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第54話 魔術書探究クラブ(8)

 羊殺害事件から三日が過ぎた。

 事件の日は、結局レディントン教授が各種対応で慌ただしくなり、日を改めてとなった。

 その改めた日として、火曜日に再びソフィアはコンラートと共に学校に訪れていた。

 レディントン教授の部屋に招かれ、ソファでお茶の歓待を受ける。

 

「まだ大変なのでは?」

「いやいや、ソフィア達のおかげで早々に対処することができた。少なくとも教員や生徒の中に犯人がいなかったことは大きい」

「犯人は下働きの者だったそうですね」

「ああ、厩舎で雇っていた者の一人だ」


 どのように納得をさせたのか、レディントン教授はソフィア達が出した犯人の推測に従って、サルデン刑事指揮する警官達の捜査が行われ、事件発生から一昼夜ただずして犯人は捕まった。


「あの刑事さんが、よく聞き入れてくれましたね」

「なに、昔からそういったことは得意でね」


 組織政治に強いんだと、こそっと並んでソファに座るコンラートがソフィアに耳打ちする。


「なにかね、シュタウヘン卿?」


 にこにこと人の良さそうな顔で、レディントン教授が牽制めいた調子でコンラートの名を呼ぶ。


「魔術学校を退官してもご健在のようでなによりだと」

「なに、あちこちにちょっとした貸しがあるまでさ。長く生きているとね」


 師匠の恩師が怖いと、ソフィアは黙っていることにした。

 コンラート自身はあまり政治や社交に重きをおいていないが、第三王子殿下と懇意で、政府顧問というだけで、もう色々と力関係で上位に立っていることが多い。

 

「学園の評判低下や信用失墜は最小限に食い止めたがね、事件の影響を考えると頭が痛い。生徒が落ち着くにはまだ時間もかかる」

「お察しします」

「新設の学科に問題を転嫁する動きもあってね。中等教育への魔術科導入は魔術協会も絡んでいる。儂としては適当に放っておけと言いたいが……」


 立場が絡んでそうもいかないということだろう。

 魔術協会は、国と連携し、魔術職資格の登録、魔術におけるあらゆる規制や権利を管理し支援も行う独立機関。

 そういえば、コリガン講師もとソフィアは思い出した。

 ホテルで書斎に招かれた際、この学校の講師を受けて、魔術協会経由で助成があると言っていた。


「あの、もしかして問題になっているのは『魔術書探究クラブ』ですか?」

「どうしてかね、ソフィア」

「活動報告の冊子を配布していました。もしかして犯人がそれを持っていて問題になっているのではないのかなと」


 下働きの起こした不祥事など、その者が勝手にやったと解雇すればいい話だ。

 今後の人材登用への対策は問われるだろうが、校内でそれほど大ごとにはならないだろう。授業は学生しか聴講できないから、無視できないものがあるとしたら思いつくものは冊子だった。


「他にも、粗雑な魔術書や迷信を集めたような本も持ってはいたがね」

「『魔術書探究クラブ』の活動は、専門の魔導師が顧問なだけあって真っ当なものだ。古い魔術書を読み解き、その意味を解説し、いかに迷信めいたものか、“誤った神秘”の指摘をする。向けられる好奇の目を煽るものではない」


 レディントン教授の言葉を聞いて、コンラートが実際に『魔術書探究クラブ』を見学しての所感を伝えた。

 朝食の席では辛辣な評価をしていたが、内容自体は認めていたようだ。

 ソフィアも彼の言葉に同調するように頷いた。

 見せてもらった冊子や説明を受けた活動内容はコンラートの言う通りだ。

 

「二人ともが同じ見解であるのなら、やはりそうなのだろうな。頼んでおいていうのもだが、儂もあの学生クラブの活動自体は問題ないと考えていた。それはともかく、少々おかしなことになっていてな……」

