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魔導検屍官ソフィア・レイアリングの巻き込まれ事件簿  作者: ミダ ワタル
File6:魔術書探究クラブ(全24話)
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第69話 魔術書探究クラブ(23)

 首都警察(ヤード)の追跡から逃れられるわけはなく、ジェフリー・コリガンは拘束された。毛髪が採取され、金貨の袋に残されていた毛髪から検出された魔力と一致した。

 当初、彼は黙秘を続けたが、レストラードの執拗な追及と魔力一致の結果に観念したのか、ソフィアの推察した通りだと認めた。

 

「認めたどころか、もっと酷いですよ」


 首都警察庁舎の応対室で、げんなり疲弊した顔でレストラードは、訪れたソフィアとコンラートに現状を訴えた。

 認めた途端に開き直ったかのように、今度はいかに完璧な計画だったか誇らしげに語り出したという。

 

「検屍官が見抜いた魔術ですが、単に短剣の刃に菌を維持するだけじゃなかった」

「というと?」

「刺した傷口の中に菌を付着させ、確実に発症するようにしていたそうです。殺意を持っての仕掛けですよ、大魔導師殿」


 レストラードはそう言って、ジェフリー・コリガンの魔術が公開されていることを心配した。悪用されれば危険すぎるとして。


「それについては問題ない。おそらく彼独自の技法だ。インクや紙といったものと微生物ではかなり違うからね」

「ああ、生きてるものは、情報量がどうのとかいう……」

「警部も魔術の理解を深めてきたね」

「ちっとも、うれしくないですな」


 むすっと、顰めっ面で、レストラードは腕を組むとソファに背を預け、ソフィアへと目を向ける。


「今回は検屍官をすっかり酷使して。本来なら鑑定料を出すところですが、お上から経費政府持ちのお達しが……妙な役人が来て」


 威厳のある顔だが、怠そうな役人であったらしい。

 前に捜査資料を持ってきてくれた人かなと、ソフィアは第三王子エドワードが「重宝な役人」と呼んでいた人の風貌を思い出す。

 

「大丈夫ですか?」

「え?」

「犯人の娘を気にかけていたでしょう。父親が遺産目当てに実の娘の殺害を企てるなんて……奴の話ぶりから妻の死因も怪しくなってきた」


 アシュリーを病死させる企ての前に、何度か試した発言があったという。

 正気を疑う話に、ソフィアは片手で口元を覆って、コンラートに寄りかかる。

 コンラートが慰めるように肩をさすってくれて、気持ちは落ち着いたが、アシュリーのことを思うと彼女が心配になる。


「なんていうか、ありゃ歪んでますよ。妻の財産も娘も自分のものだ、ままならない法が間違ってると激昂する始末です。財産法が変わったからどうのじゃなく、側にいる人間は所有物かなにかと思ってる」


 ジュフリー・コリガンの自分語りは止まることを知らず、アルドリッチ工房での横領などもありそうで、しばらく取り調べと裏付け捜査が続きそうだという。


「いまのところはっきりした罪は、学校の職員を唆し、財産である家畜に損害を与えたことのみです。殺人教唆というにはあまりに回りくどいやり方だ。遺産の額が大きく悪質なので、殺人未遂で起訴したいところですが……」


 他の余罪をしゃべってくれるのはありがたいが、正直、どのような罪で裁けるかわからないらしい。

 数年の懲役で済む可能性もあると、レストラードは渋面で話した。


「そんな……っ! 娘を殺そうとしたのに!?」

「犯しちゃいない罪ですし、直接手を下したわけでも、学生達に強要したわけでも共謀したわけでもないから立件が難しいんです」

「そうなるように仕組んでいた犯罪だからね」

「奴が、犯罪者として頭がいいのは認めますよ。だからってこっちも引き下がるつもりはありませんよ」


 ふんっと、鼻息を荒くしてレストラードは言った。

 姑息でふてぶてしく高慢な犯人に、憤ってはいるらしい。


「司法としてはどうかだけれど、社会的に制裁されることは間違いない」


 コンラートが静かな調子で告げる。


「ジュフリー・コリガンは魔術職の禁忌を犯した。“悪意をもって魔術で人の心身、財産、尊厳を(おびや)かすこと(なか)れ”、魔術協会が定める第一の規程に背いた。逸脱者として彼は魔術界でも裁きを受ける」


 魔導師資格の永久剥奪、功績の撤回、所有の魔術素材や魔術資産の没収、魔術職となった以降の資産凍結、協会経由で支給された過去の助成金等の回収といった、主に職と経済面での制裁が下される。

 手の甲に魔術による刻印がされ、魔術素材等の入手も不可能になる。

 コンラートの説明に、レストラードが目を丸くして驚いた。


「そんな強制力あるんですか!? 魔術協会って」

「抑止力にならなきゃ意味がないからね。建前として独立機関だが、国が認めて与えている権限だよ」

「アルビオンの魔術協会は、各国の魔術協会の規範で、魔術界全体の秩序維持の責任も担っていますから……」

 

