう。
「雷太は?有名人なんでしょう?雷太が宣言したら?」
「……俺は生家と縁を切っているし、あちらは王家に忠誠を誓っている。俺の勝手で一族が関与していると思われる訳にはいかない」
確かに、五家の一つが離反と思われれば、実家ごと取り潰されるだろう。
『何と言うか、千寿は色んな意味で規格外の男だな』
銀河が感心したように呟いた。
千寿は一体何をやっているのだ。
そもそも千寿の足なら朱源郷まだ行って帰ってきたって、そう時間がかかるはずがない。
何かトラブルに巻き込まれたのかもしれない。
誰もが困り果てた中、重い沈黙を破ったのは河南だった。
「桜さんがやればいいんじゃないですか?」
『「「へ?」」』
全員に注目されても怯まず、河南はキッパリと言い切る。
「桜さんがそちらの銀の狛馬様に跨って、天彾として宣戦布告してやればいいんです」
急に指名された銀の狛馬様は、キョトンとした顔で河南を見ている。
桜も同じ気持ちだった。
「え?河南さん、何言って……」
「私も蝶子も、桜さんと銀河様が言葉はなくとも完全に意思疎通しあっている姿を見ました。例え桜さんの狛馬でなくても、うまく行く筈です」
意思疎通ができるかどうかが問題ではないのだ。
どんな呆れ顔をしているかと雷太の顔を窺うと、腕を組んで真剣に考えている様子だった。
「……そうだな。桜、やれるか?」
小馬鹿にするだろうと思っていた雷太が真顔で言ったので、桜は衝撃を受けた。
「やれるわけないでしょ!、無理だよ。天彾なんてやったことないのに」
『当たり前だろうが』
「誰でもいいわけじゃない。王が耳を傾けざるを得ない人物じゃないと。天彾なら適任だ。何よりもう時間がない」
切羽詰まり過ぎて、判断力が鈍ってしまっている。
「天彾なら適任って、私がやるんだよ。何喋っていいかわからないよ」
「蝶子を背に乗せて、蝶子に喋らせればいいと思います。何度も天彾を演じてきてますから。桜さんは蝶子のセリフに合わせてそれっぽく動けばいいんです」
『面白そうだな。俺は手は出せないが、それっぽく睨みをきかせといてやろう』
じゃあやります、とはならない。
桜は大雑把に見えるが、時間割や連絡帳はきっちり確認するし、旅行は計画的に行う。遅刻だってほとんどしたことがなかった。
なのに。
『銀河、なんでこの一大事に、こんな行き当たりばったりな事ばっかりなの』
こっそりテレパシーで銀河に訴える。
『この時代ならこんなもんだ。スマホがないしな。討ち入りしたけど仇の顔がわからないなんて事もある。桜の世界の歴史でもそんな話ザラだ』
確かに、桜は煌王の顔すら知らない。
「……それだったら、蝶子さんがやればいいのでは?」
「ダメですよ、蝶子は有名人ですから、天彾でない事は一目瞭然です」
全員が乗り気、と言うかもうそれに縋るしかないと言う雰囲気なので、桜は分が悪い。
何とか説得しようと考えを巡らせていると、城内からけたたましく鐘の音が響いた。
「見つかったな。禁軍が出てくるぞ」
雷太の言葉に、桜は逃げ場を失う。
「わかったよ、やるよ。どうなったって知らないからね。雷太、どうすればいいか指示して」
桜はヤケクソな気持ちで銀河に跨った。




