18 克服した者
『桜、北門へ向かうぞ。門が開かずに苦戦してる』
「北門?由羅の所じゃなくて?開かないって、誰かが今開けようとしてるってこと?」
『そうだ。このままじゃ待機している戦力が中に入れない』
雷太達が中に入れなければ、門を開けてくれようとしている者はきっと殺されてしまう。
それに、国王軍の隙をつく千載一遇のチャンスを逃してしまう。
「わかった、行こう。それより銀河、何で琢磨の前で飛ばないし喋らなかったの」
『誰かれ構わず手の内を見せるな。俺が飛べて喋れることを明かすのは由羅達と隊長くらいまでにしておけ』
なるほどと納得しかけたが、桜はふと門に入る前の光景を思い出す。
「一郎さんの前で喋ってたよ」
『あれは大丈夫だ』
「まあ一郎さんだからね。ねえ、銀河は何で離れてる場所の出来事がわかるの?琢磨のいる場所もどうやって知ったの?」
『これくらいの敷地なら、大きい音や声は感知する事が出来る。知っている者なら匂いも追える。今は北門辺りに兵士が集まってきて、小競り合いが始まってる』
「……じゃあ北門は、もう戦闘が始まってるんだね」
『そうだ。今度は何人かはお前に切ってもらわなきゃならん』
桜は剣の柄にそっと触れた。
「わかった、今度こそ切れると思う。由羅達は大丈夫なんだよね?」
『……大勢の兵士が向かった様子はない』
その言い方だと、数人の兵士は向かっているように聞こえる。
ハッキリ大丈夫と言ってくれない銀河に、桜は胸騒ぎがする。
「ねえ銀河、やっぱり先に由羅の所に……」
『桜』
言い募ろうとした桜の言葉を銀河は強引に遮った。
桜が思わず口を噤む強い口調だった。
『お前が由羅を大切に思っているのはわかる。だが一時的とは言え俺という強大な力がお前に味方した。お前はもう私情だけで力を振るう事はできない』
ただ由羅が心配で出た言葉なのに、思いがけない返答に桜は驚いて目を丸くする。
『お前と由羅が言ってたんじゃないのか。特別な力を持っていなくとも、皆が認めた者が天彾だと。ここに来るまでに何人がお前に向かって天彾だと言った?お前は天彾としてここの者達を守らなければならないんじゃないのか?』
「私が……天彾として?」
確かに、縋る思いで桜を天彾だと思っている人々に対して強く否定するつもりはなかった。しかし自分から積極的に天彾を名乗ることもしたくはなかった。
桜ではその名に責任を持てないと思っているからだ。
『そうだ。だがお前は月影門で助けた者達を置き去りにしようとした』
あまりの言い方に、桜はカッとなる。
「違う!そんなつもりじゃ」
『なかったのはわかる。だがもう少し民衆に目を向けていれば、あの場で残された者がどうなるか考えが至っただろう。お前は由羅が言わなければあの者達を置き去りにして立ち去ったか、貴重な情報源である琢磨に会うのを諦めたか、由羅を優先する選択しかできなかっただろう』
銀河の冷静な指摘に、桜の頭が少し冷える。
「……でも、由羅を危険な目に遭わせるなんてできない」
『門でも言っていたな、由羅を犠牲にしてまで叶えたい望みはないと』
「だって、本当に、私にとって由羅は大切だから……」
街の人々と由羅を天秤にかけたわけではない。
ようやく自覚した好きな人を何よりも守りたいというのは、それほど非難されることなのだろうか。
『その気持ちは理解できるし、俺だってお前の望みを可能な範囲で叶えてやりたいと思う。だが誰かに肩入れするのは駄目だ。そうやって特定の人物だけを優先してしまう所が、天帝がお前に俺の力を完全に与えることを躊躇う理由なのかもな』
桜は口をギュッ引き結んだ。
銀河から相手に感情が伝わるのと同様に、相手からもその感情や言葉が銀河に流れてくる。
桜の心情を思うと、銀河の胸も痛んだ。
(桜は良くやっている。勝手に力を与えておいて私情に走らず民を助けるのが当然だろうと言う方が、酷な話だな)
だが桜は銀河の言葉を否定せず、なんとか消化して受け入れようとしているのが銀河には伝わってきた。
(桜を悲しませたと知ったら、陽也が怒るだろうな)
しかし銀河だって、人智を超えた力を無条件で与えるわけにはいかないのだ。
『桜、北門の問題をさっさと片付けて、急いで由羅の所に戻ればいい』
「……うん」
『由羅もお前を心配している』
「そうだね、きっと私の方が心配されてるね」
桜は目に溜まった涙を袖で拭った。
北門の問題を放置して駆けつけたところで、由羅は喜んではくれないだろう。
「まず、北門だね」
言っている間に、もう目の前に北門が迫り、人々の怒号と剣を打ち合う音が聞こえてきた。
見覚えのある衣装を纏った人が戦ってるのが見えて、桜は驚いて声をあげた。
「どうして花鳥団の人が」
先程まで舞台で剣舞を披露していた男の人達が、今は本物の剣を握って戦っている。
誰がどちらの者かはわからないが、かなりの人数が地面に倒れている。
「もともとは柳楽に協力を申し出たようだが、柳楽が隊長の下に入るよう指示したようだな」
