マッサージ
目が覚めて、朝のルーチンをこなし、時間が早かったので久しぶりに骨先生たちとスパーをした。ボコボコに殴られる。もっとスパーをしなきゃだめだ。
そしてシャワーを浴びてから、ペプだけ朝食をとらせて、エミリーを拾いに宿屋へ向かった。
「タクヤさん、おはようございます。ここすごいんですよ! 広くて綺麗なお風呂があってサウナもあって、マッサージをしてくれたんですよ!」
心なしかエミリーがピカピカしている。この世界にもそういうホテルがあるのか。あれ? 俺いくら払ったっけ? 何泊か泊まってもいいように金貨を一枚 出したような。そしてお釣りナッシング……まあ、俺はめちゃめちゃお金持ちなので気にしない。ちょっと貧乏性なだけだ。
「ゴブリンの件が気になる。ダンジョンより先にそっちに行こうと思うんだが……」
「もちろん行きますよ」
聞く前に返事がきた。そんなこと聞くなという感じとワクワクと半分半分な顔をしている。
「ナア」
ペプがなぜか鳴いた。そして俺の顎を舐め始めた。エンチャントしたピアスがある耳も舐め始めた。マナが見えるのか? それは美味しいのか? 充填したマナが減ったりしないだろうな。
エミリーと一緒に朝食をとるつもりだったが、エミリーはすでにホテルで済ませていた。俺は歩きながら肉串とフルーツとパンを食べた。現場の洞窟は少し遠い。町の北北西の方、以前にオーガを倒した集落の北だ。馬車をチャーターした。
現地に到着した。少し様子をうかがっていると、タイミングよくゴブリンが一匹やってきて、洞窟に入っていった。
「後を追ってみるか」
エミリーとペプと一緒に洞窟へ入った。追ってるのがバレてもいいくらいの感じで光る石ころをばらまいたが、ゴブリンはそれに気づかないのか、まっしぐらに奥の方のどこかへ向かっている。洞窟は入り組んでいて分かれ道も多く、おそらく複雑な迷路になっていると思うが、ゴブリンの足取りに迷いはない。俺は光る石ころを帰りの目印にするために、定間隔で転がしておいた。
前方で、ゴブリンが急に動かなくなった。俺たちも足を止めて様子をうかがった。ゴブリンは暴れている。もがいているようだ。何か絡まったんだろうか?
ゴブリンの足元に光る石ころを投げてみたら、そこには蜘蛛の巣があった。電車の車両を横に二つ並べたような洞窟に、ゴブリンが動けなくなるほど強靱な、真っ白な蜘蛛の巣が張ってあった。巣には二つの繭があり、緑色が透けて見える。大きさ的にもゴブリンだろう。なぜゴブリンがこれほど罠にかかるのか……。
「タクヤさん、あれ、あそこに何か杖のようなものがあります」
蜘蛛の巣の奥にゴブリントーテムがあった。
「これに引き寄せられてゴブリンが集まっているのか……」
ゴブリンを助ける義理もないのでそのまま見ていると、洞窟の奥からとんでもなくデカい蜘蛛がやってきた。頭と胴体はそれぞれ土佐犬ほどだが、尻はホルスタインくらいある。ゴブリンを一噛みして麻痺させ、くるくる回しながら蜘蛛の糸を絡めて、あっというまに繭を作った。
「エミリー……頼む」
「頼むって何をですか……あんなに大きいの、無理です」
仕方ない。六個か八個ある複眼でこっちのことは見えてるはず。今は獲物にかかりっきりだけど、終わったら襲ってくる気がするんだよなあ。あの膨らんだ尻は多分ヤバいから傷つけたくない。どうするか……やるなら今しかない。
俺はプロテクションをエンチャントした小石を五つ、手のひらの上に出した。
――シュート!
小石は五つとも、蜘蛛の頭を貫通した。蜘蛛は仰向けになり、八本の足をピクピク動かしていたが、そのうち止まった。
なんか、シュートを覚えたあたりから、剣で斬る機会が少なくなくなった気がする。ペプを肩に乗せたまま、魔法とか小石とか飛ばしてオッケーみたいな。手抜きだろうか?
