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第63話 魔術書探究クラブ(17)

 夕方近い秋の陽が緩慢な眠気をさそう、クラブハウスの部屋に『魔術書探究クラブ』のメンバーが集まっていた。

 思い思いの場所に寛ぎながら話す、彼らの話題はアシュリーだった。

 窓の近くの椅子に足を組み、トニーは揺り椅子のように背もたれを傾けながらウィリアムに尋ねかける。


「それで結局、アシュリーはいつ戻ってくるんだ? ウィリアム」

「だから、わからないよ。そんなことは……」


 トニーの対角、テーブルの隅にいたウィリアムは大きく頭を振って答え、数学の課題を一問解いて、ため息を吐いた。


「本当に可哀想だよ……お母様だって二年前に亡くなったばかりなのに……」

「だから皆で元気付けるんだろ? 戻ってくる日がわからないなら誘えない」

「こ、コリガン先生が戻ってきた時に聞いたら……」


 ウィリアムの言葉に、「たしかに」と気取った声が応じた。

 窓辺のソファに、行儀悪く斜めに寄りかかって座るルイスだった。


「葬儀を終えたなら、いつまでも学校を休みはしないでしょう」

「そうだな、いつ誘うかは戻った先生に相談しよう」

 

 ルイスの冷静な意見に、トニーも賛成した。

 三人が話している間に、戸棚の前のサイドテーブルを囲って、コリンとテッドが戯れ合っていった。


「おい、テッド。お前、いつまでそれに夢中になっているんだよ」

「別にそんなわけじゃないよ」


 コリガン講師から預かった、魔術道具の短剣を弄ぶテッドを揶揄うコリンに、二人を見かねたルイスが声をかけた。


「きちんと戸棚に保管してくださいよ」

「わかってるよ」

「ねえ、コリンやルイスの言う通りだよ。先生も取り扱いに気をつけろって」

「見てるだけよ、ウィリアム。刃もすらっとして綺麗なんだ」

「さ、鞘から出したの!? 危ないよ!」


 テッドの言葉に、ウィリアムはおろおろと体ごと顔を彼に向けた。


「先生はレプリカって言ってたけど、古いものみたいだし」

「どこも切ったりなんかしないよ。それに拭いて磨いてあった……そうだ!」

 

 心配するウィリアムの言葉に構わずにいたテッドが、突然声を上げる。

 なんだ、と。

 そばにいたコリンだけでなく、離れた場所にいるルイスやトニーも彼を見た。


「いいことを思いついた! 聖魔術の儀式だよ!」

「は?」

「ほら、悪魔を操るための儀式さ、トニー!」

「それがなんです?」

「僕たちの中で一番成績いいのに、ルイスは巡りが悪いなあ。無垢なる存在に守護天使を下ろす……ねえ、アシュリーにぴったりだ」


 うっとりと目を細めたテッドに、ウィリアムがとんでもないと立ち上がった。


「あ、アシュリーを誘って、儀式をやるっていうのかい!?」

「面白そうだろ? 調べてばかりじゃつまらない」

「不謹慎だよ! それに魔術書は今回はだめだって」

「ごっこ遊びだよ。折角、本の写真も撮ったんだ。ここでやる分には誰にもわからないさ。気晴らしにもなるのじゃないかな?」

「アシュリーがそんなこと面白がりますかね?」


 眼鏡の真ん中を軽く持ち上げて、ルイスが疑問を述べるがテッドは怯まなかった。


「だって父親は魔導師で、母親のアルドリッジ家だって魔術に使う道具を開発して資産家になった家だろ? アシュリーだって絶対魔術が好きさ」

「どうかな……ちょっと面白そうだけど」

「コリンまでっ」


 お調子者らしくテッドに迎合し、「祭壇はあれかな」とテーブルを指差したコリンにウィリアムは声を上げた。


「アシュリーは内気な子だ。きっと怖がるよ」

「なんだよウィリアム。僕たちの中で一番アシュリーと仲がいいからって……遊びだろう?」

「でもっ……」


 反対しながらも、あまりにも悪気なく言うコリンとテッドに、だんだんウィリアムもわからなくなってきた。

 とっさに不謹慎だと思ったが、言われてみれば儀式ごっこなんてなんでもないことにも思える。怖がると思ったけれど、よく考えたらアシュリーはコリガン講師の娘で、生まれた時から魔術書や魔術道具に囲まれて暮らしている。

 

「大体さ、怖がるならクラブに何度も来ないって」

「それは……そうかもだけど……」


 なにがよくないと思ったのか判然とせず、ウィリアムが言い淀んだ時、ドアをノックする音がした。


「なにを騒いでいる?」


 コリガン先生――!?

