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第50話 魔術書探求クラブ(4)

「どうぞこちらの席へ、ミス・レイアリング」

「ヒンディア産のお茶とアーモンドのタルトはお好きですか?」

「魔術の実演迫力ありました! シュタウヘン先生には長く師事を?」


 コリガン講師が顧問を務める、『魔術書探求クラブ』の会合日。

 コンラートと共にクラブハウスの部屋を訪れたソフィアは、制服を着た少年三人に取り囲まれて困惑していた。

 

「ええと……みなさん、師匠の授業を?」


 もちろんと答えたが、講師のコンラートよりも明らかにソフィアに興味津々な様子の三人に、どうしていいかわからない。

 大人の世界では、どこでも中心は師匠のコンラートだ。

 弟子のソフィア自身が取り囲まれて、もてなされるなんて思ってもいなかった。

 

「し、師匠……」

「弟子も連れてきたからか大事だね。ただの見学に気遣いは無用だよ」


 ただの見学にしては、今日の身支度は入念だったと思う。

 コンラートはソフィアのお出かけ支度に妥協しない。

 髪は少し大人っぽい編み方で結われ、見習い魔導師のフードは羽織っているが、その下は秋めく葡萄色のリボンを結び、スカートも同色のブラウスドレスである。

 弟子のソフィアが丁重にされているのは、この淑女めいた服装もあると思う。

 黒衣に白ローブ姿で、正面の席にいるコンラートにソフィアが助けを求めれば、困ったように紫の瞳を細め、コンラートは少年たちを軽くたしなめた。

 だが、あまり効果はなかったようだ。

 

「まさか! それに、そんなわけにはいきません。なぁ、コリン」

「トニーの言う通りです! 可憐なレディが訪ねてきて、紳士たるものもてなさなければ……そうだよな、テッド」

「シュタウヘン先生の内弟子って、どんなことを学んでいるのかも気になるし」


 ソフィアに席を勧め、コンラートに反対した、茶髪に焦茶の目の少年がトニー。

 お茶とタルトの好みを尋ね、紳士ぶろうとする、栗毛に鳶色の目の少年がコリン。

 魔術の実演をほめた、頬がふっくらした金髪緑目の好奇心旺盛な学生がテッド。

 

「教えてあげたらどうだい?」


 なぜか可笑しそうに笑いながら、コンラートがそんなこと言う。

 面白がってると思いながらも、ソフィアはテッドの好奇心に答えた。


「えっと、自分で勉強してわからないところを師匠に尋ねたり、考えたことを説明して確認してもらったり……魔術の練習も同じ、です」

「魔導師だからね。理論の修得が重要なんだ。理解していれば魔術の実践もそう難しくはない。魔力の使い方の感覚を掴むのに繰り返し練習はするけれどね」


 コンラートが説明すると、「へえ」と少年たちは口々に感心するような相槌を打ったが、これだけの説明でわかるとは思えない。

 それとも基本的な知識は皆あるのだろうか。魔術書を読むクラブらしいし、魔術の学科もある学校だ。ソフィアは学校に通ったことがないから、どの程度教えられるものなのかさっぱりわからない。


「困ったものだな、君たちは。どうぞ、ミス・レイアリング」

「あ、ありがとうございます」


 さらにもう一人、眼鏡をかけた少年が、ソフィアを囲む三人に苦言を呈しながら彼女の前にお茶を置いた。

 冷めた眼差しで三人を見て、彼はこれみよがしなため息をつく。

 

「まったく、なにが紳士だ?」

「なんだよ、ルイス」

「シュタウヘン先生は、女性を取り囲まず、距離感を保てと遠回しに仰ったのだよ。クラブの品位を落とすのは止して、自分の席につけ」


 反発したテッドにルイスと呼ばれた少年は、神経質に眼鏡の中央を押さえて軽く鼻を鳴らすと、彼らに構わず、ティーワゴンの上でカップにお茶を注いだ。

 背筋の伸びた振る舞いは、格式ある家で育った感じを受ける。


「気取り屋め、ちょっと家が古いからって」

「そんなつもりはない」


 文句を言ったトニーに肩をすくめ、ルイスはコンラートのお茶を運んだ。


「ありがとう」

「当然のことをしたまでです。女性が珍しくて浮き足立っているんですよ」


 たぶん、コンラートはお茶のお礼を言っただけだ。

 それなのに、ルイスがソフィアへの対応に得意げになり、苦笑を浮かべている。


「特にトニーは議員一族で人慣れしすぎていて、気安く接しすぎるんです」

「そんなつもりはない」


 そうかとトニーをあしらって、ルイスはお茶の用意を着々と進めていく。

 その様子を、口元を尖らせて眺めるトニーはなんだか憎めなかった。

 二人の間でコリンとテッドはやれやれといった顔をしている。

 そんな少年達が微笑ましくて、ソフィアには新鮮だった。

 ソフィアが普段接しているのは、彼女を子供扱いする年上の男性ばかりだ。

 精一杯背伸びした、不器用な、紳士たる振る舞いで接しようとする人はいない。

 彼らの真っ直ぐな歓迎が、くすぐったくうれしかった。

 そう、いまソフィアは子供ではなく、年上の見習い魔導師の女性と扱われている。


「皆さん、ありがとうございます」


 ソフィアもまた淑女のようにお礼を言えば、少年たちは満足げな表情になって、各々の席へと移動した。なぜかコンラートだけが、込み上げる笑みを抑えるように口の両端を吊り上げてにこにこしている。