ペプなんか、俺の肩から後ろを向いている。敵の方を見ない。どんな敵なのかも知らないのかも。今回はすんげえグロい蜘蛛だってのに。
俺はいつも通り、蜘蛛をストレージに入れた。
「やべえ! やっちまった!」
ストレージには生物を入れることができない。蜘蛛の尻の中にいた数百匹の子蜘蛛はストレージに入らず、親蜘蛛の代わりに突然現れ、爆発するように広がって散った。
「エミリー、逃げろ」
俺はペプを両手で抱え、光る石ころを頼りに走った。敏捷性がアップされている俺の脚力のおかげで洞窟からの脱出は余裕だった。少し遅れてエミリーが、はあはあ言いながら走ってきた。
「なんてことをしてくれたんですか!」
怒られた。
「困ったな、ゴブリントーテムを処理しなきゃいけないんだが、これじゃ取りにいけないな」
「タクヤさんのせいじゃないですか」
子蜘蛛、毒とかあるんだろうか? あの種類は麻痺毒のはず。いっぱいいるから噛まれたら永遠に麻痺しそうだ。まあ、魔闘気を貫通できるとは思えないが。しかし子蜘蛛と言ってもタランチュラくらいの大きさがある。
「仕方ない、一匹ずつ殺すか。エミリーも手伝ってくれ。あとで杖にチャージするから」
「わかりました」
俺はロングメイスの先のライトを点灯させて、マジックアローを連発して子蜘蛛を一匹ずつ殺した。エミリーはマジックアローの杖でサポートしてくれた。キリがないので炎で焼きたくなったが、煙が出ると嫌なので我慢した。
マジックアローで死ぬってことは魔物なんだな。あんなでかい蜘蛛は自然にはいないか。
十分か十五分くらいでなんとか蜘蛛を撃退した。何匹も逃げていると思うが、もうそれは仕方がない。俺は蜘蛛の巣の周りに蜘蛛よけの火を炊いて、巣を調べた。
ストレージから出した木の枝で蜘蛛の巣を絡めとる。繭の中のゴブリンは、まだ生きていてストレージに入れられないので、邪魔だけど地面に転がしておく。
ゴブリントーテムをストレージに入れて、目を瞑ってIDEを開き、杖にエンチャントされている魔法のコードを確認した。何が書いてあるかはわからないが、他のゴブリントーテムのものと似ている。
「間違いない、ゴブリントーテムだ。これにゴブリンが引き寄せられ、蜘蛛の巣にかかり、食料にされていた」
「どうしてそれがここにあるんでしょう? あ、あの空の繭、人間っぽくないですか? 何かマジックアイテムのようなものも見えます」
萎びた繭の中に干からびた人間の死骸が入っていた。蛆が沸いている。グロい。胸の部分にプレートが付いた革鎧を着ている。奥にロングソードが落ちている。革の袋と、マジックアイテムの指輪を拾った。ロングソードと鎧も拾った。自分で使う気はしないがもったいない。
繭の中のゴブリンに剣でトドメを刺し、ファイアのメイスで蜘蛛の巣を焼き、洞窟を後にした。
待っててもらった馬車で街へ向かう。
「タクヤさん、トーテムはどうするんですか? 隠し持ってるんですか?」
「いや、これを隠しているとゴブリンが人間や家畜を襲い始める。いい捨て場所があるんだが、少々厄介なところだ」
俺は御者に言って、ラフレシアダンジョンに向かってもらった。
ダンジョンは以前の通りだった。石の扉がある。ペプをエミリーに預けて、扉を開けようとしたらエミリーが不思議そうに聞いた。
「タクヤさん何してるんですか?」
「何って、扉を開けようとしているんだが」
「扉? そこに扉があるんですか?」
俺は力を込めて扉を横にずらして開けた。大きな音がした。
「え? 壁が開いた?」
「エミリーにはこれが扉に見えないのか?」
「岩にしか見えません……」
——これが結界の効果か
俺たちが中に入ると、大オオカミが六匹走ってきた。
「タクヤさん、気をつけて!」
「大丈夫だ」
俺は大オオカミたちに取り囲まれ、頭をこすりつけられたりハグされたりして熱烈歓迎を受けた。
「タクヤさん、これはいったい……」
「言っただろ? 少々厄介なところだって」
ペプがシャーって怒ったが、しょうがない。俺はオオカミたちを引き連れてラフレシアの通路に向かった。大オオカミたちは行き先が分かっているのか、二匹が先導した。
地下二階の奥の部屋では、十数匹のゴブリンがふらふらと歩いていたり、寝っ転がったりしていた。焦点が定まらない目をしている。一匹の寝ていたゴブリンがふらふらと立ち上がり、急に覚醒してラフレシアへ向かって走って行った。そして花から花粉か何かを吹き付けられ、回れ右をしてふらふらと徘徊を始めた。
「何ですかこれ?」
「あのでかい花に近づくと、幻覚作用がある粉を吹き付けられる」