 現れた教師の姿に、五人の少年たちは声を揃えて驚いた。

 

「先生、アルドリッジ家の葬儀だったのでは?」

「何故それを、ああ……ウィリアムか」


 参列者の中で挨拶を交わしたのだろう。

 ルイスの問いを訝しんですぐ、コリガン講師はウィリアムを見た。


「葬儀を終えてね。学校も気になりひとまず戻ってきた。諸君らこそ、ここを溜まり場にしてなにを騒いでいた?」

「いつも通り宿題したり雑談をしたりです、先生。ただ少し、コリンとテッドがふざけて、ウィリアムがたしなめていただけです」


 如才なくルイスがコリガン講師に答えている間に、トニーはテッドに目配せして、短剣を戸棚にそっとしまわせた。

 日頃、寮監や監督生、上級生に厳しく監督されている学生達は、こういった時、素晴らしい連携を発揮する。

 同時に焦っていたため、葬儀を終えて校務が気になり戻ってきたコリガン講師が、立ち寄る必要もないクラブハウスにいることにまで、誰も頭が回らなかった。

 他に気を取られていることもある。


「あのっ、アシュリーも戻ってきたんですか?」


 ウィリアムが尋ねると、「勿論だ」とコリガン講師は短く答えた。

 

「陰気な古い屋敷に長く滞在させる気はないね。祖母との思い出もいまはアシュリーを悲しませるだけだけだろう。明後日の授業後にまた行かねばならないが……遺言の開示でね」

「遺言……」


 立ち入ったことを聞いてしまったと、ウィリアムは戸惑い、呟く。

 契約を巡る諍いなど大商会ではよくあることだ。

 ウィリアムはその手の話の場が、いかに込み入った場か容易に想像がついた。

 アシュリーのことがまた心配になる。


「アシュリーも一緒ですか? 先生?」


 ウィリアムほど大人の世界を垣間見ていない、コリンが無邪気に質問する。

 すると、娘を溺愛し、側にいようとするはずの教師は首を振った。


「大人の話し合いの場だよ。アシュリーも関係するが、不愉快な話もするだろう場所に連れて行くのは父親として気が引ける」


 半日ほどで翌朝の内に列車で戻れるだろうから、ホテルでメイドに任せるつもりでいるとコリガン講師は話した。

 彼の言葉を聞いた少年たち五人の中で、なんとなく同じ思いがよぎる。

 何故なら明後日は第一木曜日で、『魔術書探究クラブ』の会合日である。

 儀式はともかく、アシュリーが一人ぼっちでいるのなら招いてあげたい。


「質問は以上かね? 早く寮にもどりなさい」

「はい。あの、コリガン先生――その、明後日は第一木曜日で会合日です。僕たちでアシュリーを元気付けたいと思うのですが。送り迎えはホテルからできますよね?」


 教師として当然の注意をしたコリガン講師に素直に返事をして、リーダー格のトニーが皆の顔を見ながら提案の言葉を口にした。


「君たちが?」


 コリガン講師は五人の顔を一人ずつ見て、ふむと唸ってから「本人に聞いてみるとしよう」と言った。



 ◇◇◇◇◇



 魔力検出試験は、検体を洗浄して下処理したそこに、認可申請している魔法薬を加えて、軽く振って数時間。

 反応が現れた薬液を、さらに別の機器で比色分析にかけた結果で判定を行う。

 魔力を含む検体は、固有の色調変化を見せる。

 検体はいまのところ毛髪が一番適していて、結果を得るには一本で十分だ。

 昔から言われている“魔力は髪に宿る”を、理由は不明にしても、分析面で裏付けた形ではある。

 つまり、現場に落ちていた毛髪が魔力を含むものならば、容疑者の髪との照合が可能となり、証拠の一つとなる。


「試験用に用意された検体じゃないから、疲れるぅぅぅ……!」


 分析用魔道具に検体をかけて、ソフィアはふうっと、詰めていた息を吐き出して作業机につっぷした。下処理の工程はこの作業で最後だ。

 回転が止まるまでの小休止。


「おつかれさま。フィフィ」

「まだ先は長いんです……失敗できないし」


 なにしろ色の抜けた髪は一本だけ。

 汚れも付着しているから、蒸留水と酒精で洗うのにも気を遣う。

 色の層が正しく出るかもわからないので、五つに分けて、慎重に作業していた。

 魔石の魔力で、中釜が高速回転している魔道具に向かって両手を組み、「うまくいきますようにっ」と祈るのは三回目。三段階で下処理完了なのだ。

 そんな彼女に、別の机で証拠品の本を調べていたコンラートは苦笑する。

 

