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魔導検屍官ソフィア・レイアリングの巻き込まれ事件簿  作者: ミダ ワタル
File6:魔術書探究クラブ(全24話)
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第68話 魔術書探究クラブ(22)

 ジェフリー・コリガンの人生にとって、過ちや汚点などは無縁のものであった。

 世界の四分の一を統べる、大帝国アルビオンの貴族階級に生まれ、優秀な資質に恵まれていた。魔力もあった。

 家督を継げない次男ではあったが、彼は長男と遜色ない控えの息子(スペア)として少年期は誉められた。青年期になれば魔術という、大帝国の繁栄の一端を担う分野に人脈を広げると、一族の中で一目置かれた。


「私という完璧な夫を、姪が持てたことへの感謝がない」


 郊外から街の中心部へと移り変わる窓の景色を眺め、アルドリッジ家当主のことを思い返しながら忌々しげに彼は呟く。

 爵位を継承し、当主となることはたしかに名誉だ。

 だが代々のものを、ただ受け継いだ名誉にすぎない。

 ジェフリー・コリガンという男には、己の力で、己の魅力で、己の名誉を得る自負心があった。

 控えの息子(スペア)としての歪んだ自己愛の一種と捉える者もいるかもしれない。


「帰るというのにしつこく食い下がり、アシュリーを寄越せなどと。なんの権利があって……愚かしさの極みだ」


 しかし、ジェフリー・コリガンという男にとって、そんな他者の分析は、なんの意味も持たない。

 彼は己にしか興味がない人間であった。

 だから――愛する妻の遺産が娘に渡り、管財人の管理の下、一ペニーも自由にできないことなどありえない。

 支援者であった前当主亡き後の、アルドリッジ家が彼に不信と嫌悪の眼差しを向けるなどありえない。


「……だが、まあ。思い煩うことももうない」


 貞淑で美しく資産があり彼を愛する妻と、天使のように愛らしく彼に懐き従順な娘を、彼は愛していた。

 だが、それは身にぴったり合った仕立ての衣服や、手によく馴染む(ステッキ)を気に入り、愛着を覚えるのと大差ない。

 気に食わない部分が出てきたら、それはもう愛着を覚えるお気に入りのものではなくなる。


「また新たにすれば、いいだけだ」


 ジェフリー・コリガンという男の人生において、過ちや汚点は無縁だ。

 過ちや汚点となる前になくしてしまえばいい。

 その手立てを考え実行するだけの能力が、操れる環境が、彼にはあった。

 彼は引き続き、彼の気に入る己の人生を歩んでいく。

 そうあるべきなのだ――。

 遠くない日に悲劇の父親として世間の同情を集め、莫大な資産を手にし、資産を元手に己が仕事でも成功し続けるなかで、今度こそ相応しい家族も得ることだろう。

 よき紳士、よき夫、よき父親として。

 彼に心地よい人生は続く。

 アルドリッジの城館(マナーハウス)から首都へと戻る、列車を降りるまではそうだった。

 ホームに降り、待ち構えていた野暮ったいダークスーツの男の出迎えを受けるまでは。


「お戻りをお待ちしてましたよ、コリガンさん」

「誰かね……?」

「首都警察のレストラードです」

「ヤードの……刑事……?」

「某学園の羊殺害と窃盗隠蔽への関与。また状況から、貴方には実子謀殺の嫌疑もかかっている」

「は? どういうことですかな……私は……」

 

 悪い冗談だとばかりに、冷笑混じりの言葉を吐こうとして彼は止めた。

 レストラードの後方に、様子を見守る黒衣に白ローブの人物に気づいたからだ。


「……シュタウヘン卿? 何故、卿がここに」

「僕は、実質付き添いのようなもので……弟子の答え合わせの」

「弟子?」

  

