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第49話 魔術書探求クラブ(3)

「わあ! ホテルの部屋なのにまるで書庫ですね」


 壁に沿って重厚な革張りの古書が並び、空いた場所にもマホガニー製の可動式書架や書見台などが置いてある部屋を見回して、ソフィアは感嘆の声を上げた。

 コリガン講師の部屋は、居間を中心に、寝室と書斎が左右の続き間になった三室で構成され、書斎の方が居間より広いくらいだった。


「学期休みに荷物を引き上げるの、大変ではないですか?」

「だから休みの間も契約し続けている。雑然としているが目をつぶってくれたまえ」


 ソフィアは驚いた。それは借家も同然だ。

 それに、大量の資料と本が床を埋め尽くす勢いのコンラートの部屋と比べたら、ずっと整然としている。

 本の保存を考えて差し込む日の光を抑えているのだろう。

 大きな窓にレースカーテンを引いて、部屋の所々に魔石ランプが灯っている。


「電灯は使わないんですか?」


 天井を見上げてソフィアは尋ねた。

 伝統あるホテルの天井は、白い繊細な漆喰細工で装飾されていて、吊り下げられたガラスと真鍮で出来た照明は、驚くべきことにガス灯ではなく最新式の電灯だった。


「ああ、古書に害悪なガス灯は論外だが、電灯はどうにも明る過ぎてね。読書はやはり魔石ランプに限るよ」


 コリガン講師の答えを聞いて、そのこだわりは魔導師らしいとソフィアは思った。

 魔石ランプはその名の通り、魔石の魔力を燃料とするランプだ。

 蝋燭のように煤も出ず、ガス灯のような臭いもない。

 柔らかい光が灯るのが特徴で、光がちらつかないためコンラートも愛用している。


「聞きしに勝る、素晴らしいコレクションだ!」

「そうかい? 研究に必要なだけは運んでいるが、大魔導師殿のお眼鏡に適ったのなら光栄だ」


 興奮隠しきれないコンラートの言葉に、まんざらでもない表情でコリガン講師が応じる。話が合いそうだと言っていた、レディントン教授の見立ては確かだった。

 ソフィアは書架を見回す師の姿に、目的を忘れないか少しばかり心配になる。


「フィフィ、見てごらん! この平置きの本は中世の“祈りの書”の写本だよ。古い時代の魔術書と言ってもね、出回っているのはせいぜい二百年前の本が多いのに」

「……」

「ここでお目にかかれるとは。これを手に入れるのは骨が折れたでしょう?」

「さすがに目敏いな! それは競り落とすのに苦労した、競売の情報も……」


 大の男が二人して興奮しているが、ソフィアはまるで共感できない。

 古書店のような棚は圧巻だけれど、一冊ずつ見ていくとコンラートの書庫と似たような、古い変わった内容の本ばかり。

 凝った装飾のされた本や、魔法陣が表紙に描かれた本には少し興味を覚えるものの、コンラートのように興奮はしない。

 本の中身にいたっては悪魔だとか呪いだとか、秘術や降霊術のようなおどろおどろしいものが大半で、読みたいとはあまり思えない。

 この趣味だけは共有できないなと思う。

 しかしそんなソフィアでも、コリガン講師の書架が素晴らしいことは理解できた。

 これだけのものを集めるには、大変な額のお金がかかることも。


「競売だったら、とても高い値が付きそうですね」

「ああ、勿論さ。義父の、アルドリッジ家の支援がなければとても無理だった」

「アルドリッジ? まさかアルドリッジ子爵家ですか? 触媒工房の……」


 コリガン講師の言葉に、驚いたようにコンラートが尋ねる。

 そうだと頷いたコリガン講師は、書物机に向かう立派な黒革張りの椅子に腰掛けて足を組んだ。


「義父は道楽者の、アルドリッジ工房創始者だ」

「えっ、あのアルビオン一の触媒工房!?」 


 ソフィアも遅れて驚いた。

 アルドリッジ工房といえば、いまやその製品を買ったことのない魔術職の者などいないと言えるほどの、アルビオン最大手の人工魔石触媒の企業だ。


「師匠もよく買ってます」

「あの工房の魔術素材は、精度や質がとてもいいからね」


 魔石の魔力は自由自在に扱える利点はあるが、その操作が難しく扱うには相応の訓練がいる。特に魔力持ちと違って、その身に魔力が通る感覚を持たない普通の人は苦労する。

 この難点を克服したのが、魔石を融解再合成し、用途別に魔力調整を施した人工魔石触媒といった魔術素材である。

 クズ魔石から低級魔石を原料に作られ、素材として適する中級以上の天然魔石より安価で扱いやすい。そんな人工魔石触媒を数十年前に開発し、いまも開発力の高さで独走状態なのがアルドリッジ工房である。


