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フレーメン

 目が覚めて、外を見たら快晴だった。日はもう昇っている。かなり深く長く眠った。幸い夢は見なかった。いい気分だ。


 なんとなく、レモンの種を植えてヒール水をかけた。明日には実がなっているだろう。明日もいい天気だといい。



 朝のルーチンをこなしてから、まずは魔法の補充をする。武器屋で買ったスタッフ二本にマジックアローのエンチャントをして、左右の手に持って交互に発射し、ストレージに吸い込む。時短だ。マナをチャージしながら六百発を仕込んだ。


 他の冒険者たちに、俺が強いことを知られている。トロールケイブを開拓したし、魔族を倒した話が広まってる。アーベルのパーティの誰かがしゃべったのか? 強さの秘密はストレージとエンチャントとプロテクションがあるからなんだが、それは知られていないはずだ。ロングメイスを振り回す戦士職の人と思われているはず。ロングメイスをなくしたのは本当に腹が立つ。それはそうと、少し自然な感じでもうちょっと強いところを見せられるようにしようか。遠距離攻撃が欲しい。殴りだけではツラい。特に昆虫系。


 というわけで、他人に見せたい俺のイメージは、武器が扱えて、防御が硬くて、無詠唱でマジックアローとファイアショット、アイスショットが使えるやつだ。その他は隠す。ストレージハウスなんかは当たり前だが、矢もそうだ。魔法では物質を作れない。矢も石も空中から出せるのは不自然だ。無詠唱も不自然なんだが、まあ、ダミーの呪文を唱えるのもだるいし、きっと魔術師には呪文がおかしいと気づかれるだろう。やらない方がいい。


 だから見せてもいいのは、手に持っている武器で戦うこと、なければ素手、三種の魔法を使うこと、場合によってはマジックミサイルとファイアボール、アイスボールもオッケーだが必殺技扱いにする。何発も撃てるけど。アイスランスは秘密にする。水が必要だからいきなり発射できる魔法じゃない。



 俺はファイアショットとアイスショットも四百発ずつ準備した。昨日はマジックアローを一斉掃射した。何百発あっても足りなそうだ。今日からコツコツと貯めていくことにする。


 その後、骨先生とスパーをして、風呂に入った。



 冒険者ギルドへ行き、キャッスルヒルパートのことを報告した。


「モンスターの死骸は畑の肥料になりますー。いいお値段で買い取りますー」


 死骸をさっさと手放したい気持ちはあるものの、こんな天気のいい日にあのキモいのを出したくない。


 俺は冒険者ギルドを出て市街へ向かった。



 魔法道具屋に寄ったがいいものはなかった。軍が片っ端から買い上げているせいだ。俺が作ったエンチャント武器も買い上げているという。また一本、刃先だけ炎熱の剣を売った。これは戦争に加担していることになってしまうのだろうか? 戦争はまだ始まっていないが。まだというか、ずっと始まらないで欲しい。



 昼になったので、商業区画まで行き、パスタ屋に入った。店で買って隣の空き地のベンチで食べるスタイルだ。ペプには生魚を出してあげた。パスタは生パスタで、団子を指で潰してラフに平たくしたような形をしている。味は魚介のスープのようだが、ニンニクが効いてない。どうやら乾燥パスタはこの世界にはないらしい。


「店主はいるか?」

「何でございましょう?」

「このパスタを麺にしたものは作れないか?」


 どんなものか詳しく説明すると、道具さえあれば作れるとのことなので、道具代として金貨を一枚渡し、余った金額の分だけスパゲッティを作ってもらうように依頼した。道具と言っても、包丁と大きめのまな板だ。そしてスパゲッティではなく蕎麦だ。この際どっちでもいい、美味しく食べられれば。


 そもそもパスタマシンってどういうものだったっけ。頭に思い浮かぶのは、棒を押すとトコロテンがにゅーっとでてくるやつだ。多分、パスタ用はそれではない。



 次に八百屋に行って、ニンニクを買った。食材にするよりも、丸ごと焼くような食べ方が一般的らしい。イタリアンレストランを開いてニンニクを効かせたペペロンチーノのような料理を出したら流行るかも。また金持ちになっちゃうな。


