大イノシシ
目が覚めた。朝のルーチンは全て省略。今が朝なのかどうかも分からない。
ペプは寝た時のまま腕枕で寝てた。珍しい。元の世界で、寝るときは一緒でも、たいていすぐちょっと離れた別の場所で寝ていた。この世界でもそうだ。俺の寝相が悪いことが理由かもしれない。
エミリーはまだ寝ている。いったんハウスに入り、ペプのプロテクションを張り直す。
ストレージに入れた物にはプロテクションなどの魔法をエンチャントできる。しかし、生体にはエンチャントできない。ただし、普通に魔法をかけてあげることはできる。MMORPGでいうところのバフってやつだ。俺は魔法が使えないが、ハウスの中なら使える。だから、ペプにプロテクションをかけるには一度ハウスに入る必要がある。
スケルトンは生物ではないのでプロテクションをエンチャントすることが可能だ。どうやらスケルトンに付呪される魔法陣の効果範囲は身体の内側、プロテクションは外側という切り分けになるらしく、そのためエンチャント魔法の効果範囲が被っても問題ないようだ。
——ペプもエンチャントアイテムを装備できればいいんだけどな
大きさによるが、エンチャントの魔法陣には、魔法をかける場合に比べて相当多くのマナを充填できる。宝石が付いてればもっとだ。首輪ができればいいんだが……。
——ペプは首輪が大嫌いなんだよな
子猫の時に、たまたま何かの買い物で付いてきたリボンがオシャレだったので、ペプの首に巻いたらめちゃめちゃ嫌がって鳴いて暴れた。数年後に、猫用のサンタクロース服を買って着せたらやはりめちゃめちゃ嫌そうな顔をしてなんとか脱ごうとくねくねし始めた。ハッピーメリークリスマスが残念なことになりそうなので慌てて脱がせた。
昨日みたいに、戦闘中はペプに離れていてもらうこともこの先あるだろう。エミリーをペプの世話係にするのもなんだか申し訳ないし。
——ペプを抱いたまま武器を振り回せればいいんだな……
いや、それもなんか違うか。エミリー一人に戦ってもらうか。ダメか。大イノシシには勝てそうにない。
エミリーを見ていたら、ちょうど目を覚ましたようだ。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
「よく眠れました」
そうか。俺はそうでもなかった。スケルトンのお友達が見張ってても、こういうところで熟睡できるタイプじゃない。俺もスリープをかければよかった。
俺は水を入れた桶を出して顔を洗った。エミリーも洗った。その水をペプが飲みはじめたので、慌てて飲水を入れた皿を出した。
朝飯はフルーツ、干し肉、ジュースで済ませ、先へ進むことにした。
八階の守護モンスターは、大イノシシだ。真っ直ぐなドリルの牙を持っている。次の階へ降りる階段の前に座っていると思われるが、階段も扉も大イノシシに覆われていて見えない。
ボスが大イノシシなのはある程度予想してた。予想外なのはその大きさだ。昨日倒した大イノシシの三倍くらいある。せいぜい一.五倍くらいかと思ってた。実際、体高は二倍程度だが、横にデカい。悪口でいうところの豚だ。
「困ったな。どうしよう」
通路からボス部屋の中を伺いながらエミリーに相談する。
「あたしには無理です。お任せします。勉強させていただきます」
むう……。
「ペプちゃんはあたしが預かっておきますから、瞬間移動でちゃちゃっとやっつければいいじゃないですか」
「いや、無理だって」
瞬間移動ほど速くないやつはできるけど……。
めんどくさそうだけど肉弾戦が一番良さそうだ。ボスイノシシはめちゃめちゃ鈍そうだし。でもその前に……。
——ファイアボール!
三十発同時に放った。ファイアボールのショットガンだ。
大イノシシのでかい頭部に全て着弾し、一気に爆発した。ボス部屋の中の行き場のない爆風が返ってきて、俺とエミリーとペプが吹っ飛んだ。
「ペプ! 大丈夫か?」
「タクヤさんひどいです。あたしの心配もしてください」
「エミリーはプロテクションがあるから……」
「ペプちゃんにもあるじゃないですか」
この娘、そういうの見えるんだった……。まあ、とにかくペプもエミリーも無事でよかった。
ボスイノシシは、顔に大火傷を負って息絶えていた。黒焦げだ。ドリルの牙は無傷だった。何で出来ているんだろう?
