ドリル
目が覚めて、朝のルーチンをこなし、フルーツとパンとスープで朝飯を済まし、ペプと一緒に冒険者ギルドへ向かった。
エミリーはすでにギルドホールのフリースペースに座っていた。心なしか、つやつやしている。
「おはようございます!」
エネルギーに満ちあふれている。きっとマナも満タンなんだろう。
「ローブとバングルが出来たぞ」
「早速着替えますね」
エミリーは更衣室を借りに受付へ走って行った。
しばらくしてエミリーが戻ってきた。大はしゃぎだ。
「これ、すごくいいですね!」
バングルのヒールを何度か発動させている。そのたびにバングルに魔方陣が浮かび上がる。魔石は暗くなった。マナの補充が始まったらしい。
「じゃ、行くか」
「はい」
エミリーの荷物を持ってやる。キャンプセットを除くと、エミリーの装備はカバン一つと短い魔法の杖だけだ。もちろん俺も似たようなもので、ペプとロングメイスと空っぽのカバンだけだ。キャッスルヒルパートのキャンプ場にいた他の冒険者はみんな大量の荷物を抱えるか、サポーターに持たせていた。俺らズルすぎる。
「今日はどこまで行くつもりですか?」
「バルログってやつを見てみたい」
「地下十二階ですね」
フォートモーラーは二回目だ。前回と同様に地下二階までは何も出てこなかった。壁に松明が掛かっている。メンテナーさんに敬意を表して、緩く長く光る石ころを転がしておく。
「タクヤさん、罠がなくなっています」
地下三階の通路には罠が仕掛けてあった。今はない。火が噴き出すはずだった。よく見てみると、罠の仕掛けと思われる装置が壊されている。
「なるほど、罠は解除すればいいのか」
当たり前か。次からそうしよう。
通路を抜けると、四匹の大オオカミに囲まれた。ここの大オオカミたちは仲良くなれないのだろうか? 俺の肩の上でペプが後ろ向きにシャーと言っている。大オオカミたちは攻撃を躊躇っているようだ。よく観察すると、俺じゃなくてエミリーを狙っている。俺が邪魔をしている形になっている。
「オオカミたちよ、この人は俺の友達だ」
試しに話しかけてみると、大オオカミたちは伏せをして尻尾を振り始めた。
「他のオオカミにも伝えてくれ。さあ、行け」
大オオカミたちは走り去っていった。好かれているのか。前回はそれに気付かず乱獲してしまったのか。ものすごい罪悪感だ。
オオカミの他には大ネズミとスライムが出てきた。石をぶつけて撃退する。特にスライムには焼け石が効く。ジュッと嫌な煙を出して逃げていく。
地下五階へ降りる扉の前のキマイラは不在だった。ファイアショットの杖を懸賞にクエストターゲットに指定した時に、他の冒険者パーティが倒したまま、まだリポップしていないんだろう。俺たちは先に進んだ。
地下五階からはトゲオオカミが襲ってくるようになった。こいつらは友好的ではない。あまり群れを作らず、だいたい一〜二匹、まれに三匹ずつ襲ってくる。遠くから走ってくるが、真っ直ぐに向かってくるので、迎撃は余裕だ。なんとなく察するところによると、自慢の頭のツノを思い切り助走を付けてグサッと刺したい、そんな風に考えてる気がする。石、矢、マジックアローなどをカウンターで放って一撃だ。
地下六階は、頭にドリルのようなツノが生えた真っ白いウサギの巣窟だった。ダンジョンの中なのに汚れがなく嘘みたいに真っ白だ。大きさは中型犬程度だが、数が多い。
フォートモーラーは、広さが違うほぼ直方体の部屋を、直線的な通路で繋げたような構造をしている。隣の部屋との距離は十メートルから百メートル。明かりがなく真っ暗だが、なぜか草が生えている。草むらにツノウサギが潜んでいて、俺たちに気付くと一斉に襲ってくる。
一回だけ、襲ってこないツノウサギがいた。一群でこちらに背中を向けて何かしている、と思ったら一斉にこちらを向いた。口の周りを真っ赤に染めていた。大ネズミを食べていた。ウサギなのに草食ではないのだろうか。そもそも草食だったら襲ってこないか。
ツノウサギも、獲物にツノを突き刺す事に美学を持っているようで、直線的に飛びかかってくる。助走はしないが軽くジャンプしながら近寄ってきて、急に強靭な後ろ足から生み出される瞬発力で俺の胴体目掛けて飛んでくる。まるで地対空ミサイルだ。
