アリ
夢を見た。
俺は魔法戦士だった。身体を緑の金属製の鎧で覆い、各地の遺跡に出没する召喚獣を捕らえる。捕らえた召喚獣は俺の使い魔になる。その証に召喚獣ごとに魔法書を所持することになる。
最初の召喚獣は雷を使う。召喚獣から遺跡の壁や柱に雷を放ちまくる厄介なやつだが、なぜか俺には放たないので簡単に捕まえられた。
二体目は、霧のゴーストのようなやつだった。雷の召喚獣を闘わせている隙に捕らえた。二冊目の魔法書になった。なぜか一冊目とくっついて取れない。しかも上下逆さまだ。残念な感じになった。
三体目以降も集めるたびに魔法書がくっついて、大きな重いブロック状の本を持ち歩くことになった。
◇◇◇◇◇
目が覚めて、朝のルーチンをこなし、骨先生たちとスパーをして、少しアクセルの練習をして、シャワーを浴びた。
夜まで暇だ。昼間は忍び込むのは無謀だろう。
——うーん、ダンジョン行くか
なるべく夜には戻ってくるつもりだが、伯爵の件は、最悪二、三日くらいは遅れても大丈夫だろう。そもそもどうするか決めてないし。
俺はペプと一緒に冒険者ギルドへ向かった。
冒険者ギルドには冒険者が何人かたむろしていて、いつもの雰囲気が戻っていた。受子ちゃんに話しかけた。
「ゴブリンの様子とかどうだ? それとクエストの件は?」
「ゴブリンは見かけなくなったと報告が入っていますー。洞窟から煙が出ていたのが確認されていますー。誰かが対処してくれたのですねー。ありがとうございますー。クエストは皆さんはりきってますー。クリアしたパーティはまだいないですねー」
「何か変わったことはないか?」
「キャッスルヒルパートで、アリが大量発生していて、みなさん困っているとのことですー」
アリか。でかいのかな? 昆虫でもアリならあまりグロくないだろう。ガキの頃によく手で捕まえて遊んだ。行ってみようか。フォートモーラーとトロールケイブは、クエストを出してる手前、俺が行くわけには行かないよな。必然的にヒルパートだ。
俺はペプと一緒にキャッスルヒルパートへ向かった。
ヒルパートキャンプはそこそこ賑わっていた。立てっぱなしで無人のテントもある。ダンジョンに潜っているんだろう。露店が一店舗だけ出てる。魚を焼いているようだ。
俺がかけた懸賞目当てでフォートモーラ―とトロールケイブに冒険者が集中してると思うんだが、それでもヒルパートが賑わってるってのは、楽に儲かるってことなんだろうか。
近くに植えたレモンの木に実がたくさん付いていたので収穫した。ついでにオレンジと梨を隣に植えてヒール水をかけた。
「さて、行くか。ペプはお留守番な」
ペプをハウスに入れて、ロングメイスを手に持ってダンジョンへ入った。
ダンジョン地下一階の大オオカミに手を上げて挨拶した。片目だけ開けて俺を見たが、興味なさそうに寝てしまった。冒険者に狩られたりはしないのだろうか? 冒険者としてはこんな凶暴な野獣よりも虫のほうが楽なのかもしれないし、イノシシのほうが美味しいからなのかも知れない。
地下二階には冒険者パーティが二組いた。一組はトゲオオカミを相手してる真っ最中だった。心の中でガンバレと言って先を急いだ。
地下三階にも冒険者がいるようだったが、ショートカットして四階に飛び降りた。直ぐに五階だ。
地下五階に降りると、リアルヒカリゴケが繁殖しまくっていて、通路が昼のように明るくなっていた。蜘蛛が出る通路だが、これじゃ出てこないだろう。
分かれ道まで進むと、右側で冒険者パーティが何かを狩っている声が聞こえた。ターゲットは昆虫だろう。トゲオオカミや大イノシシよりも、昆虫の方が楽に稼げるのかも知れない。俺は嫌だが。
せっかくなので俺は左壁伝いに行くことにした。ここから先は真っ暗なので、いつも通り光る石ころをシュートで飛ばしながら進む。通路は細く、数段の階段で上下している。左右には地下牢がある。昆虫がいたらマジックアローのショットガンで倒す。そんな感じで進んでいくと、左側に下の階へ続いてそうな螺旋階段が現れた。道をまっすぐ行くと先ほどの分かれ道に戻ると思われる。俺は階段を下った。
地下六階の床や壁は地下五階と同じだが、幅十メートルくらいの広い通路になっている。すぐ先に十字路があり、本格的に迷路になっているような感じだ。
試しに光る石ころをを前方に思いっきり飛ばしてみると、前方で壁に当たって右方向へ消えた。通路がカーブしている。
ゴールがどこか分からない。とりあえず曲がり角に注意しながら真っ直ぐ歩いてみる。歩いて行って十字路に出たら左右に光る石ころを投げる、それを三回繰り返したがモンスターは釣れない。いないのか?