「おかしなこと?」

「例の儀式を実行した犯人、実際に金を手にしておるのだよ。それも一〇〇ポンドもの大金を」

「――え?」


 儀式はコンラートが考えた通り、祈祷に類するものであった。

 より正確には、あの土の祭壇に生贄に捧げた仔羊の血を吸わせ、それを採取した護符作成のためのもの。護符は持ち主に金をもたらすもので、その護符がいつの間にか金貨百枚が入った革袋に変わっていたらしい。


「ありえない!」


 こと“誤った神秘”に対しては否定的なコンラートが声を張り上げる。


「もちろん、ありえんさ。だが出所がまったく不明で、すっかり噂になってしまっている。それで怪しげな術の知識に学生を触れさせるのはけしからん、そもそもあの冊子が犯人に影響を与えのじゃないのかねと……学内古参のお歴々がね」

「馬鹿馬鹿しい!」

「クラブメンバーの生徒達が全員、西庭寮(ウエスト・コート)だったことも突かれている」


 結局のところ学内派閥の勢力争いに利用されてしまったということだ。魔術科導入に魔術協会が助力しているので、少々事が厄介になっているのである。


「無関係でしょう」

「仰る通りだがね。そこでだ、課外授業の講師ではあるが、君は他の学校の講師もやっておるし、業界内でも非常に中立性が高い評判がある。第三者として魔術科の監査に入って報告書を出してもらえんかね、シュタウヘン卿」


