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第61話 魔術書探究クラブ(15)

「検屍官はともかく、いくら協力者でも大魔導師殿は民間人です。そりゃ政府顧問ではあるが、捜査においては……要請もなしに、しゃしゃり出られちゃ困る」


 レストラードが文句を言いながらも、首都警察の庁舎の廊下を案内してくれるのは、羊殺害事件の捜査が彼の手に渡ったからに他ならない。

 一〇〇ポンドもの大金が絡んだこと、現場が貴族の子弟も在学している名門私立学校であること、そのためこの事件は重犯罪扱いとなった。

 当初はサルデン刑事が捜査を引続き指揮していたが、成果も手がかりも得られず、やはり巡査部長が捜査指揮では心許ないと、一段序列の高い警部に任せようとなったらしい。しかし普通ならサルデン刑事の上司が引き継ぐことになる。


「大魔導師殿が訪ねてくるからですよ。魔術の絡む“怪奇事件”って、こっちに。私はこれでも忙しいんです。仕事を増やされちゃたまったもんじゃない……」


 いつになく愚痴っぽいレストラードだったが、ひとしきり言いたいことを言えば気が済んだらしい。はーっと嘆息して、口調を刑事のそれへと切り替えた。


「任された以上は、やりますがね。責任とって協力をお願いしますよ」

「なんだか申し訳ないね、警部」

「今回はご遺体がないので検屍官も部外者ですが、大魔導師殿の助手ということなら……どうぞ、押収した物は部下に持って来させてあります」


 キィと、小部屋の扉を開けてレストラードは、ソフィアとコンラートを中へと促した。殺風景な部屋に大机が置いてあり、押収された証拠品が並んでいる。


「なにからなにまで頭が上がらないよ、警部」

「そう思うのなら、お土産持参でしょうな」 


 ずる賢いイタチを思わせる黒い目を細めて、レストラードは言った。

 この事件の捜査情報をレストラードから、つい先日聞いたばかりである。ソフィア達が調べているのを知っているからこその言葉であった。

 コンラートは「お土産になるかはわからないが」と、彼の白ローブのたっぷりした袖を撫でて、扉を閉めるレストラードを振り返る。


「容疑者候補の書類なら持ってきた」

「なんですと!?」

「まだ候補ですよ、警部」


 ソフィアが念を押せば、わかっていますよとレストラードは急に機嫌良く口元を釣り上げた。

 

「わたしは中身がお金に変わったという、護符の革袋が気になります」


 仔羊の血が染み込んだ土を、犯人は富をもたらす護符として持っていた。

 見たところ大机の上には見当たらない。


「金貨百枚ですからね、別に保管してある。こればかりは置きっぱなしにするわけにはいかない。いまとりに行かせてる」


 レストラードの言葉が終わらない内に、閉めた扉がノックされ制服の警官が箱を持ってきた。レストラードはそれを受け取ると、大机の上に乗せて、ダークスーツのポケットから取り出した鍵を箱の鍵穴に差し込む。


「どうぞ」


 汚れた指の跡のついた、薄茶色の革袋を取り出して机に置く。

 じゃりと中の金貨が重たげに崩れる音がした。



 ◇◇◇◇◇ 



「――つまり、大魔導師殿と検屍官はアルドリッジ子爵家から嫁いだこの男の妻の遺産が発端であると?」


 指先でコンラートが渡したコリガン講師の書類をレストラードは軽く弾き、ふむうと唸った。押収された証拠品を一つずつ見ながら、これまでのソフィア達の周りで起きた出来事の経緯を一通り聞いてのことだった。