 もう一人、白ローブの後ろに隠れるように立っている、小柄な人物がいた。

 褐色のローブを羽織った、見覚えのある、まだ十代半ばくらいに見える少女。


「コリガン講師、あなたの企みはお終いです」

「ミス・レイアリング? 君までなにを言って……」

「すべて、明らかになりました」

「は、一体なにが……馬鹿なことを……っ」


 ありえないことであった。

 過ちや汚点などというものは、ジェフリー・コリガンという男の人生において無縁のものであるはずなのだから。そのはずだった――。



 ◇◇◇◇◇



 昨日の午後、首都警察(ヤード)から学校へとつかまえた辻馬車を大急ぎで走らせて、クラブハウスへと駆けつけた時――まさにソフィアが恐れていた事態が起きる寸前だった。


『っ! 短剣から手を離して!』


 とっさに叫んで、なんとか事なきを得た。

 テッドのスケッチで見た魔術道具の短剣をコンラートが回収し、本当に危機一髪で最悪の事態を回避できたことに、へなへなとソフィアは体の力が抜けてしまった。


『ま、間に合った〜〜っ』


 だが、コリガン講師の罪を暴くのはこれからだった。

 まだ仕事は終わっていないと、コンラートに優しく叱咤されて立ち上がり、また大急ぎで学校を去った。短剣さえ回収してしまえば危険はない。

 待たせていた辻馬車に乗り込み、コンラートが馭者に「馬は大丈夫かね?」と尋ねる。


『こいつは丈夫なんですよ、旦那』

『よし、では帰りも一ギニー払うからもう一走り頼むよ。せめて替えの馬車が見つかる場所まで』

『任せてください! 今日はなんてツイてるんだ!』


 馭者は大喜びで馬車を走らせてくれた。

 一ポンドより少し多くなる一ギニー金貨を、行きと帰りで一枚ずつ支払っているのだから張り切りもする。相場の十倍近い金額だ。


『払い過ぎではないですか?』

『人命には変えられない。それに少しでも鑑定する時間を稼ぐに越したことはないよ。フィフィの懸念通りとは……コリガン講師はなんて執念深い男だ』


 乗り込んだ馬車の中で、膝の上に置いた短剣を見下ろしてコンラートは言った。

 

『しかし、よく彼の企みに気がついたね。まさか定着の魔術を感染症を引き起こすために使うなんて』

『自信はないです。鑑定もしてみないと……でも色々考えて毒より可能性は高いと思います。羊の血を吸わせた土があれば、簡単に刃物を汚染できるでしょうから』



 ◇◇◇◇◇


 