 少年達が離れて、ソフィアは部屋全体へと視線を動かす。

 装飾的な木組みの天井。吊り下がるガラス細工がきらびやかなガス灯。窓の端に寄せた深緑に金の房飾りが付いたカーテン。

 学生の施設に至っても、名門校らしい風格ある内装だ。


「立派なお部屋ですね」


 真四角の部屋に、入口から窓に向かって長方形の机を縦長に四つ並べ、大きなテーブルを作っている。奥の窓辺に赤い天鵞絨(ビロード)張りのソファ。

 一方の壁に書棚、もう一方の壁に冊子や置時計が並ぶガラス戸棚、部屋の空いた場所にサイドテーブルと椅子が二組あった。

 戸棚の前にもう一人、少年がいて、なにか資料をサイドテーブルに出している。


「このクラブハウスは、我が校でも歴史ある建物なんですよ」

「本当は、古くて教室には使えないからクラブハウスなのさ」

「でも、僕たちもここは気に入っているんだ」


 窓辺に近い席に座ったコリンと、その向かい側の席に回ったトニーが口々に言って、コンラートを挟むように隣に座ったテッドがはにかんだ。


「おい、ウィリアム。書見台が出てないぞ」

「あ、ごめん。冊子を先にと思って……」

「前もって用意しておけよ」 

「ごめん」

「まったく、見学のお客様がいらしてる時にもたもたと」


 戸棚の前で資料を出していた少年はウィリアムというらしい。

 トニーがかけた声に、慌てて振り返り謝った彼は、少し気が弱そうな少年だった。

 見た目も、茶色の巻毛に若草色の瞳の目が大人しそうな印象である。

 一方、同じ茶髪でも直毛を短く刈り上げているトニーは快活な印象で、その振る舞いや佇まいから、このクラブの少年達のリーダー格のようだ。

 よく見れば、彼だけ、ウエストコートのボタンが刻印入りの金ボタンだ。


「そういえば、君は金の刻印ボタンなんだね」


 コンラートがトニーに尋ねる。

 ソフィアの目線に気がつき、ウィリアムからトニーの気を逸らすためだろう。

 問われた彼は誇らしげに胸を張った。


「トニーは前の学期末に、寮のクリケットチームのレギュラーになったんですよ」


 等分に切れ目をいれたアーモンドタルトをテーブルに出して、ルイスが言った。


「へえ、それはおめでとう」

「どうかな、繰上げですよ。彼より上手い選手候補がいて、家族でヒンディアに行くことになって回ってきたんです」

「うるさいな。それでもなれたんだから誇っていいだろ!」

「まあね。他にも選手はいるわけだからね」


 鼻息荒くトニーは腕組みし、ルイスは気取った仕草で両手を開くように動かした。

 仲が悪いわけではなく、いつものやりとりといった様子だ。

 他の少年達も、愉快そうに見ているだけだった。

 この学校は、優等生として表彰されたり、寮の代表になったり、特筆することに応じてウエストコートのボタンや生地を変化させるのが伝統らしい。

 ボタンの刻印は寮のエンブレムだそうだ。


「五人とも、同じ学年なのかい?」

「はい、第四学年です」

「寮も同じで、なんとなく一緒にいて」


 コンラートの質問にコリンが答え、テッドが補足する。

 第四学年ということは、十七歳だ。この学校は十三歳で入学する。

 佇まいや様子から階級も同等のようだった。

 貴族のような感じはしないので、地主階級(ジェントリ)や裕福な家の子達かなとソフィアは推察する。

 一人ずつ見れば個性的で容姿も違うのに、皆似た感じに見えてしまうのは、制服を着て、背格好と年頃が同じだからだろうか。


「コリガン先生の選択授業を受けてて、熱心だからと声を掛けられて……これはクラブの会報誌です。トニー、台はそこでいいかな?」


 冊子を抱えてやってきたウィリアムが、テーブルの上に持ってきたものを置いて、書見台の位置を尋ねる。会報誌はきちんと印刷された冊子だった。


「ん、いいんじゃないか。時間になったし始めようか」

 

 トニーが、ガラス戸棚の置時計の時間を見て言った。

 丁度、十五時を指している。


「コリガン講師はまだ来ていないようだが?」

「コリガン先生は、お嬢さんがいらっしゃるので遅れるとのことです」


 白ローブの中から時計を取り出しての、コンラートの疑問にコリンが答える。


「アシュリーという名前の、可愛らしい子なんですよ」 

「アルドリッジの姫君」 


 コンラートを挟むテッドと共に口々に言って、二人は立ち上がった。

 

「あらためて、『魔術書探求クラブ』にようこそ!」

「大魔導師にして政府顧問コンラート・シュタウヘン先生と、ミス・レイアリングを歓迎いたします!」

 