なぜ自分の反乱軍に加えなかったのか、今となっては柳楽の真意はわからない。
だが琢磨よりも隊長を信じていたのは間違いない。
「隊長は……、柳楽さんの計画には反対してたけど、ちゃんと色んなところに根回しして、いつでも戦えるよう準備してたんだね」
「あれは見た目は地味だが優秀な男だ。どこまで予測して計画していたのか、俺にもわからん」
例によって、銀河は着地がてら数人を吹っ飛ばす。
「何だあれは!」
「銀の狛馬だ!」
「天彾様が下りてこられたぞ!」
派手な登場に注目を集め辺りが騒つく中、兵士と切り結びながら一人の男が桜に向かって叫んだ。
「天彾様、蝶子が連れて行かれました!どうかお助けください!」
男の言葉に、桜の胸はギュッと痛む。
「銀河、早く蝶子さんのところに!」
桜が言い切る前に銀河は走り出していた。
戦闘場所から少しだけ内庭入った所で、数人が争う声が聞こえる。
「やめてやめて!」
「やめろ、蝶子に触るな!くそ、離せえっ!」
蝶子と河南の切羽詰まった声に、桜は凍りつく。
建物の影にその光景を見て、桜の怒りは頂点に達した。
一人の男が蝶子に馬乗りになり、別の男が蝶子の手を押さえつけていた。
そばで羽交締めにされながら悲痛な声を上げる河南は、あちこちから血を流している。
馬乗りになった男が蝶子の胸元に手をやり服を剥ぎ取ろうとした時、桜はひらりと銀河から降り一瞬で男の背後に迫った。
今度はワイパーではない。
桜は思い切り剣を振り上げると、馬乗りになった男の背を切り付けた。
「ぎゃああっ」
男は悲鳴を上げながら地面を転がる。
一瞬それに気をとられ慌てて自分の剣を抜いたもう一人の男を、桜は正面から切った。
「ぐああっ」
男は剣を取り落とし、胸元をを抑えてうずくまった。
「おい、動くな!この女がどうなって……」
河南を羽交締めにした男は、最後まで喋りきる前に首もとから大量の血を噴き出した。
驚愕の表情のまま倒れる男の背後には、口もとを赤く染めた銀河が立っていた。
河南はその場に崩れ落ちる。
「河南さん!」
『河南は大丈夫だ。それより蝶子が』
銀河の声にハッとして蝶子に目をやると、手を押さえつけていた男に向かって、男が落とした剣を振り上げているところだった。
男の人が怖いと言っていた蝶子が。
桜は蝶子が危なければすぐに加勢に入れるよう、剣を握ったまま見守った。
男は尻餅をついてジリジリと下がる。
蝶子の垂れた前髪の隙間から、男を鋭く睨む瞳が見えた。
「や、やめ、助けてくれ」
「私がそう言った時、あなたは何と言ったかしら」
以前見た蝶子からは想像もつかない、低く、恐ろしい声だった。
「あ、あ、許してくれ。殺さないでくれ」
「女は男に奉仕するしか生きる価値がないって?では世の中になんの貢献もしていないあなたは、果たして生きる価値があるのかしら」
「た、助け……、ひいいっ!」
蝶子が振り下ろした剣は、腕で頭を庇うようにうつ伏せた男を掠めながら地面に刺さった。
男はそのままピクリとも動かなくなったので、どうやら気を失ったようだ。
「蝶子さん、大丈夫ですか?」
近づいてよく見ると、蝶子の額が赤く腫れていた。
いつも額から垂らしていた布は無くなっていた。
「大丈夫よ。絶体絶命の危機から救ってくれるなんて、王子様みたいね」
そう言って気丈に微笑む蝶子に、桜は涙が出そうだった。
「私、全力で抵抗したの。今まで怯えてばかりだったけど、なんだか凄く腹が立って。女で、小さくて、腕力がなくて、これから一生男の人に怯えて生きていかなきゃいけないって思っていた時に、私よりも小さく華奢で、とても強そうには見えない桜さんが護衛なんてしてたから……私もやってやろうって」
そう言って、蝶子は自分の額を押さえた。
「思いっきり頭突きしてやったわ。それから大暴れして、物凄く抵抗してやったの」
「そのおかげで、私が間に合いました」
そう言って握った蝶子の手は冷たく震えていた。
蝶子の微笑んだ目から、ぱたりと涙が落ちる。
「ええ、頑張った自分を褒めてあげたいわ」
由羅と先に合流していたら、きっと間に合わなかっただろう。
後でその事実を知って一生後悔するところだった。
安堵と申し訳なさ、自分の選択の重さ、複雑な感情に涙が溢れる。
「蝶子さん、本当に、頑張ってくれてありがとうございます」
涙を拭った蝶子は、銀河に縋って立つ河南を見た。
「河南もありがとう。私のために、酷い目に遭ってしまって」
「ううん、私、何もできなくて。傷の痛みなんて何でもないけど、蝶子に何かあったら、不甲斐ない自分に耐えられなくなるところだった……。桜さん、ありがとう」
トラウマを克服し、逆光を跳ね除ける女性達は強く美しかった。
この姿を拗らせている男どもに見せてやりたいと心底思った。
「まだ安心はできないんです。もう少しだけ頑張ってもらえますか?門を開けるんですよね、ここにいたら危ないんで、一緒に行きましょう」
桜の言葉に、蝶子も河南も力強く頷いてくれた。