「そちらはどうですか? 師匠……」

「思った通りだね。複数の本が指示書になっている。蔓草の落書きは読む順番になっていたよ。葉っぱの数が少ないものから読む」


 限られた者への秘密だから複数の本に分けてあると、もっともらしいことを言って読み方を伝えることは簡単だ。

 

「いまはなにを? それって『魔術書探究クラブ』が発行している冊子ですよね」

「前に見学した時に、一冊ずつ分けてもらったんだ」


 ソフィアは全然気が付かなかったが、またあのたっぷりした白ローブの袖の中に入れて持って帰ってきていたのだろう。

 書類や本やいろんなものが入る、大きなポケットみたいな袖なのだ。


「順番に通して読むと、内容が段々過激さを増しているね。ただ、魔術で見たらそうとわからないのが巧妙だ」


 最初はおまじないに毛が生えたようなもの。

 次に生活に身近な魔術。いわゆる村の賢者や魔女が人に施していた、迷信の医術や呪術に近いものだ。

 そして、豊穣を願い、生贄を使う精霊魔術。

 しかし次に天体魔術が選ばれているため、一見すると過激さは減っている。


「それ、あの場でわたし少し読みました。たしか、照応する物質の性質強化の魔術でした」

「豊穣を願うよりも、ずっと応用性の高い危険な術だ。実現したらだけど」


 古い時代の魔術で、術自体は迷信の類で実現しない。

 だから昔の人の戯言として、少年たちも面白く調べ、論じられるのである。


「たしかにその時はふうんってだけで、特になにも思いませんでしたね」

「フィフィ、魔導師を目指す者としてその感性はどうかな……」

「師匠とは方向性が違うんです」


 あらゆる魔術と名の付くものに食いつくコンラートとは違う。

 ソフィアの魔術は、あくまで自活と自立と、人の役に立てたらうれしいといったもの。見境も際限もなく探究するものとは違うのだ。

 

「それに、師匠だって活動は問題ないって言っていたじゃないですか」

「活動としては問題ないが……状況と合わせて内容を通しみると誘導的だ……」

「誘導的?」

「自分たちが扱っているものは“迷信”で“魔術ごっこ”と思う一方、半端に魔術の知識を与え、わかった気にもさせる……仔羊の儀式を思い出してみて」


 コンラートの促されて、ソフィアは仔羊の儀式を思い浮かべる。

 あれは、富を得る力を土に込めた護符――つまりはお守りを作り出す儀式と言ってもいい。

 円は結界、力を閉じ込め、外からの力を防ぎ、古い時代の賢者も魔女も多用する。

 生贄を捧げるのは叶えたいことへの代償だが、豊穣を願う儀式とも被る。

 木星の記号は、富の象徴、その力を得るための天体魔術に影響されたもの。

 

「うわっ、寄せ集まってるっ」

「これは果たして偶然かな?」


 偶然にするには、出来すぎている。


「クラブの活動としては、真っ当に学術的に調べているよ。だけどね、あの仔羊の事件で彼らはこれまで調べたことを、それと気づかない形で実行し成功したものとして見せられた」


 コンラートの表情は曇っていた。

 

「僕は、あの見学の際にコリガン講師が持ってきた、次の活動予定になるはずだった古書の内容を知っている……」

「聖魔術でしたっけ? たしかアブなんとかの、ええと」

「『聖魔術師アブハムの手稿』の写しだよ」

「あ、それです!」

「本当にまったく興味がなかったんだね、君」


 今度は少し、違う感じに表情を曇らせてソフィアを見たコンラートに、えへへと苦笑いして誤魔化していたら、分析用魔術具の回転が止まった。


「あ、待ってください! 次の工程です!」


 この手の分析試験は、下処理した検体の劣化防止のため、途中で止められない。

 ソフィアの言葉に、コンラートは頷いた。

 

「そうだね。慎重を要する作業を全部終えてからの方がいい」


 どこか重い口調のコンラートにソフィアは首を傾げる。


「師匠?」

「先に終わらせてから、話そう」


 コンラートに促され、ソフィアは作業を再開した。

 落ち着かせた検体の上澄みを、専用の器具で用意していた容器に慎重に移し、魔法薬を加えて、全体が均等に混ざるようにゆらして、塵避けのガラスの箱を被せる。

 あとは魔法薬の反応が完全に終わるまで、数時間待つ。今日の作業は終了だ。


「フィフィ」

「はい、師匠」


 若干の達成感を覚えながら、集中していた検体からソフィアはコンラートに視線を移した。

 そんな彼女を気遣うような表情で、彼は中断した聖魔術の儀式について話し出す。


「聖魔術の儀式はね、無垢なる存在――つまりは子供を霊媒にして守護天使の加護を得るんだよ」

「え……?」


 ソフィアはじっと、コンラートの顔を見つめた。


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