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第62話 魔術書探究クラブ(16)

 今回、ソフィアは検屍官として捜査に関わっていないため、証拠品を検体として提供してもらうのに手続きと時間を要した。

 首都警察(ヤード)の協力者、政府顧問の大魔導師コンラートに証拠品の鑑定を委託すると急いでもらったが、それでもソフィアの手元に届くのに翌週までかかることになった。職権が及ばないと、こうも面倒になるのだと痛感する。

 その間に、レストラードは金貨についてあらためて銀行に照会して調べたが、しかし、アルドリッジ家の口座もコリガン家の口座も無関係な金貨であった。

 アルドリッジ前子爵夫人の葬儀も行われた。

 検屍審問は首都で終え、遺体を領地へ移送しての葬儀となり、コリガン講師は学校に休暇届を出して、アシュリーを連れてアルドリッジ家の領地に赴いている。

 ソフィアとコンラートはこれと出来ることもなく、家で彼らの仕事を粛々と片付けていた。


「はあ、事件のこと特になにもしないまま一週間がすぎてしまいましたね……」

「仕方ないよ。コリガン講師も休みで僕たちにこれと出来ることはないからね」

「でもぅぅ」


 ぺたんと、ソフィアは工房の作業机に突っ伏した。

 もう月も変わって十月。今日は火曜日だ。


「証拠品の毛髪は今日届くのだろう?」

「はい。お昼過ぎに警官が届けてくれるそうです」

「ならそれまでに用事を終えてしまおう」

「そうですね。魔術協会に出す書類もあと少しでできます」


 頭を上げて、ソフィアは机の上で作成していた実験結果と手続き書類を見下ろした。一ヶ月ほど費やした実験も終わって、この書類を出せばようやく一息つける。

 

「見せて」

「はい」


 ソフィアに付き合い書斎ではなく工房の机で、政府から届いた質問書類への回答書を書いていたコンラートが立ち上がり、ソフィアの側に来た彼に彼女は作り終えた実験記録を手渡した。

 魔術協会から提供された試料は番号で管理され、誰のものかや、魔力持ちかどうかも不明な状態で届いている。

 しかし、ソフィアの魔法薬によってどの試料と対になっているものか、ほとんど判明していた。


「大量の試料で実験してみると、魔力持ちには特有の相が出ることもわかりました」

「それは、大きな成果だね」

「はい、わたしが一人でやっている実験では、きっとわからなかったです」

「外部との協働で、一人とはまた別の成果が得られることもあるね。精度も十分出ている実験結果だ。人が服用するものではないし、認可試験は問題なく通りそうだね」

「でも完璧ではないですよ?」


 分析結果が一致せず、対になるものがよくわからなかった試料もある。


「完璧な魔法薬なんてそうないよ。副作用や結果から外れるものが必ず出てくる。そうでないとおかしい」

「そういうものですか」

「要は得たい効能と危険性が許容範囲かどうかだ。安全性はより高い方が望ましいけれどね」


 コンラートは問題ないよと資料をソフィアに戻し、二人はもうひと頑張りしようとお互いの仕事に戻った。



 ◇◇◇◇◇ 



 首都ロンデウムはテームズ川より南、なだらかな丘を有する広い敷地を持つ有名私立学校(パブリック・スクール)では、五人の少年達が彼らの敬愛する教師とその娘を案じていた。


「コリガン先生、今日も休みらしいよ」


 次、はい次と、体育教師の号令でボールを蹴っていく列から離れ、コリンが一足先にボール蹴りを終えたトニーに話しかける。


「だから?」

「気にならないのかい? アシュリーのこと。お祖母様が亡くなったんだ、きっと気落ちしているよ」

「だからって、なにもできないだろう」

「トニーの言うとおりです、コリン」

「先生と一緒に、アルドリッジのお屋敷に行っちゃったしね」


 いつの間にか、ルイスとテッドも集まってきていた。

 一人、ウィリアムは運動が苦手なために、教師にボールの蹴り直しを指示され、苦戦している。


「あー、またウィリアムが絞られてる」

「目の敵にされているよね」


 テッドが気の毒そうに言って、コリンと同情する。

 

「今度、蹴り方教えやろうかな」

「毎回、ボール蹴りの授業でもないでしょう」

「それもそうか……」

 

 トニーとルイスが話していたら、五回ほど蹴り直しをしてようやく解放されたウィリアムが、よたよたと彼らのところに駆け寄ってきた。


「なに……集まってるの……?」


 はあはあ肩で息をするウィリアムに、「お前大丈夫かよと」背中を撫でてやりながら、トニーはコリンがコリガン講師とアシュリーを気にしていることを話した。


「ああ……昨日アルドリッジの……お屋敷で、葬儀だったみたいだよ」

「落ち着いてから話せよ」

「う、うん」

「どうして葬儀のこと知っているんですか?」

「父さんから速達が届いて。クラブやアシュリーのこと話しているから……葬儀にも出るが、僕からもくれぐれもお悔やみを伝えるようにって」

「流石、大商会」


 抜け目がないなと、トニーとルイスが半ば感心したように頷き合い、ウィリアムは困惑気味に頬を掻いた。


「で、でも……また戻ってくると思うよ。アルドリッジ工房で追悼式をするみたいだから」

「アシュリー戻ってくるのかい?」

「いつ?」


 ウィリアムの言葉に反応して、コリンとテッドも会話に加わった。


「そこまでは……追悼式は来週末みたいだけど。父さんが外泊許可をとっておけって。アシュリーの前で父さんの商売っけを見せるのは嫌だよ……」

「ああ、なんかわかるな。子供の頃から、家に招いた他の議員の前で跡取りって紹介されるの、なんだか鬱陶しいから」

「まあ、親の社交の口実にされるのは仕方ないとはいえ、気分はよくないですね」


 大商会、議員、地元の名士と家の趣きは異なっても、三者三様の子供なりの苦労や思うところはある。ウィリアムとトニーとルイスが互いに労いあっていると、横から口を尖らせてコリンが会話に割って入った。