「ペプはニンニク好きか?」


 ペプの鼻先にニンニクを近づけると、興味津々にクンクンして、口を半開きにして固まった。フレーメン現象、別名、クッサーの顔だ。



 夕方にバーでこの先の計画を立てようと思う。どのダンジョンを攻略しにいくか、もしくは強くなるためにやれること。しかしまだ昼だ。


「暇だな、ペプ」


 海に行きたい。しかしもうすぐ冬とのこと。よし、夏までに魔族を一掃しよう。そしてビーチでヴァケイションだ。


 さしあたって、暇だから散歩がてらバーの方に歩いてみる。もちろん開店してないだろうけど、俺のロングメイスが落ちてないかなって……落ちてるわけないか。


 バーに行くと、扉が開いていたので入ってみた。


「マスターはいるか?」

「おお、タクヤ様。お待ちしておりました」

「どうした?」

「フライターク伯爵家の方から伝言でございます」

「なんと?」

「女は預かった。返して欲しければ一人で屋敷に来い、と」


——シスターが!!!


 ペプをハウスに入れ、俺は走った。王宮区画の壁を飛び越え、真っ直ぐ屋敷へ走った。


 屋敷の門には二人の男が立っていた。


「彼女は無事なんだろうな?」


 男達は無言で中庭へ誘導した。


 そこには十人の男がいた。全員武装している。冒険者崩れか盗賊か。少し離れて俺を取り囲んだ。しばらく待つと、あのゾンビになった小男を少し大きくしたような男と、傍らに椅子を持った戦士風の男、そしてビクターが来た。俺のロングメイスを持っている。よかった。けど腹立つ。


 遅れて、一人の男が縄で縛られた人質を連れてきた。


——ちょっ! シスターじゃなくてネズミじゃん!


 沸騰していた頭がすーっと冷める。


「お前ら、何をしでかしたかわかってないだろ」

「我が屋敷の周りをウロチョロしていたネズミを一匹捕まえただけだが?」


 椅子に座ったちょっと大きい小男が言う。これがフライターク伯爵か。


「紹介の必要はないな」

「ああ、彼女を離せ」

「おい、ネズミを離してやれ」


 手下の男が縄と猿轡を外した。リリーは少し離れたところに腕組みをして立った。伯爵がリリーに聞いた。


「おい、逃げないのか?」

「逃げる? これから面白い見世物が見れるのに?」

「ふん、確かにな。人間がゾンビになるのは珍しいだろう」


 あ、言った。伯爵がゾンビって言ったぞ。薄々分かってたけど、伯爵の関与が明確になったな、リリーの前で。


 ビクターが笑い出した。ひき笑いのようなおかしな笑い方だ。


「このメイスはアーティファクトか? こんなに簡単に人が砕ける武器は見たことないぞ。これからお前の手足の骨を砕く。そしてゾンビに変える。お前がさんざん我らの邪魔をして殺したゾンビになるんだ」


 ビクターは隣のヘビー級のレスラーのような屈強な男にロングメイスを手渡した。伯爵がさっさと済ませたいような口調で言う。


「最期に聞いといてやる。何か言い残すことはあるか?」

「お前ら全員、死刑確定だと思うが、本当に何してるか分かってないんだな」

「軍備増強は王命だ。死刑になるわけがないだろ」


 そっちじゃないんだけどな……リリーが口を挟んだ。


「ねえ、王様がゾンビを作れって言ったわけ?」

「人体改造で強力な兵士の生産に成功したと言ったら、王は喜んでくれたよ。ゾンビとは言っていないがな。もういい、やれ」


 屈強な男が襲い掛かってきた。ロングメイスで俺の腕を折るつもりだ。こんな男に俺のメイスで殴られたら、魔闘気でも防げるかどうか……しかし……。


——ディスアーム!


