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二つの世界を守る星  作者: maco
第二章 宣戦布告
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17 満たされない者

「煌王は幼い頃から絵画や美術品をこよなく愛していた。過酷な王太子教育の合間の僅かな時間にも、自ら筆を取るほどだった」

 まるでその目で見てきたかのような口ぶりに、逆に不信感が募る。

「どうしてそんな事知ってるんですか?」

「俺からしたら、何故誰も気づかないのか不思議なくらいだ」

 琢磨は桜から視線を外すと、外の喧騒などまるで知らないように、未だ日常の生活が溢れる城内を見下ろした。

「何にも固執せず平等、公正な王が、芸術に対してだけあれほど執拗に排除しようとする。そこに何か重要な事実があると、何故誰も考えないんだ?疑問をもてば調べるのなんて簡単なのに、どいつもこいつも目先の利益しか見ていない馬鹿ばっかりだ」

 琢磨の視線を追うと、北の端に巨大な城が見えた。

 この高い城壁でもってしても覆い隠すことのできない、恐らくこの国で最も高い建物。

 初めてこの街に来た時は遥か遠くに見えた城が、今はこんなに近い。

「今は亡き王太后は、息子を偉大な国王にする事だけに心血を注ぎ、王太子教育にも大いに口を出した。その過程で、煌王の唯一の拠り所であった芸術を、一国の主たる者に相応しくない低俗な趣味だという理由で徹底的に排除した。二度と筆を持つ気にならないよう、それまで作り上げた作品や絵画の道具を目の前で破壊し、呪詛のような言葉を吐きながら全て燃やしてしまった。まだ幼かった煌王は泣くことも怒ることもなく、ただその光景をじっと見つめていたそうだ。それまでの厳しい教育に強い緊張を強いられ続けた煌王の何かが、この時壊れてしまった」

 そこで言葉を切り、琢磨は再び桜に視線を戻した。

「ことの真相は、こんな程度の事だ。王太子教育ではさして珍しくもない、単なる教育の一環だ」

 琢磨はつまらなさそうに言ったが、桜からしたらそんな程度とはとても思えなかった。。

 それは立派な虐待だ。

 子供の頃に負った深い傷は大人になっても簡単には癒えないのだと、桜の世界ではもう当たり前になっている事だ。

「国王の趣味に理解を示し存分に絵を描かせてくれた当時の教育係は、丈罰の後身分を剥奪され放逐された。それだけでなく、王太后はその事実を知る当時の関係者を軒並み解雇し、そうして煌王の理解者は一人もいなくなった。何でも手に入るはずの場所に生まれたのに、孤独で、本当に欲しいものは手に入らない。なんとも哀れだと思わないか?」

 そう言って桜に目を向けた琢磨の顔には、嘲と優越感のようなものが浮かんでいた。

「王太后が死んでからも、煌王はその呪縛から逃れられないでいる。母親の言葉を健気に守り絵筆は一切持たず、いつ崩壊してもおかしくない綱渡りのような精神状態で、それでも良き王であろうと努めた。賢王たる資質は十分にあった。だがそんな自分へのごまかしも、目の前に誘惑をぶら下げられただけで崩壊した」

 ここが物語の佳境だとでもいうように、琢磨が間をおいた。

「ある時、少しずつ心を病んでいく煌王に一介の官吏が双子の美女を献上した。この双子を花のように、絵画のように城に飾ってみないかと唆して。側で聞いていた者はあり得ないと思ったが、王はこの提案を受け入れた」

 クククッと琢磨が笑う。

「あの男は終始何かに怯えているが、その分保身のために周りがよく見えている。この双子の上納で、まんまと宰相の地位を手に入れてしまった。あんな小物にいいようにされて、それに気づいていない王は何とも滑稽だがな」

 国王を徹底してこき下ろす琢磨に、桜は不快な感情が積もる。

「だが国王の芸術的感性は本物だ。なかなか圧巻だぞ、額縁に見立てて壁をくり抜いて、そこに女を配置し、見事に芸術品として成り立たせている。馬鹿みたいに金を注ぎ込んで、美女を献上させ城中に侍らせるなんて、理由はどうあれとても権力者らしい振る舞いだろう?これならきっと王太后も許容してくれると煌王は信じている。そうする事で自分を取り繕えていると思っている煌王は、まったくもって哀れだ」

 今の国王は、桜の世界で診察を受ければ何かしら病名がつく状態だろう。

 不安定な土台に、理想の王である自分を積み上げようとした。

 それがここにきて破綻したのだ。

 有り余る権力を手にした者のトラウマに、それを利用して地位を得ようとする取り巻きに、女性達は命をかけさせられたのだ。

「だが国王の女を集めるやり方は、常軌を逸している。なぜだかわかるか?」

 別に桜に答えを求めていないようで、琢磨は一層笑みを深め自分でその問いに答える。

「何故ならそれらは代替品に過ぎず、王が本当に欲しいものはそれではないからだ。本当は自ら筆を持ち、自身の手で描かなければその渇きは癒えないのに、気づかないふりをして女を集め続ける。集めて、渇いて、満たされずまた集める、その繰り返しだ。あらゆるものを手にする事ができながら己が渇望する物だけが手に入らない。ははっ、滑稽な話じゃないか」