ロングメイスで薙ぎ払えば楽かもしれないが、ペプを抱いているので飛び道具で迎撃する。たまに隠れていたツノウサギが横っ腹に刺さるが、コートのプロテクションのおかげで無傷だ。
エミリーは魔法のアイスショットと、杖のマジックアローで戦っている。
「タクヤさん、このローブすごいですね。全然痛くないです」
何発か食らっているようだ。エミリーはナイフを逆手に持って、ぶつかってきたウサギを刺している。右手とローブが返り血で真っ赤だ。
何部屋目かのツノウサギを一掃したあとで、ストレージから出した桶に水を入れてエミリーの手とナイフを洗った。
ナイフも剣も血が付着すれば切れ味が落ちて使えなくなる。俺なら剣の交換も水洗いもできる。プロテクションをエンチャントしておけば血が付いても問題ないが、汚れるし完全にメンテナンスフリーとはいかない。元の世界の映画の星大戦の光の剣みたいな、刃が実体じゃない剣はないだろうか? 魔法でそういうのあったら便利だ。そういうのがないか、エミリーに聞いてみた。
「なに夢みたいなこと言ってるんですか」
呆れられた……魔法の存在自体が夢のようなものなんだが……。
先に進むにつれ、罠が多くなってきた。エミリーの魔力感知で罠も感知できる。このダンジョンは壁や床から炎が噴き出す系の罠が多い。ここまで何カ所も罠を解除した跡があった。罠解除職人が来ていたみたいだが、この辺で帰ったようだ。
罠は、炎の吹き出し口の根元の部分を壊すと解除できるようだ。職人はノミとハンマーで壊したんだろうか。俺の場合は装置をそのままストレージに入れる。チョロい。
取り出した罠の装置をよく調べてみると、小さい拳銃のような形をした石に魔方陣が付呪されていて、銃口の先に魔力を感知すると炎が出る魔法が組み込まれていた。後日、コードを調べてみよう。
しかしこの形、元の世界にあった着火男ってライターに似てる。もっと銃身が長かったが。長い銃身のおかげで安全に火を付けることができる。似たような使い捨てライターを作ったら売れるだろうか? ライターの本体をどうしようか。木じゃダメだよな。燃えるし。石や鉄を加工して作れないものか。
更に何部屋か進んだ大部屋で、襲ってきたツノウサギを掃討して、休憩にする。手洗い、簡単な食事、トイレ、ペプのトイレ、エンチャント武具の充填を済ませる。エミリーのローブの腰の辺りが真っ赤に染まっている。プロテクションと耐熱を付呪してあるが、撥水も組み込みたい。水を掛けるだけで服に付いた血が綺麗になる。そんな魔法があるかどうか知らないが。
「エミリー、水を弾く魔法はないか?」
「聞いたことありませんね……。そんな発想どこからでてくるんですか?」
そんなにおかしかっただろうか? 元の世界では当たり前の概念だが。この世界にはビニールがない。いや、石油を掘って作ればあるんだろうが、作り方が分からない。元の世界でも、ビニール、プラスチックの開発は革命的だった。環境的に悪影響を与えるから大量生産は問題があるだろうが、作れるものなら作りたい。魔法で作れるだろうか? やっぱ土魔法か? その前に石油を掘らなきゃいけないが。油田のサーチと地下深くの採掘魔法が必要だ。そんなスケールの大きななことが出来るなら、返り血を簡易に落とすためのビニールとかどうでもよくなってくる。
撥水と言えば蝋か。ローブに蝋を塗るのはどうだろう? 撥水にはなるが燃えるようになるのか? 耐熱にしているのに。
そんな感じで大量のツノウサギの死骸と拳銃型着火装置を入手しながら地下八階まで進んだ。守護モンスターはいなかった。
地下八階に降りた。この階も同様の構造をしている。光る石ころを飛ばし、罠を警戒しながら進んでいくと、前方の部屋から大イノシシが突進してきた。キャッスルヒルパートの大イノシシより一回り大きい。俺の背丈ほどある。エリース村近くにいた大イノシシと同じくらいだ。
――スリング!
――矢!
――アロー!
――ファイアショットガン!
――アイスショットガン!
――ブラインド!
――岩!