 次の瞬間、男のロングメイスは消えて、俺の手の中にあった。しっくりくる。店売り品だけど。


 俺はロングメイスを大きく振って、屈強な男の左腕を折った。更に一回転して右足を折った。男は蹲り、立ち上がらなくなった。


 ビクターが呪文を唱えた。


「#####スリープ」


——…………。


「#####スリープ」


——…………。


「#####スリープ!」


 あまりにもバッチリうまくいったのでニヤついてしまった。スリープは完璧にレジストした。


「な……なぜ眠らない!?」


——スリング!


 ストレージから石を飛ばしてビクターの顎を砕いた。これで一生魔法は唱えられないだろう。


 俺は抑えきれないニヤけ顔で伯爵を見た。まだ余裕があるらしい。手下が十……何人だっけ? 普通はそれだけいれば圧勝だよな。


「かかれ!」


 やっべえ、時代劇で聞いたセリフだ。笑っちゃって力が抜けそう。



 俺はロングメイスをくるくる回しながら迎え討つ。最初の二人の脚を折って動けなくしたら、残りの男達は一斉に剣を抜いた。そして一斉にかかってきた。訓練されている。


 俺は背後に回られないように横に動きながら、剣を捌き、一人一人にメイスを当てた。力を入れて殴ればプロレスラー体型の男でも簡単に手足が折れる。この破壊力に合わせて、俺の毎日のスパーリングで磨いた技、無敵すぎる。


 と思ったが、殴られた。剣で側頭部を斬られた。通常は致命傷になるんだろうけど、頭部は魔闘気多めで守っている。血は出たようだが問題ない。それでもすぐヒールした。傷跡が残って禿げたらどうする。囲まれるのは慣れてない。次のスパーから骨先生を増やそう。


 男達は少し距離を取り始めた。残り八人で囲み、一斉にかかってくる作戦だ。慣れてるな。俺に飛び道具が無ければ完璧な戦法だった。


——アイスショット!


 前方二人の両膝と顔を凍らせた。そして殴る。後ろから残りの男達が斬りかかってくる。全員を一人一人、返り討ちで華麗に叩きのめそうとしたのに、俺が殴られてたらカッコつかない。一気に片付けることにした。


——ブラインド!


 全員にクリーンヒットした。飛び道具を出せば余裕なのは分かってたからなるべく使いたくなかったんだが、上手くいかなかったのでしょうがない。明日からもっと修行しよう。


 男達を順番にロングメイスで戦闘不能に追い込んだ。残りは伯爵だけだ。そちらに目をやると、失禁していた。腰が抜けて立ち上がれないようだ。


「さっきも言ったが、お前らは気付いてないようだが死刑確定だ。ゾンビの件じゃない、もっと大変なことをしでかした。だから俺は殺さなかったが、覚えておけ、お前はもう、死んでいる」


 決め台詞決めた! これは言ってみたかったよ! 言うシチュエーションが考えられなかったけど言えた! 奇跡!


「リリーは何か言わなくていいのか?」

「いいわ、行きましょう、タクヤ」


 俺は手元に戻ってきたロングメイスをくるくる回しながら、リリーと一緒に立ち去った。



「バーに連れて行って」

「いいのか? みんな探してるんじゃないのか?」


 いつから行方不明なのか知らないが、城では大変な事になってるはず。


「だからよ。もう城を抜け出せないかも知れないのよ」



 王宮区画の壁を梯子で越えた。バーに着くと、まだちょっと時間が早かったが、マスターは快く迎えてくれ、しかも貸し切りにしてくれた。俺はお礼を言って、支払いに宝石を一つマスターの手に握らせた。こういうのは無粋にならない限り先払いをする主義だ。誘拐された女性を救って帰ってきた、粋なシチュエーションだろう。


 何を話しかけていいのか分からず、とりあえず飲み始めた。いつものジンだ。リリーは少しむせた。っていうか、リリーって未成年じゃないだろうな。いや、この国は酒を飲んでいいのは何歳から? 隣に座っている女性は詳しいはずだが、聞くわけにもいかない。そんなの無粋だから。しかしいい匂いがする。ネズミのくせに。