 鑑定の結果を得て、いまソフィアは駅で対峙するコリガン講師に告げる。


「貴方はこの短剣で、アシュリーを死の淵へと追いやろうとした。汚染された刃による傷が引き起こす、感染症によって」


 ソフィアは学生達から回収した細身の短剣を、コリガン講師に向けて掲げて言った。


「私が娘を? 感染症……? なにを言っている?」

「いつも検屍解剖をお願いしている、聖ナタナエル病院で調べてもらいました」

「聖ナタナエル病院は、首都でも最先端の医療研究や鑑定を行う病院だ。カレッジには細菌学の研究室もある」


 魔術犯罪だからといって、調べる手段は魔術だけとは限らない。

 変死事件が起きた時、その死因の究明を魔術の可能性も含めて調べるのが、政府嘱託検屍官としてのソフィアの仕事だ。

 今回は遺体がない。検屍官として仕事してはいないが、手法は応用できる。


「刃は磨かれているにもかかわらず、菌で汚染されていました。長時間空気に触れれば死滅するはずの菌が多く生きていた」

「手などを切れば、強力な菌が傷から入り込みとても危険だ」

「この短剣は、貴方が『魔術書探究クラブ』の学生達に貸し与えたものですね?」


 シューっと、停車している列車の蒸気機関が白い煙を吐いた。

 煤の匂いが混じる(もや)のような煙が漂う中、コリガン講師が一笑する声が聞こえた。


「おいおいおい、待ってくれ! たしかに貸し与えたが、そんな目に見えないものがついていると知りようがない。私も最近手に入れたレプリカなんだ!」


 第一、どうしてそれで娘を害することにつながると、コリガン講師はソフィアとコンラートを嘲るように言った。


「それが本当にわかりませんでした。聖魔術の内容を師匠に聞くまで」

「私はなにも企ててなんていない。まったくの言いがかりだ、馬鹿げている!」

「そうでしょうか? あなたはあなたが手を下さなくてもいい状況を注意深く作り上げていった」


 校内で優秀とは認められていない、寮の序列も低い学生を選び、特別に目をかけ、優越感と半端な魔術の知識を与えた。 


「アシュリーを学校に連れてきていたのは、娘を溺愛する父親の姿を外部に印象付けるだけではありません。学生達と引き合わせ交流させるためです」


 まだ十歳の愛らしい少女を、将来は立派な紳士たれと教育されている彼らは、大切に扱い親しくなる。

 

「こうして、自分の代わりにアシュリーを害する実行犯を用意した。けれど彼らは悪意をもってそれを実行するのではありません」


 それは遊びの延長の事故。

 あるいは不幸な偶然の重なりによって起きた悲劇。

 魔術と疑われることすらない可能性もある。


「学校で起きた仔羊を“生贄”にする儀式は、いつ起こしてもよいものだった。重要なのは、中途半端に魔術を理解した気になっている無邪気な少年たち。ちょっとしたきっかけと道具を与えれば、実際に魔術をやってみるだろう状況づくりです」


 シューシューと複数のホームで蒸気機関のスチームの音が響くホームで、移動や鉄道回りの仕事に忙しい人々は、ホームに向かい合ったままでいるコリガン講師とソフィア達のことなど気に留めていなかった。

 レストラードはコリガン講師の斜め横に控え、万一の逃亡に備えていた。

 コリガン講師の背後は、終着駅で乗客を下ろした後の清掃や、車両点検がはじまっている列車が横たわっている。 


「でたらめなのに、魔術の知識は押さえた仔羊の儀式。“生贄”によって得られた一〇〇ポンドという“ありえない富”。そう、あれは少年たちに間違った考察や神秘への好奇心を持たせるもの」


 それだけではない。万一の時は彼らが危険な“神秘への傾倒”に陥っているように見せるものとなっていた。


「仔羊の儀式は、『魔術書探究クラブ』が扱った、古い魔術の要素を土台にしています。題材となる魔術書を選び、調べる箇所の助言をしていたのは、あなたです、コリガン講師」


 専門は“呪術迷信”である魔導師であれば、容易に選び、組み立てておくことができる。仔羊の儀式を行った、厩舎の下働きは与えられた古本の魔術書の印にそって儀式を実行したに過ぎない。


「変装して厩舎の下働きの人に近づき、“神秘主義者の集まり”に勧誘したように見せかけ、富を得る方法を囁いた」


 一般の、特に教育機会が乏しい労働者階級な人にとって、魔術と怪しげな術の区別はついていると言えない。だが彼らは魔術職がお金を稼いでいることを知っている。

 コリガン講師のような頭の回る者なら、それらしいことを吹きこみ簡単に騙せたはずだ。もしかしたら、手品まがいのものも見せたかもしれない。


「こうして厩舎の下働きの人を使い、でたらめな魔術を実行。彼が作った羊の血を吸った土を詰めた革袋の護符を、金貨の袋とすり替えた。土を金貨に振りかけて、あたかも護符の土から金貨が出現したように見せかけた」