俺はラフレシアの通路の正面に立ち、ゴブリントーテムの杖をシュートで通路の奥へ飛ばした。ここにいるゴブリンはそのうち餓死すると思うんだが、死体はダンジョンが片付けてくれるんだろう。どのダンジョンにも不思議な清掃システムがあるみたいだ。
いや、待てよ、魔法生物だからマナを食べていれば餓死しないのか? しかしゴブリン洞窟には食料があったし、食べかすもあった。何か食べているのは間違いない。メスのゴブリンもいたから繁殖して増えているんじゃないだろうか? とすると、魔法生物じゃない? しかしマジックアローは効く。
――よくわからないな……
まあ、そのうち分かるだろう。
「これでいい。出よう」
大オオカミたちを引き連れて出口へ向かった。
出口に着いたが、やはり大オオカミたちは出る気はないらしい。俺は別れを告げて、石の扉を閉めた。
「タクヤさん、ここは一体何ですか?」
「地下神殿だ。ダンジョン化している」
「誰も知らないダンジョンなんですか?」
「俺は冒険者ギルドに報告してないからな。誰も知らないのかも知れない。あの花、ラフレシアを刈り取られると、ゴブリントーテムを別の場所に移さなきゃいけないので知られたくない」
「あのオオカミは?」
「好かれた。可愛いやつらだが、ちょっとデカい。ペプと相性が悪い」
「タクヤさんってどんだけ秘密があるんですか……」
「もう無いと思うが……」
嘘だ。ストレージハウスとIDEは秘密だ。
コートからローブに着替えてペプを抱き上げたら、シャーと言ったが許してくれた。早くハウスに入って風呂に入りたい。
俺たちは待っててもらった馬車で街へ向かった。
街に着いたのは午後だった。エミリーに聞いた。
「今日の活動は終わりにしようと思うんだが、どうする? また泊まるか? できれば宿のグレードを下げて欲しいんだが……もちろん自費で泊まるというのなら構わないが……」
「報告することが多いので帰ります。その前に食事にしませんか?」
商業区画まで歩いて、入ったことがない食堂に入った。味は冒険者区画の店よりこっちの方が美味い。ランチは魚とパスタのスープとパンが出てきた。
「そうだ、蜘蛛の巣で拾ったお宝を分配しないとな」
革の袋の中身は、小銭も合わせて金貨約四枚だった。エミリーに全部渡し、俺は魔法の指輪と剣と鎧をもらった。
「ところでギルドには何を報告するんた?」
聞いちゃいけないかと思ったが思い切って聞いてみた。
「ヴァレリウスからは、ダンジョンにおける魔法と魔術師の有用性について調べてこいと言われています。タクヤさんが一人で強いモンスターを倒せるから、我々でもできないかと。魔法と魔法道具を混ぜた近接戦闘と、モンスターの弱点を的確につく戦法の二点について報告します。あとは、王国のダンジョンの特殊性と、地下神殿の結界についてもですね」
「俺のことは?」
「タクヤさんが考えてる通り、近接戦闘ができて、各種魔法を無詠唱で使えることは報告します。あの、ショットガン……は言わないでおきます」
なぜちょっと沈黙があったのだろう……。
「エンチャントについても報告したいんですが、いいですか?」
「やめておいたほうがいいだろう。バランスブレイカーになる。魔闘気のローブとスタッフを量産したら魔術師ギルドが軍隊になる」
「え? 量産って、そんな簡単にエンチャントてきるものなんですか?」
「ああ、マナがあれば直ぐだが……何だと思ってた?」
「魔法陣を描くんじゃないんですか?」
——なるほどな
普通はそうするもんなのかな? そうだよな、魔法をコピペしてペタリとか想像できないよな。魔法世界ではIDEはものすごいチートシステムなのだろう。
「知ってる魔法ならすぐエンチャントできる。エミリーのローブにも魔闘気をエンチャントしようか?」
「え? いいんですか?」
「ああ。少しの間だけ預からせてくれ」
「ちょっ……ちょっと、やめてください。こんなところで脱がせないで」
エミリーが頰を赤らめて慌てた。俺がローブをいきなりストレージに吸い込むと思ったらしい。そういうことか。ローブは上着じゃなかったのか。
「……今度、替えのローブを持ってきます」
指輪とかピアスとかでもいいんだが、もうこの話題には触れないでおく。
「エンチャントについては、そういう認識なら問題ないだろう。集中して大量のマナを使って魔法陣を緻密に描き込んで出来る。そういう前提なら」
「わかりました。ありがとうございます。では、五日後に戻ってきます。待ち合わせはこの店でいいですか?」
——え? またすぐ来るの?