「奥様はアルドリッジ家の方でしたか」

「ああ、一人娘だよ。もちろん魔術職でもなんでもない、裕福なただの子爵令嬢」


 実はアルドリッジ子爵家は、魔術家系でも魔導師輩出家でもなんでもない。

 好事家だった当時の子爵家の令息が、趣味の延長で、己が考えた理論を雇った魔導師や魔術師や産業技師で一緒になって研究し実現した、工房設立経緯を持つ。

 魔術素材や魔術史の教科書にも載っている、有名な話だ。

 令息の道楽で困窮しかけた子爵家は、この発明で一気にアルビオン有数の資産家になった。コリガン講師の義父がその工房創始者だったとは驚きである。

 工房創始者は、もう亡くなっているはずだ。

 子爵令嬢には莫大な遺産が渡ったことだろう。

 その令嬢と結婚し、寡夫となったコリガン講師に財産は相続されたはずで、だとしたらこれだけの貴重書のコレクターとして高名なのも頷ける。

 そんなソフィアの想像は、しかし間違いだった。


「それに、私自身にはなんの関係もないんだ」

「え、そうなんですか?」

「義父は趣味が高じて成功した事業を貴族らしく協力者へ譲渡し、アルドリッジ工房は名前のみを残した他人の会社でね。もちろんアルドリッジ家にも様々な権利金は入るが」

「しかし奥様が亡くなったのなら、夫の貴方が引き継いだものもあるのでは?」


 コンラートの問いかけに、いやいやそうじゃないんだとコリガン講師は顔の前で両手を交差させるように振って否定した。


「義父には弟がいて、アルドリッジ家の家督は彼が継いでいる。義父から得た遺産も亡き妻は娘にすべて信託で相続させてね。私は男爵家の次男であるし、娘が将来困らないためには当然さ」


 肩をすくめて、コリガン講師はふふんと鼻で笑った。


「恥ずかしながら妻とは恋愛結婚なんだ。もちろん妻がアルドリッジだから結婚したわけじゃない」

「あ……そういった意味では……」

「もちろん。お嬢さんは知らずに、悪気もなかったのだろう?」

 

 嫌みなだけの人かと思ったら、そうでもなさそうだ。

 ソフィアは「はい」と答えて、彼を見直した。


「とはいえ、義父が生きていた頃は魔導師として支援を受けていた。義父の紹介で工房顧問としての仕事と恩恵もある」


 コリガン講師自身も、男爵家次男といっても独立にあたり財産贈与がされたそうで、諸々合わせて普通の蒐集家でいられるだけのものはあるらしかった。

 

「研究費に困ってはいないが、アルドリッジ頼りなのも心許ない。それもあって講師の仕事も受けたのさ。魔導師としての定期的な研究成果とは別に、教育機関の正規職には魔術協会から後進育成者の助成もつくからね」

「だったら忙しいですよね。それなのにお部屋の本まで見せてくださって、ありがとうございます」


 嘱託とはいえ検屍官の副業を持ち、時折グラハム伯爵家からの依頼も受けているソフィアは、我が身を考えてお礼を言った。

 本当は、レディントン教授の紹介で面会だけのはずだったのだ。

 社会的評価や報酬の高い魔術職といっても、魔術の研究にはお金がかかる。

 大抵の魔導師は副業を持つか、支援者がいる。

 コンラートのような、著書印税や特許料で寝ていても大金が入り、国や企業で彼を奪い合うようにして、仕事の話が入ってくる人は稀だ。


「礼儀正しいな、君は」

「よくしていただいたら、お礼を伝えることにしています」

「いい心がけだ」

「たとえ支援があろうと、これだけの蔵書を持つのは並大抵ではないよ。この手の書物は偽物も多く見極めも必要になる。コリガン講師のクラブの学生達は幸運だ」


 ソフィアがコリガン講師と会話している間も、書架に並ぶ背表紙や台に置かれた本を一冊ずつじっくりと眺め、しみじみと感じ入った声音でコンラートが言う。

 我が意を得たりとばかりに大きくコリガン講師は頷いて、ぱんっと両手を打った。


「そう言ってくれる、価値がわかる者はなかなかいない! やはり卿なら歓迎だ! 学生クラブは第一と第三木曜日を会合日としている。ぜひ来てくれたまえ」

「ええ、光栄です」


 ソフィアが思っていたより、ずっと和やかにコリガン講師の書斎訪問は済んで、コンラートは彼と親しげな握手を交わし、ホテルの部屋を辞した。


「最初は嫌味な人かなって思いましたが、意外と気さくな人でしたね」

「そうだね。第一印象で排他的にも思えたが……フィフィに助けられたかな?」

「え?」

「僕の弟子は、大抵の人に好かれるからね」

「魅了が効いたのかな?」


 目尻に両手を当てて瞬きしたソフィアを見て、「違うよ」とコンラートは苦笑して「あの手は、そう簡単に好意は持たない」と、ホテルのドアマンに帰りの馬車を頼んだ。通りには宿泊客狙いの辻馬車が待機していて、ドアマンに誘導されてすぐやってきた。


「じゃあどうして?」

「言葉のままだよ。ほら、馬車が来たよ」

「すぐはぐらかす……」

「フィフィが素直で可愛いからだよ。乗って」


 丁度よくコリガン講師の警戒を解いてくれたと言って、コンラートはグースベリー・ヒルまでと御者に行き先を告げる。

 そんな彼に手を引かれて馬車に乗り込みながら、ソフィアには一体なんのことか首を傾げるばかりだった。

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