 ソフィアもコンラートの説明を補足する。

 資格試験でも必須の内容だ。

 魔術先進国というのは、ただの謳い文句ではない。

 ジュフリー・コリガンは実質、もう二度と魔術を扱うことはできないだろう。

 財産面でも、これまでのような暮らしはできなくなるはずだ。


「奴の実家の男爵家は、もう独立して家を出た者だからと知らぬ存ぜぬといった反応ですよ。切り捨てられたも同然だ……たとえ軽い刑で済んだとしても、その後の生活は厳しいでしょうな」

「むしろそちらの方が、彼には堪えるかもしれないね」


 コンラートの言葉に、たしかにそうかもしれないとソフィアは内心呟いた。

 自負心の強い人であったから、それを支えるものを失うのは耐えられないだろう。

 レストラードが辟易している取り調べでの振る舞いも、わかっているからこその自暴自棄の現れかもしれなかった。

 だからといって、アシュリーに対する所業が許されるわけでもない。


「――それはそれとして。奴がちょっと妙なことを言ってましてね。お越しいただいたのは捜査の進展もだが、そいつのことでお二人の意見を聞きたい」


 捜査の進展から話を切り替えて、レストラードが慎重そうに口調を変えたことで、ソフィアもコンラートもおやと、彼の顔を見た。

 レストラードが、わざわざ神妙な面持ちで意見を聞きたいだなんて、あまりないことである。


「なんですか?」


 ソフィアは姿勢を直して尋ねた。

 なんとなく甘えるように、ずっとコンラートに寄りかかったままでいた姿勢で聞くのはそぐわない気がした。


「それが……いや、馬鹿馬鹿しいと私も思ってるんですよ。奴の呆れた身勝手な理屈でしかないので。それを理解の上で聞いてくださいよ」


 妙な念の入れ方をする。

 ソフィアもコンラートも首を傾げる思いで、レストラードの言葉に頷いた。

 そうしないと話してくれそうにないと思われたからだ。


「それがですね……はあ、話すとなるとやはり馬鹿馬鹿しい限りなんですが、奴が言うにはそもそも古書店の店員が、あんな本を付けたせいだと言うんです」

「あんな、本?」

「私も気になって聞いてみれば、なんのことはない。安手の一シリング本でおまけで渡されたってだけで」

「どんな内容の本なんだい? 警部」

「なんでも、『感染症の恐怖』みたいな……いかにも好奇心を煽る実用書で。押収した本の中に見つけましたよ。まっ、それだけなんですよ。それだけですがね……」


 はあーっ、と。やけに大仰なため息を吐いて、納得いかない様子でレストラードは頭を掻いた。


「表紙……装丁っていうんですか? 薄い水色の紙に黒インクで印刷された……同じものを見た覚えがあったもんだから……っ」

「どういうことですか」

「本は違う、だが同じ発行元です。“裏通りの黒魔術事件”、あれですよ。事件の見立てに使われた、『理想的な女性の一生』とかいう……」

「え?」


 まさか、“でたらめな魔術で、死なせた娘を蘇らせようとした” 事件の話が出てくるとは思わず、ソフィアは虚を突かれた思いだった。

 

「検屍官も持ってるくだらない本です。しかし妙な符牒のようで……よくよく考えたら思い出したんです」

「なにを?」

「“伯爵邸の転落事故”の使用人達が回し読みしていた、“おまじないの本”も似た感じの本だった……我ながらどうかしてると思いながら、保管室に確かめにいきましたよ。そしたら――」


 同じ装丁の本だったと、困惑気味に話すレストラードの言葉に、ソフィアもどう答えたらいいかわからず困惑した。

 まったく、別の、無関係な事件……内一つは事故である。

 つながりなどなにもない。


「偶然じゃ……? だって、露店でも売ってる薄利多売の本だし……」

「たしかに妙だが、これだけでは偶然の域を出ない」


 ソフィアとコンラートの言葉に、少しばかりほっとした様子で「そうですよね」とレストラードは肩を下げた。


「奴が、そう信じきってるような口ぶりで訴えるもんだから……いやもう他者に責任を押し付ける口ぶりは呆れる他ない」


 偶然、そうは言ったがソフィアも聞いてしまうと気になった。

 コンラートも言う通り、これだけでは偶然の域を出ない。

 しかし、それにしたって、首都でここ数ヶ月の内に起きた、魔術が絡む事件のすべてにおなじ装丁の本が存在しているとは、奇妙な偶然だ。


「でも、少し気になりますね」

「検屍官〜、人が気のせいで片付けているところを」

「それほど気に掛かるなら、版元くらい確かめてはどうかな」

「……そうですね。首都にいくらでもあるような小規模の出版社でしょうが」


 仕事がまた増えたと、ぼやいたレストラードの言葉で、この話はお終いになった。

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