 そり返るほど胸を張って、コリンとテッドが大仰な挨拶をしトニーが拍手する。

 この二人はペアで、リーダー格のトニーについて行動している感じだ。

 ソフィアの隣に、気取り屋のルイスが静かに座り、その隣に書見台を設置しておずおずとウィリアムが座る。

 コンラート側の、テッドの隣が空いているのはコリガン講師の席のようだった。

 少年達はあらためて一人一人挨拶し、ソフィアとコンラートも挨拶した。


「僕たちお二人より年下です。ファーストネームで呼んでください」

「授業みたいに家名で呼ばれたら、背筋がピンっとなっちゃいます。コリガン先生もクラブではそうしてるんです」

 

 なんだか楽しいとソフィアは胸の内で呟く。新鮮だ。

 アーモンドタルトを取り分けて、自己紹介がてらお互いの話をする。

 ソフィアが思った通り、五人とも地主階級(ジェントリ)の令息だった。

 トニーがリーダーだが、一目置かれているのは古い家柄のルイスで、彼は成績も良いらしく、試験の時は頼りになる存在のようだ。


「試験の時だけ、リーダーはルイスになるんです」

「二人して張り合うけど、不思議と仲はいいよね」

「誰が。でたらめ言うなよ、テッド」

「まったくです。家同士交流があって、幼馴染なだけですよ」


 少し気になるのが、ウィリアムだ。

 仲間外れではないが、会話にあまり入ってこない。冊子や書見台の準備でも、どこか軽く扱われているように感じた。その理由はすぐにわかった。


「でもクラブで一番頼りになるのはウィリアムさ。なんたって大商会から土地持ちになった一番の富豪。コリガン先生の蔵書を撮影する写真機もウィリアムのだしな!」

「とっ、トニー! ぼ、僕は大したことはしていないから……っ」

「会報誌の事務だって引き受けてくれてるだろ。世話焼きでこいつ」


 元から地主の四人と違い、ウィリアムだけが事業家から地主になった家だった。

 少年たちに邪気はないが、ウィリアム自身は引け目を感じている様子に見える。


「写真機を使うんですか?」


 ソフィアにとって、写真機は事件現場の記録を取るものだ。

 学校のクラブ活動でなにに使うのだろう。


「せ、先生の本は貴重なものだから。ページを撮影した写真を使うんですっ」

「なるほど。古書を読み解こうとすると時間がかかるからね。思ったより随分本格的な活動のようだ。会報誌の内容も充実している」


 会報誌を手にページをめくるコンラートの言葉に、ソフィアも手に取って見た。

 たしかに、これはちょっとした解説書だ。

 古書の内容を平坦な文章に直し、描かれた陣や図柄が象徴する意味なども説明している。選んでいるのは魔術儀式が中心のようだ。

 ソフィアが手に取った会報誌では『豊穣の儀式』について記されていた。

 精霊魔術と分類される、暦と生活に根差した魔術儀式で「聖なる火を焚き、その年生まれの仔羊を捧げる」と書いてあった。いかにも古い魔術儀式だ。

 生贄の記述に、ソフィアはわずかに眉をひそめてしまう。


「フィフィ。こちらは魔性動植物についての解説書を調べているよ。実在する薬草もある。君も興味があるのでは?」


 コンラートが、別の冊子を彼女に差し出して交換する。

 気を使わせた?

 受け取る時に少し触れた指先をきゅっと握り込み、ソフィアは片手で開いた冊子の影に自分の顔と握った指を隠して、コンラートをこっそり見た。

 生贄を要する儀式――ソフィアは、本ではなく知っている。

 死者を繋ぎ止めるための。

 贄となるものも、動物ではない。

 意識の奥で、思い出したくないものがゆらりと像を結びかけた時、がちゃりとノックもなく部屋のドアが開いた。


「やあ、諸君。遅れて申し訳ない! 一通りの挨拶や説明は終えた頃かな?」

「コリガン先生! はい、会報誌を見ていただいているところです」

「思ったより早かったですね。こんにちは、アシュリー」


 トニーとルイスが迎えたコリガン講師の後ろに隠れて、長い亜麻色の髪の少女の姿がわずかに見えた。

 コリガン講師は携えていた鞄をサイドテーブルに置いて、ソフィア達がいるテーブルまで来ると、コンラートに詫びた。


「来る日を指定しておいて申し訳ない、シュタウヘン卿」

「お気になさらず。学生達から聞きました。お嬢さんがいらっしゃったと」

「ええ少々予定が変わって。付き添いのメイドにもホテルを指示してきたところで……アシュリー、隠れるなんて失礼だよ」


 コンラートに答えながら、コリガン講師は背中から前に少女を押し出す。

 ふわりと両サイドに焦茶色の細いリボンを結ぶ、亜麻色の髪が揺れる。

 内気そうだが、父親と同じ茶色の目がぱっちりと大きな、可愛らしい少女だった。


「シュタウヘン先生とお弟子さんのミス・レイアリングだ。挨拶しなさい」

「……アシュリー・コリガンです」


 ぎこちなく身を屈めて、コリガン講師の娘は小さな可憐な声で挨拶した。

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