「書類を見るに貴族出な立派な経歴の人じゃないですか。それに魔力持ちって珍しいんでしょ?」

「魔導師はとくにね。理論研究が多いから、それもあって評価が高いようだ」

「さっぱり要領を得ませんな」

「どうしてですか、警部」

「そりゃそうでしょう、検屍官。娘が怪我したり襲われたりしているならわかるが、そんなことはないんでしょう?」

「……まあ」

「魔術講師というだけで、この男と例の羊の儀式を結びつける根拠がない。まだその『魔術書探求クラブ』とやらの学生共の悪戯って言われる方が納得しますよ」


 そうかなあと思いつつも、客観的な人の意見としてはその見方が多いのかもしれない。ソフィアは持ってきた血液に反応する試薬を証拠品にふりかけながら考える。


「カーテンを閉めてくれ」


 小部屋の隅に控えている警官にレストラードが命じて、部屋が薄暗くなる。

 ほんのり燐光が浮かぶような反応が起きた、証拠品が一つだけあった。

 金貨の入った革袋であった。そこに小さな光が瞬いている。


「土のようだね」


 コンラートが革手袋をはめた指で、袋の底を撫でて言った。


「えっ、まさか例の生贄の……!?」

「そうだろうね。フィフィは触っちゃいけないよ。汚れる」

「師匠もです、血を吸わせた土ですよ」

「手袋をしているから平気だよ」


 二人の会話を聞きながら、レストラードがあからさまに吐き気を催したように顔を顰める。


「……大体、なんです。そういうのも魔術なんですか?」

「違いますよ!」

「正確には、遥か昔はそうだったが、いまは“誤った神秘”だとわかっている」

「どちらにせよ、気味が悪いものですよ。だが、本当に金貨がざくざく手に入るなら……いいや、やっぱり気味が悪い」


 良くも悪くもレストラードは常識的な人だ。

 嫌なものだと、首を左右に振っている。


「で、実際のところ、本当に金貨は出て来ないんですね?」


 念のため確認するといった調子で、レストラードはコンラートに尋ねた。


「ええ、出ません」

「金貨百枚なんて質量もあるもの、魔石を用いたって無理ですよっ」

「そんなことなら、大半の魔術職が富豪になって仕事を辞めるだろうしね」

「それもそうですな」


 若干むきになって答えるソフィアと違い、淡々と応じるコンラートの言葉にレストラードも納得した。


「我々だって取り締まらなきゃならなくなる。貨幣は勝手に作っちゃいかん。贋金にならない分さらにタチが悪いぞ」

「だから、出ませんって!」

「フィフィ、警部はわかっているよ」


 コンラートにたしなめられて、むーっとソフィアはむくれて黙った。


「検屍官がむきになって説明するのが面白くて、つい」

「ちっとも面白くないです……」

「なら面白い話をしよう。この革袋は数ペンスから一シリングといった安手のものだね。おそらく同じ袋を二つ用意している」

「二つ?」

「儀式で得た土を入れる護符用の袋と、金貨用の袋だよ」


 そっと大机に革袋を置いたコンラートの手元に顔を寄せるソフィアに、彼は見てごらんと袋の口と紐を緩ませた。


「袋の口のあたりはあまり光っていない。だが袋の外側の底と、中の金貨に混ざってうっすら光が見える。仔羊の血を吸った土が付いているからだ」

「……ということは、あらかじめ金貨が入った袋と護符の袋をすり替えて、袋の中に護符の土を少量摘んで、中の金貨にかけた」

「何故、そんなことを?」


 警官にカーテンを開けさせて、明るくなった部屋で疑問を呈したレストラードに、コンラートは答えた。


「あたかも護符の土から、金貨が現れたように見せるためだろうね」

「土から?」

「でたらめにしても、おそらく護符は本来富を引きつけるものとして作用するものだけどね。土から出てきた方が半端に齧った人にはそれらしく見える。“富は土から出るもの”と魔術書にあるわけだから」


 なるほど――と、ソフィアとレストラードは声を合わせて、感心した。

 

「で、そう見せてなにがどうなるんです?」

「それが、わからない」

「はあ?」


 コンラートが両手の平を見せて肩をすくめ、レストラードが呆れ声を出す。

 ソフィアもそこがさっぱりわからない。


「警部はどう思いますか?」

「魔術のことなんて、これっぽちも知らんこちらに聞かれても……」

「わたしや師匠より核心を突くかもですよ? 警部には先入観がありませんから」

「そんなものかね」


 書類を持ったまま腕組みして、ふむっとレストラードは黙考した。


「私にもさっぱりだ」

「……そうですか」

「大体、そのでたらめな古い魔術儀式とやらが成功して見えるのと、このコリガンとかいう男やアルドリッジ家の遺産となにも繋がりもしない」

「ですよね……」


 はあっ、とソフィアはため息をついて、金貨の入った袋を見た。


「袋の中になにが入っているか、見てもいいですか?」

「構いませんよ。金貨なら一度出して調べてる。土もだが、埃や髪の毛なんかも混ざってましたよ。一応、よけて紙に包んであります」

「え、本当ですか!」


 ぱっと顔を明るくしたソフィアに、「そら、きた」とレストラードは呟いた。


「なんですか」

「お得意の分析とやらでしょう。検屍官のやり方は心得てます。だからサルデンの奴にも注意しておきましたよ。なにが証拠になるかわからん、藁クズだろが埃だろうが捨てるなってね」


 お貴族様の子息が通う学校での事件だから、慎重にとレストラードは忠告したらしい。

 結局、彼が事件を引き継ぐことにはなったけれど。


「ゴミみたいなものや砂粒みたいに小さなものから、何度か手がかりを掴んでますからな」

「警部っ、大好き! どれですか?」

「なっ、若い娘が……慎みのないっ……」

 

 書類を持つ手の袖を掴んでせがんだソフィアに迷惑げにぼやきつつ、レストラードは大机に近づいた。

 コンラートとソフィアの間に立って、大机の中央付近に置かれている薄紙の包みを指し示す。


「髪の毛はこれです。ですがおそらく逮捕した男のものですよ。一本色の抜けたのもあるが、取り調べの時にいくらか混じっているのを見た」

「一本だけ違う色……?」

「劣悪な環境の下働きだ、老人じゃなくてもおかしくはない」


 ソフィアは示された薄紙の包みをそっと開いた。たしかに色の異なる髪の毛が一本混ざっている。赤茶けた髪の毛の中で色の抜けた髪だ。金髪に似た色にも見える。


「これ……検体として調べていいですか?」

「構いませんよ。こんなもの調べられるのは検屍官くらいです。それに協力者のお弟子さんですからな」

「警部、大好き!」

「止しなさい。若い娘に言われてもむずがゆい……っ」

「フィフィ、お行儀よくね」


 コンラートにたしなめられる。

 はあっと疲れたようなため息を吐いたレストラードに、なんだか失礼とソフィアは頬を膨らませた。

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