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第57話 魔術書探究クラブ(11)

 ソフィア達が丘の上の家に戻れば、門の前で円筒形の帽子を被り、ボタンが並ぶ制服を着た少年が迷ったようにうろうろしていた。


「おや、君は」

「あ、よかった! コンラート・シュタウヘン様ですか?」


 見た目からして、言付かったメッセージを届けにきた、ホテルのページボーイであった。コンラートは彼が差し出した封筒を受け取って、ソフィアに見せる。


「アシュリーからだよ」

「え」

「名刺にお誘いの文句も書いておいたんだ。君、返事を書くから少し待っていてくれるかな」

「はい! そのつもりでお待ちしておりました」


 丘の上の大魔導師の家は、フランクリン・ホテルから近いわけではない。

 利発な少年は、届け先と距離を考えて、往復でチップを稼ごうとソフィア達の帰りを少し待つことにしたのだろう。

 コンラートは鉄の柵でできた門を押し開いて、玄関ホールで待つよう少年に言ってソフィアと書斎に入った。


「明日、木曜日、お見舞いの後に立ち寄ってもいいかってあるよ。フィフィは大丈夫?」

「大丈夫です!」

「じゃあ、歓迎の返事を書こう」


 机の引き出しから、上質な紙のカードを取り出し、コンラートはさらさらとペンの先を滑らせると封をし、ページボーイの待つ玄関へと向かった。

 ソフィアもなんとなく後をついていく。


「これをお願いできるかい? 返事はお嬢さん本人に渡してほしい」

「かしこまりました」


 白ローブのポケットから一シリング銀貨を出して渡すと、少年は手の中に収まった硬貨(コイン)を見て目を丸くした。


「頼んだよ」

「やった。お任せください、旦那様! 失礼します!」


 喜色満面で少年は俊敏な動きで踵を返し、大急ぎでホテルへと戻っていった。


「居間を片付けないとですね」


 ソフィアとコンラートが読んだり書いたりしたものが、テーブルの隅っこやサイドテーブルに無造作に置きっぱなしになっている。


「お客様、初めてかも」

「警部も来たよ」

「あれは捜査会議です」

「だとしたら、そうだね。勝手にやって来る人はいるけれどね」

「エドワード殿下はお客様に入らないです!」

「フィフィは殿下に厳しいね」


 苦笑いするコンラートに、だってとソフィアは呟く。

 いつだって前触れなしに、政府の馬車で大威張りやってくる人なんて知らない。


「あっ、そうだ。午前中にやった実験の結果を見に行かないと」


 ソフィアはいま取り組んでいる魔法薬実験のことを思い出して手を打った。下処理した検体を魔法薬に漬けて、結果が現れるのに数時間かかる。

 夏の休暇が明けて少ししてから、ずっと繰り返し行っている実験だった。

 とにかく、たくさんの検体で試験をする必要がある。


「もうかなり進んだよね?」

「はい、順調にいけば今週には終わると思います」

「すごいな。魔術協会から提供された検体は一〇〇セット以上あっただろう?」


 二人して工房へ足を向けながら、実験の進捗について話す。

 新しい魔法薬の実験で、この薬もまたいつものようにソフィアにとっては“安価に作れる変身薬の失敗作”だった。

 いつもなら適当に薬品棚にひと瓶保存するだけで終わるのだが、これは先にエドワードに目をつけられた血液検知薬よりも有用だと、コンラートが魔術協会に新薬の申請を出した。申請した薬が魔法薬として認可できるものとして、効能が安定して出せるかの試験がある。

 人に使うものならさらに厳しい安全性の試験もあるのだけれど、人に使うものではないのでそこまでは求められない。そんなわけで、いまのソフィアにとって師から与えられた課題のようになっていた。


