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引きこもり

「ペプ、やべえよ……」


 さすがにいつもの落ち着きではいられない。大ピンチだ。まずは息を整えて落ち着く。ジンと氷をコップに注いで一口だけ飲む。身体全体が熱くなるのを待つ。少し落ち着いた。ピンチなのは変わりないが。



「ペプ、外はアリだらけだ。どうしよう」


 俺はペプを仰向けにして、露わになったお腹に顔を埋めた。少しだけ顔を左右に動かして、柔らかい毛の感触を味わう。顔を右に向けた時に息を吸う、真ん中と左では吐く。クロールの応用だ。


 しばらくそうしていたら完全に自分を取り戻した。少し眠くなったくらいだ。ペプは俺の顔の匂いが付いたお腹をグルーミングし始めた。俺はペプの水を替えて、焼いた猪の肉をあげた。



「さて」


 閉じ込められた、というか閉じ籠もった。ハウスの入り口で小さな窓を開けて外の様子を見てみたが、アリは変わらずうじゃうじゃいた。帰らないのか……。


 このまま二週間から一ヶ月程度は籠城できる。飯も水もある。飯の事を思い出したので、露店で買ったスープを出して食べた。俺はさらに落ち着きを取り戻した。



 いくら籠城できるからと言っても、予定もあるし約束もある。さっさと帰りたい。それに暇で暇でしょうがなくなるはずだ。そもそもこいつらを倒さないとこのダンジョンを攻略できない。こんなところで立ち止まってる場合じゃない。が、ピンチになって逃げたのも事実だ。


 ストレージハウスの入り口に窓を開けて指一本出せれば、外にストレージショットを撃つことができる。ファイアボール連発で火の海にしてもいいし、アイスランス一発で部屋中が凍るだろう。俺は安全圏で待機だ。だが、周りがよく見えないから冒険者を巻き込んでしまう可能性はある。可能性は低いが、なるべくやりたくない。


 ロックフォールを落としまくる手もある。しかし、落とし所が悪くて、ハウスの出口が岩で塞がれたら、果たして出られるだろうか? それでも岩をストレージに吸い込めるとは思うが、リスクはある。


 剣を持って俺が飛び出し、アリに奇襲をかけて、すぐにハウスに入るヒットアンドアウェイ戦法もそれなりに低リスクでできる。ハウスの入り口を敵に知られると対策されてピンチになるが、知能の足りないアリなら大丈夫だろう。


 プロテクション石をシュートしまくってもいいかも知れない。


——いろいろやりようはあるが、咄嗟には何もできないんだな



 それと、ダンジョンの中であまり手の内を晒したくない。ダンジョンの主が見ている可能性が高い。ヨーギのダンジョンの主、タスネルは、おそらくボス部屋にあった大画面でダンジョンのあらゆる場所を見ていたはず。手の内を晒し過ぎると対策される。最悪、逃げられる。だから俺はなるべく普通っぽく戦う必要がある。まあ、すでにストレージハウスに隠れられるという奥の手を使ってしまったが……。


「ペプ、俺はもっと場数を踏まないと」


 場数って言っても、最近は安全圏から石か魔法を撃ってばかりだからなあ。戦闘の経験がたまらない。もっともっとピンチになって、その時々でうまいこと切り抜ける経験を積まないと。と言っても咄嗟の機転みたいな行動は昔からあんま得意じゃない気がするし、そもそも自ら進んでピンチになりたくない。


 今回はどうやって切り抜けようか。数時間程度は待機して、アリが帰るのを待つか、なんかすぐにアリを全滅させられるいいアイデアは無いか。援軍でもいれば。援軍がいたとしても連絡方法も無いけど。召喚魔法とかあればいいよな。この世界のどこかにはあるらしいことを聞いたが。


「召喚か。なあペプ、スケルトンならいっぱいいるのにな……」


——ん?


 スケルトンを外にたくさん出すのはどうだろう? スケルトンウォリアーもいるしリッチもいる。リッチは幽体だからアリの攻撃が効かないんだないだろうか? いや、魔法生物からの攻撃は効くはずだ。そしてリッチの反撃のファイアボールで火事になる。ならスケルトンの方がいいか。でもそのまま放逐したとして、アリと敵対するとは限らないな。仲間かも。なんとかして俺の仲間にして操れないかな?



 俺はリクライニングチェアーにまっすぐ座り、IDEを開いた。開く前にペプが立ち上がって寄ってきた気がする。今、顎を舐められているかも。


 ストレージの中の一体の素のスケルトンを選び、拡大してじっくり見てみた。頭蓋骨の中が若干光ってるように見える。ズームしてみた。頭蓋骨の裏側、脳天の真裏に魔法陣が貼ってある。これがスケルトンの全て、肉が無いのに骨だけで動く仕組みや、再生、行動パターンなどを司っているようだ。


 そして、そのコードはIDEのスケルトンのウインドウの中にアイコンとして並んでる。何個のコードがあるのか、ぼやけてて分からないが、全てのプログラムコードが魔法陣一つに集約されているようだ。その中で唯一開けるコード、骨先生の強さと素早さを変化させる時に書き変えているいつものやつ、これに関してはぼやけずに見ることができる。