いろいろ当てても突進が止まらなかったので、最終的に目潰しからのビッグロックフォール、ロングメイス滅多打ちで倒した。
「こいつ、硬いな」
この大イノシシは他所のと違って、ドリルのようなまっすぐな牙が前方に向かって生えている。ツノウサギのツノとそっくりだ。牙と角は別のもののはずだが。
「この先の部屋にもう一匹いますね」
エミリーが教えてくれた。マジックミサイルとかファイアボールでもいいけど、剣の方が楽かな……。
「ペプ、ちょっと待ってて」
俺はペプを下ろし、バスタードソードを構えて大イノシシへ向かった。廊下で突進されたら避けようがなくてきつい。部屋の中で倒したい。俺は気配を殺して忍び寄る。光る石ころは地面にそっと置く。部屋の中に入った。エミリーからは見えない角度だ。
――アクセル!
大イノシシの側に瞬間的に移動し、下から掬い上げるように首をざっくり斬った。
――石!
思いっきり血を流しながら、まだ攻撃しようとしたので、念のためロックフォールを落とした。大イノシシはすぐに死んだ。
「ペプー」
呼ぶとペプが駆け寄ってきて俺の肩に飛び乗った。
「タクヤさん、いま瞬間移動しましたか?!」
――ぎくっ!
「そんなの無理だろ。なあペプ」
「また隠し事ですか……」
魔力が見えるスキルでバレたんだろうか? 怖い怖い。他人の屋敷に簡単に忍び込むことができるアクセルも、バレるといろいろ都合が悪そうだから隠す。
「ちょっと疲れたので、ここで休憩しませんか? そろそろ夜だと思いますよ」
「そうだな、先は長そうだ。少し眠っておくか」
真っ暗なダンジョンなので昼も夜もないんだが、こまめに休憩しているつもりでもそろそろ疲労を感じてきている。
「この腕輪のヒールは疲労も回復しますね」
そうは言っても回復というより軽減する程度だ。疲労が完全回復する薬があれば、ダンジョンで野営することなく最下層まで一気にいけるのに。
俺たちは一つ前の部屋に戻って、隣接する部屋をチェックし、敵がいないことを確認してキャンプを張った。キャンプと言っても火も焚かないし、雨が降らないし風もないので寝床だけだ。エミリーがいるとストレージハウスが使えない。一人の方が楽なんだな。まあ、楽しいからいいけど。
念のため火は焚かないが、ストレージから熱々のスープを出して食べた。ペプには焼いた猪の肉だ。
「このスープ美味しいですね! タクヤさんが作ったんですか?」
「いや、それは店のだ……」
森で骨先生とスパーをしながら、鶏ガラを時間をかけて煮込んだ。そして布で濾して黄金の透き通るブイヨンを手に入れた。出汁さえあればあとは塩加減だけでそれなりのスープになる。コツはつかんだ。だが今食べているのは店のスープだ……。
「交代で歩哨をしましょうか」
エミリーが提案する。寝ずの番、そういうの嫌いなんだよな。暇だから。暇すぎて寝そうだし。
「魔術師ギルドでもらった隠密の指輪がある。これをしていれば敵に見つからないから大丈夫だろう」
「え? それ全く効果がありませんよ? タクヤさんの防御魔法がすごい存在感を放ってるので、隠密効果はありません」
「え? そうなの?」
「はい。わたしもローブのエンチャントで存在感がすごいです」
そうか……。そういうことだったのか……。道理でリーゼロッテに会いに行った時もすぐ見つかったわけだ。
「存在感はありますが、マナが見える魔物は滅多にいないので、近寄られなければ問題ありませんが、交代で寝ることにしましょう」
「大丈夫だ、見張りを立てる」
「え? どういうことですか?」
「びっくりするなよ。いいか、びっくりするなよ」
俺はストレージからスケルトンを二体出した。念のため作っておいた、パワー抑えめのマナ長持ちバージョンだ。エンチャントした剣と盾を持っている。
「ええええええ!? スケルトンじゃないですか!」
「そうだ。スケルトンだ。友達だ。見張りを任せる。いいかスケルトンたち、敵が来たら俺を起こせ。いいな」
スケルトンたちはカクカクと顎を鳴らした。
「びっくりして寝れません……」
スリープの杖を渡したら、頭にコンと当てて速効眠った。スリープ魔法の助けがあるとは言え、この状況ですぐ寝るとは肝が座ってる。
「ペプ、今日はどうだった? 怖くなかったか?」
ペプを腕枕して撫でていると眠くなってきた。他人と一緒に冒険して気を使ったのか。自分にはスリープをかけずにすぐ眠れた。