「なんだよ、三人とも。跡取りの苦労って顔してるけど継げるんだからいいだろ」

「そうだよ。コリンと僕は次男だから、自分で働かないといけないんだぞ」

「僕、軍人はむりだよ、でも官僚も難しいし……」

「法律家になれって兄さんは言うけど、簡単に言ってくれるよな」


 自活の道を歩まないといけない、コリンとテッドがうんうん頷きあっていたら、体育教師の笛の音が高らかに鳴った。


「し、集合しないと!」

「アシュリーが戻ってくるなら、あとで元気付ける相談しようよ」


 ウィリアムがびくんと首を跳ね上げる。お調子者のコリンが皆に呼びかけ、各々頷きながら教師の指示に大慌てで従った。 



 ◇◇◇◇◇ 



 丘の上の大魔導師の家に証拠品が届けられたのは、午後もお茶の時間を過ぎた頃であった。

 午前の内に仕事を終わらせたソフィア達は、中途半端に時間を持て余すことになった。

 しかし、ここのところ忙しくもあったので、久しぶりに緩慢に過ごした昼下がりだったともいえた。ともあれ、検体が届いたからには早速作業に取り掛かりたい。

 訪ねてきた警官から荷物を受け取って、早々にソフィア達は再び工房の部屋へと舞い戻った。


「よしっ」

「張り切っているね」

「なんだかすっきりしないし、なにも出来なくてうずうずしていたんです」


 ソフィアの返答にコンラートは苦笑して、警官が届けてくれた紙包みのなかから、何冊かの黄ばみや染みのついた本を取り出した。毛髪だけでなく、捕まった男が持っていた本も調べる証拠品の中に含めていたのだ。


「僕はこちらが気になっていた。首都警察(ヤード)の部屋では、証拠品をあまり好き勝手触るのは憚られたからね」

「どれも古本ですね」

「そうだね。それも大衆向けの本ばかりだ。ほらこれなんて一シリング本だよ。古本なら六ペンスもしないだろうね。捕まえた男に魔術を唆した人物は、人を勧誘するにしてはずいぶんとケチな紳士だ」


 そういえば、捕まった男の証言通りに場末のパブの集会に踏み込んだが、男を勧誘した者らしき紳士は影も形もなく、他の者からの証言も得られなかった。

 集会を行っていた者達の中に、そんな仲間はいなかったということだ。

 おかげでますます、捕まった男が虚偽の証言をしていて、金貨は窃盗で得たものだという疑いが強まった。


「だが、事象から考えるにこの本を男に与えた者は、一〇〇ポンドを与えた者に違いない……示唆に富んでいる。ご覧、本のページの中に、小さく角にインクをつけたページがある」


 これも、ほらこれもだ――と、コンラートは本をぱらぱらと開いては該当ページを探し当てていく。ソフィアは作業机に並べられたそれを見下ろした。


「どうして?」

「特定のページを読ませるためだね。ページの中もなにかきっと……」

「行の最初の文字に、落書き? 装飾するような書き足しが」


 ところどころに、蔦で囲ったり、文字の穴を斜線で塗ったりしている箇所がある。


「いい観察だね、フィフィ。一見すると捕えられた男が、“誤った神秘”に傾倒し、本から勝手に学んで儀式を組み立てたように見えてそうではない。でたらめだけど、形はきちんとしていた」


 たしかにでたらめだけどきちんとしていた。魔術の基本的な知識を押さえている。


「引っかかっていたんだ。本を持っているからといって、正しく知識を扱えるとは限らない。魔術は高等教育だ、中等教育以上の教養がなければ難しい。僕たちだってそれなり学んだから、あの儀式を読み解けた」

「そうですね」

「ちょっと酒場で言葉を交わしただけの紳士に教えてもらって、古本の知識であの儀式を組み立てたなら、厩舎の下働きは稀代の天才だよ?」

「あ……」


 ソフィアも気がついた。コンラートの言う通りだ。

 だんだん見えてきたと、コンラートは呟いた。


「非常に高度な知能と知識を持っている者の仕業だ。教わったとはこのことだ。この本はいわばバラバラの指示書で、教えられた通り実行すれば、あの儀式が出来上がる」

「師匠、そちらはお任せします」

「そうだね、フィフィはフィフィが出来ることを」

「はい」


 ソフィアは検体の毛髪の取り出し、分析のための下処理にとりかかった。

 一本だけ色の抜けた髪……金髪にも似た、コリガン講師の髪色は、麻糸を束ねたような金髪に近い髪だ。

 レディントン教授から預かった資料には、コリガン講師が魔力持ちの魔導師であると書かれている。もしも、この毛髪の主が魔力持ちであったなら、魔術協会の認可を受けようとしているソフィアの魔法薬は反応を示すはずだ。 


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