 物陰でペプを呼び出してカウンターの上に乗せ、水と生魚をあげた。


「その猫、どっから出てきたのよ」

「マスターに預かってもらってた」


 嘘に巻き込んだのにマスターは涼しい顔をしている。さすがだ。


「さっき、魔術師に石を飛ばしたのは?」

「あれは石を投げたんだよ」

「投げる素振りなんてなかったじゃない」

「特技だよ。ほら」


 俺は小石を手のひらから、シュートで飛ばして壁に当てた。手加減するように念じると弱めに飛ばせることがわかった。


「ほら」

「小石はどこからでてきたのよ!」

「…………」


 ナイスなツッコミだった。とぼけた。



「なあ、ここではいいんじゃないか? ネズミじゃなく人間と一緒に飲みたい」

「失礼ね。…………いいわ」


 リリーは目立つ指輪の黄色い石を九十度回転させた。すると、リリーがにゅーっとモーフィングして、美人のリーゼロッテ姫が現れた。人物がリアルにモーフィングするのは初めて見た。当たり前か、元の世界にはなかったからな。アーティファクトか。すっげえ興味あるけど、貸してくれとは言えないな。


 変身を目撃してさすがにマスターも驚いている。そして跪いた。リーゼロッテが淡々と言う。


「立ってください。いいのよ、ここでは私はお客さん、あなたがマスター」

「恐れ入ります」


 酔わないうちに核心のことを聞くに限る。


「なあ、伯爵のやつ、どうするつもりだ?」

「わかんないわよ。父に問いただしてみるわ。でもリリーになって捕まっていたことを話したら、王宮に閉じ込められるかも知れない……」

「あいつらは死刑じゃないのか……」

「いえ、それは間違いないわ。わたしが糾弾するわ。どうせ捕まっていたことはバレるし。でも、疑問なの。父が伯爵になんて言って、伯爵からなんて言われてゾンビ生産を許していたのか。ゾンビのことは知らないはずだけど」


 ふむ、危ない、そういうことはノータッチにすると決めていたんだった。うっかり深く入り込むところだった。でも他に話題がないな……。マスターが今飲んでるジンの蘊蓄を語り出した。


「○○○地方の麦でできたアルコールに、○○○村のジュニパーベリーを風味付けして再蒸留してできたジンでございます」

「へえ、うちの国でこんなものができてるのね」


 簡単に言った。うちの会社、みたいな。国だぞ。しかしマスター、さすがだな、話術に長けている。すげえ助かった。まあ、こういう人は黙って欲しいときにも話し続けるんだけど。


 元の世界の人間もこっちの世界の人間も、俺を基準として比べて、どっちも同じだ。魔法は別にして、運動能力なんかは同じだ。当然、酒の強さや飲み方も同じだ。しかし、この女性はなんだろう? どんだけ飲むんだろう?


「タクヤ、あたしが王宮から出れなくなったら助けに来なさい」


 呂律はきちんとしているけど、だんだん言ってることがおかしくなってきた。


「助けるとはどのように?」

「連れ出しなさい」

「俺はダンジョン攻略に忙しいんだが」

「一緒に行くわ」

「昆虫がいっぱいだぞ」

「あたしは王女よ。後ろから見てるわ」

「王宮から攫ったら、王女の立場はなくなるぞ」

「それでもいいの。あたしは後ろから見てる。昆虫との戦いは後ろから見ているのよ」


 やっぱりおかしくなってきた。ペプ、助けて。


「いいわね、約束よ」

「わかった」


 渋々了承した。なんかのフラグだろうか? 酔っ払ったようなので帰ることにする。っていうか、どうやって帰るか大問題じゃん……。


「マスター、もし衛兵が来たら、全て正直に話していいから」


 そう言って俺たちは店を出た。王宮区画の門まで、歌を歌いながら歩く姫を連れて行き、門番に言った。


「攫われていた王女を助けたが、祝杯で酔わせてしまった。あとはよろしく」


 嘘は言ってない。走って逃げた。



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