 コンラートは至極嫌そうな顔をした。「絶対関わりたくない」と心中の声が聞こえるような表情だった。

 しかし、彼は不意に目を伏せて腕組みし、しばらく黙考した後、大きなため息付きではあったが意外にも承諾の返事をした。


「引き受けましょう」



 ◇◇◇◇◇ 



「警察としては、学校の評判を落とすために同業者による工作の線で追ってますよ。犯人は雇われて、あんな馬鹿げた儀式をやったと」


 首都警察(ヤード)のある庁舎近く、ホワイトクロスという名の古くからあるパブのテーブル席。

 エールのグラスと、ハムとチーズを挟んだ薄切りパンの皿を置いて、レストラードがソフィア達に胡乱な目を向ける。


「やっぱり、検屍官殿が絡んでましたか」

「絡んでいるというか、巻き込まれただけというか」

「ああ、いつものお出掛け先で事件遭遇ですか。今回はご遺体じゃないだけましでは?」

「ひどい……」


 うぅっと唸りながら、ソフィアはレモンソーダの入ったグラスに口をつける。

 そんな彼女に、「事実でしょう」とレストラードは追い打ちをかけた。


「急に呼び出して悪かったね、警部」

「昼食を食べ損ねたんでね、書類仕事を一段落つけて抜けようかと思ってたところです。それはそうと、大魔導師殿が庁舎に来ると何事かと心臓に悪いのですが?」

「それは、失敬」


 コンラートはソーダで割ったスコッチのグラスを持ち上げる。

 これまでソフィアを連れて、外ではあまりお酒は嗜まないので新鮮だった。

 なんとなくじっと見つめていたら、ソフィアの視線に気がついたコンラートが彼女に顔を傾ける。


「飲んでみたい?」


 想定外の言葉にびっくりしてふるふると首を横に振ると、可笑しそうに目を細めてコンラートは自分の口元へグラスを運んだ。

 そんなソフィア達の様子を呆れたように眺め、レストラードがエールを飲む。


「いつもながら、どうかと思う仲睦まじさで……」

「成長に寂しさも覚えるけれど、まだ可愛らしい弟子だよ」

「そういや、検屍官殿も成年になってましたな」


 レストラードとの付き合いも一年以上が経つ。父親が成長した娘を見るような眼差しで感慨深げに言われた。四十代なので実際似たようなものだろう。


「お酒は、また今度でいいです。それより事件の話です」

「そう言われても担当でも、部下でもないんでね……たいしたことは。大魔導師殿からの伝言で、一応ざっと資料は見てはきましたが……」


 “怪奇専門”が興味を持ったなんて言われたとぼやきつつ、レストラードは濃灰色のスーツのポケットから手帳を取り出した。


「まあ一言でいえば、魔術かぶれ。怪しげな集まりに参加してたらしい。場末のパブで蝋燭灯して妙な集会やってるような」

「神秘主義の集まり?」

「まあその類でしょう。厩舎の住み込み部屋には魔術の本が何冊かあった。概ね安手の古本で、魔術や迷信めいた内容だったので傾倒してたんでしょうな」


 小綺麗な冊子が混ざっているのが不審で調べたところ、学校の生徒が発行しているものだった。『魔術書探究クラブ』の発行冊子だろう。

 レストラードは学内のどこかで掠め取ったのだろうと言った。


「例の儀式は、集まりで知り合った男に教えてもらったと。最初はパブの客で声をかけられ集まりに誘われた。勧誘ですな。持っていた本もその男から渡された」


 とはいえ親しくなったわけではなく、数回参加した集まりで、二、三度言葉を交わした程度。名前も知らないとのことだった。顔については人相を尋ねてもはっきり言えなかったらしい。


「顔がわからない?」

「最初に声をかけられた時は帽子を目深に被っていて、顔半分を覆う髭しか印象に残っていないと。集会で話した時は髭を剃ったこざっぱりした紳士風で、マントのフードを被り、店内は蝋燭の灯りだけ。声を聞くまでわからなかったくらいだと」

「ずいぶんと怪しい話だね、警部」

「まったくです。いかにも工作員めいてるが、あまり現実感がない」


 手帳を閉じて、レストラードはパンに手をつける。

 あっという間に平らげて、残っていたエールも飲み干した。


「男がただどこかで盗みを働き、それを誤魔化すのにこんな妙なことしでかしたのではという声もある。私もそちらの方がまだすっきりしますな。物証もあって窃盗で片付けられる」


 近く犯人の言う集会に踏み込み、成果が得られなければそういった結論になるだろうとレストラードは言った。

 乱暴な捜査だなとソフィアは思うが、物証で動けばそうなりそうだ。


「仮に盗んだとして、どこでどうしてでしょうね?」

「犯人に聞けばわかるのでは? 本人は頑なに魔術で得た正当な金と主張している」

「正当なんですか? それ?」

「本業魔術師の、検屍官が聞きますかね」

「見習い魔導師ですっ」

「そこの区別がいまひとつよくわからん……」


 魔導師は研究者として、魔術師は技術者として、人や社会に魔術を提供すると何度も説明しているのに、ちっともわかってくれない。

 

「それに、魔術かぶれっていうのも語弊があるので止してください」

「たしかに検屍官や大魔導師殿とは、別物な感じですな。もっと学問的というか」

「そうですよ。きちんと体系化されたものなんです」

「フィフィ。教えていただき助かりました、警部」

「お二人じゃなきゃ教えませんよ。くれぐれも内密に」 


 ではお先にと、テーブルに自分の分の代金を置いてレストラードは立ち上がった。


「あ、わたし達で払いますよ」

「馬鹿言っちゃいけない。私は刑事です。情報屋じゃない」

「ありがとうございます、警部」


 お礼を言ったコンラートに後ろ手に手を振って、レストラードは仕事場へと戻っていった。


「どう思う? フィフィ」

「うーん、ちょっと混乱しています。色々ごちゃ混ぜになっていて……」

「同感だ」

「そもそもどうしてこんなことに? すっきりしないぃぃ」

「成り行きの部分が大きいね。家に帰って、少し休んでから整理しよう。監査もあることだし、手伝ってくれるかい」

「はい」


 今回、ソフィアは特に検屍要請もなく、レディントンから依頼を受けているのはコンラートである。事件に関わるにあたってはいつもと立場が反対だ。

 

「師匠の事件ですね」

「それは勘弁してほしいね。僕は門外漢だ」


 にこやかにソフィアが言えば、コンラートは弱音を吐くように肩を落とす。

 ソフィアよりずっと大人な師であるはずのコンラートが、いつになくかわいらしく思えた。

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