透明
エミリーを見送って、時間差で俺も西門から外に出て、いつもの森からハウスに入った。そしてひとっ風呂浴びた。
「ふー、ペプ、極楽だよ」
「ナァ……」
無理矢理、風呂場へ連れて来られたペプは、いつも通り困惑しているようだ。
大オオカミの臭いがべっとりついたコートも、消毒して水で洗って真空乾燥させた。生地が痛むだろうか? そんな心配するだけ無駄か。普段からモンスターと戦ってるわけだし、返り血も浴びるし。今度ラフレシアダンジョンに入る前には、鎧とローブに着替えよう……前回もそう思って忘れてたような……。
風呂から出て、いろいろと補充をした。最近は魔法をショットガンとして十発ずつ同時に撃ってるから消費が激しい。と言ってもストックの数を考えたら全然余裕だが。
とにかく弾数を多く仕込んでおく。右手と左手に杖を持って交互に発射する時短テクニックで数百発のファイアショットとマジックアローをストックした。
それにしても、リリーのことが気になる。約束したから会いに行かなきゃいけないだろう。王宮から連れ出すかどうかはともかく。
準備をしよう。カールも使っていると思われる、存在感が薄くなるマジックリングをIDEで調べる。リリーに初めて会ったときは、これをつけていたがすぐに存在がバレた。戦闘に夢中になっている敵から身を隠すにはこのままでいいかも知れないが、王宮に忍び込むにはもう少し効果が欲しい。
エンチャントされている魔法をIDEの呪文エリアにコピーしてコードを開く。案の定、効果値と思われるパラメータがあった。この数値を思いっきり大きくしてみたが、最大値があるらしく、それ以上には設定できなかった。エンチャントを指輪に書き戻す。指輪を着けてみると、充填したマナが少しずつ減っていくのがわかる。一時間はもちそう、二時間弱ってところか。充分だ。
日が暮れるのを待って出かけた。ペプは連れて行かない。王宮がどこにあるのか、何階建ての建物なのかも知らないが、きっと城まで行けば分かるだろう。念のため顔に黒い布を巻いて隠す。隠密の指輪の効果は自分じゃ分からない。捕まったら厄介なことになるだろうな。
王城はクエノス山に隣接している。急な岩山なので、山側から城に侵入するのは無理だ。王城の防衛を前面に集中できる。難攻不落ってやつか。
まずは目立つ山を目指して、なるべく人に見つからないように影を歩く。
話に聞いたとおり、王城の隣に王宮はあった。横に長い、元の世界の国会議事堂に似ている建物だ。窓の数から三階建てだと思われる。入り口の手前には、低い垣根で迷路を作ったような庭?があり、ロータリーになっている。馬車用のロータリーなんだろう。入り口は鉄扉の門が閉められていて、衛兵が立っている。
真正面から行くと当然、人に見つかるので、裏手に周り、侵入できそうなところを探す。王宮の壁はところどころに松明が掲げられており、光に入ると敷地の角、二カ所にいると思われる城塞の見張りに見つかる。しかし、裏手の方は松明の数がほんんどない。侵入しやすそうだ。裏は岩山が続いているが、王宮がぴったりくっついているわけじゃない。そこからいけそうだ。一応、警備を手薄にして侵入者を捕まえる罠を疑ってみるが、おそらくそういうのはないよな……。
壁は三メートルほどの高さだ。これなら壁を蹴ってなんとか越えられる。越えたら王宮まではすぐだ。建物にどうやって入るかは越えてから考えよう。
俺は数歩後ろに下がってから、助走をつけて垂直の壁を駆け上がり、向こう側へ降りた。
王宮を見上げると、二階の左端から五番目の窓から顔を出していたリーゼロッテと目が合った。まさか、俺が見えているわけじゃないだろう、と思っていたら、たっぷり十秒ほど見つめ合ってから、リーゼロッテが手招きした。
どこかの王子が、塔に監禁されている女の子のところに通う童話があったな。女の子の長い髪の毛を蔦って昇り降りするやつ。原作というか、元の話では女の子が王子の子を妊娠して放逐されてしまう話だったが、そこを省いて子供向けにアニメ映画化されて人気が出た。
今の俺の状況は、それよりもむしろロミジュリ? 俺は王子でも何でもないけど。恋もしていない。既婚者だ。
俺は梯子を二階の窓に掛けて登った。
「俺の姿が見えてるのか?」
「どうしたの? 透明にでもなったつもり? あなた、とんでもない存在感よ? それより、遅かったわね。約束を忘れたのかと思ったわ」
——どういうことだ……指輪は全く役に立ってないのか……
俺は窓から部屋に入って、梯子をストレージに入れた。王女の寝室は意外と地味だ。ベッドとクローゼットがあるだけだ。
「あれだけ酔ってたのに、覚えてるのが驚きだ」
「あのあと大変だったのよ! タクヤがあたしを置いて逃げるから。パパにはこってり怒られるし外出禁止になるし変身の指輪は取り上げられるし」
——王様のことをパパと呼んでいるのか……
「まあいいわ。早く連れ出してちょうだい」