「繰り返しやっているから、どんどん早く作って、たくさん試験できるようになってきました。本当に役に立つんですか?」

「個人の魔力が識別できる薬だよ。役立つに決まってる。それも髪の毛一本あれば検出できるんだから」

「うーん、でもいまのところ、皮膚や爪とかはいまひとつですよ。元が髪色に作用させようとしたものだからだろうけど」

「エドワード殿下が危惧しているだろう。魔術を悪用した犯罪」

「植民地を介して、国際的な規模になる可能性も……って話ですよね」

「もし現場に髪の毛一本残っていれば、少なくとも国内の登録魔術師との照合ができる。それだけでも大きい。精度が高ければ証拠能力も高いのだから」


 証拠能力を問われると、ソフィアとしては不安がある。

 髪は魔力を貯めやすい。何故かはまだわかっていないことが多いが、とにかく伝承の上でなく、実際そうなのだ。

 いまのところ魔力持ちの人の髪についてはほぼ間違いない精度で検出できそうだが、魔力持ちではなく魔石の魔力を使う人は若干精度が劣る。

 使用頻度で蓄積されるのと元の魔石の魔力の影響で、個体固有の魔力として残りづらいのだと思う。

 それでも一ヶ月以内に採取した検体であれば、八割くらいは大丈夫そうだけれど、二割も怪しいなら証拠と使って欲しくない。


「魔力持ちの人以外は、証拠に使うのはいまひとつかなあって思います」

「そこは要改良だね」

「そんなつもりで作った薬じゃないのに……」

「それでもすごい薬には変わりないんだし、そろそろフィフィも実績を作っていく時期だよ。少しずつね」

「はい」


 工房へ到着して、工房管理者であるコンラートに鍵を開けてもらう。

 魔術協会の規定で、工房の鍵は工房管理者でないと持てない。


「じゃあ、僕は夕食の仕度にかかるよ。フィフィ、終わったら声をかけて」

「はい。そんなに時間はかからないと思います」


 よしっとソフィアは気分を切り替えて、実験の結果を見て、記録を取る作業に掛かった。



 ◇◇◇◇◇



「お、お招きありがとございます。シュタウヘンさま。ソフィアさまもまたお会いできてうれしいです」


 アルドリッジ家の馬車でやってきたアシュリーは、門まで出迎えたコンラートとソフィアに緊張の面持ちで挨拶した。学校で見た時よりもずっと綺麗な淑女の礼だった。

 三つ編みに亜麻色の髪を編んで、カシスのような色の帽子とワンピースドレスで装った小さな淑女は、天使の様な愛らしさである。


「いらっしゃい。ソフィアでいいですよアシュリー」

「僕も、コンラートで構わないよ。貴族でもないしね」

「で、でも……おふたりとも大人のかたです」


 大人! 

 思わずアシュリーの言葉にソフィアは、彼女を迎えるためにコンラートに綺麗に整えてもらった頭をぴくんと揺らす。

 いくらソフィアが十四、十五歳に見られがちといっても、十歳の少女から見たら立派に大人びて見えるだろう。実年齢は十八歳なのだから尚更だ。

 ソフィアが親しくしている人といったら、誰も彼もソフィアより年上である。『魔術書探究クラブ』のメンバーの生徒たちも、年上として扱ってくれるけれど、大して年の差はないのでどこか気安さがある。

 アシュリーのように、大人として敬ってもらうなんて初めてだった。

 

「フィフィ。顔がにやけている」

「そ、そんなことないです」


 両頬に手を当ててもごもごとソフィアは呟き、アシュリーを家の中へと迎える。

 外出につきそうメイドは、アルドリッジ家の送り迎えがあるからと先にホテルへ帰したそうだ。丘の上まで彼女を連れてきた、アルドリッジ家の御者も心得ている様子で、「それではお時間に迎えに参ります」と門から離れていった。


「おばあさまや、おじさまにはお話ししています。大魔導師さまのお家に招かれるなんて“光栄”だって言っていました。アルドリッジは“魔術とえんがふかい”からって」


 これ、お土産ですと、アシュリーは腕に抱えていた綺麗な紙包みを差し出した。

 アルドリッジ家のシェフが作った、パウンドケーキだった。


「ありがとう。お茶と一緒にいただこう」

「楽しみです。どうぞこちらに座って、アシュリー」


 ソフィアはアシュリーを居間のソファへ誘導する。

 お茶の準備はもうできていて、ローテーブルの上はいつもより少し華やかだった。

 磨いた銀食器や、金彩が施されたカップは普段から、特にエドワードがやってきた時にも使うものだけれど、加えて琥珀色のリボン飾りがあしらわれている。

 楽しいお茶会の始まり。

 そう言いたいけれど、実のところ少し違っていた。

 アシュリーはどこかそわそわと膝の上で左右の手の指を交差させていたが、やがて意を決したように顔を上げてソフィアとコンラートを見た。


「あのっ、どうしてわたくしをお招きくださったのですか」

「どうしてそんなことを聞くのかな?」


 コンラートが柔らかく尋ねたのは意地悪で言ったのではなかった。名刺にコンラートが書いたお誘いの言葉は『ソフィアが貴女の話を、お茶と共に聞きたいと言っています』と書いたのだ。

 それに対するアシュリーの返答はこうだった『ソフィアさまとひみつのお喋りがしたいです』、父親のコリガン講師の顔色をうかがうばかりの内気な少女だと思ったが、まだ十歳でも聡明な少女であった。

 首都で新しく知り合り親しくなった年上の女性と気の置けないお茶会をしたい、可愛らしい返事に見えて、大魔導師の弟子であるソフィアに相談をしたいと少女は持ちかけてきたのである。

 けして少し仲良くなったからだけではない。ソフィアとそのそばにいるコンラートのことを意識してのことだった。


「……えっと、ごめんなさい。わたしがソフィアさ……ソフィアにお話しを聞いてほしいと思って。大魔導師さまのお弟子さんで、おばあさまたちともお父さまとも、周りの大人の人達ともちがうから……」


 ぽつりぽつりと、しかし、一生懸命ソフィア達に失礼に思われないように話そうとしているのが見てとれた。


「大丈夫ですよ、アシュリー。わたしも少し気に掛かっていたのでうれしいです。なにか心配事がありそうな様子に見えました。お父様のコリガン講師となにか?」


 ソフィアが尋ねれば、ふるふるとアシュリーは首を横に振った。


「なにも、ないです。お父さまは、優しいです……でも」

「でも?」


 ソフィアが聞き返し、アシュリーは黙った。

 しばらく沈黙が続いて、ぼそりと「でも……」と小さく低い声の呟きが漏れて、そのままひとりごちるようにアシュリーは言葉を続けた。

 

「お母さまが言っていたの……お母さまの“愛してる”と、お父さまの“愛してる”は違うものかもしれないから……って」


 そのまま俯いてしまった少女に、「アシュリー」とソフィアは気遣うように声をかけずにはいられなかった。

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