 ついには声を上げて、心底おかしそうに琢磨が笑う。

 桜は目眩を堪え、何とか声を絞り出す。

「でも、だからって、この火事を引き起こしたあなたを誉める事にはならないでしょう」

「馬鹿が、わからないか?国王は暖簾なんぞで小賢しく芸術を楽しむ民が許せなかった。全て焼き払われたと聞いて、きっと腹の底から笑えただろうよ。国王が俺を褒めたのは、反乱軍を摘発したからじゃない。暖簾の文化をこの世から消し去ったからだ」

「……だから、国王は火を消そとしないの?」

 おかしいと思っていた。

 これだけ被害が出たら、どんなに頭のおかしな国王だって普通は兵士を動かして救助にあたるはずだ。

「当然だ、国王は何もかも燃える事を望んでいるからな。表向きは反乱軍の残党がいるかもしれないと言う理由で、兵士に今すぐの救助を禁じているほどだ」

「残党って……。そんなこと誰が信じるの」

「別に誰も信じちゃいない。王が禁じたからやらないだけだ。それに反対してまで民を助ける気概のある奴などここにはいない」

「あなたは……、こんな大惨事になることがわかってて火をつけたの?」

 桜の問いに、琢磨は今までで一番の笑顔を浮かべた。

「あらゆる可能性を想定していたが、想像していた中で一番理想的な展開だな。雨が降るのが先か街が焼けるのが先か微妙なところではあったが、どうやら天は俺に味方してくれたようだ」

 桜は拳を強く握り締め、ギリっと歯噛みした。

 もうこれ以上琢磨の話を聞くのは限界だった。

「もういいです。銀河、もう行こう」

「俺を殺さないのか?」

 自分が桜に殺されるなどと微塵も思っていない様子で琢磨が言った。

 もちろん桜にそんな事は出来ない。

 一刻も早くこの場を去りたかったが、最後に、どうしても言わずにいられない事があった。

「あなたはそこまで色々と理解していたなら、この国がこんな事になる前に何とかできたんじゃないですか」

 正しく王の状態を理解していた琢磨なら、この国がこんな事になる前に国王を軌道修正できたはずだ。

「なぜ俺がわざわざそんな事を?せっかく盤面を整えたのに」

「盤面?」

 碌な答えではない事がわかっているのに、思わず問い返してしまった。

「これから俺は、この王城内の駒達を使って、本物の将棋をさそうと思う」

 やはり無視すれば良かったと、桜は後悔した。

「……自分が王にでもなったつもりですか?」

「馬鹿め、王将も駒の一つだろうが。俺は棋士で、他の者はみな盤面の駒だ。俺は一人高みから将棋を楽しむだけだ」

 気分よく語る琢磨に、桜は冷たく言い放った。

「いつもより良く喋りますね」

 琢磨を黙らせたい一心で深く考えず出た言葉だったが、思った以上に効果があったようで、琢磨はピタリと黙る。

 それを見て、柳楽の言葉を思い出す。

 琢磨がよく喋るのは、自分の分が悪い時だ。

 琢磨が何を間違えたかは明らかだった。

「あなたの方こそ、ここまでしても思ったほど満たされなかったから、国王を貶める事ばかり言って自分を誤魔化してるんじゃないですか?憎い柳楽さんを苦しめて、殺されて、でもそれは、あなたの本当の望みじゃなかったんじゃないですか?」

 桜の言葉に琢磨の顔が強張る。今までで一番琢磨にダメージを与えたのがわかった。

 桜は強張った琢磨の顔を一瞥して、背を向けた。

「国王と違って、あなたのは自分の失態です。誰も代わることの出来ない大切な人を自分の手で失って、この先ずっと満たされない人生を歩めばいい」

 何も言葉を発する気配のない琢磨を残して、桜は今度こそその場を立ち去った。

 苦い思いが込み上げる。

『会心の一撃だったな。ある意味物理的に切るより効果的だ』

 歩哨を駆けながら、頭に直接響く声で銀河が話しかけてくる。

「本当は、無視して立ち去れば良かったと思う。こんな事したって、柳楽さんは戻って来ないから」

『だが奴を無罪放免というわけにはいかなかった。お前が何も言わなければ俺がちょいと爪でもかけてやろうかと思っていたからな。恐らく、今生きている人間の中で奴が一番罪深い』

 脳内に響く声音から、銀河の静かな怒りが伝わってくる。

「銀河が直接危害を加えてもいいの?」

『わからん、だが死なない程度に脅すくらいならいいだろう。俺だって陽也の辛い生い立ちの原因になった奴らが憎い。片っ端から噛み殺してやりたいくらいだ。陽也が生きているうちは、虐められたり崖から落とされても何もしてやれなかったからな』

 ここで再会してからの銀河は、陽也の横に静かに佇んでいた時と印象がだいぶ違う。

 きっと仇を目の前にして勇んでいるのだろう。

 好きなように力が振るえないという制約がある分、余計に気持ちが前に出ていのかもしれない。

「うん、じゃあ一緒に仇を討ちに行こう」

 琢磨が見えなくなったあたりで、銀河が飛翔する。

 今度は振り落とされないよう、しっかりその背を掴んだ。

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