「……ちょっと待て、それはさすがにまずいだろう……今どういう状況なんだ? 伯爵は死刑じゃないのか?」
「兵力の強化について、パパが強く命令していたらしくて、やったことは人道に反するから罰は与えるけど、ほとぼりが覚めるまで謹慎処分、実質お咎め無しになったわ。あたしが誘拐された件については、公にしないほうがいいってことで、無かったことになったわ」
——あー、俺が王国に楯突いた感じになる……
ますますリーゼロッテを連れて逃げるわけにはいかないな……俺のために。っていうか、腹立ってきた。もっと暴れておけばよかった。
「すると、今後もまだゾンビが出る恐れがあるわけだな」
「そうね、あいつがこのまま大人しく引き下がるとは思えないわ」
「俺はまた狙われる可能性があるな。女性を誘拐するような奴らだから何をしてくるか分からない。先に仕掛けたいところだ。リーゼロッテはリリーにならなければ安全だろう。そういうわけで、あとは任せろ」
俺は窓から逃げようとしたが、ローブを掴んで引き止められた。
「待ちなさい、見捨てないでよ」
「見捨てるわけじゃない、解決したら戻ってくる」
「本当ね? 約束よ?」
「ああ」
またハメられた気がする。解決はダンジョン攻略の後で……ってわけにはいかないだろう。
俺は二階の窓から飛び降りた。着地した時に結構な音が出たので、壁を飛び越えて走って逃げた。
誰も追って来ないのを確認して、バーに入った。警備が緩いとは言え、一国の王宮に忍び込んで逃げてきた。用心に越したことはない。
「マスター、リリーに会ってきた。外出禁止だが無事だった」
「それは一安心ですな。しかしタクヤ様、伯爵の手下の者が探しまわっています」
「そうか、このバーは知られているんだったな。迷惑をかける前に帰る。済まないが持ち帰りの酒をくれ」
「迷惑など滅相もない。是非ゆっくりしていって下さい」
「いや、帰ろう。すぐに解決してまた来る」
樽で蒸留酒をもらって店を出た。待ち伏せはないようだ。俺は街の西門から出て、ハウスに入った。
「ペプ、解決するって言ったけど、ノーアイデアだよ」
「ナア」
ペプは俺の顎を舐め始めた。
実際、どうしようか。やっつけて永遠に悪事ができなくすることは簡単だが。仮にも王国の貴族だからなあ、あとあと面倒なことになるだろう。
とりあえずもらってきた新しい酒をオンザロックにして飲み始めた。ペプには生魚をあげた。
人をゾンビにする何か、病原菌を保持する何かだろうが、それを伯爵から取り上げてしまえばいいだろう。ゾンビの体液、血液かなんかだろうか? パウダーじゃないよな。魔術師ギルドの情報では、ギルド員が押さえた肉体強化ポーションの製造場所以外に拠点は無いらしい。ということは、あの屋敷が保管場所か。忍び込んで盗んで破棄しようか。
忍び込むってのもなあ。この前みたいにドアを消して正面から行くのもリスクあるよな。見張りとかいそうだし。二階の窓とか屋根とかから入りたいところだが。鉤爪付きロープをシュートで飛ばして、引っ掛けて上るか、大きな音がしそうだ。石造りの屋敷だから大丈夫かな? むしろ直接、俺をシュートで飛ばせればいいのに。
——……あれ……?
シュートで俺を……飛ばせる?
シュートはストレージ魔法の一部。ハウスに出入りするのに毎回俺をシュートで移動させているわけだ。できないわけがない。移動中に逆向きにシュートすれば停止もできる?
しかもそれが出来たら、一瞬で敵の背後に周ってバックスタブとか出来るんじゃねえ?
俺はすぐやってみたくて、夜中だけど外に出た。光る石ころを何個か投げて明かりにした。やってみる。俺を前方に飛ばして、すぐに同じ力で逆向きに飛ばす。
――シュート!
突然、目の前の景色が変わった。夜中だし森だしたいした変化じゃないのだが、一瞬で数メートル前方に飛んで止まった。これはすごい。
次は、若木を敵に見立てて、数メートル離れて立ち、一瞬のうちに二回移動して背後に回ってみる。
――シュート!
シュッシュッと連続して二回俺を飛ばして、若木の裏に回った止まった。そして吐いた……。
一瞬で直角に曲がって方向転換しながら移動するのは三半規管に相当な負担があるらしい。目眩がひどくて気持ち悪くなった……。
回復してから気を取り直して、少し遠くまで離れた場所に自分を飛ばす。
——シュート!
五十メートルほど飛んで、着地に失敗し、二十メートル滑った。思い切り飛ばすとキツい。うまく勢いを殺す方法に慣れないと怪我をする。その分マナの減りも大きい。しばらくは短距離を進んでうまく止まる訓練をしようか。
よし、この技は、「アクセル」と呼ぼう。
「ペプ、アクセルを覚えたよ!」
「ナア」
覚えたというよりも、元々知ってたんだが。これで忍び込むのが楽になった。一瞬で屋根に登れる。慣れれば敵の背後に回ることもできるかも知れない。すごいものを覚えた。俺は忍者、そう、忍者になった。
アクセルを覚えて嬉しくなったので、祝杯を挙げて寝ることにした。忍び込むのは明日にする。