 すり替えは日中、彼らが仕事をしている時を狙ったはずだ。

 自分は講義をしていない授業時間であれば、厩舎小屋の回りに人などいない。

 下働きが寝起きする場所に忍び込み、袋をすり替えることなど簡単である。

 枕の下に置くなど、護符の保管場所も指定しておけば探す手間もない。


「あなたは回収した土で、魔術道具の短剣の刃を汚染させたんです。この短剣には鞘に魔術がかかっているのが、()えます」

「弟子の目は感知能力が高くてね」

「あなたが開発した魔術は、劣化しやすいものを定着させる魔術です」

「言いがかりだ!」


 コンラートの言葉に刺激されたように、コリガン講師が声を張り上げた。

 だが犯人が後ろめたさのために上げた声でも、動揺してでもなかった。

 彼は冷静に、誇りを傷つけられた紳士としての怒りを見せていた。


「ミス・レイアリングがそう言っているだけの話で、私が関わったとする証拠などなにもない!」

「コリガン講師……」

「シュタウヘン卿! あきれた妄想癖を持つ弟子をお持ちだが、これは私への酷い侮辱だ! 貴殿の責任も問わせてもらうぞ!」

「まあまあ、そう興奮なさらず……コリガンさん」


 コンラートに向けて憤りの言葉を吐くコリガン講師を止めたのは、一歩引いて彼らのやり取りを眺めていたレストラードだった。


「あなたもだ! 首都警察(ヤード)の刑事が、こんな世迷言を鵜呑みにして善良なる市民を、我が国に献身を示す男爵家の一員を拘束していいと思っているのか!?」

「ええ、ごもっとも。お怒りはごもっともです! 私だってね、無茶だとこの方々に申し上げましたよ。いくら協力者の大魔導師殿とその弟子のお二人だからって、なんでも言うことはきけないと……」


 まったく困ったお二人で……と、この機に乗じて個人的な愚痴にも思える言葉をぼやくレストラードに、少しばかり溜飲が下がったのか、着ている上着の襟を直すように引いてコリガン講師は興奮を収めた。


「当然だ」

「ですが、我々とて――なにもなしには動きはしないんですよ」


 濃い色のスーツの上着の胸ポケットから、折り畳んだ紙の束を取り出してレストラードは、それをコリガン講師の横面に広げて見せた。


「……なんだこれは?」

「鑑定書です。ミス・レイアリングは政府嘱託の検屍官でしてね。まあなんというか、色々と奇怪な鑑定や調査行い事件を解決している」

「は?」

「今回でいえば、金貨の袋に落ちていた真犯人と思しき毛髪から検出された魔力と、あの短剣の鞘に残っている魔力の……なんですか? 層だか波形だか、相応の類似を見せていると――」


 なっ……と、息を呑んで、コリガン講師の表情が初めて動揺を見せた。

 その目を大きく見開いて「馬鹿な……」とつぶやく。


「毛髪による鑑定、特に魔力持ちの人であれば、九割以上の確度でかなりはっきりした結果が出せるらしい。どうでしょう、疑いを晴らすためにもご提供いただけませんか」


 ついでに、あんたの書斎にあった感染症の本や、あんたの妻から娘に渡ったアルドリッジ家の資産についても詳しくお聞きしたいと、コリガン講師の肩を掴みレストラードは凄む。

 さすが首都警察(ヤード)で叩き上げの警部といった迫力だった。


「この短剣は魔術協会の鑑定にも回します。魔術の効力が消えないうちは鑑定によって、登録魔術との照合や類似も取れますよ」

「馬鹿な……ありえない……」


 前屈みに、両手で頭を抱えて呆然とつぶやくコリガン講師に、「ありえない」と言いたいのはアシュリーの方だとソフィアは彼に近づいた。


「今朝、アシュリーに話を聞きに行きました。特別な血だと言っていたそうですね。アシュリーは……父親のあなたにもっと好かれたくて、“血を一滴捧げることが必要な”魔術儀式をやろうと思ったって……っ、ゃっ!」


 ドンッ、といきなり正面から突き飛ばされて、ソフィアはホームの固い地面に後頭部から倒れそうになった。つま先が地面から離れ、傾いた体はバランスが取れない。

 

「フィフィ……ッ!」


 頭を打つ――!

 そう思ったソフィアだったが、どさりと背中の半ばから受け止められた。


「っ――……?」


 反射的にきつく閉じていた目をひらけば、地面と彼女の間に体を滑り込ませたコンラートに受け止められていた。


「師匠……?」

「大丈夫? フィフィ」


 はい――と、答えようとしたソフィアに「逃がすな!」とレストレード叫ぶ声と、駅構内に配置されていた警官がけたたましく笛を吹く音が被さる。

 ソフィアが身を起こすと、彼女を突き飛ばして出来た隙にこの場から離れ、ホームにいる人や荷物にぶつかりながら逃げるコリガン講師の小さな後ろ姿と、後を追う警官たちの姿があった。

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