ファイアボールじゃなくてマジックミサイルにしておけば俺たちに影響はなかったのか。マジックミサイルも爆発はするけど、魔法エネルギーの爆発だから空気を膨張させるようなことはない。失敗した。
ボスイノシシの死体をストレージに入れながら考える。アイスランスを使っていれば一発で済んだかな? 爆発の威力も大きいけど、氷の槍が刺さってから爆発するからな。いわゆるボールタイプの、着弾して爆発のするタイプよりダメージが大きいだろう。あ、刺さってから爆発……? なんか思いついた。ダンジョンを出たら実験してみよう。
下の階への通路はボスイノシシの死体が塞いでた。ストレージに吸い込めなかったら大変だった。巨大だから吸い込むときに若干くらっとした。でもストレージがなかったら死体をどかすことができなくて先に進めなかった。
吸い込んだはいいものの、どうやって解体しようか。どうしてもボスイノシシの肉は食べたい。スープにしたいし、ステーキにもしたいし、この世界にきてからまだ作っていないとんかつにもチャレンジしたい。エリース村のみんなに解体を頼もうか。
長い階段を降りて辿り着いた地下九階には明かりがある。天井が光ってる。まるで曇り空だ。それまでの部屋と通路と構成とは違い、ここは一面の林だ。外の森よりも木々が疎らで、針葉樹が生えている。真っ直ぐな生えた松のようだ。
「エミリー、不思議だな」
「ええ、不思議ですね……。あれ? あそこに煙が見えます」
焚き火か? 魔物が?
「行ってみよう」
行ってみるとそこには、男が三人、焚き火を囲んで食事をしていた。
「おお!? 人だ! こんにちは!」
三人組のリーダーっぽい青年が挨拶してきた。
「こんにちは。君たちはいったい……?」
「僕はオットー、こっちがライマーで、あっちがザシャ。僕たちは冒険者でここに住んでます」
ライマーと紹介された方は、ややメタボなやや大男、ザシャは少し背が小さくてヒョロい。
「俺はタクヤ、彼女はエミリーだ。よくここまで来れたな。しかも住んでるって……」
「住んでるって言っても三ヶ月くらいです。夜がないからだいたいですけど」
「どうやってここまで来たんだ?」
「普通に敵を倒したり罠を避けたりして来ましたよ」
「八階のデカい大イノシシも倒したのか?」
「まさか! 無理ですよ! 巨体のせいで階段を降りれないから、逃げれば追ってきません」
——そういう手があったのか……
「まさか、倒してきたんですか?」
「いや、魔法を撃ったらいなくなった」
「え? いなくなったんですか? 巨体のせいで部屋からも出られないのに?」
「うむ。ダンジョンって不思議だな」
死体をどうしたか言えないので嘘を言った。苦しい嘘だが通じたらしい……。
「食料と水はどうしてるんだ?」
「魔物を狩ってます。水はあっちに泉があります」
なるほど、暮らしていけるんだ。栄養が心配だけど。
「地上に帰りたいとは思わないのか?」
「帰ってますよ。近くに地上へ直通の隠し階段があります」
「え? そうなの?」
「はい。定期的に戦利品を売りに行って、食料を買ってきてます」
「冒険者ギルドにはそんな情報はなかったな……」
「はい、内緒にしてます。他の冒険者と獲物の取り合いは嫌だから……。あ、でもここまで来れたあなたたちのような人には隠し事はしませんよ」
さっきボスイノシシの件で嘘を言った。心苦しい……。
「それで、この先がどうなってるか教えてくれないか?」
「あっちに下に降りる階段があります。下の階はまた真っ暗なダンジョンなので、僕らはここで狩りをしています」
「この先を攻略しないのか?」
「ここの魔物でも充分儲かりますよ。時々魔物が魔石を持っていますし」
「いや、その……ダンジョンを攻略して謎を解き明かそうとか、マジックアイテムをゲットして強くなって魔族を倒そうとかは……」
「ははは……僕たちにはそういうのはないです。なるだけ安全に狩りをして、早くお金を貯めて引退したいんです」
ふーん、そういうものなのか。
三人と別れて、地上への階段の位置を確認してから、下の階へ向かう。いったん地上に戻っても良かったが、寝て起きたばっかりだ。先へ進む。
「なあ、エミリー、さっきの人たち、どう思う?」
「ああいう人たちもいますね。というか、ほとんどの冒険者があんな感じなんじゃないですか? ダンジョンの最下層の攻略とか魔族の討伐とか、普通は想像できないです」
「……そうなんだろうな」
俺もこんなチートなスキルを持ってても、必要がなきゃこんな真っ暗なダンジョンに潜ろうなんて思わないしな。
下の階に進むまでに、トゲオオカミとツノウサギに襲われた。さっきの三人は木製の大きな盾を持っていた。直線的に飛んでくるこいつらを盾で受け止めて倒す戦法だったんだろう。確かに安定して狩りができそうだ。
階段の前には、普通の大イノシシがいた。守護モンスターではなく、ウロウロしていたところに偶々遭遇したようだ。距離は開いていたが、俺たちを見つけて突進してきた。
ペプを地面に降ろし、バスタードソードを構える。
——ブラインド!
——マジックミサイル!
大イノシシの勢いを殺してから、横に避け、すれ違いざまに首を斬る。すかさず倒れた大イノシシにとどめを刺した。このパターンが一番楽に倒せるようだ。一対一なら。
俺たちは下の階へ進んだ。