 俺はその隣の、ぼやけずに見えてはいるが開けないアイコンを試しに開いてみた。開けた。開ける条件はなんなのか。時間? 親密度とか? 以前は確かに開けなかったはず。


 プログラムコードを見ると、やはりほとんど理解できないが、パラメータ変数がトップにまとまっていた。変数の説明みたいなコメントのようなものが書いてある。こういうのはプログラムコードとしては普通の書き方だ。この可読性は誰得なんだ? まあ大抵はコメントはプログラム制作者本人のためなんだが。



 パラメータは、好戦的か、徘徊するか、逃亡するか、護衛を優先するか攻撃を優先するか、が書いてあるような気がする。なぜか理解できるかは分からない。他にもパラメータがあるのだが、読めないし、設定されてる値が長いというか、多いというか、一次変数じゃなくて二次元か三次元の値のような気がする。攻撃対象のグループとかなのか? そして、一番先頭に人名らしき記載がある。


『イレーサス』


 誰だ? 聞いたことない名前だ。あの黒ローブの名前だろうか?


 俺はストレージの中の、地下神殿で捕らえた黒シーツのコードを開いてみた。


『ブラックバーン』


 ……? 黒シーツは黒ローブの命令を聞いていたから、黒ローブの名前がブラックバーンなんだろう。苗字のような気がするが、フルネームじゃなくてもいいのだろうか? まあそれより、スケルトンの主のイレーサスと黒ローブは別人なんだな。


 俺はスケルトンのコードの、イレーサスを消して、タクヤと書いてみた。勝手に名乗ってる名前だけど大丈夫だろうか? そして、念の為、最弱で好戦的ではない設定に書き換えた。


 俺はIDEを閉じて、俺の顎を舐めていたペプを横に置いて立ち上がり、スケルトンをハウスの中で出した。スケルトンは部屋の真ん中で突っ立ったままになった。襲ってこない。


「成功か?」


 なんか命令してみようか。っていうか、耳がないのに俺の命令が聞こえるだろうか?


「まあ、座れ」


 スケルトンは、両足を揃えて、正座を横に崩した形で床に座った。


「え? 女性なの?」


 女の子座りはこの世界でも共通だろう。スケルトンは答えなかった。口も気管も声帯もないからしゃべれない。しかし、耳がないのに命令は聞こえるようだ。頷くか首を横に振るかしてもいいと思うが。反応がなければ会話は成り立たない。


 俺はプロテクションの剣を出して、スケルトンの側に置いた。


「剣を持って立て」


 スケルトンはその通りにした。俺はスケルトンのマナを満タンにして、プロテクションをかけた。


「外にでかいアリがいるんだが、いけるな?」


 スケルトンはカタカタと顎を鳴らした。反応してるじゃん! イエスってことでいいんだよな?


「じゃ、いったんストレージに戻すぞ」


 俺はIDEでパラメータを書き換え、スケルトンの強さを最大にした。ニ十分程度は動くはず。同じ手順で、スケルトンを合わせて五体準備した。二体には炎熱の剣を持たせた。俺はプロテクションをエンチャントしたブロードソードを持った。



 指先ほどの大きさの窓を開けて外を見ると、アリはまだうろうろしている。約二十匹。応援がいるからいける。


「ペプ、新しいお友達と一緒に戦ってくるよ」

「ナア」


 俺はハウスから窓を開けて、人差し指だけ外に出し、ダンジョンにスケルトンを五体、ストレージから出現させた。一番手前のアリが仰け反った。驚いたんだろうか? アリも驚くんだろうか? そこにスケルトンが斬りかかった。混戦になったようだが、窓からはよく見えない。俺も出る。


——アクセル!


 外に出て直ぐにアクセルでアリの真上に飛んで、剣を両手で逆さまに持ち、アリの頭に刺した。剣を抜かずに即死したアリをストレージに入れる。


——この戦法なら余裕じゃん……


 アリは背中に乗った敵には攻撃ができない。子供の頃はそこら中にアリがいて、捕まえて遊んだ経験から知ってる。


 スケルトンを呼ぶまでも無かったようなハメ技を見つけてしまった。しかし、スケルトンがいるからこその余裕でもある。俺はもう一匹、アリを同じ技で仕留めてから、アクセルでスケルトンたちの後方に退いた。


 スケルトンたちは、アリの手足を斬ってから、頭か首を攻撃しているようだ。一体はアリに胴体を噛まれたが、プロテクションのおかげか、骨が折れることはなく、そのまま剣を刺して仕留めていた。


——なんか、俺の出番がなくなった……


 残り約十八匹のアリはスケルトンに次々と仕留められて転がされていく。立ち上がれなくなったが、ピクピク動いているアリもいた。俺は手当たりしだいにストレージへ吸い込んだ。ピクピクしてるアリもストレージに入ったので死んでいることがわかった。


 あっという間に部屋は綺麗になった。スケルトンたちは、三歩ほど離れたところで突っ立って俺の次の命令を待っているようだ。じっと俺の顔を見ている。目玉が無いので確かじゃないが。


「ご苦労さん。ストレージに戻すぞ」


 俺はスケルトンを吸い込んで、ダンジョンを出ることにした。アリの巣をなんとかしなきゃいけないが、この次にしよう。何か戦法を考えなきゃいけない。元の世界にあった、アリをコロリと駆除する毒でもあればいいんだが。


 帰り道は来たとおりに左回りを辿って、光る道を抜け、四階から三階はアクセルでショートカットし、一階のオオカミに手を上げて挨拶し、地上に戻った。



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