光る石ころが消えた地点に来た。斜め右に通路が伸びている。石ころは数十メートル先で光っている。それとは別に左に通路が伸びていて、先に部屋があるようだが、やはりモンスターはいないようだ。
——さみしいダンジョンだな……
斜め右の道を行くと、段々と道が広くなり、あるところを境に、石造りの床から、岩と土の、洞窟のような地面に変わった。そしてやや下り坂になり、下に降りる螺旋階段に到着したが、そのすぐ脇の地面に大きな大穴が空いている。そして、大アリが出てきた。
大アリ、ジャイアントアントと聞いてどのくらいの大きさを想像するだろうか? 俺が元いた世界のアリは、小指の爪の先ほどの大きさもなかった。女王アリが手足を広げて爪の大きさだ。それが大きくなっても、まあ仔犬くらいだろうと思っていたが、目の前にいる漆黒のそいつは、牛だ。
手足は細いが横に張っている。甲虫だから硬そうだ。頭の高さが俺の胸くらいある。全身に細かい毛なのかトゲなのかが生えているが、グロく見えないのは幸いだ。全力で戦える。
働きアリの獰猛さはものすごい。戦闘用の護衛アリは働きアリよりもさらに強い。今、目の前にひょっこり現れたのがどちらかは分からないが、どっちにしてもこれだけ大きいと強敵だ。
アリがどの種なのかによってもヤバさが違う。簡単に分類すると、死骸しか狙わないか、生きている生物、ともすれば家畜や人間までを襲うかどうかだ。前者でもてんとう虫を襲って追い返すらしいし、芋虫を集団で襲って巣に引き摺りこむというからそれなりにヤバい。後者は、本当にヤバい。ジャングルで、木が一本だけ立っていて周囲十メートルに何も無かったら、木に獰猛な蟻が巣を作っているから近付いてはいけないという話をテレビで見た。
蟻の攻撃のメインは顎だ。とにかく噛む力が強い。それに加えて、尻から酸を飛ばす種もある。外殻は昆虫のそれだ。剣の刃は滑るだろうし、メイスで殴るには力が要る。
一昨日の蜘蛛があの大きさだったから、蟻も同じくらいだろうと想定しておくべきだった。しかし、まさかこの大きさのやつらが、おそらく巣の中に数百匹いるとは、思い付いても否定するだろう。しかしどうやら現実はそうらしい。
蟻は種や環境によっては、一つの蟻の巣に数万匹や数十万匹いるという話も聞いたことがある。このダンジョンがどれ程の深さがあるか知らないが、数百匹程度だと思いたい。
ここまで来る間にモンスターに会わなかったのはこいつらのせいかも知れない。となると、生きてる獲物を襲うタイプか。そうじゃなくても今、巣穴に接近している。レッドラインを越えている。
俺はロングメイスを持つ手に力を込める。変温動物にアイスショットは効きにくいだろうか? やっぱりファイアがいいだろうか。昆虫が燃えた煙を吸いたくないんだが。ここまで大きくなるのはマナの影響が大きいはずだから、マジックアローが安定だろうか?
マナの影響……もしかして、リアルヒカリゴケにヒール水を撒きまくったこととか関係しているのだろうか? さすがに数日間でアリがここまで成長したりしないと思うが……。
——アローショットガン!
俺はマジックアローをとりあえず十発、大アリの頭に当てた。アリは仰け反り、その後倒れたが、すぐに立ち上がった。
——マジか……効かないのか……
ロングメイスで横薙ぎに殴った。
——固い……
頭部の甲殻を少し陥没させたが、ダメージを受けているようには見えない。アリが反撃してきた。俺はバックステップで躱す。目の前でアリの顎がガチっと噛み合う。金属音のようだ。挟まれたらかなりヤバい。
俺は五回、メイスでアリの頭を殴った。コイツには防御や回避の概念は無さそうだ。アリの頭は、そのままの意味でボコボコになった。まだ動けるようだ。六本の脚がサスペンションの役割を果たして、ダメージが分散されているようだ。
——ファイアショットガン!
アリの頭は熱でドロドロになり、動かなくなった。死体と煙をストレージに吸い込んだ。こうすれば吸わなくて済む。
ボコボコに殴ることができたし、ファイアショットが通用したし、それほどの強敵ではなさそうだ。
一息ついたらすぐに、アリの巣から増援が出てきた。次は剣で倒す、と思って武器を持ち替え、構えた。そしたらアリが後から後から出てきた。十匹目を数えた時、俺は回れ右をして走り出した。
——ヤベえ、すっげえヤベえ
とりあえず細い通路まで逃げて一匹か二匹ずつ相手をするか。でもこいつら、闘っているアリを踏み越えて襲ってきそうだ。困った。このまま地上まで走って逃げたいが、これはトレインってやつだ。低階層の冒険者を巻き込んで迷惑をかけてしまうし、最悪死なせてしまう。俺のせいでそれは嫌だ。
カーブを曲がり、直線でアクセルを使った。数十メートルの距離を一気に跳び、アリとの距離がだいぶ開いた。二段飛ばしに階段を駆け上がり、光る石ころをシュートで飛ばし、それを追うように真っ直ぐ走った。そして行き止まりの部屋に辿り着いた。
——しまった! 道を間違えた!
回れ右をして元の道に戻ろうとしたが、部屋の入り口に既にアリがいた。部屋はテニスコート全面くらいの広さはあるが、入り口は狭く、地下牢の通路と同じ、人一人分の幅しかない。アリは片側の脚を壁に這わせ、斜めになって通って来る。
俺はプロテクションの剣を構えた。これでばっさばっさ斬れなかったら…… 魔闘気がどれだけ防いでくれるか…… なんか奥の手がいっぱいあるような気もするけど思い付かない。俺は今、パニックなのか?
目の前のアリを剣で牽制しているうちに、アリがどんどん増えていって部屋を埋め尽くそうとしている。二十匹はいるだろうか。
——ヤバい……
俺はストレージハウスに逃げ込んだ。




